05.紛れもなく、とてつもなく

「だって雑魚井あいつ……紛れもなく、とてつもなく、ハズレじゃん」


 そんなこと! ……と言いかけて俺も口をつぐむ。さすがに今度は、俺もリリスへの反論に言葉が詰まる。


 仕事中に飲酒とか、なにごと!?


 ドイツやフランスなどヨーロッパでは、ランチタイムにビールやワインを飲む習慣もあると聞いたことはあるが……さすがにウイスキーはアウトだろ!?


「ほら、おまえら、さっさとそこに並んで、順番に左手を出しな」


 雑魚井ざこいが、スキットルを魔法杖マジカルワンドに持ち替えながら口を開くと、その呼気でさらに周囲のアルコール臭がキツくなる。

 最初は〝あんたら〟だった呼び掛けも、いつの間にか〝おまえら〟に変わっている。俺たちが若いと見て軽く見たのだろう。


 と、その時、俺の前に立っていた華瑠亜が突然ふらっとヨロめいたかと思うと、すぐ後ろにいた俺の方へ倒れ込んでくる。


「お、おい! 華瑠亜!?」


 慌てて抱きかかえ、華瑠亜の顔を覗きこむ。

 薄暗い天幕テントの中でも解るくらい、明らかに顔色が悪い。


「ごめん、ちょっと……頭痛が……」


 頭痛だけじゃない。息を止めるように頬を膨らませた表情から、軽く嘔吐えづいている様子もうかがえる。

 華瑠亜こいつ、もしかして臭いだけで気持ち悪くなったのか!?

 五日前、ミーティングの様子からアルコールに弱いことは見て取れたが、臭いだけでも気持ち悪くなるような真性の下戸だったとは……。


「とりあえず、これ! お願いします!」


 華瑠亜の左手を掴んで前に差し出すと、怪訝けげんそうな表情を浮べながらも、雑魚井が持っていたマジカルワンドを華瑠亜の左手にかざす。

 一瞬、青白く光るワンド。その光が消えた後には、華瑠亜の左手甲に直径五センチ程の六芒星魔法円ヘキサグラムが描紋されていた。

 続けて俺の左手にも同じように描紋してもらうと、華瑠亜を抱きかかえながらテントの入り口へ向かう。


「ちょっと俺、華瑠亜こいつと先に出て休んでるから!」


 心配そうに華瑠亜を見つめる皆にそう伝え、外に出る。

 入り口の横に設置してあったベンチに華瑠亜を座らせ、俺も隣に腰を降ろす。


華瑠亜かるっぺ、どうしたんですか?」


 俺に付いて来たメアリーも、心配そうに華瑠亜の顔を覗きこむ。


「アルコールの臭いにやられたんだ。……おい、華瑠亜、大丈夫か?」

「ぎもぢわる……」


 青い顔で、俺の肩にもたれかかる華瑠亜。


「メアリー、治癒魔法キュアーでこれ、治せないのか?」

「無理に決まってるじゃないですか。キュアーは、その人がもともと持っている治癒力を促進する魔法ですよ? アルコールの分解なんてできませんよ」

「と言うか、臭いでなんて、アルコールと言うより精神的な問題じゃない?」


 肩の上からリリスも、目の前に凭れかかってきた華瑠亜の頭を心配そうに撫でる。


「ごめん……ちょっと……横になる……」


 そう言いいながら背中のボウガンを下ろし、身体を横にした華瑠亜の頭が、向こう側を向いた状態で俺の太腿の上に乗る。いわゆる膝枕の体勢だ。

 とりあえず、落ち着くまでこうしている他ないだろう。

 魔法円の描紋を終え、次々とテントから出てきては心配そうに華瑠亜の顔を覗きこむ残りのメンバーに、華瑠亜の症状を伝える。


「華瑠亜は、しばらく休んだ方が良さそうだね」


 そう言いながら、紅来くくるが白いカプセル錠剤を二つ手渡してくる。


「これは?」

「解除剤。飲めば左手の魔法円を消せる。一応それ、紬と華瑠亜の分」

「解除剤……いつ飲むの、これ?」

「いろいろあるけど……基本的には、パーティーメンバーに何かあって召集魔法コールの詠唱が始まった時、自分だけはその場に留まりたい場合とか……」


 そんな場面があるのか? ゴール直前で仲間に何かあった時とか?

 意味は解るが、本当に仲間の命が危険にさらされているような場面なら、自分だってそれどころじゃない気がする。

 

「でも、使用は禁止します。決まりだから渡しておくけど……」


 紅来の言葉を継いでそう話したのは優奈先生だ。


「それを飲むと言う事は、自己責任で命綱を切るということです。生徒にそんな危険な事はさせられません」


 言われるまでもなくこんな物を使うつもりはないが……その命綱を握ってるのがさっきの雑魚だと思うと、切ってもいいんじゃないかという気がしなくもない。


「で……華瑠亜はこんなだけど、時間は大丈夫なのか?」

「うん。スタートは午後六時だし、雑魚井さんの担当パーティーは一番近い西口スタートらしいから、ここから一〇分も歩けば着くしね」と、紅来。

「じゃあ……俺たちまでここに居てもしょうねぇし、華瑠亜が復活するまで祭り見学でもしてるか?」


 そう言ったのは、既に露店群の方が気になって仕方がない様子の勇哉ゆうや

 いいな……俺も行きたい。

 勇哉の言葉を聞いた紅来が、俺と華瑠亜を見下ろしながら、なぜか悪戯っ子のような表情でニヤリと微笑む。


「そうね……じゃあ私たちは、華瑠亜が休んでる間、露店でも見て回りますか!」

「あ、それなら、藤崎華瑠亜ふじさきさんのことは私が見てるから、綾瀬紬あやせ君もみんなと一緒に回って来たら?」


 優奈ゆうな先生の言葉に、いいんですか!? と、腰を浮かしかけたその時、再び紅来が口を開く。


「いいのいいの、先生! 華瑠亜のことはつむぎに任せておけば!」

「え? でも、引率なのにそう言うわけには……」と、そこまで言ってから、優奈先生も何かに気がついたように二、三度大きく頷く。

「そっか、そっか! そういうことね! うんうん!」


 え?


「先生は引率として、お祭りの皆を見守る義務があるもんねっ!」


 さっきと一八〇度反対の事を言い出す優奈先生。紅来はともかく、優奈先生には、どうも壮大な勘違いをされているような気がしてならない。


「確信犯ね、紅来ちゃん」と、耳元で呟くリリス。

「それ誤用だから。本来の意味なら、優奈先生の方が寧ろ確信犯」


 まあ、いっか。女子二人、しかも、病人とドジっ子教師を放っておいて祭り見学ってのも落ち着かないし……。


「じゃあ、リリスとメアリーも行って来いよ、祭り見学」

「いいの!?」「いいんですかっ!?」


 異口同音に顔を輝かせる使い魔二人つかいまーず


「うん。……ああ、そうそう! 先に、雑魚・・に魔法円描いてもらってこいよ」

「紬くんも雑魚って言ってるじゃん」


 飛び立ったリリスが、宙で口を尖らせながら振り向く。


「いいんだよ、あんなやつ、雑魚で。なんだったら雑魚虫ざこむしでもいいくらい」

「さっきと言ってることが一八〇度違うんですけど……相手の気持ちはいいの?」

「悪魔のくせに余計なこと気にすんな」


               ◇


 みんながお祭り見学に出かけた後、華瑠亜と二人でテントの前で休むこと五分。

 俺たちの次に受け付けをしていた、毒島ぶすじま率いる|自警団チームがやってくる。テントに入る直前、毒島がジロリと俺たちの方を一瞥いちべつしてきたが、今回は特に何か言われるということはなかった。


「あんたもさ……」と、膝枕のまま不意に口を開く華瑠亜。

「ん?」

「お祭り見学、行きたいなら行けばいいのに」

「だって……おまえ一人で、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない」

「…………」


 どっちだよ!?


「でも、行きたかったんでしょ?」

「そりゃまぁ……。でも、病人を残して行ったって気になって楽しめなそうだし」

「ふぅん……。でも、私だってあんたに迷惑かけいたくないし……」

「そこまで言うなら……優奈先生と代わってもらおうか?」

「えっ! 行くの!?」

「…………」


 だからどっちなんだよ、めんどくさっ!


 毒島達が去ってさらに五分後、今度は退魔兵団チームがやってくる。

 最後尾にいたひじりさんが、俺たちに気がついて近づいてくる。


「どうしました? ご気分でも悪いのですか?」

「ええ……はい。担当の時空魔法士イスパシアンが、中で飲酒してたんですよ。アルコールの臭いで気分が悪くなったみたいで……」

「あらあら、それはお気の毒に。何かお役に立てれば良いのですが……生憎そう言った症状は治癒魔法ではお手伝いできなくて、ごめんなさい」

「いえいえ、それはうちの治癒術師ヒーラーにも言われましたので、お気遣いなく」

「そうですね。臭いだけならアルコールが入ったわけでもありませんし、少し休まれれば大丈夫でしょう。お大事にどうぞ」


 優しく微笑みながら、軽く会釈をして聖さんが立ち去る。

 それにしても、正面から見るとまた、本当に存在感があるなあの胸は……。


「なに、ドキドキしてんのよ」


 再び、膝枕状態の華瑠亜が話しかけてくる。


「え?」

「膝枕してるから聞こえるのよ、あんたの鼓動。どうせ、あのおっぱいプリーストに見惚れてたんでしょ」

「そ、そんなんじゃねぇよ。ただ、よく知らない人だし、しかも女性だし……そりゃあ少しくらいは緊張もするだろ」

「ふぅ~ん……」


 向こう側を向いたまま生返事をする華瑠亜。

 先ほどから、大勢の祭り客が会場の〝目抜き〟を通り過ぎて行く。イスパシアンの控えテントは少し奥まった場所にあるため目抜きからはやや距離があるが、それでも通行人の何人かは、こちらに気づいて物珍しそうに眺めていく。


「ねえ……上向いていい?」と、華瑠亜。

「ん? ああ……そうだな。いいよ」


 通行人に顔を見られるのが恥ずかしいのだろう。華瑠亜が寝返りを打って仰向けになる。先ほどまではほとんど後頭部しか見えなかったのが、今度は、見下ろせば正面から華瑠亜と見つめ合うことに。


 こ、これは――

 深く考えてなかったが、想像以上に照れ臭いぞ!?

 閉じていた瞼を薄く開けた華瑠亜と、期せずして目が合う。


「な、なによ?」


 僅かに顔を赤らめる華瑠亜。

 さすがにこいつも照れ臭いのか?


「い、いや、なんでもない」


 慌てて目をそらしながら、リリスの言葉を思い出す。

 紛れもなく、とてつもなく――


「ほんと、ハズレだったな……」と、思わず口に出す。

「え?」

「いや、ほら、あのイスパシアンだよ。雑魚井ってやつ。昼間っから酒なんて飲んでさ。いざって時に役に立つのかよ、あれ?」

「う~ん……どうかな? でも、そんなにハズレでもないような……」

「ん? なに?」

「ううん、なんでもないっ!」


 なんだよ、そんなにハズレでもない、って……。

 どう考えたって大ハズレだろ?

 もう俺は、クジ類は引かない!


 聖さんたちの退魔兵団チームもテントを去り、またしばらく静かな時が流れる。


「ねえ……」

「ん?」

「頭が……痛い」

「ああ、うん……。だからこうして休んでるんだろ?」

「撫でてもいいよ」

「はぁ?」


 思わず見下ろすと、さっきよりもさらに顔が赤い華瑠亜。


「お、おい! 大丈夫か? もしかして熱でもあるんじゃ――」

「ないわよっ! 馬鹿じゃないの!?」


 頬を膨らませて即答する華瑠亜。

 当然の心配をしただけなのに、なぜ馬鹿呼ばわり……。

 って言うか、そろそろ元気になってないか、こいつ?


「え~っと、その……ずっとこうしてたらあんたの足だって疲れるでしょ? もし早く治って欲しいならさ、頭、撫でさせてやってもいいよ、ってこと!」

「いや、なんでそんな上から? そもそも撫でて治るのかよ、頭痛?」

「うん……治る、気が……する」


 本当かよ?

 華瑠亜の頭に手を伸ばし、そっと撫で始める。

 茶髪ってキューティクルの足りないイメージがあったけど、思いの他なめらかで抜群の触り心地だ。これはちょっと……癖になりそうだぞ。

 ふと華瑠亜を見下ろすと、さっきよりもさらに紅潮している。


「お、おい! 本当に大丈夫か? 茹でられたオクトパスみたいになってるぞ」

「誰がタコよっ!!」


 と、その時だった。

 突然、前方からガラの悪そうな若い男の声が聞こえてくる。


「ヒューヒュー! 他所者よそもんのバカップルがこんなところでイチャついてるぜ!」


 顔を上げると、トラブルの臭いしかしない三人組が、目抜きを外れてこちらへ歩いて来るのが見える。年齢は俺たちと同じくらい? 地元の学生だろうか。


 冷やかしの第一声が〝ヒューヒュー〟って……いつの時代よ?

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