02.サドデレ

 ――サドデレ?


 本来はもう少しサディスティックなヒロインを指す言葉だった気がするが、とりあえず記号的な意味合いはどうでもいい。

 紅来こいつが人をいじって楽しむ厄介な性質たちであることに変わりはない。


「彼女? なんの話?」と、勇哉ゆうやも興味津々といった様子で紅来くくるの言葉に食いつく。

 弄られる方が多い勇哉だが、噂話ゴシップ大好物というのは紅来との共通点だ。

 もしかすると最悪のコンビかも知れない。


「そんなの紅来が勝手に言ってるだけだよ。真に受けるな」

「何だよ、教えろよ! つむぎ、D班の誰かと付き合ってんのか?」


 俺を無視して紅来に詰め寄る勇哉。

 既に目が爛々のこいつには、俺の牽制も焼け石に水のようだ。

 ん~、どうしよっかなぁ~、言っちゃおうかな~と、紅来も楽しそうに瞳をクルクルと動かす。


「ほんとに誰かとそんなふうになったら、隠さず話すって……」


 もう、あっち戻れよ、紅来!

 さらに歩牟あゆむまで、勇哉の向こうから俺の方を覗き込むように身を乗り出す。


「そう言えば紬、春頃、黒崎が気になるようなこと言ってたよな? それのこと?」


 どれのことだよ!

 春頃の俺、何をみんなに吹聴してんだ!?


「全然関係ないから、それ!」という俺の否定も空しく、歩牟のもたらした新情報に小躍りしながらがっつりと食いつく紅来。


「何! その新情報!?」

「い、いや、俺もよく知らないんだけど、そんな話を小耳に……」


 歩牟も、紅来のアグレッシブな食い付きにやや退き気味だ。


「紅来が言ってた紬の彼女の話は、黒崎の件とはまた別の話なのか?」と、再び話を戻す勇哉。


 あ~もう、何だこれ!?

 収拾がつかん!


「わかったわかった! 勝手に話を進めるな! 俺が自分で説明するから!」


 まず初美のことだけど……と言って、一旦横を見ると、勇哉と紅来が目を輝かせてジッと俺を見返している。

 おんなじ顔してんなぁ……こいつら。

 とりあえず俺だって、この世界で四月頃に考えていた事なんて分らないんだけどさ。


「確かに春頃は、ちょっとイイかなって思った時期はあった」……らしい。

「あった、って……もう過去形なの?」と、すかさず紅来が聞き返す。

「うん。今は別に、何ともない。嘘だと思うなら華瑠亜かるあにでも訊いてくれ」

「なんで華瑠亜に?」


 紅来が不思議そうに、離れた席で話している華瑠亜の方に目を向ける。

 なんだ……。華瑠亜、初美のことは話してないのか。


「華瑠亜とうらら、去年から同じ戦闘班でかなり仲良くなっただろ?」

「紬だって一緒の班だったじゃん」


 そうだった、そうだった……。


「まあそなんだけど、俺はほら、こう見えて、けっこうシャイだし……」

「そんなキャラだったっけ、紬?」


 ……さあ?


「そうなの! で、麗から初美も誘ってもらって、みんなで一緒に遊びに行けないかな? という相談は、華瑠亜にした」……らしい。

「で? どうなったの?」

「どうもなってないよ。結局実現しなかったし、俺も今は何とも思ってないし。なんていうか、すぐに熱が冷めたって言うか……」


 すごくいい加減なやつみたいだけど、これ以外の説明が思いつかない。


「な~んか取って付けたような説明だけど……まあいいわ。それはあとで華瑠亜にでも聞いてみる」


 これに関しては、華瑠亜も格安ハウスキーパーがかかっているからな。

 どうやら俺と初美がどうにかなることについては快く思ってなかったようだし、聞かれても下手なことは言うまい。

 とりあえず一個クリアだ。


「で、紬の彼女がどうの、って話は、何なんだよ?」


 勇哉が蒸し返す。


「それはリリスの勘違いに、紅来が面白がって話を盛っただけ」

「何それ? 俺にも聞かせてよ、リリスちゃん」


 勇哉が俺のポーチを覗き込むが、リリスはプイッと膨れてそっぽを向く。


「『アホの子』だの『腹ペコ』だの言ったやつとは口聞かない!」


 よし、その調子だリリス!

 ……と言っても、そもそもの原因もこいつなんだが。


「まあ、リリスちゃんの話がなくても、いろいろネタは上がってるんだよ」


 紅来を見ると、唇の端を上げて何やらサディスティックな笑いを浮かべている。


「ネタ?」

「うんうん。例えば……二人で、キャンプ場でお泊りしたこととか?」

「なんですとぉ~!!」


 両手を上げ、万歳をするようなジェスチャーて大袈裟に驚く勇哉。

 歩牟もさすがに目を丸くしている。

 というか、なんで紅来、そのこと知ってんの!?


「違う違う! 二人じゃね~よ! 優奈先生も一緒だったから!」

「それはそれで、さらに羨ましいけど!?」

 

 歩牟の目がさらに大きく見開く。

 そう言えば歩牟は、優奈先生のことが一推しなんだっけ。

 

「それより二人って……紬と、もう一人は誰だよ?」と、話を戻す勇哉。

「……立夏だよ、立夏」


 ここは下手に隠し立てしてもかえって紅来に餌を与えるだけだと思い、さっさと白状する。

 それより問題なのは――。


「なんで紅来は、そのこと知ってんだよ?」

「ん? だって、さっき優奈先生が話してたよ。楽しそうに」


 アホか! あの先生は!


「紬、立夏と付き合ってんの?」


 そう訊ねる勇哉も、その隣で俺の答えを待つ歩牟も意外そうな表情だ。


「そんなんじゃないって! もしそうなら優奈先生も一緒とか、おかしいだろ」

「立夏は立夏で、聞いてもダンマリだからなあ……」


 さすがの紅来も、ダンデレ立夏からはなんの収穫もなかったようだ。


「ダンデレとかハジデレとか、紬はあれか? ちっぱい・・・・が好みなのか?」

「ダンデレ・ハジデレとちっぱいは関連性ないだろ!」

「なに? その、ダンデレとかハジデレとかって……」


 勇哉の発した聞き慣れない単語に紅来が反応する。


「ヒロイン属性だよ。普段はダンマリ無表情ってのがダンデレ、恥ずかしがり屋はハジデレ」

「それ……『デレ』要るの?」


 期せずして、デレ増え過ぎ問題に鋭く切り込む紅来。


「デレはもう『女子』みたいな意味だから。いいんだよ、実際にデレなくても」

「指フレームまで使って何を話してるかと思えば、くっだらない……」


 そう言った紅来だったが、すぐに「で、私は何デレ?」と雄哉に訊ねる。

 なんだかんだで気にはなるようだ。


「サドデレ。人のことイジって楽しむS気質だろ?」

「イジるのは好きかもだけど、だからってサドは言い過ぎじゃない?」

「いいんだよ。困った顔を見るのが好きって程度の、広~い意味でのサドだから」


 ふ~ん……と、紅来も完全に納得したわけではないようだが、それ以上突っ込みもしない。


「じゃあ、他のメンバーはどうなのよ?」

「他は……普通だよ」

「普通って何よ?」

「可憐はクーデレ、華瑠亜はツンデレ、麗はメガネっ子。優奈先生はドジっ子な」

「なんでそれが普通なのよ?」


 確かにそれを普通と言われても、サブカルチャーに興味のない人にはピンとこないだろうな。


「暇潰しに持ってき来たこれ、貸してやるから読んで勉強しとけ。大体載ってる」


 勇哉が鞄から一冊の本を取り出して紅来に渡す。

 タイトルは――〝チート修道士の異世界転生〟!

 またか! 実は流行ってるのか、あの本?


 その時、座席から通常走行時の振動とは違う妙な揺れが伝わってくる。

 船電車ウィレイアの客室内が一瞬ざわめく。


 地震だ!

 乗客の一人が上げた声に釣られて、俺達も窓の外に目を向ける。

 動いている車内からでは分かり辛いが、よく見ると確かに、民家の柵や停車中の魔動車が不自然に揺れているのが分かった。


 ウィレイアは、床に埋め込まれた反重力魔石が、大気中の魔粒子を増幅させて車体を浮き上がらせている乗り物だ。

 地面と接触していないのでダイレクトに揺れが伝わってくることはないが、反発元である地面の揺れに、まったく影響を受けないというわけでもない。


「昨夜、北方で大きな地震があったらしいからな。多分その余震だろう」と、歩牟が話した時には、揺れはほとんど治まりかけていた。

「洞穴に入っている時に揺れたら……怖いな」と、紅来が表情を曇らせる。


 いや、表情だけではない。

 いつの間にか俺の左腕にギュッと右腕を絡めている。

 さらに、俺の二の腕に、同級生の中では嫌でも大きさの目立つ紅来の胸が押し付けられているのだが、本人はまったく気付いていないようだ。


「最深部まで三百メートル足らずだし、しっかり整備されてて落石の心配もほとんどないよ」


 歩牟の説明に、紅来も思い出したように聞き返す。


「そう言えば歩牟も勇哉も、去年はオアラに潜ったんだっけ?」

「魔物もザコばっかりだしな。あそこなら多少揺れたって大丈夫だろ」と、勇哉も去年のことを思い出すように宙を睨みながら答える。


 そんなことより、紅来……。腕! 腕!

 気が付けば、向うの席から女子達が冷ややかにこちらを見ている。

 華瑠亜、立夏、初美の薄目・・が特に怜悧に見えるのは気のせいだろうか。


「おい、紅来!」と、俺が左手を揺らすと、ようやく紅来も掴んでいる物に気付いて慌てて腕を離した。

「あ、ごめんごめん!」


 紅来にしては珍しく、頬を赤くして恥らうような表情を見せる。


「紅来、地震が苦手なのか?」

「そういうわけじゃないけど……あんまり好きじゃないだけ」


 そりゃ、好きな奴はあまりいないだろうけど……。


 気が付けばいつの間にか、ウィレイアの右側には果てしなく伸びる松林が迫っていた。

 その松林に沿って、車両も北に進路を変える。

 立ち上がり、こちらへ近づいてくる可憐。


「もうすぐ到着だから、降りる準備、しておいて」


 凛とした可憐の指示を合図に、俺たちも荷物をまとめ始める。

 本来、こういう号令は、引率である優奈先生役目なんだろうけどな。

 お昼寝中らしく、幸せそうに口を開けたまま目を瞑っている優奈先生を見て、思わず溜息が洩れる。


 時間は、正午を少し回ったところだった。

 いよいよオアラに到着だ。

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