02.夜の相手

 はあ? 夜の相手? 何を言ってるんだこのバカは!?

 可憐かれんも、その言葉を聞いてさすがに色を失う。

 さらに、隣へ連れてこられたメアリーに向かって冷たく言い放つバッカス。


「セレピティコ。服を脱げ」


 メアリーがうつむいたまま硬直する。


「ち、ちょっと待て! こんな女の子に……何させようってんだ!」

「身寄りが無くなった男子は労働力として、女子なら家長のめかけとして世話になるのは普通のことだろう。人間は違うのか?」

「んなことあるかっ!!」


 そりゃ、ごく一部でそう言う特殊な事例はあるかも知れないが、いくらこの世界だってそんな非人道的な風習が一般的なわけがない!

 その証拠に、可憐も思わず背中に手を回す。

 ……が、直ぐに剣を預けていたことを思い出してほぞを噛む。

 クレイモアを持っていたなら迷わず抜いていたような勢いだ。


 そんな可憐の様子を見ながら、バッカスがグフっと下品な笑いを浮かべる。

 こいつ、俺たちがこういう反応をすると解ってて楽しんでるんだ!


「お前ら、妙な真似するんじゃねえぞ」と、バッカスが再び口を開く。

「ここで騒ぎを起こせば、ここだけの問題じゃなくなる。下手すりゃ、亜人と人間の協定違反だ。ノームにはノームの風習があるんだ。口出しするんじゃねぇ!」


 そう言ってもう一度メアリーの方を向く。


「セレピティコ、服を脱げ。妾にするって言っても、下見もしておく必要はあるからな。自分で脱がないなら……こいつらにやらせるぞ」


 バッカスが、ニヤニヤしながらテーブルを囲んでいる他の三人を一瞥する。

 男が二人に、女が一人。

 恐らく、バッカスを含めてテーブルを囲んでいる四人が、ジュールバテロウ家の連中なのだろう。


 バッカスの言葉で、諦めたようにメアリーが上着のボタンに手を掛け、ローブを脱ぐ。さらにその下のシャツを二枚とも抜いだところで動きが止まる。


「早くしなさいよっ!」


 テーブルを囲んでいた一人、この部屋では唯一の女ノームがヒステリックに声を上げる。

 水色の髪に白い肌。人間で言えば二〇代後半くらいの面持ちだが、やはり実年齢は八〇歳前後なのだろう。

 美人ではあるが、歪んだ口元やこめかみの青筋がサディスティックな性格を連想させる。


 メアリーがビクッと肩を震わせ、再びおずおずと手を動かして肌着も脱いだ。

 人間で言えば七歳前後の体だ。あらわになったのは、まだ僅かな膨らみすらない、華奢で真っ平らなら童女の上半身だ。

 しかし、こんな形で、多くの大人たちの前で無理矢理服を脱がされるなど、幾ら精神年齢が七歳並みとは言え自尊心を踏みにじられるには充分だろう。


「お~ま~え~らぁぁぁ……何やってんだっ! やめろクズどもっ!」


 叫びながら前に出ようとする俺の両肩を、しかし、キールとクールがガッチリと両脇から押さえつける。

 可憐も、抑えられてこそいないが、バッカスの元から戻ったカールが剣の柄に手を掛けながらしっかりと目を光らせている。

 武器を取られている以上、可憐も迂闊な行動は取れない。


「スカートもだ。さっさと脱げ!」


 バッカスの怒声が容赦なくメアリーに浴びせられる。

 唇を噛みながら腰のホックを外し、スカートからゆっくりと手を離すメアリー。

 細い足を伝い、するりとスカートが床に落ちると、ついにパンツとブーツだけという姿にさせられる。


「こいつ、パンツのお尻に豚なんて描いてあるぞ!」


 そう言いながら、テーブルに座っていた一人……モヒカンの小男がヒッヒッヒッ、とメアリーのお尻をポンポン叩く。

 バッカスも、いやらしい手つきでパンツの上からメアリーの股間を撫で上げ、唾液が溜まったような淫猥な声色で呟く。


「さすがにまだ、男は知らないだろ? 教えてやるよ。さっさとこれも脱げ」


 メアリーの両目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 と、その時――


「その手を……離せ、下衆野郎共……」


 自分でも驚くほど暗澹あんたんとした、凄みのある呟きが口をいて出てきていた。

 このドス黒い感情は、何だろう? 表現するとしたら……そう、“憤怒” だ。

 心の底から湧き上がる、理性で抑えることのできない怒り。

 部屋中の全員が俺の方を見遣り、そして、手に握られた六尺棍ろくしゃくこんに息を飲む。


「な、なんだ、その棒は……? どっから出しやがった?」


 カールがそう言い終る頃には既に、リリスがテーブル越しに、バッカスの咽元へ鋭いレイピアの切っ先を付き付けていた。

 無論、メイド騎士リリスたんモードだ。

 リリスの表情にも、まるで下劣な下等生物を見下ろしているかのような、静かな怒りの色が広がっている。


「ご主人様が手を離せと言ってます。下衆野郎」


 リリスの、怜悧れいりな声と眼差しに気圧され、バッカスと、メアリーのお尻を触っていたモヒカンも慌てて手を引っ込める。


「メアリー、服を着て、こっちへ来い」


 俺の声にハッと我に返ると、慌ててローブだけを羽織るメアリー。

 涙を拭きながら、床に脱ぎ捨てた他の服も拾い集めて鞄に詰めると、すぐに俺の後ろまで駆けて来る。


 もう大丈夫だぞ、メアリー。もうおまえを泣かせはしない!

 可憐も、今度は俺を止めようとはしない。


「今すぐ、昇降穴に案内しろ。でなきゃ、ここで全員たたっ斬る」


 俺の言葉に、バッカスが引きつった笑いを浮かべながら答える。


「お、おまえ、そんなことしたら、どうなるか解ってるのか? 不干渉協定違反者は、例え人間社会に戻っても終身刑か、良くてもかなりの重罪だぞ」

「知ったこっちゃねぇよ。ここでメアリーこいつを助けられないような社会ならこっちから願い下げだ。本気だ!」


 バッカス以外の、テーブルの三人、そして、レアンデュアンティアのカ行三兄弟ブラザーズまでぐるりと一瞥して更に言葉を続ける。


「言っとくが、リリスこいつつえぇぞ。俺が一声かければ、一瞬でこの部屋の全員を串刺しにできる。抵抗するなら、迷わずらせる」


 恐らく今、俺も冷静な判断は出来ていない。それは自覚している。

 でも、メアリーのあんな姿を見せられて冷静でいられるか?

 俺が責任を取ると言ってここまで連れてきたんだ。

 ここでメアリーを放ったらかして地上に戻ることなんて出来るはずがない。

 ノーム全員を敵に回しても、メアリーだけは救ってやる!


 しばし、俺の目を見ていたバッカスが、俺の覚悟を悟ったのか、おもむろに両手を挙げて降参をするようなポーズを取った。


「解った解った。ツムリ? だったか? メアリーの事はちょっとした冗談だよ」

「冗談……だと? あれがか?」

「そりゃ確かに、身寄りのない女が妾になるって風習はあるが、いくら俺だってこんな小さな女の子と楽しむ趣味なんてねぇよ」 


 嘘つけ! やる気満々だったじゃねーか、ロリコン野郎っ!


ツムリおまえ、テイマーか? 先ずはこの使い魔お嬢さん、引っ込めてくんねえかな? 落ち着いて話し合おうぜ?」

「その前にまず、武器を返してもらおうか」


 バッカスが目配せをすると、クールが恐る恐る可憐にクレイモアを返却する。

 それを見て、俺も六尺棍を手放すと、みるみる形を失い体内に納まった。

 同時に、リリスも元のサイズになりながら俺の肩へ戻る。


 いっそっちゃえば良かったな、と、耳元でリリスが呟く。

 いや、よく抑えたよ、と、リリスを褒める。

 打ち合わせをしたわけではなく、バッカスを脅しただけで済ませたのはリリスの判断だが、それは俺の意図と見事に一致していた。

 もしかすると、徐々に俺の思考に同調シンクロするようになっているのかも知れない。


「下手な真似はするなよ。俺に何かがあれば間違いなく使い魔がお前らを殺す。そういう契約で使役してるんだからな」


 これはハッタリだ。

 こんな嘘が通用するかどうか甚だ怪しかったが、「わ、解った」と慌てて頷くバッカスを見る限り、それなりに信じているようだ。

 続けてまた、バッカスが話を続ける。


「ただ……あれだ。今から昇降穴へ向かうのはやっぱり止めた方がいい。緊急時ならいざ知らず、悪い事は言わねぇから明日にしろ」


 確かに、俺もあのコウモリの中を潜って歩くというのはちょっとゾッとしない。

 バッカス達こいつらも、俺たちの為を思ってと言うより、案内役として自分達もそんな場所に足を踏み入れたくないんだろう。

 しかも、今日はリリスを二回使っている。

 無理をして三回目が必要になった時、まともに使役できるかどうか自信がない。

 もちろん、そのことはこの下衆共には秘密だが……。


「解った。但し、メアリーセレップも俺たちと一緒だぞ」

「ああ、解ってる。長老衆のエリアならテントの一つや二つは空けられるだろ」


 長老衆がテント使ってるのかよ。


「ただ……」と、バッカスが言葉を続ける。

「セレップを地上に一緒に連れてくのは無理だぞ? 協定のことは知ってんだろ? 養子だろうが婚姻だろうが、亜人と人間が血縁になるのは禁止されてる」

「ああ。……だが知ったこっちゃない。ここで暮らすために妾みたいなことしなきゃないって話なら、例え人間社会を捨てでも俺はメアリーを連れて帰る」


 俺のローブの裾を、メアリーがギュッと掴むのが背後から伝わってくる。


「まあ、慌てんなって。さっきのは冗談だって言ったろ? おまえらの気持ちもよく解ったし、ここは俺の権限で良くしてくれそうな家族、探してやるよ」


 正直、この手のキャラのこの手の発言が全く信用できないのはお約束だ。

 先程のメアリーへのはずかしめにしても、とても冗談で済ませられるレベルじゃない。


 そもそも、なんでこいつら、メアリーにここまで冷たいんだ?

 まるで、生きていられたら困るかのような態度だ。


 もしかして……何か本当に困る理由でもあるんだろうか?

 だとしたら、仮に有望な家族が見つかったとしても、バッカスこいつの権限を持ってすれば、俺たちが居なくなった後にどうとできるんじゃないか?

 そこまで考えて、俺は一つの結論に達する。


 こんな場所に、メアリーを置いてはいけない。


 少なくとも、こいつらみたいな連中が幅を利かせてるうちは絶対にダメだ。

 なんとか、メアリーを連れて行く理由を探さなければ。

 しかもそれは、こいつ等に対してだけでなく、人間社会に戻っても通用する理由でなければならない……。


「メアリーは……俺が連れていく。バッカス達おまえらには預けておけない」

「おいおい、ツムリさんよ……あんなとこ見た後だから信用できないのも解るが、それは無理だって、今説明したばかりだろ? 連れて行ったところで、捕まって送り返されるのがオチだぜ? そもそも亜人が人間界でなんて……」


 バッカスの言葉には答えず、俺はメアリーの方を向く。

 結婚もダメ、養子もダメならもう、これしか思いつかない。


「メアリー」

「は、はいパパ」

「汝、セ、セレ……セレピティコ? は、死が二人を別つまで、俺の使い魔としてその使命を全うすることを誓うか?」


 メアリーが目を丸くする。

 いや、メアリーだけじゃない。可憐もリリスも似たような表情だ。

 正直、誓いの言葉は適当だ。だいたいこんな感じかな? という文章を勝手に作って言ってみただけなんだが、なんとかそれっぽく映ってるようだ。


「誓うか?」

 

 もう一度問い質す俺の声に、メアリーが二、三度ブンブンと力強く頷く。


「ち、誓いますよパパ!」


 いや、もう、パパじゃ不味いんだけどな……。


 どうよ!? とでも言わんばかりの表情になっていたに違いない。

 振り向くと、そんな俺に見られながら、考え事をするように視線を宙に向けていた可憐が首を捻りながら、それでも小さく頷く。

 彼女にとっても想定外の展開だったようだが、とりあえず無しではないかも……と言った感じだろうか。

 もう一度、バッカスの方を向いて宣言する。


「見ての通りだ。こいつが俺の新しい使い魔、メアリーだ!」

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