04.放っておけないだろ

 俺の言葉に、少し照れたような、複雑な表情を浮かべて俯くリリス。


「あ~、それそれ! そうやって、たま~に優しい言葉をかけるのがズルいよね、紬くん。さすがチーターだね!」

「やかましいわ」


 優しさ、というよりも、とにかくリリスにいなくなられては俺も困る。

 なにせリリスは、いざと言う時の最後の切り札ような存在なのだ。


 いや、そういう実利性だけじゃない。

 振り返れば、この世界に来て以来、リリスの存在でどれだけ孤独感を紛らわせることができただろうか?

 たった一人の状態で転送された麗や初美の話を聞きながら、改めてそれを実感した。

 今こんな世界にいる元凶の一端もリリスではあるが、それでも、こいつが今の俺の一番の理解者であることもまた事実だ。

 友情や、ましてや恋愛感情などとはまた違うが……敢えて言うなら、戦友に抱くような気持ちがこれに近いのかもしれない。

 もちろん、リリスの方はどう思っているのか分からないが……。


「もし俺が近くに居ない時に波にさらわれでもしたら、どうするんだよ」

「ん~……サイズも戻せないし、体は透明になるし、とにかく自力で泳いで戻るしかないよ」

「できるの?」

「ど……どうかな」


 泳ぐと言っても、リリスのサイズでは海面のうねりを超えるのも一苦労だ。

 離岸流にでもさらわれたら生還も救出も不可能だろう。


「初美んとこのクロエみたいに、おまえも空中をフワフワ飛べたりしないの?」

「うん……。この前、クロエちゃんのこと見ていて分ったんだけど、マナっていうのを、体の中で上手く魔力に変えてるみたい」

「おまえはできないの?」

「私は元々こっちの存在じゃないし……。多分、紬くんの魔蔵に蓄積された……魔粒子? それしか使えないんだと思う」


 リリスが少し寂しそうな表情を浮かべる。

 それじゃあリリスは、このままずっと、一生ポーチ暮らしなんだろうか?

 ノートの精も、肝心なところで気が利かないというか、残酷というか……。


「でも、もしかすると……」

「うん?」

「あの、初美ちゃんが使ってた指輪の魔具。あれのもっと強力なものがあれば、私でもマナを使えるようになるかも」

「そうなの?」

「確証はないけど、なんとなく。あの魔石が、初美ちゃんの体内の魔粒子をマナに変換して、それをクロエちゃんが使ってる、って仕組みみたいだから……」

「んじゃ、俺の魔粒子も、魔石でマナに変換してやれば、おまえも飛べるように?」

「うん……なんとなく、そんな気がする」


 つまり、マナ変換さえできれば、俺の魔粒子しか使えなかったリリスでも、この世界のことわりのっとった能力――例えば、飛んだりすることもできるということだろうか。


「まえに、立夏ちゃんなんかと話してた楽器武器インストルメントでもいいんだろうけど、紬くん……楽器なんて演奏できないでしょ?」

「カスタネットかトライアングルなら、なんとか……」と言ってみたものの、この歳でカスタネットを叩く姿もさすがに間が抜けてる。

 そもそも、リリスを飛ばすために楽器演奏ということ自体、現実的じゃない。


「じゃあ、ちょっと初美に指輪を借りて試してみるか?」

「う~ん……あの程度の変換量じゃ、何もできないと思うよ」

「そうなの? そんなの、やってみなきゃ分からないだろ」

「なんとなく分かるんだよ、そういうのは。ビビッと……」

「ビビッとねぇ……」


 そのへんのことは、人間にはない独特の嗅覚で、本能的に推し量ることができるのかもしれない。


「まあ、でも、そういうアイテムがあると分っただけでも、希望が見えてきたな」

「そう? 紬くんにとっては、特にメリットもないじゃない……」

「そんなことないよ。ポーチを持たずに済むようになるだけでもメリットだし」

「あー、まあ、疲れますよねー、私なんて持ち歩くのは」

「そんなこと言ってないだろ。単純に、今のままじゃおまえだって可哀相だし……悪魔と違って人間は、損得勘定だけで物事を考えるわけじゃないんだよ」


 またリリスが、照れたようにうつむく。


「な、なんだなんだぁ? 今日の紬くんはやけに優しいんだね。どうしたのよ?」

「いや、別に……至って普通だろ」


 こんなことくらいで優しいとか、俺ってそんなに普段から冷たかった?


「さてはあれだなあ? 私の水着姿に悩殺されたのね?」

「おまえ……よくその貧弱ロリボディで悩殺とか言えるな」

「ひ……ひどっ! セクハラだよそれ! 訴えてやる!」

「どこにだよ」

「裁判所! ……的なとこだよ。和解をするなら今のうちだよ!?」

「裁判所、っておまえ……ちなみに、和解条件は?」

「食べ物がいいかな。いっぱいもらう」


 今と変わんなくね?

 そもそも、どんなボディだろうとそのサイズじゃなぁ……。


「そういえば、いま大きくなったらどうなるの? まさか、水着がビリビリに破けて、なんてことは……」

「み、身に着けてるものは一緒に大きくなるよ! ……たぶん」


 件のノートのご都合主義的な方針を考えれば、確かにそんな設定だとは思うが……。


「今後のために、ちょっと試してみる?」

「ば、ばか言わないでよっ! ほんとに破けたらどうするのよ! 変態! ロリコン!」

「俺が見てなくても試せるし、すぐ、メイド服を着ればいいじゃん……」


 っていうか、自分でロリって言っちゃってるし……。


 その時、ふと沖を見ると、可憐、紅来、華瑠亜の三人が波除けの岩に辿り着いてこちらに向かって手を振っている。

 俺も手を振り返す……が、あれ? 勇哉はどこに行った?


 よく見ると、岩場と海岸の、まだ半分程度の地点で、バシャバシャと派手に波を立てて泳いでいる勇哉が見えた。


 いや……あれ、溺れてないか!?


 遠浅とおあさの海とは言え、あそこまでいけば足も届かない深さだろう。

 派手に立っていた波が徐々に小さくなっていく。

 おいおい! 沈んでいってるんじゃな!?


 岩場の三人は……と見れば、そんな勇哉を指フレームで覗いて笑っている。

 酷いな、あいつら。


「ちょっと、勇哉見てくるわ」


 リリスに声をかけながら立ち上る。

 後ろから歩牟も近づいてきた。


「優奈先生に頼まれて見に来たんだけど……勇哉、どうする?」

「一応、見に行ってみるか」

「面倒だけど……仕方ないか」


 七部袖のTシャツを脱ごうと裾を捲り……すぐに思い直して下へ戻す。

 腕の傷はそれほど目立たなくなったが、背中と胸には未だに、華瑠亜を助けたときについたダイアーウルフの牙痕がくっきりと残っている。

 恐らくもう、消えることはないだろう。


 別に、傷自体を嫌気してるわけじゃなが、華瑠亜あいつに見られたら気を使わせそうな気がして嫌だったのだ。

 Tシャツを着たまま歩牟と並んで泳ぎ出す。


 ヤレヤレだ。

 普通、こう言うイベントは女の子を助けるもんだろ?

 なんで勇哉なんだよ……。

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