16.戻れねぇだろ

「この魔法円じゃ、戻れねぇだろ……」


 戻れない? どういうこと?


「戻れないって……召集コールしてもらえない、ってこと?」


 紅来くくるも、自らの左手と毒島ぶすじまの顔を交互に見ながら、俺と同じ疑問を口にする。


「正確に言えば、コールをかけられても成功しねぇ、ってことだ。その魔法円には高次結界貫通の術式が記されてねぇ。このダンジョンじゃ役に立たねぇよ」


 俺と紅来……だけでなく、リリスとメアリーも自分の魔法円をしげしげと眺める。

 が、そもそもその術式とやらがどんなものなのか解らないので、いくら魔法円を眺めたところで真否を確かめることはできない。


 首を捻りながら視線を上げると、他の三人も魔法円を撫でさすりながら小首を傾げている。

 紬ファミリアはまだしも、紅来ですら気付かなかったようなことをすぐに看破するなんて、顔に似合わず毒島って――


「意外とインテリなんだねー、毒島っち」


 またもや紅来が、俺と同じ感想を口にする。

 それにしてもあいつも、物怖じしないなー……。


「フン……意外と、は余計だ。腕っ節だけで一級剣士になれるわけじゃねぇ」

「まあ、毒島っちの言葉の真偽は、見比べてみればすぐに……って、そっちの魔法円はどうしたの!?」


 毒島の、ゴツゴツとした何も描かれていない・・・・・・・・・左手を見て、戸惑ったように目を大きくする紅来。

 薄暗くて気がつかなかったが、確かに、毒島の左手に魔法円が見当たらない。

 そもそも自警団チームのリーダーがなぜこんなところに一人でいるんだ?


「メンバーが一人死んでコールの詠唱が始まったんでな。俺だけ解除剤を飲んで召集を回避したんだ」


 はぁ?

 毒島こいつ、さらっととんでもない発言したけど……殺された?

 自警団チームがコール!?


「死んだ、って……どうして?」

「ケルベロスにられた」

「ケ……ケル……」


 さすがの紅来も絶句する。


 ケルベロス――名前と概観くらいは俺だって知っている。

 頭が三つある、犬だか狼の魔物だったはずだ。ファンタジー系のゲームなんかでは定番の超メジャーモンスター。

 第一層ですら、ランクEダンジョンでは出るか出ないかと言われていた★3の魔物があれだけワラワラと出現したんだし、第二層なら当然――、


「まあ、これまでの流れを見る限り、★4や★5が出たって不思議じゃ……」

「紬先生てんてー……」


 俺の方に向き直りながら、呆れたように嘆息する紅来。


「したり顔でなに言ってんのよ? ケルベルスは★6だよ?」


 なんだってぇ――っ! ほしろく!?

 ダイアーウルフやキラーパンサーよりさらに上ってこと!?


 リリスが、すぐ傍に置いてあった荷物から携帯口糧レーションを引っ張り出しながら、俺の方を仰ぎ見る。


「要するに、ゴールしてお宝ゲットしたらさっさと脱出すればいいだけでしょ? 別に、やることは変わってないじゃん」

「またおまえは能天気なことを……。今の話、聞いてなかったのか? 精鋭揃いの自警団チームがほぼ壊滅なんだぞ!?」


 っていうか、リリスがレーションをパクッってるその荷物、毒島のじゃないか!?

 チラリと毒島の方を盗み見るが、気づいていないのか、リリスの行動を咎めようとする気配はない。


「あのね、紬くん。私に対する評価、低すぎだよ。私と自警団、どっちが上だと思ってるの?」


 プッ、と吹き出した毒島が、堪らず高笑いを上げる。


「あーっはっはっはっ! なんだその、ビッグマウスのチビは?」

「あれ? 私、毒島あいつの前ではまだ何も食べてないよ?」

「〝ビッグマウス〟はそういう意味じゃねーよ……」


 ふぅ~っと、笑いを堪えるように一度大きく息を吐き出したあと、さらに毒島が続ける。


「なんでそんな魔法円になってるのか知らねぇが、悪いことは言わなねぇ。さっさとその階段から一層に戻れ。下に仲間もいるんだろ?」

「残念ながら、そうじゃないんだよねぇ―……」


 と、毒島の助言に首を振る紅来。


「昨日、他のメンバーは第二層に来ちゃってるから……。私たちは、一層ではぐれた後追い組みってわけ。早く合流しないと!」

「他のメンバーって……あの、フワフワした女教師もか?」


 フワフワした……優奈先生のことを言っているのだろう。

 リリスのビッグマウスで開いていた毒島の愁眉が、再び引き締まる。


「先生以外にも二人……。コールが当てにならないならなおさら、合流してはやく脱出しないと」

「どこにいるのか、場所は分かるのか?」

「それは大丈夫……だと思う」


 そう言いながらその場にしゃがみ込むと、紅来は〝振動定位〟バイブロケーションで探る時と同じ姿勢で床に耳を付ける。

 しかし、今はダガーを使っていない。

 一体何を聞いている!?


 リリスがレーションを一本食べ終わるか終わらないかのうちに再び立ち上がる紅来。


「東南東……四時の方向に二百五十メートルってとこかな。それほど遠くない」

「バイブロケーションか? でも、人や魔物は探知できねぇだろ?」


 毒島の指摘に対して、紅来がやや得意気に鼻を鳴らす。


「大丈夫。こういう時にどうするかくらい、ちゃんと華瑠亜と話し合ってる」


 よく分からないが、とにかく彼女の見立てに間違いはないのだろう。

 そうなると――


「残る問題は、ケルベロス……か」

「だから、そんなの私が、けちょんけちょんに――」


 言いながら、引っ張り出したレーションをさらに一本、丸ごと口の中に放り込むリリス。

 いろいろとビッグマウス中のリリスは放っておいて、紅来に質問する。


「何かないの? ケルベロスの弱点みたいなの」


 もし食人鬼グール芯核コアようなウィークポイントでもあるなら、あらかじめ知っておいた方がリリスを使う上でも効率がいいはずだ。


「うーん……ダンジョン崩壊、とか?」

「は?」

「ダンジョンごと吹っ飛ばせば、ケルベロスと言えども一溜まりもないよ」

「……それ、俺たちだって一溜まりもないよね?」


 毒島が近づいてきて、足元にあった荷物からポーションらしきものをいくつか取り出し、自分のベルトポーチに入れる。


「俺も行こう。もしケルベロスが出たら、おとりくらいにはなれる」

「だから、私が相手をする、って言ってるのに……」


 俺のポーチに、せっせと残りのレーションを詰め込みながらうそぶくリリス。


「ビッグマウスも、景気付けには役立つな」


 毒島がクックックッと笑う。

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