07.一撃必殺
泰然自若からの一撃必殺!
スピードと力が勝負を分ける、シンプルで純然たる一瞬の攻防。
それがこの世界における対人戦の真髄なんだ。
もちろん、それも
両腕の幅を少しだけ狭め、六尺棍の握りを接続部に寄せる。
いつも通りの持ち位置。
いわゆる〝二分の一遣い〟ってやつだ。
リーチのアドバンテージが消える。
奴から見れば、心理的にはかなり踏み込み易くなったはずだ。
「
背後でくぐもる、華瑠亜の不安そうな声。
俺が持ち位置を変えたことに気が付いたのだろう。
でも……黙って見てろ、華瑠亜。
「心配するな……怪我をしても、
「一応言っておくけど、そのセリフ……カッコよくはないからね?」
畠山が、中段から上段に構えを転じる。
やっぱり!――
俺の間合いの変化を見て、突きから打ち下ろし狙いに切り替えてきた。
上段……しかも、刀の角度は地面と水平に近い。
狙いは恐らく、片手技で俺の額か、若しくは左手。
まあ、どちらでもいい。
六尺棍を正眼に構える。
安全策を取るなら、リーチを利用して時間稼ぎを続ける方が正解かも知れない。
しかし、先ほどの攻防で、
付け焼刃の棒術がいつまでも通じる保証はない。
ならばあいつの望み通り……短期決着に乗ってやるのもまた、
一か八かじゃない。今なら勝算も充分にある!
俺の両眼と六尺棍の延長線上で、余裕を見せるかのように白い歯を覗かせる畠山。
「どういうつもりか知らねぇが……刀相手にリーチを放棄して勝てると思ってるのか?」
「黙れ。自信があるならさっさと打ち込んできたら――」
俺の言葉が終わらないうちに、再び畠山の右足元で小石が
来たっ!
自分から話し掛け、相手が答えている間に攻撃を仕掛ける――
相手の呼吸を乱すための、喧嘩慣れしているやつが用いる常套手段!
もちろんそれも絵恋先生の教えだが、
右手を離し、左手一本で打ち込まれた畠山の剣先が、俺の額に一筋の影を落とす。
だがしかし――
打ち下ろし開始から、俺も畠山の木刀を六尺棍の
俺の顔面から左側へ逸れていく剣筋。
――と同時に、体軸を右へ。
特訓初日、絵恋先生を相手に何度も繰り返した、擦り上げと同時の
避けきれないっ!?
木刀の剣先が俺の左肩に食い込む。
「
だが、この展開――左肩が犠牲になることも想定内!
小さく弧を描いた擦り上げは、同時に俺の打ち込みの予備動作だ。
六尺棍で狙うは、畠山の右脇腹!
鋭く伸びる六尺棍の左先端――
その先で捉えたのは、しかし、畠山の右腕。
既に畠山も、木刀から離した右腕で脇腹をしっかりガードしている。
そう、木剣対木剣、木刀対木刀ならそれで正解だろう。
実戦ならガントレットで防御の形だ。
だがな……俺の武器は
畠山が左手一本で二撃目を払い始めるよりも速く、俺は体軸を逆回転させる。
時計回りだった六尺棍の回転が反時計回りに変わり、同時に、杖を握った右手をスライドさせながら、思いっきり畠山に向かって突き出す。
「うおおおおおっ!」
武技特訓二日目、何度も反復させられた、擦り上げからの身躱し&左右胴払い!
集中力を増した俺の視界から消える色彩。
もはや畠山の動きは関係ない。
特訓で習ったその動きを、今の俺の最速で繰り出すことだけを考え、奥歯をギリリと噛み締める。
ズンッ!
右腕全体に伝わる、重く確かな手応え。
俺の左側頭部に肉薄した木刀がピタリと止まり、ズルズルと地面へ向かって力なく落ちてゆく。
気が付けば眼前には、畠山の左脇腹に深々と突きささった六尺棍の右先端。
セピア色の景色がゆっくりと……色彩を取り戻していく。
「がは……ぅ……」
木刀を手離し、両手で左脇腹を抑えながら膝を折る畠山。
「は、畠山さんっ!!」
眉無しのヤスと坊主頭が、崩れ落ちる畠山の元に駆け寄る。
か……勝った……。
やりましたよ、絵恋先生っ!
いや、師匠っ!!
しかし、ここでガッツポーズなんて見せちゃダメだ。
どうせなら、いかにも当然の結果だったかのようにクールに決める!
六尺棍をしまい、両手をポンポン、と叩いて埃を払いながら三人を見下ろす。
「だから言っただろ、痛い目に合う前に去れと。喧嘩を売る相手は選べよ?」
「く、くっそぉぉ……、覚えてやがれっ!!」
両脇から畠山を抱え、捨てゼリフを吐きながら去っていく下っ端二人。
最後の最後まで、お約束な奴らだったな。
「つ、紬、あんたいつの間にそんな……って言うか、左肩、大丈夫!?」
華瑠亜の声を聞くと同時に、被弾した左肩が急激に痛み出す。
振り向けば、心配そうにこちらへ近寄ってくる華瑠亜。
しかし、見慣れたツインテールがなぜか滲んで見える。
「ち、ちょっと
「す……すごぐ、い……
◇
「なんでこんな状態になってんの?」
紅来の声に、ハッと目を開けると、そこには祭り見物から戻った四人の姿。
イタタタ……と、肩の痛みに顔を
ぼんやりとした華瑠亜の顔を見る限り、こいつもウトウトしていたようだ。
「おーい、バカップルぅ! 聞こえてますかー?」
腰に手を当てて俺たちの方を覗き込む紅来。
その声に、ハッと覚醒して弁明を始めたのは……華瑠亜だ。
「み、みんな、もう戻ったの? バ、バカ
「紬が?」
紅来のみならず、
まあ、そうだよな。自分でもイメージに合わないだろう、とは思う。
元の世界では、温厚な性格から仏の紬と言われたほどだしな。
「へなちょこ紬なのに!?」
ちょっと違う。
「ほんと、へなちょこのくせに無駄に相手を怒らせるから……」
待て待てっ! 怒らせたのは
「でも……大した外傷はないようだけど」と、俺の顔を覗きこむ紅来。
「いや、今はだいぶ落ち着いたけど、さっきまでは痛みで冷や汗が止まらないほどだったんだぜ? 骨は折れてないみたいだけど……」
マジで、最初は眩暈がする程の痛みだった。
なぜか、すっかり元気になっていた華瑠亜に勧められるままに横になっていたわけだが……太腿が気持ちよくてついついウトウトしてしまっていたのは認める。
右手をEカップの上に乗せ、ホッと安堵の息を漏らす優奈先生。
「もう、ドキドキさせないでよ。先生、ドッキリしちゃう」
それ、ほとんど同じ意味ですよ、先生。
「とりあえず、メアリー、例のやつ、頼む!」
「まったくパパは! どれだけメアリー使いが荒いんですか。メアリーなしで、よく今まで生きてこられましたね?」
いつものセリフとともに、
「で? どんな連中だったんだよ、そいつら」
勇哉の問いに、さっきの出来事を掻い摘んで説明する。
「畠山って、もしかして、イヴァイ・エンペラーの畠山か!?」
「イヴァイ……エンペラー?」
勇哉の口からまた、妙な単語が出てきた。
イヴァイはこの付近の地名だよな。……で、エンペラー??
「この付近を仕切ってるチームだよ。しかも畠山って言やぁ、
「まあね。ティーバの武技大会でも、刀剣部門なら、ベスト4の常連だよ」
そんな紅来の肩からリリスが、焼き菓子を持ったまま俺の右肩へと乗り移る。
「でも、そんなやつに紬くんが勝てるかなぁ?」
まったくだ。
武技訓練で三日間特訓した程度で、そんな奴に勝てるものだろうか?
華瑠亜も知ってるかと思ったが、刀剣連中の顔は知らないらしい。
「相手も、
華瑠亜の言葉に、勇哉も頷きながら口を開く。
「先に被弾したのは紬だし、実戦だったら左肩を斬られて負けていた展開だしな」
「それに、畠山は四天王の中でも最弱だしね」
最後の言葉は紅来だ。
みんなが、俺の本来の実力だと思ってないということはよく解った。まあ、そう思ってるのは俺も含めて、だけど。
にしても、エンペラーとか四天王とか、おまけに最弱とか……ベタ過ぎないか?
まさか、今後はエンペラーと全面抗争に発展していく流れ?
そうこうしているうちに、気が付けばすっかり肩の痛みは消えている。
「おおー! すごいぞメアリー! ほんとに傷みが引いてる!」
左肩をグルグルと回して喜ぶ俺を、冷めた表情で見つめるメアリー。
「あのー……パパはメアリーを何だと思ってたんですか?」
「いや、
「や……やけに素直な賞賛ですね……」
少しはにかみながら、メアリーが言葉を続ける。
「骨は無事でしたし外傷もありませんからね。打撲程度なら
くたびれ儲け?
「せ、先生もね! 新しい魔法、覚えてきたんだよ!」
なぜか急に、対抗心を
そう言えば出発前、ティーバの駅でもそんなこと言ってたな……。
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