08.対抗戦

「モンスターハント対抗戦で使われるのは訓練用の魔物ですから、落ち着いて対処すればそこまで危険もないと思います。みんな、頑張りましょう!」


 いつもなら心地よい優奈ゆうな先生のゆるふわボイスも、今は虚しい。


 終わった……。女の子だけいたって、みんなに嫌われてたら意味ないじゃん!

 せっかく、全国の高校生男子の七割以上が夢見る(※ソース俺)と言われる異世界生活を、図らずも始められたと言うのに――


 チート無し、ハーレム無し、多分、金も学力もない。それなのに生と死が隣り合わせのデンジャラスワールド?

 もう、優奈先生とだけでいいから、別の世界線でやり直したい……。


「じゃあ、可憐かれん。一応戦略ミーティングしとこうよ」


 華瑠亜かるあの言葉に頷くと、長く艶のある黒髪を一束に結びながら、可憐が立ち上がって皆を一瞥する。

 薄々予想はしていたが、どうやらこれから始まるのは、この班で魔物モンスターと戦う、というイベントらしい。


「知っての通り、うちの班は前衛が圧倒的に少ない。本来、前に出られるのは剣士である私くらいなんだが……」


 一旦言葉を切って、メンバーの顔を一瞥いちべつする可憐。元の世界でもその傾向はあったが、こちらの可憐が纏うリーダーのオーラは別格に思える。

 頼むから、班長とやらを代わってくれ。


「一人ではさすがに、魔物の注意を惹きつけ続けることは不可能なので、いつも通り紅来くくるにも前衛サポートに入ってもらう」

「はいはぁい! 大盗賊スーパーシーフ、紅来様にお任せぇ!」


 そう言って紅来が明るく手を挙げると、皆の顔にも笑顔が戻り、険悪だった場の空気が僅かに和む。

 元の世界にいた頃から、どんな場面でもあまり真剣になることがない紅来。おちゃらけた奴だなぁ、とよく思ったものだが、今は彼女の明るさがありがたい。


「さらに、前衛が支えきれなくなった時は、華瑠亜が弓矢で注意を引く。うららはブラインドダンスで立夏りっかを隠して」


 今度は華瑠亜と麗が頷く。


「メイン火力は立夏のギガファイア。何が出るか解らないけど、★4モンスターだから韻度【五】の攻撃魔法なら一撃のはず。詠唱時間……五分でいける?」


 四分で大丈夫、と頷く立夏。

 髪の毛が桃色がかっているのは、染めてでもいるのだろうか?


「今から詠唱して……なんだっけ? 発動待機っていう状態にはしておけないの?」


 麗が、中指で眼鏡のブリッジの位置を直しながら、なにやら良さ気なアイデアを口にする。……が、すぐに首を左右に振る可憐。


「中庭は反魔粒子結界だけじゃなく、解除結界が張られているからな。入場と同時に待機解除キャンセルされる」


 残念そうに頷く麗を横目に、可憐がさらに言葉を継ぐ。

 可憐の口から良く解らない単語が出てきたが、要するに、前もってあれこれ準備して、戦闘開始と同時にドンッ! ……というズルはできないということらしい。


「とにかく、絶対に立夏の詠唱をキャンセルされないように四人で完璧にサポート。先生は、メンバーの体力を見ながら臨機応変にヒールをお願いします」


 優奈先生も含め、俺以外の全員がもう一度頷くのを見て、可憐が片手剣を略刀帯にセットする。最後に、俺にはポニーテールの後ろ頭を向けたまま、振り向きもせず指示を出す。


はんちょうは……邪魔にならないように先生の傍にいて」


 俺も頷く……と言うか、項垂うなだれるに近い。

 情けない……。情けな過ぎるぞ、俺!


 その時、どこからともなく鐘の音が聞こえ、戦闘準備室の扉が開く。現れたのは中庭への通路。どうやら今の鐘が入場の合図だったらしい。

 七人で通路を抜けると、そこには眩い日光に照らし出された、約百メートル四方の中庭。


 中庭の奥は金網で仕切られていて、その向こう側にも同じく、約百メートル四方のスペースが広がっている。よく見ると、対戦相手らしいE組のパーティーが入場するのも見えた。

 中庭と名前は付いてるが、東京ドームのホームベースから左右のスタンドまで約百メートルだから、野球のグラウンドが丸々二つ並んだような広大なスペースだ。


 両組のパーティーが中庭に出たのを見計らって、それぞれの魔投門が開かれる。

 重々しい鉄扉の奥から現れたのは、燃えるような赤い眼をした巨大な狼!

 目にした瞬間、その現実離れした異様に総毛立つ。

 

 なんだよ、あれ!?


 全長は約三メートル。

 鋼の口輪は、生徒が噛み付かれないための安全対策だろうか?


「ダイアーウルフか……」


 可憐の表情が曇る。

 前衛の面子に不安を残したまま、魔法使いソーサラーの立夏から注意を逸らし続けるというのが俺たちの作戦だ。見るからに敏捷性の高そうな魔物に不安を覚えたのかも知れない。


「★4の中では、かなり強敵の部類ね」と、華瑠亜も眉をひそめる。


 寝て起きたら世界が改変されていて、あれよあれよと流されながら今に至る。

 戸惑いはしたが、それでもどこかのほほんとした雰囲気に、非現実的な事態が進行していることに対する警戒感がマヒしていた。

 いや、もしかすると、警戒ができるほど気持ちに余裕がなかったのかも知れない。


 しかし今、一歩間違えば殺されるかもしれないようなモンスターと対峙してる。

 正直、ビビリまくってる。自分でも情けないとは思うが、邪魔にならないように引っ込んでて、という可憐の言葉が、今は本当にありがたい。


 だって、三メートルの、狼の化け物だぞ?


 噛まないって言ったって、体当たりでもされればちょっとした交通事故だ。昨日まで普通の高校生だった俺に、何とかできるような相手じゃないだろ?

 武器も、使い魔も、気力ハーレムも……知識も含めて戦う力を全く持ち合わせていない俺にできることなんて、もう何もないんだよ。


 カラーン、カラーン、カラーン、カラーン。


 鳴り響く鐘の音――戦闘開始の合図だろう。

 両組のメンバーが一斉に動き出す。


 前衛が豊富なE組は、楯兵ガードが中央で魔物の注意を惹きつけながら、三人の剣士が切り刻む戦法らしい。

 四分以内にE組にケリをつけられれば負けるが……。


 見た感じは、B組こちらもなかなか頑張っているように見える。

 基本は可憐がショートソードで攻撃しながらスモールシールドで防御。片手剣だから、最初から仕留めることを目的とした装備じゃないのだろう。


 可憐が押し切られると、すかさず紅来が手にしたダガーでヒット&アウェイ。ダイアーウルフが紅来に気を取られてる隙に、立て直した可憐が再び前に出る。

 RPGロールプレイングゲームで言うところの標的固定ターゲッティングというのが上手く回せてる。

 

 三分が経過して、このまま行けるんじゃ? と思い始めたその時、乱れが生じた。

 疲れの見え始めた可憐が、ダイアーウルフの体当たり攻撃でシールドを弾き飛ばされたのだ。


 更に可憐を襲う追加の体当たり攻撃。

 慌てて突き出したショートソードの剣先が、魔物の口輪の隙間に刺さる。

 うるさげに首を一振りするダイアーウルフ。


 鈍い金属音と共に、今度は可憐の手から離れたショートソードが宙を舞う。

 同時に、魔物の口の辺りでぜる金属片の様な欠片。

 剣が破損でもしたのか!?


 可憐と紅来、前衛二人の距離が開く。


「こっちが相手だよ!」


 可憐からダイアーウルフの標的を奪い返すため、咄嗟にダガーを投げる紅来。


「今度はこっちよ!」


 更に、手ぶらになった二人の前衛から注意を逸らすため、華瑠亜が放った矢がダイアーウルフの口輪に当たる。


 直後、その僅かな衝撃で、カランと乾いた音を立てて地面に落ちる口輪。


「!!」


 先刻、可憐のショートソードが当たった際に、もともと緩んでいたネジの一本が口輪から弾け飛んでいたのだ。

 可憐と紅来前衛のふたりの体勢がまだ整っていないうちに、華瑠亜に向かって突進を開始するダイアーウルフ!

 しかも今度は、口輪が外れ、五十センチはあろうかという大きな口を開けながらっ!!


 華瑠亜っ!


 鋭いダイアーウルフの牙!

 あれに噛まれたら、きっと物凄く痛いだろう。

 と言うか、生きていられるんだろうか?


 先にそんなことを考えていたら、きっと足はすくんで一歩も動けなかったと思う。

 でも、その時思い浮かんだのは、弓道部で楽しそうに話す華瑠亜の笑顔だった。


 特別好かれていたわけでもないが、それでも、帰りはたまにコンビニでアイスを買って食べたり、くだらない冗談を言い合って他愛なく笑い合ったり……。

 さっきの戦闘準備室では散々な言われようだったけど、それなりに仲良くやってたんだよ、前の世界ではさ。


 そんな女の子が、目の前であの馬鹿デカイ狼に噛み付かれる?

 そんなシーンが頭をよぎった瞬間、考えるより早く鞄を放って駆け出していた。

 そんな悲しいシーンは、誰だって見たくないだろ?

 とにかく、俺の方に注意を逸らすんだ!


 まだ、魔物の恐ろしさをよく解かっていないだけに、漠然と〝なんとかなる〟なんて思ってしまったのかも知れない。


 本来であれば華瑠亜は、距離を取りながら、体勢を立て直した前衛の後ろに回り込み、標的を奪い返してもらうはずなのだが――

 思わぬ事態に、二の矢をつがえることも、逃げることも忘れて棒立ちになる華瑠亜。そんな彼女を、真横から思いっきり突き飛ばす。


 間に合った!?


 そう思った次の瞬間、左肩から胸・腹背にかけて駆け抜ける激痛!

 体に視線を落とすと、左肩越しに背後から噛み付いてきたダイアーウルフの牙が、俺の上半身に深々と突き刺さっている。

 肋骨が数本浮き上がり、傷口から勢いよく血が噴き出しているのも見える。


 息を吸っても、どこからかヒューヒューと空気の漏れるような音。

 人体に詳しいわけじゃないけど、完全に片肺は潰れたね、これ。

 即死じゃないってことは、心臓は生きてる?

 なぜか冷静さを保っている脳みそがそんな分析をする。


 グルルルルルッ!!


 俺に噛み付いたまま、食い千切ろうと首を左右に振るダイアーウルフ。

 一瞬で意識を寸断されそうな激痛が、再び全身を駆け抜ける。


「紬ぃぃぃぃっ!!」


 俺の名を呼ぶ声の方へ、辛うじて首を捻る。

 霞みゆく視界になんとか捉えた、見覚えのあるツインテール。


 華瑠亜が泣きながら俺の名前を叫んでる……。

 その姿を映したのを最後に、俺の意識は白く、そして視界は黒に塗り替えられた。

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