04.契約

「マナ濃度が、薄いです……早く、正式な、使役契約を……結ばないと……」

「とりあえず……そんなこと……上に行ってから考えなさい……よっ!」


 メアリーの不満に、ランタンを抱えながら答えるリリス。

 今の体長サイズでは、ランタンと言えど、持って飛ぶには重そうだ。


「ほんとに……こっちが出口で……間違いないんですか!?」

「間違いないわよ……左側はすぐに落とし穴みたいに……縦穴が下に続いてたから」


 右側通路も、少し進むと縦穴が……こちらは上に向かって延びていた。

 今はその岩肌をメアリーがよじ登っているところだ。

 俺は念のため、落下に備えて下で待機中だ。


「もうちょっと(ハァハァ)、よく(ハァハァ)、手元を照らして下さいよ(ハァハァ)」

「贅沢(ハァハァ)、言わないでよ(ハァハァ)、ランタンこれも重いんだから!(ハァハァ)」

「息(ハァハァ)、上がってますよ(ハァハァ)、もやしっぺ(ハァハァ)」

メアリーあんたこそ(ハァハァ)、この、もやしっ子が(ハァハァ)」


 聞いてる限りでは、もやしっ子同士のののしり合いだ。

 喋れば余計疲れるだろうに、あいつらは黙ってるってことが出来ないのだろうか?


「もう少しだ! 頑張れ!」


 先に登っていた可憐かれんが腕を伸ばす。

 程なくして可憐の手を掴むと、一気に上へ引き揚げてもらうメアリー。


「うわおぅ! ママすごいです!」

「軽いからな、メアリー」


 その側で、リリスもランタンを置いてペタンと座り込む。


「もう疲れたっ! ……紬くん、明かり無しでもいい?」

「ああ、いいよ、そこに置いておいてくれれば」


 そう言って俺も、上から漏れる僅かな明かりを頼りに壁面を上り始める。

 鍾乳洞は定期的に地下水が滲み出るのため、湿度が高く壁面も湿っている。

 暗闇の中で濡れている物を掴むというのは、なかなか気持ち悪いものだ。

 やっぱり、無理してでもランタンで照らしてもらうべきだったか?

 気分的にはボルダリング選手なのだが、実際はへっぴり腰でゆっくりと壁を上っていくという、端から見ると俺もなかなかのもやし・・・っぷりだ。


 三メートルほど上ったところで「もうちょっとですよ」と言うメアリーの声。

 まだ一メートル以上は残っていたと思ったが――――

 上を見ると、可憐がこちらへ向かって右手を伸ばしている。

 俺も、手を伸ばせばもう掴めそうな位置だ。


「いやいや、いいよ可憐。さすがに女の子に引き上げてもらうわけには……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと掴め」

「は、はい……」


 濡れた手の平をローブで軽く拭いて、可憐の右手を掴む。

 引っ張ってもらいながら壁面を上って行こうと思っていたのだが……突然、体に感じる浮遊感。


 「え!?」


 ふわりと壁面から両手足が離れたかと思うと、次の瞬間には体ごと壁の上へと引っ張り上げられていた。


「うわおぅ! ママすごいです!」と、先程と同じ賞賛を繰り返すメアリー。


 ほんと、凄いです……。

  

「ちょっとぉ! 今度は、縄橋子なわばしごくらい……付けておいてくださいね!」


 メアリーが胸元の神水晶に向かって話しかける。

 通信機代わり?

 ガウェインは聞いてくれてるだろうか。


 壁を上りきった所からは、並んで歩けるほどではないが、それでも大人一人が普通に立って歩けるくらいの窟路が続いている。

 先頭の可憐がランタンを持ち、その後ろからメアリー、最後尾に俺が続く。

 時折、頭に当たりそうな鍾乳石があると可憐が注意を促した。


「その水晶があればさ、バッカス達の企みももっと早く気づけたんじゃないのか?」


 ふと思ったことをメアリーに聞いてみる。


「これは、もう片方の水晶を持っている人の五感に同調するか、或いは、水晶に映った光景を覗き見るだけですからね」

「ふむふむ。……つまり?」

「まったく! 相変わらずにぶちんですね。つまり、引き出しの中に入れるとか、布でも掛けておけば透視なんてできない、ってことですよ」

「ああ、なるほど。そんな物理的なシャットアウトでいいんだ」


 もう少し、霊視みたいな感じで特殊な力でも働いているのかと思ったが、少なくとも透視に関しては防犯カメラみたいなものだと思えばいいのか。

 少し歩くとまた、さっきの天然の大広間・・・・・・ほどではないが、小部屋程度の、少し広い場所に出る。


「一旦、ここで休もうか? 集落で分けてもらった果物も残ってるし……」

「賛成~!」と、可憐の言葉にリリスも手を挙げる。

「パンとチーズも、ちょっと飽きてきたところだし!」


 俺も、そして恐らく可憐も、休憩を必要とするほど疲れてはいない。

 リリスの食事の件はどうでもいいとして……少し気がかりなのがメアリーだ。

 ここに来て急に、息も上がってきているし、よく見ると顔色も悪い。

 それぞれ適当な岩に腰かけ、可憐が赤いざくろのようなフルーツを皆に分けるが、メアリーはそれにも手を付けようとしない。


「どうした? 気分でも悪いのか?」

「いえ……その、気分と言うよりも、急にマナ濃度が低下してきまして……」


 心配そうに顔を覗き込む可憐に、メアリーが俯いたまま答える。

 そう言えばさっき、岩壁を上ってる時もそんなことを言ってたな。

 マナ不足で体調が悪化するのは二~三日後だと言ってた気がするが……。


「そんなに、急激に影響がでるものなのか?」と、俺も訊ねる。

「まだ、低濃度の大気に体が慣れていないのと、長時間歩いたり壁を上ったりして、体に負担が掛かっていたからだと思います。メアリーはデリケートなのです」

「何か、マナ抜きしてない食料でも、持ってきてないのか?」

「ええ……大丈夫です、少し休めば落ち着きます」


 メアリーにしろ、送り出したガウェインにしろ、マナ対策をしていないのは迂闊に思えたが……恐らく俺の〝呪いの指輪〟によるマナ変換を当てにしていたのだろう。

 正式な使役契約とやらも、地上に戻ってからゆっくりと……と思っていたのだが、急いだ方がいいかも知れない。


「その……正式な使役契約、ってやつ? 何か必要な段取りがあるんだろ? それ、もう、ここでやっていっちゃう?」

「はあ? こんな……みんなが見てるところでやれるわけないじゃないですか? アホですか!?」と言って、頬を赤らめるメアリー。

「みんなって……他には可憐とリリスしかいないじゃん……」


 と言うか、内容も解らないのにアホ呼わばりされても……。

 まあでも、こう言う契約のお約束や、今のメアリーの反応をかんがみるに、どんなことをするのかおおよそ想像はできる。


「もしかして、誓いの口付けでもしなきゃない……とか?」

「ええ!? ど、どうしてパパがそれを知ってるんですかっ!?」

「いや、まあ、なんとなく……。お約束みたいなもんだし……」

「そ、そうですか……。パパは……いやじゃないですか?」

「い、いや、別に、キスくらい……。外国じゃ挨拶みたいなもんだし」

「どこですか? その破廉恥な外国は……」


 やり取りを見ていた可憐が口を開く。


「気になるようなら、私は席を外してようか?」


 別に、形式的なものだろうし、こんな子供との軽いキスくらいなら見られてたって俺は平気なんだが……。


「では、そうしてください」と、メアリー。

「なんだなんだ? 俺と可憐のことは散々煽ってたくせに、自分が見られるのは恥ずかしいのか?」


 茶化すように言う俺をキッと睨むメアリー。


「やかましいです! 事情を知らない人は、口出ししないで黙っててください!」

「は……はい……」

「あ、ちょっと待ってください、ママ!」


 スッと立ち上がる可憐をメアリーが慌てて呼び止める。


「行く前に、メアリーとパパの指を、切っ先で少し切ってください」


 言われた通り、可憐が俺たち二人の指を、クレイモアの切っ先で少しだけ切る。 

 二人の人差し指の腹の上で、ぷっくりと血が滲み、米粒ほどの大きさになる。


「じゃあ、私はそこを曲がったところにいるから」と立ち去る可憐。

「リリっぺも! あっちに行ってください!」

「ええー! 私もぉ!?」


 メアリーの言葉に、リリスも食べかけのフルーツを抱えてふわふわと可憐を追う。


「紬くん、ロリコンだから気をつけてねぇ」と、去り際に余計な発言をする。

「ロリコン? なんのことですか?」と首を傾げるメアリー。

「いい。気にするな」


 二人の姿が見えなくなったことを確認して、メアリーがこちらへ向き直る。


「では、始めます。まずは血の契りからです。お互いに相手の血を飲みます」

「お、おう。解った」


 まあ、これもありがちだ。

 剣で切った指を前に差し出すと、メアリーがその指先を咥える。

 メアリーの口の中で、俺の指先を撫でるように小さな舌が這うのが解る。


 俺も、差し出されたメアリーの人差し指を咥える。

 口の中に、僅かに広がる血の味。

 ノームの血でも人間と同じような味がするんだな……。

 お互いに血を飲み合うと、再び説明を始めるメアリー。


「それでは、今からいよいよ、契約の〝くちづけ〟を交わすわけですが……」

「お、おう……」

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