03.新しい使い魔

「見ての通りだ。こいつが俺の新しい使い魔、メアリーだ!」


 室内をぐるりと見渡し、わざと一呼吸置いて更に続けた。


「今後一切、俺の使い魔に指一本触れるんじゃねぇ」


 バッカスが、驚愕と、そして微かにあざけりが混じり合った眼差しで俺とメアリーを凝視する。


「バカな……。亜人を使い魔にするなんて、聞いたことねぇ!」

「前例なんてどうでもいい。亜人だって妖精だろう? 理屈は通ってるはずだ」

「そう言う問題じゃねぇ。お前は馬鹿そうだから教えといてやるが、人外のマナの消費量は、体の大きさやスキルだけじゃなく、脳の活動に大きく影響するんだ」


 チラリと可憐の方を見ると、俺の方を見ながら小さく頷く。

 どうやらバッカスの言ってることは本当らしい。

 人間で言えばブドウ糖のようなイメージだろうか?


「し……知ってるさ!」

「なら、このサイズの亜人を使役する無謀さも解んだろ。塔のせいでマナ濃度が極端に薄い人間の街じゃ、数日で亜人の体調は悪化、半月もあればあの世行きだ」


 そ、そうなの?

 チラリと可憐の方を見ると、俺の方を見ながら、やはり小さく頷いている。


「し……知ってるしっ!」

「亜人もこのサイズじゃ、マナ消費量は他の魔物の比じゃねえからな。人間界で活動するには、高級な薬や魔物肉で大量にマナを摂取し続けるしかねえのさ」


 確かに、薬や魔物肉でマナをずっと摂取し続けるなど、現実的とは思えない。


「もちろん、そんな量のマナを使役者が提供するってのも、現実的に――――」


 と、そこまで話してから、バッカスが何かを思い出したように言葉を切る。


「現実的に不可能…………でもないのか?」

「??」


 訝しがる俺の表情をみて、ニヤリと唇の端を上げるバッカス。


「そう言やすっかり忘れてたが、この集落に伝わる “宝具” ってのが二つあってな。そのうちの一つが、ツムリおまえ魔物使いビーストテイマーが使うようなMP変換石なんだが……」


 おい、その辺の棚にしまってあったよな? と、テーブルに腰掛けていたもう一人の眼鏡の男に宝具を探させながら、バッカスが話を続ける。


「亜人じゃ体内にMP持ってるやつなんていないし、MPの変換量も半端なかったからな。ぶっちゃけ、俺らが持っていても宝の持ち腐れなのさ」


 あったあった、と言いながら、棚を漁っていた男が戻ってくると、テーブルの上に古ぼけて埃の被った灰色のジュエルケースを乗せた。

 宝具と言うわりにはなんともぞんざいな扱いだが、いくら貴重品でも使えない道具となればこんなものかもしれない。


 プーンと、何かおこうのような臭いが漂う。

 これは……ラズベリーか?

 以前、いもうとがアロマに凝っていた時に散々嗅いだので覚えている。

 ただ、今漂っている臭いは、それ以外にも色々な臭いが混ざっているようだ。

 この古ぼけたジュエルケースから臭っているのだろうか?

 蓋を開けると、青白く光るオーバルカットの宝石をしつらえた指輪が入っていた。


 これは……ムーンストーン!?


 恐らく初美はつみが持っていたラピスラズリのリングと同じような、常時放出型のMP変換魔具だろう。

 しかも、俺の誕生石であるムーンストーンだとは……。

 話が出来過ぎていて恐いが、ちょっと運命的なものを感じないこともない。


「どうだい? ちょっとした余興のつもりで、こいつを賭けて一勝負しねぇか?」


 そう言いながらバッカスが、テーブルの上のカードを無造作に掴んで見せる。

 確かに、あれがMP変換魔具だとすれば、咽から手が出るほど欲しい一品だ。

 しかし……未確定とは言え、なぜ、そんな敵に塩を送るかも知れない勝負を?

 そっとメアリーに聞いてみる。


「あの魔具について、何か知ってるか?」

「いえ。もう一つについてはいろいろと噂は聞いているのですが、この指輪については今日初めて聞きました」


 ん~……何か裏がありそうな気はするが、効果についてバッカスが嘘を言ってる風でもないし、一応話を聞いてみるか。


「俺たちが勝ったらその宝具を貰うとして、そっちが勝ったらどうするんだ?」

「俺たちが勝ったら……そうだな、そっちのカリンって女を、一晩自由にさせてもらおうか」と、ニタニタ笑いながらバッカスが答えた。


 んなっ! そんなバカな条件受けられるかっ!

 可憐も思わず、背にしたクレイモアに手が伸びる。


「おおっと! 待て待て! 冗談だよ冗談!」


 嘘け! あわよくば……と、半分は本気だっただろ!?


「冗談はさておき……俺たちが勝ったら、ツムリおまえがさっき、メアリーセレピティコと交わした使役契約な。あれを白紙に戻すってのは、どうだ?」


 はぁ? こいつら、意地でもメアリーを手放したくないのか?

 あんな扱いをしておきながら、どう言うことなんだ?


 とは言え、確かにこのままメアリーを連れて帰っても、マナの確保の当てがあるわけではない。

 それに、使い魔の言い訳が必要になるのは寧ろ、今ではなく人間社会に戻ってからの話だ。

 ここを出るだけなら使役契約なんか無くても、やり方はあるだろう。

 いざとなれば、夜陰に紛れて逃げることもいとわないと思っていたのだから。


 メアリーから火の粉を払うための契約パフォーマンスだったわけだが……そんなものがこの魔具と釣り合う賭け銭になったのなら、ある意味美味しいかも知れない。


「ゲームは……何にするんだ?」


 俺の答えを承諾の意と捉えたのか、バッカスが薄暗闇の中でニヤリと笑う。

 やはり何か裏がありそうだ。

 相手のペースに引き摺られている感じは気になるが――――

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ!


「使うのはプレイングカード。ゲームはポーカーでどうだ?」


 現世界こっちにもポーカーってあるのか……。

 なら、プレイングカードとは日本で言うトランプみたいなものか?

 基本が解っているゲームなら、少なくとも同じ土俵で勝負できる。


「いいだろう。ルールは?」

「ファイブスタッドだ。最初の五枚でお互いにカード交換コールするかどうかを決める。交換は一回のみ。しない場合はダウン。一方がダウンするか、或いは勝負になってもブタ同士であればゲームは流れだ」

「と言う事は……代表戦でやるのか?」

「ああ。こんな勝負、大人数でやっても仕方ないからな」


 先に宣言する方は順番で交替し、六回ゲームが流れた場合は強制的に七ゲーム目で勝負ということになるらしい。

 念のためハンドの確認もしてみるが、やはり前の世界向こうのポーカーと一緒だ。

 因みに、JOKERワイルドカードは使用しない。


「こっちの代表はバッカスおれだ。そっちも代表を決めろ」


 カードをシャッフルしながらバッカスが訊ねる。

 可憐と目が合うと、すぐに首を左右に振るのが見えた。

 ポーカーは知らないらしい。

 あんな目に会ったばかりのメアリーをあいつと勝負させるのも有り得ない。

 となると、やはり俺しか……。


「私がやるわよ」と、肩の上でリリスが名乗りを上げる。

「はぁ? おまえ、ポーカー知ってるの?」

「役くらいは知ってるわ。日本についてはかなり勉強したし!」


 だから、その勉強に使った資料は何なんだ? って言う……。


「それに紬くんパパ、運はEランクじゃん?」


 トゥクヴァルスで信二しんじにしてもらったステータス説明を覚えていたらしい。

 まあ、それが無くても、この一ヵ月半で我が身に起こったことを振り返れば、とても運の良い状態であるとは言い難いが。


「お前の運は大丈夫なのかよ?」

「もちろん! 魔界ハイスクールではラッキーリリスって有名だったんだから!」


 ほんとかよ!? 俺たちがこんな世界に飛ばされたそもそもの発端は、そのラッキーリリスとやらのせいなんだが?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る