04.死者の魂

「はい。ノームの間では、死後四十九日目に、死者の魂はこの世から天国へ旅立つとされているのですよ」


 四十九日とか、いきなり和風な設定だな……。


「そっか。じゃあ、残された人も気持ちの整理をしないとな」

「そうなんですが……現世に未練があったりして、なかなか旅立てない魂もあるのです。例えば、幼い子供を一人残して亡くなった両親ですとか……」


 まんまこの家のケースだな。


「まあ……そう言う場合もあるかもな」

「で、今日ですよ!」

「ん?」


 可憐も、首を傾げながらメアリーの話を聞いている。


「カリンとツムリが現れて、しかも迷わずそこへ座りました!」

「と言うか、スペース的に此処ここ其処そこしか……」

「なんとツムリの場所はいつもパパが座っていた場所ですよ!」


 話を聞けよ!


「カリンの場所はいつもママが座っていた場所。そしてメアリーの場所は……」


 いつもパパとママの間でした、と、少しうつむいて呟く。

 そっか。だからその場所に拘ってたのか……。

 直ぐに顔を上げてメアリーが説明を続ける。


「それでメアリーは確信したのです。これは天啓なのだと! つまりですね、パパとママの魂は、それぞれツムリとカリンへ乗り移ったに違いないと!」


 俺には、助けた二人がたまたま空いてる隙間に座ったとしか思えないけど。


「え~っと、それは、どうかな? 俺はずっと俺だし、ここに来て突然、記憶や人格が変わったという気もしないんだけど……」

「それはそれでいいんです。あくまでも主体はツムリの魂です。パパの魂は、なんと言うかその……ツムリの中のちょっとした隙間みたいなところに……上手い具合に入って……そういう感じです」


 なんだかすごくあやふやだ。


「と言うわけで、お二人がここにいる間、パパやママと呼んでもいいですか?」


 え?

 思わず、可憐と目を合わせる。

 呼ばれ方はべつに、判別さえできれば何だって構わない。

 どうせ名前で呼ばれたところで、ツムリとカリンだし。


 でも、パパとママは……どうなんだろう?

 ずっと一緒にいられるわけでもないのに情が移り過ぎやしないか?

 複雑な表情から察するに、可憐も同じ事を考えているようだ。


 もう一度、隣のメアリーに視線を落とす。

 真剣な眼差しで俺を見上げるメアリーの大きな瞳に吸い込まれそうになる。


「え~っと、メアリー?」

「何ですかパパ」


 まだ許可してないぞ。


「メアリーに助けてもらったことは感謝してる。でも、俺たちはずっとここに居られるわけじゃないんだ。それは、解ってるよな?」

「それは解ってますよ。パパだってもう、本当のお子様がいたっておかしくない歳でしょうし……」


 いや、おかしいだろ。


「準備が整ったら、早く帰ってあげるべきだと、メアリーもそう思ってます」

「俺たちが戻る時は、パパとママの魂ともお別れになっちゃうけど、いいのか?」

「それは仕方がないです。ただ、メアリーは、お二人に宿ったパパとママの魂に、もうメアリーは心配要らないという所を見せてあげたいだけなのです」


 もう一度可憐を見ると、可憐が小さく頷く。


「解った。じゃあ、ここに居る間だけ、俺と可憐はメアリーのパパとママだ」


 メアリーの顔がパアッと明るく輝き、頬が薄っすらと赤く染まる。

 が、次の瞬間、無理矢理気持ちを抑え込むような、苺味の苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「ま、まあ、パパの許可を得るまでもなく、魂は入ってしまっているのだから? 当然と言えば当然なんですけどね」

「そこは、子供らしく素直に喜んどけよ」

「子供扱いしないで下さい! メアリーだってもう二十歳なんですから!」


 ……ふぁっ!?

 はたち?


「はたち……って、二十歳はたちのはたち?」

「何わけのわからないことを言ってるんですか? いきなりボケましたか? それじゃあパパじゃなくてお祖父ちゃんじゃないですか」


 思わず可憐の方を見るが、別段驚いた様子もない。


「可憐……知ってたの?」

「年齢のことか? 正確な歳まではアレだが、まあ、大体そんなもんだろうとは」

「どうしてよ? どう見たって七、八歳だろ、メアリー」

「人間ならな。ノームの寿命は人間の約三倍だ。……知らなかったのか?」


 そうなのかよ!


「……どうした? 手なんか眺めて」

「え、あ、いや……。じゃあ俺は、この手でずっと、一時間も二十歳の女性の頭なんか撫でてたのかと……」

「解ったらもう子ども扱いは禁止です!」と、メアリーが得意気に胸を逸らす。


 どう見てもペッタンコだ。とても二十歳の胸には見えない。

 唖然としてる俺を見て、可憐が説明を続ける。


「まあ、寿命は三倍でも、成長速度も精神年齢も三分の一らしいからな。実年齢は気にしなくていいんじゃないのか?」


 ん? ってことは――――

 二〇年生きてるはいるけど、見た目は七歳で、精神年齢も七歳……。


「つまり子供じゃね~か!」


 なんだよ。びっくりさせんな!


「むぅ~~。まあ、いいでしょう。パパとママが年上なのは間違いないですし、仕方ないからメアリーもパパから見れば子供ということで納得はしてあげますよ」


 やけに上から目線だな。


 ……ん? 俺たちが年上?

 俺は十七だから――――ノーム的には五〇歳くらいに見えてるのか。

 十七歳の肉体でも、五〇年も生きてればそりゃ、子供を作るカップルだって中にはいるだろうな。

 だから俺も、子供がいてもおかしくないなんて思われたのか。

 でも、さっきの俺と可憐の会話も聞いてたはずだよな?


「なあ、メアリー」

「何ですか?」

「俺、何歳に見える?」

「ご……五〇歳くらいですか?」


 ふむふむ。……やっぱし!


「人間の寿命はノームの1/3なんだけど……五〇歳の1/3って、解るか?」

「…………」


 やっぱり、計算能力は小学一年生レベルなのか?

 メアリーの顔がみるみる険しくなったかと思うと、突然立ち上がって俺の向こうずねに蹴りを入れて来た。


「あいたっ! 何すんだよ、いきなり!」

「小数の計算なんて、二十歳じゃ習ってないに決まってるじゃないですか!」


 分数だけどな。


「わざとメアリーが答えられないような問題を出して頭の良さを自慢しようだなんて、大人気ないですよ! パパはそんな意地悪はしませんでしたよ!」


 今度は腕を振り上げて拳骨げんこつの体勢になる。


「ごめんごめん! ……と言うか、なんでそんな捻くれた見方なんだよ!? 別にそう言うつもりじゃないから!」

「ここに居る間はパパなんですからね! もう二度と、精神的にも肉体的にも意地悪はしないで下さい! 娘のことは大切にして下さい!」

「はいはい、了解了解。……っていうかメアリー、本当のパパのこともこんな風に、蹴ったり叩いたりしてたのか?」


 メアリーが呆れたような表情で俺を見下ろす。


「するわけないじゃないですか。ツムリだからですよ」


 い~感じで使い分けてるな、こいつ……。


「ではとりあえず……最初のパパの仕事は、メアリーをお風呂に入れることです」

「え? 風呂?」

「はい。メアリーをお風呂に入れるのは毎日パパの役目でした。隣が浴室になってますので。既にお湯も沸かしておきました」


 確かに妹とは小学校の高学年位まで一緒に入ってたりもしたけど……。

 実質七歳とは言え、血の繋がってない女の子とお風呂って……どうなんだ?

 現世界こっちの常識ではアリなのか?


 可憐の方を見ると、両腕で大きな×バツマークを作っている。


 ですよねぇ~。


               ◇


「三日後!?」


 華瑠亜かるあが眉尻を吊り上げながら、テーブルを叩いて立ち上がる。

 一旦、オアラ洞窟から脱出し、シルフの丘の簡易宿泊所で浅い睡眠を取った後のミーティング。

 脱出後、すぐに管理小屋でレスキューパーティーの出動申請だけはしておいたのだが、たった今、出動予定日を聞きに行った優奈ゆうな先生が戻ってきたのだ。


「う……ん。地震の被害、街の方も甚大みたいで、全国からのボランティが手配できるようになるまでは難しいだろう、って……」

「そんな……。だってこうして、ライフテールだって光ってるのよ!? 間違いなく生きてるのよ!?」


 華瑠亜の剣幕に、優奈先生も申し訳なさそうに俯く。


「うん。だからこそ三日後の予定で組めたのよ。ライフテールの話を出すまでは一週間以上はかかるだろう、って言われてたから」

「何でよ……そりゃ、街だって大変でしょうけど、ここの人員は飽くまでも山の遭難者を救助する為の人員でしょ!? なんでこっちが後回しにされるのよ!」


 隣に座っていたうららが立ち上がって華瑠亜の肩を抱く。


「華瑠亜……。先生を責めても仕方ないよ。一旦落ち着いて……何か良い手がないか、もう一回みんなで考えよう?」


 優奈先生も説明を続ける。


「ここの人員はランクEまでしか対応してなかったみたいなの。地下空洞で遭遇した魔物の話をしたら、ランクC以上が揃うまでパーティーは組めない、って……」


 華瑠亜が、力なく椅子に腰を落とす。


「じ、じゃあ……私たちだけでもう一度……」

「それは無理だよ、華瑠亜」


 すかさず紅来くくるが華瑠亜の言葉を打ち消す。


「あの食人鬼グールレベルがまだいないとも限らない。地震だって完全に収束していない。最も火力の出せる立夏りっかは怪我してるし、先生も回復ヒールだけで治癒キュアーは使えない」


 これじゃああまりにも危険すぎるよ……と言う紅来の説明を聞くまでもなく、それは華瑠亜も充分に解っていることだった。


「学校にも連絡は入れたけど、他の先生方も被災地の応援に召集されて手が空いてないし、レスキューパーティーが組めるまでは絶対待機だって……」


 優奈先生の報告を、しかし、華瑠亜も半分放心状態で聞く。

 今は輝いている魔具ライフテールも、三日後まで消えずにともっている保証はまったくない。

 それどころか、二人の状況が解らない今、直ぐに消えることも充分にあり得る。


(こんなジリジリした気持ちのまま三日間も足止め? 絶対あり得ない!)


 爪の跡から血でも滲むのではないかと思えるほど強く握った拳をテーブルの上で震わせながら、華瑠亜がそれを空ろに見つめる。

 その時、ゆっくりと勇哉が口を開いた。


召集魔法コールは……使えないかな?」

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