08.ペンデュラム
「ここで
「異論は無しだよ、華瑠亜。キャンプの用意はしてないし、許可のない野外キャンプがバレたら退学ものだしね」
「え……ああ、うん。分かってる」
「次はスムーズに来られるようにルートもしっかり記録したし、まずはこっちの安全確保が最優先。本番は明日!」
「分かってるってば!」
眉根を寄せる華瑠亜の肩を、紅来がポンポンと叩く。
「ならいいけど」
そう言いながらニッコリ笑うと、今度は
「ペンデュラムの方は、どう?」
「え~? 何~?」
麗が訊き返す。
夏の林の中、少し離れると蝉のざわめきで声が掻き消されてしまう。
「ペンデュラム! ど~お!?」 と、今度は少し大きな声で再び紅来が訊ねる。
「ん~、ちょっと風が強くて上手く観測できないわね!」
麗の返事を聞きながら、雲の流れを確認する紅来。
まだ夕方には早い時間帯だが、陽が傾くにつれて少しずつ風が強くなっている。
紅来と華瑠亜も歩み寄り、麗と一緒に風除けになるように初美を囲む。
こんな大勢に(と言っても三人だが)囲まれて注目されるなど滅多にないことなので、初美の顔が緊張でみるみる赤くなる。
「初美ぃ~、しっかり!」と、麗が声を掛ける。
四人の中心で、振り子がゆっくりと動き出す。
対象に近づくほど ”円” に近い形の揺れに変わるらしいのだが、今のところはまだ直線的なスイングラインだ。
揺れた方向を確かめると、クロノメーターで現在位置を確認しながら紅来がマップにそれを記す。
「何か分かった?」と訊きながら華瑠亜が、続いて麗と初美もマップを覗き込む。
「うん。この赤いラインに沿って、今日は四回ダウジングしたわけだけど……」
そう言いながら紅来が、それぞれの印から地図の右上に向かって線を引く。
「各地点の揺れ方向に沿って延長線を引いてみると……あら不思議!」
多少のズレはあるものの、四本の線が、最終的には約二〇〇メートル四方のエリアに収束していくのが解かる。
今いる場所から、更に五キロ程東北東に向かった地点だ。
華瑠亜が目を輝かせて訊ねる。
「もしかして……この辺りの地底に今、
「
「そ、そうよ! 可憐も、リリスちゃんも、紬も、みんなよ! でも、紬が班長だから代表して紬が、て言ったの。わ……悪い?」
「い、いえ、別に悪くはないですし、そこまで過剰に反応されても……」
苦笑いする紅来を見て、自分でも大袈裟な反応をしたことに気づいたのか、更に華瑠亜の顔が赤くなる。
「明日は、このエリアまで真っ直ぐ行くの?」と、今度は麗が訊ねる。
「そうね、その予定。念のため、また途中で何度かダウジングはするけど」
「可憐と紬くんも、下で移動してるのかな?」
「この場所ですら、地下空洞にあった地下河川からはだいぶ北にズレてるからね。更にここよりも五キロ先となると……そうだね」
移動してる可能性が高い、と言う意味だろう。
「じゃあ、暗くならないうちに、帰ろうか」
紅来の言葉を合図に、マップを囲んでいた四人が頭を上げる。
撤収するわよ~! と、周囲を警戒していた
「初美、お疲れさま! ペンデュラムはまた明日も使うし、初美が保管してたら?」
麗の言葉に初美も小さく頷き、丁寧にハンカチで包んで鞄にしまいこむ。
その様子を、華瑠亜が薄目で眺めている。
そんな華瑠亜の様子を知ってか知らずか、眼鏡を上げ直しながら麗が続ける。
「なんて言ったって、ペンデュラムが初美を “紬くんの彼女候補” に選んだんだからね! 頑張ってね!」
「ちょぉっと待ったぁーー!」
半眼だった目を大きく見開きながら、華瑠亜がすかさず右手を挙げる。
「なにその、
「そ、そのまんまよ。 一番、紬くんに対して想いが強いのが初美、ってことになったんだから、紬くんに一番合っているのも初美ってことに……」
華瑠亜がツインテールを振り回しながらブンブンブンと首を振る。
「何よその、飛躍した理論は!? それはあくまでも一方的な感情の話で、
「それはそうだけど……初美なら、大丈夫じゃない? 美人だし」
「そもそもね、 ペンデュラムはあくまでも “捜索係” として初美を選んだんだからね! 勝手にここで彼女候補とか、そう言う話をするのは、どうかと思うなぁ」
お~い! おまえら! まだ行かないのかよ!?
先に歩き始めた勇哉が振り返って女子達に声を掛ける。
大した魔物が出ないことは確認済だが、それでも公式には準空白地域だし、念のため前衛職の勇哉と歩牟が帰りも先頭だ。
「と、とにかくね、あまり勝手な事を言ってると、
そう言いながら華瑠亜がプンスカと先に歩き始めた。
その後を、少し離れて初美、更に最後尾に、紅来と麗が並んで続く。
「
「なんか楽しそうじゃん」と、麗もニッコリ微笑む。
「
「
ケラケラと笑う二人を、華瑠亜と初美が振り返って不思議そうに眺める。
◇
徐々に近づく集落の明かりを前に、みんなの口数も自然と少なくなる。
……いや、可憐はもともとこんなもんか。
リリスも、話し相手がいればこそ、だ。
つまり、メアリーが黙りこくってしまったのが静かになった一番の要因だ。
「え~っと……距離はあとどれくらいだろ?」
静けさに居心地が悪くなり、言葉を掛けてみるが誰も答えない。
「
やっぱり、誰も答えない。あれ? 俺、無視されてる?
肩の上を見ると、リリスが黙々と干し肉をかじっている。
今は食べるのに忙しいらしい。
メアリーは先程からずっと俯いたままだ。
「向こうでもそろそろ、こっちに気づく頃かな~」
「…………」
「(ムシャムシャ、モグモグ、ムシャムシャ、モグモグ)」
沈黙する可憐とメアリーをよそに、リリスの
き、気不味い……。
と、ようやく可憐が口を開く。
「五〇〇メートルくらいかな」
「え? ……あ、ああ、最初の質問の答えね。……
「ほぼ暗闇だし、目測に時間が掛かった」
いや、別に、そんな正確な答えを求めていたわけじゃないけど……。
松明は、もう大丈夫だろう。向こうには気づかれてるかもな……と更に可憐が、残りの質問にもまとめて答える。
そして、再び訪れる沈黙。
話題、膨らまないなぁ……。
その時、メアリーが繋いでいた手を離すと、慌てて俺の後ろに隠れた。
「め、メアリー? どうした?」
「シッ! 誰か(モゴモゴ)来るわ、(モゴモゴ)紬くん(モゴモゴ……)」と、リリス。
「食うか喋るかどっちかにしろ!」
程なくして、目の前にぼぅっと浮かび上がる三つの人影。
相手は明かりを持っていなかったため、気づくのが遅れた。
「止まれ。何者だ、お前ら?」
人影の一人が声を掛けてきた。
威圧や敵意と言った感情は、その声色からは感じられない。
僅かな戒心を持って、事務的な確認作業をするような淡々とした口調だ。
「ほらやっぱり。カトゥランやウルは間違いなく死んだんだって……。こいつらは別人だ」
最初の人物とはまた別の人物が、他の仲間に話しかける。
カトゥラン? ウル? どこかで聞いたような……。
後ろで、俺のローブを握るメアリーの手がピクリと震えるのを感じた。
そうか、思い出した!
確か、メアリーの本名のミドルネームがそんな名前だったような。
「じゃあこいつら誰なんだよ。他にこの方向からくる奴なんて……」
この甲高い声はまた別の、三人目の声だろう。
「だから今訊いてるだろ! おい! おまえら、何者だ?」
先程よりもやや苛立ちを増したような声で、再び最初の人物が問いかけてきた。
これ以上黙っているといよいよ険悪になりそうだぞ。
「私たちは……」と可憐が口を開きかけたとき――――
「ツムリとカリンですっ! メアリーの、新しいパパとママですっ!」
可憐の言葉を遮るように、俺の後ろから突然メアリーが大きな声で答える。
目の前の三人に、初めて動揺が走るのが感じられた。
「お、お前……セレップかっ!?」
セレップ? そう言えばメアリーの本名、セレ……何とかだったな。
やはり目の前の三人は、メアリーと一緒に暮らしていたノームの仲間で間違いなさそうだ。
「い……生きてたのか……どうして……」
別の一人が、驚きを隠しもせず呟く。
どうして? まるで生きてちゃ悪いみたいな言い方だな?
可憐が改めて答える。
「私たちは人間だ。先日の大地震で崩落に巻き込まれ、地底に落ちたところをこの子に助けられたのだ」
「人間……だと? じゃあさっきの、パパだのママだの、って言うのは?」
やや、空気が
そう言えば、人間と亜人の間で婚姻だの養子だのという話題は厳禁だと、可憐が説明してくれてたな。
「ツムリとカリンは、パパとママが死んでちょうど四十九日目に現れたのです。つまり、パパとママの魂が、メアリーを心配して二人を遣わせてくれたのです」
「四十……九日、だと?」
三人のうちの一人が、不思議そうに呟く。
「お前の両親……カトゥランゼルとウルが死んで、まだ二週間くらいだろ?」
な、なんですと~!?
地底で正確な日数を数えてられるなんて凄いとは思ってたけど……全然違うじゃね~かっ!
「日数なんて関係ないのですっ! 気持ちの問題です!」
いやいや、関係ない、ってことはないだろ?
四十九日ってのが、この家族ごっこの結構な根拠になってた気がするんだが?
ふと横を見ると、さすがに可憐もやや驚いた表情を浮かべている。
「まあいい。とりあえず、ジュールバテロウの旦那んとこ、連れて行こう」
「そうだな。……おい、人間! ツムリと……カリンと言ったか?」
違うけど、まあ、判別できればそれでいいや。訂正するのも面倒臭い。
「
「セレップも一緒に来い」と、別の一人が付け加える。
「解かった。……案内してくれ」
可憐が答えると、三人のうち二人が前を歩き、もう一人が後ろに付いた。
前の二人のうちの一人と、後ろのもう一人が炭火でランタンに火を入れる。
こちらへ来る時は、気づかれないように敢えて点けていなかったのだろう。
明かりは二つのランタンで充分そうなので、消えかけている松明はここで放棄することにした。
それにしても、何か違和感を感じる。
そしてその違和感の正体は既に解っている。
そう、こいつら、生きていたメアリーを見ても、全く
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