05.くちづけ
「それでは、今からいよいよ、契約の〝くちづけ〟を交わすわけですが……」
「お、おう……」
サッとやってくれりゃいいのに、
「これは、うわべだけで口付けをすれば良いという話ではありません」
「……と、言うと?」
「使役者との絆を確かめる儀式です。使い魔も〝亜人〟ともなれば、単なる使役契約ではなく、精神的な絆も強くしてヤル気を出してあげなければなりません」
「う、うん……なるほど」
「パパは……メアリーのことを愛してますか?」
「へ? も、もちろん……」
いきなりプリミティブな質問がきたな。
まあ、愛してると言っても、娘……みたいな存在としてだけど。
「ちゃんと、こっちを見て言ってください!」
「は、はい。もちろんです!」
「もちろんですじゃないです! ちゃんとメアリーを愛してると言ってください!」
なぁ~んじゃこりゃ!?
確かにこれは、可憐もリリスもあっちに行っててくれて助かったわ。
「俺は……メアリーを、あ……アイシテ、ル……」
「なんだか、カタコトですが……まあいいでしょう」
メアリーは満足そうに頷くが、俺はそれどころじゃない。
こんなセリフ、元カノにだって面と向かって言った事はない。
相手が子供とは言え、一気に自分の顔が火照るのが分かる。
「パパの気持ちは分かりました。……まあ、メアリーはそれほどでもないですが」
「おいっ! そりゃないだろ!」
「まったく……パパも冗談が通じないですね。あんな恥ずかしいセリフ、面と向かって言えるわけないじゃないですか」
こ……こいつは……。
と、その時、不意にメアリーが近づいてきて、俺の耳元で吐息と共にそっと囁く。
(メアリーも、アイシテマス)
正直、どういう顔をしていいのか全く分からない。
相手を上げたり下げたり、下げたり上げたり――――
もしかして
とりあえず、子供相手に「う、うん……」となんとか頷くのが精一杯だ。
耳元から口を離したメアリーも、さすがに頬を赤らめて俯いている。
まあ、わざとやってる、ってわけでもないみたいだが……末恐ろしい娘だ。
「では、いきますよ」
束の間、俯いていたメアリーだが、再び顔を上げる。
トロン……と、半分だけ開いた瞼の奥で潤んだ眼が、ぼんやりと俺を見つめる。
暗がりのなかでも輝くような艶やかなブロンド、透き通るような白い卵肌、吸い込まれそうな碧い瞳、いかにも傷つき易そうな薄い桜色の唇……。
改めて、はっきりと認識する。
幼くはあるが、完璧な美少女であることは間違いない。
思わず惹き込まれそうになる気持ちを振り払うように、俺は両手を広げる。
「お、おう。来いっ!」
「そんな……『やってやるぜ!』みたいな表情の人とキスなんてできるわけないじゃないですか! とりあえず目、瞑って下さいよ!」
「お、おう……そっか……」
俺が目を瞑ると、徐々に近づく衣擦れの音。
顔に感じる、メアリーの息遣い。
俺の唇に、そっと、メアリーの柔らかい唇が重ねられる。
そのまま、何秒経っただろうか?
……え~っと、少し長いぞ? もうそろそろ、よくない?
唇を離そうと、顔を少し後ろに下げようとした瞬間、俺の首にメアリーの手がくるりと巻き付き、グッと彼女の方へ引き寄せられる。
「!?」
メアリーの閉じていた唇が、俺の唇を押し開けるように開く。
顔を斜めに傾け、俺の口元に、吸盤のように隙間を埋めながら吸い付く、ふわふわとした感触。
メアリーの舌が侵入し、探し当てた俺の舌に絡み付くように動き回る。
なんじゃ、こりゃぁぁぁ~!?
慌てて突き飛ばそうとも思ったが、しかし、契約の儀式であることを思い出す。
途中で中断して使役契約が不成立にでもなれば、また始めから……いや、下手をすると、再契約不可能、なんて話もよくあるパターンだ。
とにかく、詳しい事が解らないのでメアリーに任せるしかない。
メアリーの舌を避けるように俺も舌を動かすが、それが逆に、メアリーの舌技に応えるような動きになってしまう。
これじゃダメだ! できるだけじっとしてよう!
そう決意して、俺は腰掛けている岩と同化する。
どれくらいの間そうしていただろうか。
恐らく、時間的には十秒もなかっただろう。
しかし、早鐘のように鳴り響く鼓動のせいで永遠にも感じられる十秒だった。
やがて、ゆっくりと唇を離すメアリー。
互いの唇から引いた透明の糸が、離れ行く唇の間で、切れて下に落ちる。
「なんだか……キスって甘酸っぱい味がするのですね……」
「ああ……それ、さっき食った
メアリーを見ると、未だ、トロンと潤んだままの半眼だ。
目が合うと、もう一度顔を近づけてくるメアリー。
えぇ~~! まだやるの!?
と、その時――――
「あっ! きたっ! きました、きました!」と、メアリー。
「え?」
「マナですよ、マナ!」
「マナ?」
「…………」
一気に表情を曇らせたメアリーが、冷ややかに俺を見つめる。
「え~っと、パパ? なんのための儀式だったか覚えてますか? 本当に脳みそが壊れちゃってるんじゃないですか?」
「え? ……ああ、えっと、使役契約ね! そうそう、マナね、マナ!」
「……大丈夫ですか? しっかりして下さいよ?」
「うん……分かってる。ごめんごめん、なんか、いろいろ強烈過ぎて……」
ハア~、と大きな溜息を付きながら、乱れたローブの皺を伸ばすメアリー。
こっちはもう、しばらくメアリーの顔はまともに見られない心境だ。
「じゃあパパ、最後にもう一回、あの言葉、言ってくださいよ」
「あの言葉?」
「口付けの前に言ってくれた言葉です」
「え~っと、もう、儀式は終わったんじゃ?」
メアリーが呆れたように、両の掌を上へ向けて首を
「パパは、あれですか? 釣った魚に餌は与えないタイプの人ですか?」
「いや、そう言うタイプじゃないけど……そんな餌、ずっと必要なわけ!?」
「そうですね。あるとないとではメアリーのモチベーションが違います」
めんどくさっ!
「ま、まあ、じゃあそれは、また今度、モチベが落ちた頃に……」
「全く、パパは仕方ないですね……。でも、また今度、約束ですからね! メアリーが言って、って言ったら、言ってくださいね!」
そう言うとメアリーは、すっかり元気になった様子でトタトタと歩いて行く。
俺もランタンを持ち、慌ててメアリーの後を追う。
少し行くと、岩陰に可憐とリリスが待っていた。
「悪い、待たせたな。もう大丈夫みたいだし、行こうか?」
「あ……ああ……そうだな。じゃあ……行こうか」
ん? 可憐にしては、なんか歯切れが悪いぞ?
ランタンを手渡すついでに覗き見ると、照らし出される真っ赤な可憐の顔。
ついでに、その肩に座っていたリリスも、頬を赤らめて俺から目を逸らす。
こ、こいつら……さては覗いていやがったな!?
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