15-1.タナトスの器 <その①>

「なあ毒島ぶすじま。あんたの言ってることはその通りかもしれないが、ひじりさんがタナトスの器となったのはまだ生まれる前の話……そうだろ?」


 勇哉ゆうやを見下ろしていた毒島の視線が、今度はゆっくりと俺に向けられる。


「そうだな。だが、タナトスと召霊の契約を結んだのはあくまでも彼女の意思だ」

「そ、そりゃそうだけど! タナトス、もともとは聖さんの母親が処分し損ねた精霊じゃん。それに引導を渡すことができたのも、聖さんの力じゃねぇか!」


 俺も、この世界の法律や世情にはまだうといが、それを加味したとしても情状酌量の余地は十分あるように思える。

 ハァ……と、肩の上で溜め息をつくリリス。


「ほんと紬くんは、巨乳のことになるとすぐアツくなる……」

「そんな話、おまえの前でしたことねぇだろ! 茶々入れんな」


 とは言ってみたものの、俺自身どうしてここまでアツくなっているのか、実はよく分かっていない。

 もしかすると、タナトスとの戦いの最中さなか、聖さんたちの救出を諦めかけた後ろめたさのようなものがあるのかもしれない。


「落ち着け、ガキ共が」


 毒島が、やや面倒臭そうに俺と勇哉を交互に見下ろす。


「〝通常は極刑〟と言ったはずだ。俺もタナトスの口から経緯いきさつは聞いてんだ。裁判で、そのへんの特殊事情について説明しないとは言ってねぇ」

「じゃ、じゃあ……」

「減刑の約束はできねぇぞ? ただ、俺だってそこらの三下団員ってわけじゃねぇ。こう見えて、そこそこ影響力のある立場にはいるんだ。それなりに期待しとけ」


 おお……なんか知らないが、すげぇ頼もしいぞ、毒島!


「ところで……」と、すぐ横で今度は紅来くくるが口を開く。

「あのタナトスって精霊は、どうなるの?」


 紅来の質問に、これまで黙って毒島の言葉を聞いていた聖さんが面を上げる。


「精霊は通常、契約者に召喚されるまでは精霊界にいますが……タナトスのようなはぐれ精霊は精霊界には戻れませんから、現界で〝器〟を見つける必要があります」

「聖さんや……伏姫の霊体みたいな?」

「そうですね。伏姫のような霊体がもっとも相性は良いでしょうが……心の闇の大きな人間、あるいは、魔物の死骸でもよいと言われていますね」

「魔物の死骸なんて……トミューザムの中にまだいくらでもあるじゃん!」


 紅来の懸念に、しかし、聖さんがフッと微笑を浮かべる。


「あれだけ高位の精霊ですと、魔物も何でもいいというわけにはいきません。最低でも★6程度の肉体でなければ、憑依したとしてもすぐに消滅するでしょう」

「なるほどなるほど……ん?」


 隣でこくこくと頷いたあと、眉間に皺を寄せる紅来。そんな彼女を見ながら、俺も妙な胸騒ぎを覚える。

 ★6以上の魔物の死骸? 何か忘れているような気が……。


 何かを思い出しかけたその時、「ちょ、ちょっと、これ!?」と、華瑠亜の声が響く。顔を向けるとすぐに、その異変に気が付いた。

 山吹色に輝く華瑠亜の左手の甲。あれは――。


 慌てて自分の左手も確認する。

 華瑠亜と同じように山吹色の光に包まれたその奥で、ゆらゆらときらめく魔法円。

 召集魔法コール!?


 顔を上げて他のメンバーの様子も確認する。

 やはり、愉快な仲間チーム――メアリーやリリスも含めて全員の左手が、山吹色の光に包まれていた。


               ◇


「やっと……捉えたぜ……」

「ほ、ほんとか!?」


 雑魚井一正ざこいかずまさの呟きに思わず、田村俊太郎たむらしゅんたろうが咳き込みながら聞き返す。


 二人で伏姫籠穴に入ったのは午前の早い時刻だった。

 籠穴の奥で田村が結界弱化の儀式を行ってから約半日。その間、ずっと召集魔法コールの詠唱を続けていた雑魚井の声は、すでにかなりかすれている。

 外から水を汲んで戻ってきた田村を振り返って、雑魚井が頷く。


「チームの五人に、使い魔二人……大丈夫だ。全員捕まえた・・・・

「とりあえず、水だ」


 田村の差し出した皮製の水袋を受け取り、中の水をゴクゴクと喉に流し込んでから、再び雑魚井が続ける。


は繋いだし、十分後にはサルベージ完了だ。もっとも……」

「ん?」

「反応の位置からすると、すでに連中も第四層に到達してるみてぇだな」

「ほんとか!? じゃあ、ケルベロスには遭遇せずにすんだのか……」

「そういや、そのケルベロスってのはどうするんだ? 討伐隊でも編成すんのか?」


 水袋を田村に返しならが、思い出したように雑魚井が訊ねる。


「いや、学生チームさえ助かればそれはないだろう。生死の分からない兵団や警団の残存メンバーのために、危険な潜入が決行されるとは思えん」

「んじゃ、ケルベロスは放置のままか?」

「ダンジョン内はマナの量も質も変化しやすいし、それだけに魔物の寿命も短い。特に★6ともなれば、ダンジョンランクが低下すれば一日と持たずにくたばるさ」

「ふ~ん……そういうもんかい」

「とりあえず、第四層にいるのは朗報だが中の状況は分からん。いずれにせよコールは急いでくれ」

「わ~ぁってるよ、言われるまでもねぇ……」


 そう言いながら再び、奥の岩肌へと向き直る雑魚井。

 魔法小杖マジカルワンドを寝かせて構え、詠唱の続きを開始する。水で潤ったせいか、掠れていた声も多少回復したようだ。

 口ごもるような雑魚井の詠唱が、再び穴内に低く響き始める。

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