さきゅばす☆の～と！

09．華瑠亜はご機嫌斜め

　明らかに、華瑠亜はご機嫌斜めだ。

　おかしい……。

　昨夜、それぞれの部屋に分かれるまでは上機嫌……とまでは言わなくても、少なくとも機嫌が悪いなどと言うことはなかったはずだ。

　俺を、リーダーとして再評価してくれるような発言まで飛び出していたし、寧ろ、なかなか良い雰囲気で関係修復が成されていたように思ってたんだが。

　今朝は、朝食のためダイニングに集まった時から、挨拶をしても完全に無視。

　最初は聞こえなかったのかとも思ったが、その後も、いくら話しかけてもまともに目すら合わせてくれない。

　他の人とは普通に話しているので、不機嫌の対象はどうやら俺らしい。

「紬くん、華瑠亜ちゃんに何かしたの？」

　ＫＹ（空気の読めない）リリスにすら心配される露骨さだ。

「してないよ。お前だってずっと一緒にいたから解るだろ」

　そもそも昨夜、夕食の後は、風呂とトイレに行く時くらいしか部屋から出ていないし、華瑠亜どころか他の女子にも会っていない。

　俺が何かしでかしたということは、別の世界線にいつのまにか移動でもさせられていない限り、まずあり得ない。

　俺が言うのもなんだが……。

　となれば、後は女子部屋の中で何かあったと考えるしかないわけだが……。

　華瑠亜（あいつ）と一緒の部屋だったのは確か、立夏（りっか）、可憐（かれん）、紅来（くくる）だったよな？

　ダンデレ、クーデレ、サドデレか。どれも厄介な面子だ。

　思い浮かべて思わず溜息が出る。

　麗か優奈先生でも居たら助かったんだが……。

　朝食の後、まずはこっそり立夏に話しかけてみる。

「昨夜、部屋で何か変わったことあった？」

「何も」

　無表情のまま立夏が答える。

　有無を言わせない、簡潔過ぎる回答だ。

　やっぱり聞くやつを間違えた。

　例え何かあったとしても、立夏からの情報は期待できないだろう。

　ふと華瑠亜の方を見ると、もの凄い目つきで俺を睨んでいる。

　え？　何？　俺、今、何かした！？

　立夏が立ち去るのを見て、華瑠亜も優奈（ゆうな）先生と何やら話し始める。　

　とりあえず胸を撫で下ろし、ダイニングを後にしようとしていた可憐を捕まえて、立夏にしたのと同じ質問を繰り返す。

「ん？　ああ……いや、別に、何もなかったが」

　可憐にしては珍しく歯切れが悪いし、目も少し泳いでいる。

　何かあったことだけは間違いなさそうだ。

　とは言え、何もないと言われればそれ以上追求することもできない。

　何れにせよ自分は何も話さない、という可憐の意思表示だろうし、そう決めている可憐が、俺の思い込みだけでコロコロと態度を変えるとは思えない。

　残るは――――

　朝から何故か、ニヤニヤしながら俺とよく目が合っていた紅来だ。

　こいつにだけはあまり借りを作りたくないんだが……。

「なあ紅来。華瑠亜の態度が変なんだけどさ……何か心当たり、あるか？」

　待ってましたとでも言うように、紅来が擦り寄ってくる。

　新しい玩具を買ってもらった子供のような表情。

　この顔をしている時の紅来は、ぶっちゃけ鬱陶しい。

「なになに？　やっぱり気になる？」

「そりゃ、まあな……。これから一緒に洞穴にも潜るってとこなのに、あんなんじゃ気ぃ使って仕方ないだろ」

「そうねぇ。まあ、何かあったと言えばあったし、無かったと言えば無かった」

「なんだよそれ？」

　何かあったとしても、紅来が素直に話すはずがないのは解っていた。

　話すとしてもそれは、ネタにして散々楽しんだ後での話だ。

「紬だって、立夏とのこと、私が散々聞いても話してくれなかったじゃん」

「話してるよ。話してるのに、紅来が勝手に、俺がまだ隠し事してるんじゃないかって勘ぐってるだけだろ？」

「へえ～、そおなんだ。私の勘違いなんだ？」

　急に紅来の顔から、人を茶化すような、いつものおどけた表情が消える。

　何かを探るように、クリクリと大きな目で俺の顔を覗き込む。

「な、何だよ？」

「いや、別にぃ。……まあいいや。もうちょっと自分の胸に手を当ててよぉ～く考えてみなされ」

　そう言ってクルリと背中を向けると、手を振りながら階段を上がって行く。

　何だよ？　胸に手なんか当てても、女子部屋での出来事なんて解かんねぇよ。

「どうした？　胸ヤケか？」

　後ろから歩いて来たのは勇哉（ゆうや）と歩牟（あゆむ）だ。

　勇哉に言われて、無意識のうちに胸に手を当てていたことに気がつく。

「い、いや、なんでもない」と返事をしながら、慌てて手を下に下ろす。

「紅来、一巻読み終わったって？」と、歩牟。

「いや、訊いてない」

「おいおい、それを訊かずに、一体何を話してたんだよ？」

　勇哉が、右手で目頭を押さえる様なジェスチャーで大袈裟に驚いてみせる。

　昨夜話題に上った『チート修道士の異世界転生』だが、やはり一巻から読みたくなり、歩牟が読み終わった後も二巻を読むのは止めておいたのだ。

　内容にそこまで大きな期待を寄せているわけではないが、いきなり途中から読み始めるというのは性格上落ち着かない。

　前巻のあらすじも付いてるし、話は繋がるぜ？　と、勇哉は言うが……。

　男キャラの名前をすっ飛ばしても話が繋がってるような奴に言われてもな。

「じゃあ、仕方ないから俺が紅来に聞いといてやるよ」

　そう言って勇哉も、歩牟と共に階段を上がって行った。

　どうせ女子部屋に行く口実が欲しかっただけだろう。

「紬くん、紬くん！」

　麗（うらら）の声だ。振り向くと、今度は麗と初美（はつみ）がこちらへ近づいてきた。

　初美の肩にはクロエの姿も見える。

「おう。初美は……体調はもう、大丈夫なのか？」

　初美が、小さくコクンと頷く。

　ほら、初美！　と言いながら、麗が初美の背中を軽く押す。

「きのうは……ありがとう……」

　初美の声だ。しかも、九文字っ！

　これまで俺が初美の口から聞いた文章の中では最長記録かも知れない。

「やっぱり、お礼はクロエちゃんや私経由じゃなくて、直接伝えないとね」

　麗がニコニコ笑いながら話す。

　恐らく、麗にそう諭されて初美も頑張ったのだろう。

「ああ、うん。でも、たまたま居合わせたから対処しただけで、そんな特別なことはしてないから」と言う俺の言葉に麗が首を振る。

「いやいや。紬くんの正確な指示があったから大事に至らなかったんだよ。優奈先生も、さすが班長だって感心してたよ」

　ほんと、そんな大したもんじゃないんだけどな……。

　頼りない優奈先生との対比が、俺への過大評価に繋がっているのだろう。

　不意に、クロエが話しかけてきた。

「ときに紬くんは、初美の胸は見にゃかったかにゃ？」

「なんだよ藪から棒に……見てねぇよ！」

　思わず、誰かに聞かれていないか辺りを見渡してしまう。

「いや、確かに水着の紐は解けてたし、一瞬捲（めく）れた時もあったけど……」

　それを聞いて初美の顔がみるみる真っ赤になる。

「あ、いや、でも、初美の髪が覆いかぶさってて何にも見えなかったし。……なあ、リリス？」

「う～ん……。どうだったかな？」

　そこは、うん、って言っとけよKYメイド！

「嘘だと思うなら俺の心も読んでみりゃいいじゃん！」

　そう言ってクロエの前に右腕を差し出したが――――

「使役者以外の心は読めないにゃ」

　使えねぇ……。マジで使えねぇ。

　初美以外に、この使い魔の需要ないだろ？

「使えないって、どういうことにゃん！　失礼にゃん！」

「読めてるじゃん！」

「顔に書いてあるにゃん！」

「クロエ、戻れ！」

　慌てて初美が叫ぶと、黒い球体となったクロエが、初美のファミリアケースに戻っていく。

　あいつの躾（しつけ）、もうちょっとどうにかした方がいいぞ、初美。

「そう言えばさ、華瑠亜ちゃんに、何か変なフラグでも立てた？」

　麗が、朝食の時の様子を思い出すように宙を見ながら質問する。

　非常に腐女子臭い聞き方だ。

「いやぁ……心当たりはないんだけど、今朝から態度がおかしいんだよね」

「昨日の初美のこととか、関係ないよね？」

「ああ、それはないだろ。あの後も普通に話してたし」

　初美が、ほっと胸を撫で下ろすのが解かった。

「ならいいんだけど……。私も何か解ったら教えてあげるよ」と、麗が片目を瞑る。

「ああ、頼むわ」

　麗と初美が階段を上っていくのを見届けて、リリスが口を開く。

「さっき、紅来ちゃんさ、紬くんに『私が散々聞いても話してくれなかった』って言ってたよね？」

「ああ、そうだな」

　もしかすると、俺の話を交換条件（バーター）にしようとしてるのだろうか？

　さすがに、立夏とのことを話すわけにはいかないが。

「なんで過去形なんだろ？」

「へ？」

「だってさ、まだ紬くんの話に興味があるなら『私が散々聞いても話してくれない』って言うはずじゃない？」

　思わず、横を向いてリリスの顔をマジマジと見る。

「な、何よ？」

「いや……どうしたんだ、おまえ？　今日は何でそんなに鋭いんだ？」

「失礼ね！　いつも鋭いわよ！」

　ここは笑うところなんだろうが、今はそれどころじゃない。

　確かにリリスの言う通りだ。

　『私が散々聞いても話してくれなかった』

　まるで、もう話は知っているかのような言い回しではないか？

　俺と立夏のことにまだ興味があるなら、紅来のあの性格だ。

　華瑠亜のネタを話す代わりにそっちも教えろ、と交換要求があったっておかしくはなかった。

　まさか―――

　絶対にあり得ないことだと思って全く念頭に置いてなかったのだが、立夏があの事を話したのか？

　テイムキャンプで、ポーションを口移しした時の事を……。

　そう言えば、俺が立夏と話してる時の華瑠亜の目、もの凄い殺気を放ってたな。

「綾瀬君、綾瀬君」

　キッチンから優奈先生が手招きしている。

「はい……何ですか？」

「また、藤崎華瑠亜（ふじさき）さんと何かあったの？」

　俺の耳に手を当ててひそひそと囁いてきた。

　優奈先生の吐息に耳を擽（くすぐ）られ、慌てて顔を離す。

　こう言う無防備なところが、ほんと罪作りなんだよな、この人……。

「いえ、何でもないです。大丈夫です」

　そう言えば優奈先生、トゥクヴァルスでも俺と華瑠亜のこと、心配してたな。

　優奈先生には悪いが、こう言うことは先生に相談しても悪い予感しかしない。

　とりあえずこれで、朝食の後だけで華瑠亜以外の全員と話したことになるのか。

　アドベンチャーゲームの探偵役にでもなったような気分だ。

　これだけ周りに気を使わせては課題への影響も心配だ。

　洞穴潜入までになんとかしないと……。