09.月島薫
『
『それなら
「ちょっと、初美の家に、顔出しにいこうかな。心配してるだろうし」
「じゃあ私も。お礼も言いたいし」と、
俺達がバクバリィへ向かったあと、自警団への通報や各所への連絡をしてくれたのが初美と萌花ちゃんだと言うことは、雫にも伝えてある。
「私も」と、
「立夏も? 昨日も帰ってないけど、大丈夫?」
「夏休みは、暇なので」
別に、暇なら暇で、無理に忙しくすることもないんじゃ?
……とは思ったが、まあそれは人それぞれか。
「じゃあ、みんなで行ってみるか」
◇
初美の家は、俺の地元ウェストフナバシティ駅から徒歩一〇分ほどだ。
因みに、俺の家から初美の家も同じく一〇分くらいの距離。そして、駅から俺の家も徒歩一〇分ほど。
つまり、駅と、俺の家と初美の家を結ぶとちょうど一辺が一キロメートル弱の正三角形になるような位置関係になる。
俺たち三人が初美の家に着いたのはちょうど正午頃だった。
周囲は、俺の家の近所とさして変わらない中流層の住宅街。その中の一軒、やはり俺の家と同じくらいの大きさの
以前、初美を家まで送った時は夜だったので見落としていたが、庭に、母屋とは別の小さな
「あ~、懐かしいな、あの離れ! 昔はよく、三人であそこで遊んだよね」
そうなんだ?
この世界に転送されてまだ二ヶ月にも満たない俺には、当然そんな記憶はないが、雫がそう言うならそうなのだろう。
子供の遊び場のために作られた離れなんて、漫画みたいな設定だ。
お隣さんは、双子の兄弟じゃないだろうな?
とりあえず、玄関扉のドアノッカーを鳴らそうと手を伸ばしたその時――
ギィ、と音がして開いたのは離れの入り口ドア。中から、肩の後ろまで伸びた黒髪を一束に結んだ少女が現れる。
シルク地のようなクリーム色のノースリーブに、トランクスタイプのパンツ。恐らく下着か、それに近い寝巻きだろう。
「うひゃあーーーーーっ!!」
叫び声を上げると、くるりと踵を返して離れの中へ駆け戻っていく。
いや、あの髪、今の声、あれは間違いなく――
「
うん、初美だった。
あんなところで何やってんだ
もしかしてあの離れ、今は初美の部屋?
そう言えば某漫画でも、子供が成長したら勉強部屋になってたな……。
俺たち三人が恐る恐る離れに近づくと、再び出入り口のドアが開く。
「紬くん? ……と、立夏ちゃんも!?」
中から顔を出して話しかけてきたのは……
いつものオーバルフレームではなくロイドフレームの丸眼鏡。
さらに、普段は下ろしているゆるふわアッシュショートの髪も、今日は耳を出して頭の後ろで結んでいるのでかなり印象が変わっているが……確かに麗だ。
「麗も遊びに来てたんだ?」
「あぁ、うん……ちょっとね」
しかし、遊びに来ているにしては……と、俺も心の中で首を捻る。何と言うか、有体に言えば〝洒落っ気がない〟のだ。
別に、女友達と二人で会うのに過度にお洒落をする必要はないとは思う。
ただ、それにしても、普段より明らかに地味だ。化粧っ気もないし、服装も無地のTシャツにショートパンツ。
いくら、家でガールズトークにまったり花を咲かせるだけとは言え、ここまでラフにする必要もないだろう?
まるで、プール掃除のアルバイトにでも来ているような格好だ。
部屋の中を振り返りながら言葉を続ける麗。
「ちょっと待っててね。初美、今、装備変更中……」
「う、うん……っていうか、別にそんな長居をするつもりで来たわけじゃないから、服装なんて何でもいいんだけど……」
「女の子は、そう言うわけにはいかないの!」
そう言って
まあ、さっきの半分下着のような格好で出てこられても困るのは確かだが。
「そう言えば紬くんも妹さんも……大変だったんでしょ?」
突っ掛けを履いて表に出ると、後ろ手で離れのドアを閉めながら麗が訊ねる。事件のことは、既に初美から聞いているらしい。
しばらく、麗を交えて昨日の出来事についてあれこれ話していたが、十五分ほど経ってようやくドアが開き、中から初美が顔を覗かせる。
大胆な、白いオフショルダーのブラウスだが、長い黒髪を前に垂らして上手く露出を抑えている。下に合わせているデニムのガウチョパンツもシンプルなデザインながら、大きなウエストリボンがとても可愛らしい。
先ほどのぼんやりとしたすっぴんフェイスとは打って変わって、マスカラとアイラインでパッチリとした目元に変わり、ほのかにコロンの香りも漂っている。
個人的には、すっぴんの初美も可愛いとは思ったけど。
肩に乗せているのはもちろん、初美のスポークスマン、クロエ。
何と言うか……ここまでバッチリ決められると、ちょっと顔を出しにきただけのつもりなのが逆に申し訳なってくる。
「もう……大丈夫にゃん?」
麗と入れ替わるように表に出てきた初美が、クロエを通して訊ねる。
「ああ、おかげさまで、この通り」
そう言って俺は、雫の肩に手を回す。
お世話になりました、と言いながらペコリと会釈をする雫。
「全然、気にすることないにゃん! お世話といっても、自警団に話したり、あちこち連絡をしただけにゃん」
「それだってとても助かったよ。萌花ちゃんのことも面倒見てもらったみたいだし」
「そんなこと、ないにゃん……」
赤くなって俯く初美。
そのまま、五分ほど、昨日のことについてあれこれ話をする。麗も、初美の後ろでニコニコと話を聞いている。
「そうそう紬くん、お祭りの件、都合聞いたら?」と、リリス。
「ああ、そう言えば……」
昨日、華瑠亜が持ってきたトミューザムダンジョンフェスティバルの話をする。
立夏の手前、それなりに取り繕ってはいたが、
「二十五、二十六……う~ん、その日はちょっと、都合が悪いにゃん……」
ダンジョン攻略メンバーに誘ってみたのだが、クロエが残念そうに答える。
麗にも訊いてみたが、答えは一緒だった。
「今月は、もう、ちょっと……ね?」
そう言って顔を見合わせる麗と初美。
なんだ? この二人でどこかに出掛ける予定でもあるんだろうか。
「なら仕方ない。他を当たってみるよ」
そうそう、それと……と『チート修道士の異世界転生』についても訊いてみる。本を借りる約束をしていたのだ。
ちょっと待ってて、と離れの中へ戻ったあと、直ぐに初美が二冊の本を持って戻ってくる。元の世界の文庫本よりは若干大きい、DVDケースほどの大きさだ。
「ありがとう。じゃあ、借りていくわ」
「読む分と保存用は持ってるにゃん。それは布教用だからあげるにゃん」
布教用? 月島薫教の教祖でもやってるのか
「そっか。よく解らないけど、じゃあ、貰っておく」
今度、何かご飯でもおごるよ、と声をかけるとまた、赤くなって
「じゃあ、俺達はそろそろ……」
「そうにゃ! 気が付かにゃくてごめん。家で、お茶でもしていくかにゃ!? 麗が持ってきてくれたお菓子もあるにゃ!」
「ああ、いや、昨日から家に帰ってないし、今日はもう――」
そう言う俺の肩の上からリリスが身を乗り出す。
「そのお菓子、テイクアウト可能!?」
ほんと
◇
「じゃあ、
初美の家を後にしてすぐ、立夏に訊ねる。
今歩いてきたばかりだし道順は大丈夫だとは思うが……世の中には信じられないような方向音痴もいるからな。
「私も……
「ん? うちに? 来るの?」
頷く立夏に、思わず俺と雫も顔を見合わせる。
「べつに、俺達は構わないけど……立夏は、帰らなくて大丈夫なのか?」
「
今後のため……。今後、何かあるのか?
「解った。じゃあ……行こっか」
◇
自宅に戻ると、親は二人とも仕事で留守だった。雫が、心配をかけないよう詳しい事情は伏せて連絡をしたようで、両親も日常モードだ。
尤も、オアラでの一件を考えると、例え本当のことを話していたとしても似たような反応だった気がしないでもない。それとも、女の子の雫が巻き込まれたとなれば、もう少しうろたえたりもするんだろうか?
いずれにせよこちらの世界では、親が真剣に子供の心配するボーダーや種類は、元の世界に比べるとだいぶ違っているようだ。
とりあえず、湯浴み用のお湯を沸かし、用意できるまでの間、勇哉の家に連絡をしてみることにする。
数回のコール音の後、通話機口に出たのは勇哉の母親だった。
やはり、昨夜遅くに自宅に帰っていたようで、今はまだ寝ているらしい。
いくら遅いと言っても〇時前後には帰宅しているだろうし、もう充分に睡眠も取っていると思うが、まあ無事が解ればそれでいい。
起こしてもらうほどの用向きでもないので、そのまま通話を切る。
華瑠亜もミーティングには呼ばなくてもいいと言ってたし……確かにあの部屋じゃ、四人も五人も集まるのはさすがに狭苦しいしな。そっとしておこう。
「それじゃあ、二人とも、先に汗を流してきたら?」
当然だが追い焚き機能があるわけでもないし、木桶や木の湯船では保温力も無きに等しい。湯浴みは、なるべくまとめて手早く済ませるのがこの世界の基本だ。
「うん。……
「大丈夫」
「使ってない下着もありますけど、お貸ししましょうか?」
「ありがとう」
そんな事を話しながら二人が浴室へ向うのを見届けて、俺も自分の部屋に戻る。
部屋に入ると直ぐ、俺の肩から机の上へ飛んで行ったリリスが、両手を差し出すようなポーズを取る。
「テイクアウトのやつ、早く出してよ!」
「はいはい。ちょっと待てって……」
一応遠慮はしたが、リリスちゃんのためにと、初美がカステラのようなお菓子を三切れほど包んで持たせてくれたのだ。
机の椅子に腰掛け、鞄からお菓子と、借りてきた二冊の本を取り出す。
チート修道士の異世界転生……ようやく読めるのか、この因縁の本を!
少し感慨深い気分になりながら表紙を捲る。
雫と立夏が戻るまで、少し読みながら待ってようか……。
机の上でお菓子を食べながら、俺の持つ本の表紙をぼんやりと眺めるリリス。
「月島薫……」
不意にリリスが、表紙に書いてある著者の名前を呟く。
「ん? ああ、この本の作者な。……それがどうした?」
「なんだ……この本を書いた人、私、解っちゃった」
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