03.海だぁ!

「海だぁ! 水着だぁ! ひゃっほ~!」


 海パン一枚になった勇哉ゆうやが諸手を挙げて砂浜を駆けて行く。

 ひゃっほーなんてセリフ、リアルでは初めて聞いたかも知れない。

 絵に描いたようなはしゃぎ様だな。


「去年もおまえら、オアラだったんだよな?」


 まるで、初めて遊園地に来た子供のように有頂天の勇哉を眺めながら、歩牟あゆむに訊ねる。


「ああ。ただ、去年は宿泊代ケチって日帰りの強行軍だったから、海なんて寄ってる暇なかったよ」


 ずっと勇哉はゴネてたけどな、と歩牟が苦笑する。

 それであのハイテンションってわけか。


 オアラ海岸と呼称されているが、周辺マップを見る限り、この辺りは元の世界の “大洗おおあらい海水浴場” よりは七~八キロほど北にある砂浜だ。

 テイムキャンプで訪れたトゥクヴァルスから見ると、四十五キロほど東になる。

 恐らく元の世界で言えば 〝阿字ヶ浦〟 辺りだろう。

 大洗と並んで人気の海水浴場だった記憶はあるが、この世界ではこの辺りの海岸線は総じてオアラ海岸と呼ばれているようだ。


 課題で潜入するはずのオアラ洞穴は、ここより更に十キロほど北上した場所にある「シルフの丘」と呼ばれる丘陵にあるらしい。

 とりあえず今日のところはこの辺りの海水浴場で羽を伸ばし、洞穴探索は明日出発! というのがD班のプランだ。

 紅来くくるの別荘のおかげで宿泊費なんかは気にせずに済むので計画にも余裕がある。


「お待たせ――!!」


 華瑠亜かるあの声に振り返ると、水着に着替えた女子七人が、華瑠亜を先頭にてくてくと歩いてくるのが見えた。

 まさに……ギリシア神話に登場する七人姉妹プレアデスが降臨でもしたのかと錯覚をしてしまいそうな光景だ。


 周りの海水浴客も、まさに『うわっ!』と言った表情で七人を眺めている。

 同時に『なんだあいつら?』という、俺たちに向けられる妬みの視線も痛い。


 この世界ではタンクトップビキニのようなデザインが主流らしく、元の世界のビーチに比べれば女子の露出度は決して高くない。

 それでも、色とりどりのタンクトップから僅かに覘く胸元や、ショートパンツからすらりと伸びるしなやかな脚の眩しさに、思わず生唾を飲み込む。

 女子と一緒に海など来たこともなかった俺にとっては充分に刺激的な光景だ。


「ほえ~」


 俺も歩牟も、思わず間抜けな溜息を漏らす。

 優奈先生も含め、二年B組のベストセブンと言っても差し支えないメンバーが水着で並んでいるのだ。

 例えボキャブラリーが貧困だと罵られようが、月並みな感嘆詞以外の感想が出てこない。


「いやらしい! さっきから鼻の下伸ばしちゃって」と、華瑠亜が軽く睨む。

「なんだよ、さっきからって」

船電車ウィレイアの中とか、さ」


 ウィレイア?


「なんの話だ?」

あんた、紅来に抱きつかれて表情筋が緩みきってたじゃん」


 ああ、あれか……。


「緩んでなんていないだろ……。それに、抱きつかれたっていうか、腕を絡まれただけだし」

「でも、チラチラ胸とか見てたじゃない」


 胸?  ……うん。見てた。

 そりゃ、あんな風に腕に押し付けられた嫌でも目がいっちゃうだろ!?

 それにしても華瑠亜こいつ、あんな位置からよく見てんなぁ……。


「ほんと男子って、みんなおっぱい大好きマンなんだから」

「俺はそんなんじゃないって。歩牟と一緒にすんなよ……イテッ」


 隣の歩牟が、俺のふくらはぎに軽くサイドキックをかます。


「紬はこの七人の中で、誰が一番好み?」


 華瑠亜の肩に腕を回しながら会話に参加してきたのは紅来だ。

 こいつもまた、とんでもない質問を……。

 視線をスライドさせると、女子七人と、それぞれ順番に目が合う。


 もしかして、注目されてる!?

 この状況で誰かを選べと?

 無理だろ!!


「ちょっとちょっとぉ! 私も居るんですけど!?」


 ウエストポーチからリリスが顔を覗かせている。

 いつの間にかリリスも、青いタンクトップビキニに着替えていた。


「リリス、水着なんて持ってたのか?」

「ママさんに作ってもらったの」


 そういえば元の世界でも昔、妹の人形用の服とか作ってたよな。

 この世界でも相変わらず、母はこういう手仕事が得意らしい。


「似合う?」

「あ、ああ……似合ってる」


 俺の返事を聞いて、ニコニコと嬉しそうに微笑むリリスだが、見た目はただの青いタンクトップに白いショートパンツだからな。誰が着たって、大体こんなもんだろ。


「と、とりあえずさ、こんな所で突っ立ってても仕方ないし、飯でも食わない?」


 俺の提案に女子たちもそれぞれ頷く。

 賛成~! と、リリスもポーチの中で手を挙げる。

 リリスが会話に水を差してくれて助かった。

 男同士の雑談じゃあるまいし、あんな質問、本人達の目の前で答えるような内容じゃないだろ。


 ふと振り返ると、一足先に海で身体を濡らした勇哉が、波打ち際から女性陣をボ――ッと眺めているのが見える。

 頬に光るものが見えるのは海水で濡れたせいかとも思ったが、よく見ると、感激のあまり泣いているように見えなくもない。


               ◇


 一旦、全員で簡易休憩所に入り、軽く昼食を済ませる。

 ついでに、売店で人数分購入した魔石を使って、それぞれ日焼け止めの抵抗魔法を施す。

 本来、抵抗魔法は聖職系の僧侶プリースト司祭ビショップの領分だが、簡易魔石に加工されている時点で誰にでも解放できる術式に組まれている。


 俺も、魔石を左手で握って「日焼け止め!」と呟いてみる。一瞬だけ魔石が白く光り、すぐに粉々に砕けて空気中に消えてしまった。

 どうやらこれで完了らしい。実に簡単な詠唱だ。


 ちなみに、魔石が消滅するのは魔粒子に含まれていない〝光属性〟のエレメントを利用しているせいで、この魔石一つで半日ほど効果は持続するそうだ。


 その後は、それぞれ思い思いの場所で自由行動となる。


 うらら初美はつみ立夏りっか、そして優奈ゆうな先生の文科系四人は、休憩所に残ってのんびり過ごすことにしたようだ。

 休憩所と言っても、砂浜に敷かれた御座の上に、日除けの屋根が仮設されただけの簡素な物だ。

 優奈先生がいるということで……かどうかは解らないが、歩牟も休憩所に残る。


「紬! 一緒にあそこまで泳がない?」と、沖を指差しながら誘ってきたのは華瑠亜だ。

「と……遠くね?」


 華瑠亜が指した先には、沖に並べられた波除けの岩が見える。

 距離は二百メートル程度だろうか。

 泳げないわけじゃないが……俺達くらいの年頃って、海に来てそんなに本気で水泳するものか?


 視線を落として足元のリリスを見る。

 このサイズじゃさすがに遠泳は無理だろうし、俺が離れたら声も姿も消えてしまうからな……。

 万が一のことがあったら見つけ出せなくなりそうだ。


「いや、今はいいや。リリスもいるし」

「そっか……」


 華瑠亜もチラッとリリスを見て、じゃあ、私は泳いでくるね! と言いながら海へ入っていった。

 可憐かれんと紅来も一緒に、体育会系三人娘で、くだんの岩を目指すようだ。

 勇哉も追いかけるようだが、元の世界ではあまり泳ぎは得意じゃなかったような記憶が……。


 大丈夫か、あいつ?


 それにしても、デロ~ンと伸びきった勇哉の顔が、本当にだらしない。

 鼻の下が伸びる、という言い回しを最初に使った人も、きっとあんな顔を見ていたのだろう。


「紬くんも、華瑠亜ちゃん達と一緒に行ってもよかったのに」


 波打ち際、寄せる波を足先でバシャバシャと打ちながらリリスが呟く。

 俺も隣で、波に足を投げ出すように腰を下ろす。

 波と砂に両足をくすぐられる感覚が気持ちいい。


「だっておまえも、せっかくだし入りたいだろ、海」

「そうだけど……いいよ別に。放っておいて皆と一緒に遊びに行っても」


 そうは言われてもね――

 こんな穏やかな海でも、背丈が二十センチ足らずのリリスにとってはちょっとした大波の連続だ。

 実際、危うく引き波にさらわれそうになっている場面を先ほどから何度か見ている。


「そんなプカプカした状態のおまえ、心配で放っておけないだろ」

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