第八章 地底の幼精 編 ~カキストクラシー

01.生きていたメアリー

 そう、こいつら、生きていたメアリーを見ても、全くんだ。

 同じノームの仲間なのに、喜ぶどころか、やや早口なやりとりからは迷惑そうな空気すら漂っている。

 まだ……メアリーとノーム達の間に、俺の知らない因縁でもあるのだろうか?


 歩き始めるとメアリーが再び手を繋ぐ。が、今度は俺とだけだ。

 可憐かれんと繋がないのは、そんな和気藹々わきあいあいな雰囲気ではなくなったのもあるが、万一の事態に備えて可憐が警戒モードに入ったことを薄っすら感じているのかも知れない。

 幼くても、さすが守護家の末裔だけのことはある。


「メアリー、こいつらに見覚えは?」


 別に聞かれてまずいことを話してるわけでもないが、三人のノームの耳には入らないよう、ヒソヒソと話しかける。


「レアンデュアンティアの三兄弟ですね。親しくしていたわけではありませんが、面識はあります」


 レアンデュアンティア家……。

 確か、これから連れて行かれるジュールバテロウとかって家と並んで、ノーム族の護衛を勤めている守護家の一つだ。

 メアリーの態度や声色からだけでなく、これまでの経緯から考えてもメアリーがあまり良い感情を抱いていないのは想像に難くない。


 こいつらの会話からもう一つ解ったのは、やはり今の一族を牛耳っているのがジュールバテロウという家の者たちだと言う事だ。

 これから会う人物を “旦那”、 或いは “おさ” などと表現していたことで解る。

 メアリーから事前に聞いていた情報と概ね符合する。


「せっかくメアリーちゃんが(モゴモゴ)、無事だったって言うのに(モゴモゴ)、なんだかリアクションの(モゴモゴ)、薄い連中ね……」

「だからリリスおまえは食ってから話せって」


 集落に近づくに従い、徐々にその全貌があらわになってくる。

 放棄した集落同様、基本的には壁を掘って作られた岩壁住宅が基本のようだ。

 作りは少し粗雑に見えるが、作られた時期がかなり昔だからだろう。


 大きな違いは規模だ。

 岩壁住宅の数が明らかに少ない。向こうの全貌を見てきたわけではないが、比較すると四分の一から三分の一程度の規模に見える。

 実際、地面には多くのテントが所狭しと並んでいる。

 岩壁住宅に住めない層が地ベタで生活をしているのだろうか?


 幾つかのテントや岩壁住宅の入り口にはランプが掛けられており、遠くから最初に見えた明かりもそれらの灯火ともしびだったようだ。


「あれは……セレップか!?」

「セレップだ! 生きていたのか……」


 集落に入ると、俺たちに気がついた住民たちが次々と驚嘆の声を上げる。

 その声で更に、テントからも人影が出てきては、俺と手を繋いでいるメアリーを見て次々と同じように呟く。

 進むに連れ、呟きの連鎖で周囲が一種異様な空気に包まれていく。


 険悪……というほどネガティブな感情ではないが、少なくとも皆の口調から “困惑” に似た雰囲気は感じ取ることができた。 


メアリーおまえ、ここではセレップって呼ばれてたんだな?」

「はい。いつもパパとママがそのように紹介してましたので」


 メアリーが、人目を避けるように慌ててフードを被りながら答える。


「確かに、本名はかなり長いからな。呼び合うにはちと不便だしな」

「それもありますが……この集落ではみな、あまり本名は使ってないのですよ」

「そうなのか。……因みに、なんで俺たちには “メアリー” と?」

「特に理由はないです。ただ、セレップは可愛くないので、適当に作りました」


 適当かよ!


 しばらく、住民達の好奇の目に晒されながらテントエリアを進む。

 ノームも、見た目は人間とあまり変わらないように見えるが、長い地底生活のせいか、肌は色白でかなり色素が薄い。

 身長も、平均的にやや小柄なようだ。

 人間と似てはいるが、かといって俺たちをノームとは別の種族だと認識できないほど酷似しているわけでもない。

 オランダの、マルケン辺りの民族衣装にも似た、ノーム達のカラフルな装束も地味なローブを纏った俺たちの姿を逆に浮き上がらせていた。


 五分ほど歩いて壁際に辿り着くと、そのまま前の二人が階段を上り始める。

 俺たち三人も、縦に並んでそれに続く。

 やはり、ジュールバテロウと言われる連中は岩壁住宅の方に住んでいるらしい。

 予想はしていたが、岩壁組とテント組の間には格差があるのだろう。


 折り返し折り返し、階段を上ること三回。

 結局、辿り着いたのは最上階だった。

 前の二人が、一際ひときわ大きな扉の部屋の前に立つと、ノックをして中に声を掛ける。


「レアンのカールです。只今、斥候から帰還しました」


 おう! 入れ! と、中からの声を待って、前の二人がドアを開けて入室する。

 更に、可憐とメアリーと俺、そして肩の上のリリスも一緒に続く。

 可憐が入室する直前、最後尾から付いてきていた三人目の男が声を掛けてきた。


「おい、女。カリン……と言ったか? 武器は外してもらおう」


 可憐が、クレイモアを外して男に渡す。

 武器を預かった男が最後に入室してドアを閉めた。


 中へ入ると、壁には四つのランプが見えるが、斥候係がランタンの火を落とすと途端に薄暗くなる。

 広さのわりに、ややランプが少ないようだ。

 部屋のやや奥まった場所で、テーブルを囲んで四人の男女が何やらトランプに似たカードゲームのようなものに興じているのが見えた。

 そのうち、一番奥、入り口から見て正面の席に座っていた大柄のノームが、顔を上げてギロリとこちらを一瞥する。


 顔に刻まれた皺から、人間で言えば歳の頃は四〇~五〇代に見えるが、ノームのよわいに直せば一二〇~一五〇歳ということになるのだろう。

 やや広い額を隠すことなくオールバックにした赤髪。

 蓄えられた赤い髭は、顎の横に鋭角に突き出すように整えられている。

 体つきも図太く筋骨隆々で、見るからに屈強な戦士と言った風貌。


「おお。キールとクールも一緒だったか。で……あの松明らしき炎の原因は……そいつらか?」


 赤髪のオールバックがレアンの三兄弟に訊ねた。

 カール、キール、クール……。カ行兄弟ブラザーズか!

 覚えやすくていいな。


「ああ。どうやら、地震で崩落に巻き込まれた人間と……」


 扉の前でカールと名乗った、恐らく長兄の男が答えながら、メアリーのフードを乱暴に掴んで後ろへずらす。

 一緒に髪の毛も引っ張られたのか、メアリーの頭も後ろへ引っ張られてのけぞると、バランスを崩して転びそうになった。


「おいっ!」 と、カールに一喝しながら慌ててメアリーを支えるが、しかし、そんな俺に構うことなくカールが続ける。


「アウーラ家の、セレップです」


 ほう! と、赤髪のオールバックが重そうな瞼を持ち上げ、見開いた瞳でメアリーに鋭い視線を投げかける。


「そうか…… 生きていたのかセレップ……いや、セレピティコ」


 メアリーの肩がビクっと震える。

 セレピティコ……そっか、そう言えばメアリーの本名はそんな名前だったな。

 赤髪オールバックが、擦れた低い声で更に問い掛ける。


「返事はどうした、セレピティコ?」


 尚も黙り続けるメアリーに対して、三兄弟の一人が怒号を浴びせる。


「おい、セレップ! バッカスの旦那が話してるんだぞ! 返事くらいしろや!」

「は……はい」


 メアリーが、ようやく、小さく震えながら、消え入りそうな声で返事をする。

 そんなメアリーを抱き寄せながら、思わず俺は声を上げていた。


「おいおいおいっ! 何なんだよおまえら! 同じノームの仲間だろうが!? せっかく仲間が生きてたってのに、その冷たい態度は何なんだよ!?」

「止めろっ!」


 慌てて可憐が制止するが、一度せきを切ってしまった言葉は止まらない。

 状況も良く解らないまま、自分でも軽率だとは自覚はしていたが、これ以上震えるメアリーを前に黙ってなんていられない。


「こう言う時はさ、よく生きてたな、って、皆でハグでもして喜び合うのが普通じゃないのか? しかも、こいつの両親はお前らを守って死んでいったんだぞ!?」


 バッカスと呼ばれた赤髪オールバックが、しかし特に怒った様子もなく、先ほどメアリーに怒鳴った三兄弟の一人に訊ねる。


「おいキール。何だこの小僧どもは?」

「名前はツムリとカリンと言うそうです。なんでも、セレップの両親の魂が乗り移ってるとかで、一時的に親代わりをしているんだとか……」


 キールの説明を受けながら、俺の足元から頭の上まで舐めるように見た後、バッカスが「フン」と鼻を鳴らして話しかけてくる。


「で? お前の方が……ツムリと言うのか? 今でも律儀に家族ごっこに付き合ってる、ってわけか?」

「家族ごっことか、そんなの関係ねぇよ。メアリーこいつは俺達の命を救ってくれた恩人だ! そいつが震えて恐がってれば庇うのが当然だろ!」

「なるほど……」


 バッカスの唇が歪む。

 初めて、何かを楽しむような感情がその表情から見て取れた。


「おまえらの希望は?」

メアリーこいつの、今後の生活の保障と、俺達の地上への帰還だ」


 バッカスが、少し何かを考えるように俺たちを一瞥した後、再び口を開いた。


「解った。地上への帰還は約束しよう。昇降穴はそれほど遠くはないが、コウモリの巣の出入り口に位置してる」


 コウモリと聞いて、オアラ洞穴で地震前に遭遇した大群を思い出す。

 また、あんな中を通っていくのか?

 バッカスが更に説明を続ける。


「この後、陽が落ちるに従ってコウモリの活動も活発になるからな。寝床は用意するから今夜は村で泊まっていけ。明日の昼間、手下に案内させよう」

「お……おう。解った。ありがとう」


 なんだよ、意外とすんなりじゃねぇか。

 しかし、それだけではまだ必要事項の半分だ。更にバッカスに訊ねる。


「で、メアリー……セレップの今後の生活はどうなる?」

「それはお前らの預かり知らぬことだ。とりあえず今夜は、同じ守護家としてジュールバテロウ家か、レアンデュアンティア家が預かる」


 バッカスがそう言うと同時に、カールが強引にメアリーの手を引いてバッカスの元まで連れて行く。


「お、おいっ! ちょっと待て!」


 慌てて追いかけようとする俺の前に、キールとクールが立ち塞がる。

 構わず二人に掴みかかろうとする俺の後ろで可憐の声がした。


「落ち着け! 一旦退け!」


 小さな声で、しかし、強い口調で呟く。

 その様子を見ながら、再びバッカスが、唇を歪めて品のない笑みを浮かべる。


 亜人と人間の関係については、デリケートな問題を含んでいるというのはなんとなく感じ取ることができた。

 しかし、かと言ってこいつらにメアリーを預けるだと?

 さっきの様子からも、はいそうですかとすんなり従っていい相手には思えない。

 しかし、そんな思惑をさらに上回る衝撃の発言がバッカスの口から飛び出した。


「まだ幼いが……まあ、ギリギリ夜の相手も務まるだろう」


 はあ? 夜の相手? 何を言ってるんだこのバカは!?

 さすがの可憐も、その言葉を聞いて色を失う。

 さらにバッカスが、隣へ連れてこられたメアリーに向かって冷たく言い放つ。


「セレピティコ。服を脱げ」

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