06.トラブル

 顔を上げると、トラブルの臭いしかしない三人組が、目抜きを外れてこちらへ歩いて来るのが見える。

 年齢は俺たちと同じくらい? 地元の学生だろうか。


 冷やかしの第一声が〝ヒューヒュー〟って……いつの時代よ?


 三人とも上はTシャツ、下は、裾をギュッと絞った――ガテン系職業の人たちが履いていた様なダブダブのズボン――細目のニッカポッカのようなものを履いている。

 いわゆる、この世界の不良連中だろう。


 不意のはやし声に驚き、慌てて上体を起こした華瑠亜が、居住まいを正しながら上目遣いでバカ三人組を睨みつける。横顔にありありと浮ぶ憤怒の色。

 なんだか知らないが、相当怒ってらっしゃる。


「おおっ? こんな所でイチャついてる女なんて、てっきりドブスかと思ってたけど……けっこう可愛いじゃん、あのツインテール!」


 先頭を歩いていた背の低い坊主頭が、両手をポケットに突っ込みながら、目を細めて歓声を上げる。最初に聞こえた野次と同じ声だ。

 坊主頭と並んで歩いていたまゆ無しの角刈り男も、頭から爪先まで、舐めるように華瑠亜の品定めをする。


「顔だけじゃねぇぞ。胸も太腿も……すんげぇイヤラシイ体つきじゃん」


 唇を歪ませて下卑げびた笑いを浮かべる眉無しは、右手に棒のような物を持っている。布で巻かれているのでよく解らないが――

 刀のような形にも見える。あいつの武器だろうか?


「おい姉ちゃん! そんな優男やさおとこ放っておいて、俺らと遊ばねぇか? こっちは地元だし、楽しい場所いっぱい知ってるからさぁ」


 華瑠亜の目が据わる。

 酔っ払ったからじゃない。さらに増した怒気のせいだ。


「私、ハゲも眉無しも嫌いなの。さっさと消えて」


 瞬く間にその場の空気が凍りつく。


「な、な、な、なんだとぉ、このクソアマ!!」


 なんともお約束なやりとりだが、まあ、解り易いという点だけは良い。間違いなく、三人組トラブルメーカーを無駄に挑発した、空気を読まない華瑠亜ヒロインの図だ。

 当然、対処法も限定される。挑発した以上〝話し合い〟の選択肢は、消えた。残るは〝逃走〟か〝闘う〟だ。

 体調を崩した華瑠亜と一緒に三人組から逃げられるかは不透明。となれば……


「おれつえぇーー!!」


 両手に集まった光を繋いで、格好良く・・・・六尺棍を召喚する。

 この〝格好良く〟ってのが味噌だ。


 話によれば、この世界でも〝武器体納〟を使える人間はそう多くはないらしい。

 自信タップリの表情で六尺棍を召喚すれば〝デキる奴!〟と思われ、あるいはとっとと退散してくれるかも……という皮算用。


「な……なんだあいつ!? じ、自分でつえぇ~とか言ってるぞ!?」

「いや、そんなことよりもあれ、武器体納ってやつだろ!? 相当魔力に余裕がないと、できねぇぞ?」


 坊主頭と眉無しが予想通りの反応で動揺している。もう一押しか?


 数歩ベンチから離れ、六尺棍の接合部を持って勢いよく回転させる。さらにそのまま、トーチトワリングのように体の周囲をぐるりと一回転させ、最後にもう一度正面で受け止めて構え直す。


 決まったっ!!


 槍砥柱そうていちゅう――槍や棒を使ったパフォーマンスだ。

 全く戦闘力には関係ないのだが、出来ると格好イイから……と言う理由で、武技訓練の休憩時間などに、歩牟あゆむから基本技を教わっていたのだ。

 まだ成功率は半々だったが、上手く決まってくれた。


「痛い目に合いたくなかったら、さっさと失せろ」


 目力めぢからを最大限に引き出すよう、眉間に力を込めて三人組を睨みつけると、先頭の坊主頭が明らかに動揺しながら後ろを振り返る。


「や、ヤパいっすよ、あの睨みメンチは。きっと、頭のネジが五、六本飛んでますよ、あいつ!」


 失礼な奴だ。五、六本って、飛び過ぎだろ?

 ネジどころか、中身そのものがなさそうなおまえに言われたくない。

 眉無しも、似たような反応で後ろを振り返る。


 よし、この調子でとっとと立ち去ってくれ!


 ハッタリの成功を半ば確信しかけた直後、三人目の男の言葉に、心の中で上げたガッツポーズはあっさりと叩き潰される。


「何言ってんだおまえら? あんなモヤシにビビッてんじゃねぇよ」


 そう言いながらズイと前に進み出てきたのは、長めの髪をうなじの辺りで纏めた、鋭い目つきの男。一八〇センチ前後だろうか。かなり上背がある。


「は、畠山はたけやまさん! ヤルんすか!?」


 畠山と言うのか。人を名前で判断してはいけないが……なんとなく、恐そうな先輩によくいそうな響きだ。


 俺も一七七センチはあるし、背丈だけならそれほど見劣りはしない。……が、体の線にはかなりの差がある。

 鍛えて洗練された……という雰囲気ではないが、全体的にガッチリとした偉丈夫。恐らく、畠山のあの骨太な体つきは生まれ持ってのものだろう。


「ヤス! 土産に買った木刀、貸せ!」

「へ、へい! どうぞ!」


 眉無し――ヤスと呼ばれた男が、右手に持っていた棒を畠山に渡す。


 丁度よくそんなもん持ってんじゃねぇよ!

 土産に木刀とか……修学旅行生か!


「ったく……テメェが物騒なもん出すから、こっちも得物・・を使わざるを得なくなっちまったじゃねぇか」


 そう言って木刀を中段に構えた畠山の口元は、しかし、嬉しそうに歪んでいる。俺のせいと言いながら、この状況を楽しんでいるのが見て取れる。


 さぁて……どうするか。


 この騒ぎで若干の野次馬が集まりつつある中、一人、二人、慌てて駆け出して行った人影も確認した。

 逃げて行った……という感じではない。恐らく、警備兵のような人員を呼びに行ったのだろう。ここに来るまでの間にもそれらしき詰め所は見かけたし、それほど時間は掛からずに駆けつけてくれるはずだ。


 つまり、それまで粘ればこのトラブルはやり過ごせる算段が高い。


 しかし、それは畠山も解っているようで、今にも突進してきそうな足捌きでジリジリと近づいてくる。

 長期戦にはさせない、という意思がありありと見える。

 武技特訓の時の絵恋えれん先生の言葉を思い出す。


『相手がどんなに素早く動こうが、攻撃が当たらなければ意味がない。では、相手の攻撃が当たらない間合いをキープするにはどうすればいいか解るか?』


 六尺棍の接合部よりやや下を左手で、さらにそれより後ろ、端から三〇センチ程の部分を右手で握る。両手は、肩幅よりもやや広げた状態。


『それは、相手よりもリーチの長い武器を持つことだ』


 絵恋先生の言葉を思い出しながら、槍の持ち位置としては一番スタンダードな〝三分の二遣い〟に変える。

 中央付近を持った普段の持ち位置より打突は決め難くなるが、リーチは伸びる。


 可憐かれんを相手に何度も組み打ちを繰り返し、最終的には彼女相手でも一〇秒近くは攻撃を凌げるようになった。

 最初は瞬殺されていたことを考えればかなりの進歩だ。


 構えの変化を見て足を止めた畠山を、再び牽制する。


「もう一度言う。痛い目に合いたくなかったら、失せろ」

「うるせぇ! テメェこそ、さっさと六尺棍そいつを引っ込めねぇと大怪我するぞ!」


 俺の再度の警告にも反駁を以って答える畠山。

 やはり、警備兵が来るまで、こいつ相手に時間を稼ぐ必要がありそうだ。


 冷静さを失えばろくな事にならない……それは、バクバリィの柿崎相手に学んだ。

 元の世界の、ポイント制のスポーツ競技とは訳が違う。

 一発の決定打で勝負が決まるこの世界では、集中力を切らした方が負け。


『相手の体全体を眺めつつ、しかし、意識の半分は足捌きに向けろ』


 絵恋先生の教えに従い、畠山の足元に神経を集中させる。

 もちろん、畠山の肩と腕の動きも視界の端に捉えながらの鳥瞰ちょうかん


 可憐との組み打ちのおかげで、剣士の攻撃なら、足裁きだけでも攻撃の種類がなんとなく解るようになった。


 少しずつ間合いが詰まる。


 突として、畠山の足元で砂利がぜる。

 あのモーションは――


 突きっ!


 払いに比べ、〝点〟の攻撃である突きの当たり判定は狭い。

 しかし、長物ちょうぶつの先端をかわして縮地するなら、最も効果的な攻撃だ。


 でも、だからこそ予測済み!


 中段からの突きを六尺棍で上に払いつつ、直ぐに反転させて肩への打ち下ろす。

 横っ飛びで躱す畠山。


「でやっ!」


 俺の空振りを誘った畠山が、気合い一閃、今度は右からの払い!


 しかし、俺も大振りはしていない。

 飽くまでも狙いは時間稼ぎ。

 目的は攻撃の封殺で、仕留める必要はないんだ。


 六尺棍を反転させ、相手の手元を狙って六尺棍を払い気味に突き出す。


「チィ!」


 俺の動きにいちはやく気がつき、バックステップに切り替えて距離を取る畠山。

 追尾するように伸びた六尺棍の先端が、畠山の右手甲をこする。


 浅いかっ!


 あわよくば……という攻撃だったが、惜しくも決定打にはならない。


「な……なかなかやるじゃねぇか!」


 畠山の言葉に、しかし、俺は口角を上げて見せる。

 強がり……いや、違う。


 相手がスピードに乗る前に技を潰せるリーチのアドバンテージは大きい。

 しかし、それだけじゃない。今の一瞬間の攻防で確信した。


 畠山こいつの動き、やっぱ遅い!


 いや、今までの俺だったらこれでも充分に脅威に感じていたに違いない。

 しかし、武技訓練の三日目はずっと可憐や歩牟あゆむ相手に組み打ち。

 二人とも、訓練参加者の中では相当上位……どころか、可憐に至っては、両手剣の扱いなら校内でも比肩する者はいないほどの実力者だ。


 あの二人の動きに慣らされた今の俺には、畠山の動きがやけにスローモーションに見える。


『相手を仕留めようとする時に、もっとも効率のいい方法、解るか?』


 絵恋先生の質問に、俺は首を傾げる。


『それは、動かない事だ。相手が自分の間合いに入るまでジッと待ち、間合いに入った瞬間、自分の最大のスピードで決定打を打ち込む……解ったか!』


 元の世界の剣道のように、摺り足から積極的に攻撃を仕掛ける組み打ちとは違う。


 泰然自若からの一撃必殺!


 スピードと力が勝負を分ける、シンプルで純然たる一瞬の攻防。

 それがこの世界における対人戦の真髄なんだ。

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