03.グールに食べられました

「メアリーのパパとママはグールに食べられました」


 ……え?

 食べられた?


「さっきも話した通り、うちは代々、異能の洗礼を受けてノーム族の警護を仰せつかる家系の一つだったのですよ。なので、皆が移住を開始する時も、パパとママは最後まで残って皆の警護に当たっていたのです」

「う……ん」

「そして、最後のグループの移動中ついにグールに見つかってしまい、二人は皆を守るために残って戦いました。私も一緒に治癒の力で援護をしました」


 なんだろう……。

 この後の顛末を聞くのが恐くて、思わず話を遮りたくなってくる。

 複雑な表情で聞き入る可憐も、同じ気持ちなのかも知れない。


「でも結局、力及ばず、パパもママもグールに捕まって食べられました。死を覚悟した二人が私に早く逃げろと言うので、二人が完全に食べられてしまう前に、急いでここに戻って強化結界を張りました」


 と言うことは……両親はメアリーの目の前で殺されたってことか?

 それどころか、食べられるところまで見ているかも知れないぞ!?


 淡々とした語り口に声を掛けるタイミングを失ったが、想像するだに、こんな年端も行かぬ少女が経験するにはあまりにも壮絶な境遇だ。


「わ、悪い……つらいこと思い出させちまって」


 そんな俺の肩にポンと手を乗せながらメアリーが続ける。


「気にする必要はありません。ノームにとって死とは再生の始まりなのです。パパとママの魂も少しの間だけ天国でお休みをして、きっとまたノーム族の赤子に宿って生まれ変わるのです。だからメアリーも、悲しくはないのです」


 そうは言っても、同じ死ぬにしたって、年老いて床の中で息を引き取るのと、化け物に食べられて苦しみながら死ぬのでは全然意味合いが違うだろう。

 それに、宗教的な概念で言えば現代日本にだって輪廻転生みたいな考え方はあるよ? でもそれと、死別の悲しみはまた別の話だ。


 その証拠に――――


 メアリーの大きな瞳に、微かに光るものが見える。

 やっぱり、あたりまえだけど、メアリーこいつだって悲しいんだ。

 無意識のうちに、メアリーの頭を抱えて抱き寄せようとすると、メアリーが驚いて仰け反る。


「な、何をするんですかっ! 急に頭なんか触って!」

「あ、いや、何ってわけじゃないけど……泣きたい時は泣いてもいいんだぞ」

「だから、全然悲しくないって言ってるじゃないですか! 余計な心配しなくてもいいです!」


 もう一度、メアリーの顔を覗き込む。


「だっておまえ……ちょっと泣いてるじゃん」

「泣いてませんよ! ちょっと目にゴミが入っただけです」

「あのさ……子供がそんな、無理するもんじゃねぇよ。泣きたい時に泣いておかないと、後できっと後悔するぞ? 俺の胸でよければ貸すから」

「だから、無理なんてしてないって言ってるじゃないですか! 皆のために立派に戦ったパパとママの事を誇りに思いこそすれ、悲しむことなどないのです!」

「そう? 本当にそうなら、何も言わないけどさ……」


 束の間、部屋に沈黙が流れる。


 俺はふと、中学生の頃、祖母が亡くなった時のことを思い出していた。

 俺にはもの凄く優しい祖母で、遊びに行くたびに『つむぎはすごく優しい子なんだ』と頭を撫でて可愛がってくれてた。


 さすがに中学にもなるとそれも照れ臭くて、頭を撫でようとする祖母の手を払いのけてあまり側にも寄らなくなって……。

 そんな時祖母は、少し寂しそうに笑ってたのを覚えてる。

 本当は大好きだったんだけどな。


 風邪から肺炎を併発させて亡くなったと聞いた時はしばらく呆然としてた。

 人前で泣くのが格好悪いように思えて、葬式ではずっと涙を堪えていた。

 それどころか、久しぶりに会った従兄弟達と談笑なんかもしたりして。


 そして俺は今、とても後悔している。

 大好きだった祖母のために、なぜ涙も流してやれなかったのかと……。

 いや、それだけじゃない。

 自分のためにも、気持ちの整理をつける涙があの時必要だったのだと、今さらながらに思う。

 今でも、祖母の寂しそうな笑顔を思い出すと胸が締め付けられるんだよな。


「せっかくですので……」


 ん?

 不意に聞こえたメアリーの声で、祖母の寂しそうな笑顔が掻き消される。


「せっかくですので、胸、借りてあげますよ」

「へ?」

「へ? じゃないですよ! 今、貸してくれるって言ったじゃないですか! もう忘れたんですか? アホですか? ツムリはカタツムリの生まれ変わりか何かですか?」

「い、いや、覚えてる覚えてる! 貸すよ」


 どうぞ! と両手を広げると、安座をした足の上にちょこんと乗り、俺の胸に顔をうずめるメアリー。


 だんだんと、上下に動く肩の動きが激しくなっていく。

 それと共に、少しずつ嗚咽も大きくなる。


「エッ……、エッ……」


 多分、これでも本人は必死に声を抑えているつもりだろう。

 どんどん胸元が、メアリーの涙と鼻水で冷んやりとしていくのが分かる。

 でも、そんなことはまったく気にならなかった。


 そう……今は泣いておけ。

 泣いてちゃんと気持ちの整理をつけたら、今度はちゃんと、心から笑えるようになる。


 メアリーが泣いている間ずっと、俺は彼女の頭を撫で続けた。


               ◇


「やっぱりそうだ。川に入ったんだ」


 地面を照らしていた松明を持ち上げながら、紅来くくるが振り向く。

 グールの屍骸の左手部分から続いてたいた足跡が紅来の足元で途絶えていた。


「なんで……川になんて入ったのよ?」


 華瑠亜も、紅来の側へ歩み寄って足跡を確認する。


「解らない。ブービートラップで火でも点いたのかも知れないし、或いは……」

「或いは?」

「先に可憐が落ちたのを、助けようとしたんじゃないかな?」


 紅来が、今度はグールの死体を眺めながら答える。

 未だに火が残っている切り株トーチに、焼け爛れたグールの背中が鈍く照らされている。投げ出された右手の先から川まではほんの一~二メートル程だ。


「紬の足跡の踏み込みを見ると川に向かって大きく跳んでいるはずだ。もし引火した火を消すだけなら、川まで最短距離で走って入水するだけで済む話だろ」

「そ、そうね……」

「それに、右手で掴まれていたはずの可憐の足跡も見当たらない」


 華瑠亜も、振り返ってグールの右手の周囲を確認する。

 屍骸を調べていた歩牟あゆむが、立ち上がって説明を続ける。


「状況的に見て……グールが転倒した拍子に可憐が投げ出されて川へ転落。自力で上がれなかったと言う事は、その時点で意識はなかった可能性もある」


 歩牟の隣で腰を下ろしていた勇哉ゆうやも、合点がいったように頷く。


「で、紬が可憐を助けるためにそこからドボン! でも、その先は両岸が切り立っていて這い上がれず、そのまま流されて行ったと……そんなとこか」

「じ、じゃあ、私たちも早く追いかけないと!」


 華瑠亜の言葉に、紅来が目を丸くする。


「はあ? 追いかけるって……どうやって?」

「ここに入って」


 川を指差す華瑠亜。


「正気? この先は、地底でどんな風に枝分かれしてるかも解らないんだよ? グールだってこいつ一体とは限らないし、火だって使えない。無茶過ぎるよ」

「じゃあ、このまま見殺しにするって言うの?」

「そうじゃない。一旦、体勢を立て直すんだよ」


 そう言えば、同じような会話を数時間前に可憐としたのを華瑠亜は思い出す。

 その時は感情的になって思わず可憐を叩いてしまったが……。


(今は違う!)


 頼りなさそうに光り続けるライフテールだが、これで得られる心強さは、可憐と言い争っていた時の焦燥感と比べれば雲泥の差だ。


「大丈夫だ。あのしぶとい紬と、女傑の可憐だぜ? D班の班長と隊長だ。現時点で生きてるんならそう簡単にくたばりはしないって」


 紅来が可憐の肩をポンポンと叩きながら励ます。


「とにかく今は、けが人も出てるし、装備も足りない。休息も必要だよ」

「うん……そうね」

「メンバーを信じられてこそのパーティーだろ? 私は、紬と可憐を信じてる」


 少し間があって、「私も」と言いながら、華瑠亜も静かに頷く。


「よし! 立夏りっか優奈ゆうな先生も待たせたままだし、急いで帰ろう! 旨い飯食べてゆっくり休めば、きっと良い考えも浮かぶよ!」


 人を助ける前にまず自分だ! と言う紅来の掛け声を合図に四人が歩き出す。

 もちろん、後ろ髪を引かれているのは華瑠亜だけでなく、他の三人も同様なのだが。


               ◇


 メアリーが俺の胸に顔を埋めてから、かれこれ三〇分程経っただろうか。

 もしかすると一時間近くかも知れない。

 足が痺れまくって……を通り越して、なんだか感覚がない。

 狭い部屋なので、途中から壁に寄りかかることができたのは助かったが……それにしてもここまで長くなるとは思ってなかった。


 リリスも、途中で待ちくたびれて可憐の膝の上で寝てしまった。

 その可憐もまた、船を漕ぎながらウトウト状態だ。


 嗚咽が止んでから五分程が経ち、不意にメアリーが俺の胸から顔を離す。

 ポケットから取り出したハンカチで、涙を拭いて鼻をかむ。


 やっと終わったか――――

 と思っていたら、ハンカチをしまって再び胸に顔をうずめる。


 ええー! まだ続くのー!?


 しかし今度は、一、二分後に再び顔を上げて、ようやく膝から下りると定位置(?)である俺と可憐の間に入って座る。

 どこか張り詰めていたようなさっきまでの雰囲気とは違い、なんとなく憑き物が落ちたような柔らかな表情に変わった気がする。


「えーっと……ちょっとはスッキリしたか?」

「なぜスッキリ? メアリーはもともとスッキリしていましたよ」

「そうか? 泣けばちょっとは気持ちも軽くなるかと思ってさ」

「泣いてませんよ。ちょっと目にゴミが入っただけです」


 まだそれ言い張るんだ!?

 俺たちの会話に気付いて、ウトウトしていた可憐も目を開ける。


「なんだか狭いな。荷物を退かせばそっちも座れるだろう」


 と、腰を上げかけた可憐をメアリーが慌てて制止する。


「カリンの場所はそこでいいんです! 座ってて下さい!」

「ん? そ、そう? メアリーがいいなら、別に構わないが……」


 浮かせた腰を元に戻す可憐。


「メアリーも、泣いてる間にいろいろ考えたんですよ」

「やっぱ泣いてたんじゃねぇか」

「あ……」


 ゆっくりと手を伸ばしてテーブルの上のカップを取ると、すっかり冷たくなったお茶を一口啜るメアリー。

 ゆっくりとカップを戻し、再び口を開く。


「メアリーも、目のゴミを取ってる間にいろいろ考えたんですよ」


 言い直したっ!


「数えてみたら、パパとママが死んでから今日でちょうど四十九日目でした」

「ちょうど?」

「はい。ノームの間では、死後四十九日目に、死者の魂はこの世から天国へ旅立つとされているのですよ」


 四十九日とか、いきなり和風な設定だな……。

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