14-2.消え去りなさい <その②>

『心が温かくなる……だと?』


 聖さんの述懐に、苦笑とも苦渋ともとれる表情で伏姫タナトスが口元を歪める。


『勘違いするな、聖よ。こやつらは思惑の違いこそあれ、おまえが聖女と呼ばれていたからこそ守ろうとしたのだ。もしおまえが望むなら私も、再びおまえの中に……』

「黙まりなさい。もはやあなたの欺瞞に惑わされはしません」


 粛として……聖女としての最後の覚悟を秘めた諌言かんげん

 神籟しんらいのごとき聖さんの声がタナトスの言葉を遮る。


「わたくしの幸せは社会的責任と義務ノブリスオブリージュを果たすことではありません。わたくしのために身を投げ打ってくれた者のためにこの身を捧げたい、ただそれだけです」

『やめろ、聖よ。たとえおまえがここでどう宗旨替えをしようと、おまえのやってきたことは決して人間界では許されぬぞ』

「許し? 許しなど求めてはいません。私が求めているのは……」


 ――罰です!

 そう叫ぶと、光り輝く寿々音さんの魔導杖を眼前に掲げる白銀の聖女。


死霊浄化ターンアンデッド!」


 魔導杖から放たれた白亜の煌きが伏姫タナトスの真下に着弾する。

 ……と同時に、一瞬で膨張した聖なる半球ヘミソフィアが伏姫の霊体を包み込む。


『ウ・オ・オ・オ・オ・オ・オ・オ・オ――……』


 タナトスと、そして、背筋の凍るような女性の声が奏でる断末魔のユニゾンが、全員の鼓膜をヌメリと振るわせる。

 聖なる光の中で、黒い粒子に戻りながら崩れゆく伏姫の輪郭。

 霧散した粒子が、次々と直下の祭壇へ吸い込まれるように消えていく。


『ひぃ――じぃ――りぃ――……』


 伏姫の霊体が完全に消え去る直前、最後に残った黒い球体から響き、祭壇部屋に木霊したのは、聖さんの名を叫ぶ不気味な声。

 その球体も直ぐに、消滅する半球と共に床の中へと吸い込まれて見えなくなった。


 ――タナトスの最期。


 カラン……という乾いた音と共に、「聖さぁん!」と、寿々音さんの叫声が耳朶じだを打つ。

 見ると、魔導杖を床に落とし、ぐったりとした様子で寿々音さんの腕に抱かれる聖さんの姿が目に留まる。


「だ、大丈夫です……少し、貧血になっただけですので……」


 力なく微笑み返す聖さんを、訝しそうに見下ろすメアリー。


「巨乳はむしろ、貧血になりやすいんでしょうか?」


 メアリーの言葉を聞いて、肩の上のリリスも急にぐったりとうなだれる。


「紬くん……私もなんだか、貧血に……」

「ウソつけ!」

「多分、胸と貧血はあまり関係ないと思うわよ……」


 使い魔二人に対して、バストと貧血の因果関係を否定する優奈先生。

 そんな先生へ、聖さんがゆっくりと顔を向ける。


「ありがとうございました、先生。おかげで私も、死の淵からこうして再び戻ることができました」

「い、いえ、回復術士ヒーラーとして当然のことをしただけで……。そ、それよりもなぜ、タナトスが体から抜けたあともターンアンデッドが!?」

「タナトスも言っていたでしょう。わたくしの体の中には、彼が抜けたあとでも、わずかに精霊の残滓が残っていたのです」


 最後に残った精霊力を振り絞っての発動……。

 勇哉の技じゃないが、まさに、ファイナルターンアンデッドというわけか。

 聖さんに肩を貸しながら、寿々音さんが立ち上がる。


「は~~い、男子たちぃ~~、ちょっと後ろ向いてて下さいねぇ~~!」


 その声に、俺と勇哉、そして貝塚に毒島も、慌てて聖さんたちに背を向ける。

 寿々音さんの魔導ローブを身に付ける衣擦れの音が、静寂を取り戻した祭壇部屋に響く。


「この魔法円、どうなるんですかぁ?」と、背後から聞こえる寿々音さんの声。聖さんの体に描かれた魔法円のことを言っているのだろう。

「タナトスがいなくなれば、そのうちこの魔法円も消え去るでしょう。いずれにせよもう、これに召霊の力はありません」


 魔導ローブを着終わった聖さんの前に、今度は毒島が仁王立つ。


「白浦峰聖……。分かっているとは思うが、ダンジョンを出た後、おまえを召喚法違反の罪で自警団の留置施設まで連行する」

「はい、承知しています」

「お……おいおい! ちょっと毒島おっさん!」


 目を伏せた聖さんの前に腕をかざして庇うように、勇哉が二人の間に割って入る。


「聖女様のおかげで俺たちは助かったんじゃねぇか。これまでだって最終的にはアンデッドも始末してきたんだし、チャラってことでいいんじゃねぇのか!?」

「そのアンデッドを呼び寄せていたのも彼女自身だ。それに、最終的にアンデッドを葬ってきたとはいえ、物的・人的被害がゼロだったわけじゃねぇ」

「そ、そりゃそうだけど……じゃ、じゃあ、聖女様の刑はどうなるんだ?」

「これだけの大規模な違法召喚だ。通常であれば……極刑は免れんだろうな」

「きょ……極刑!? 冗談だろおい!」


 勇哉だけじゃなく、貝塚や寿々音さんも毒島の言葉にハッと息を飲む。


「おい紬! おまえもなんとか言えよ!」

「な、なんでこっちに振るんだよ!?」

「聖女様だぞ? 巨乳美女こんなひとの極刑を見過ごせるか? 男として!」


 俺はこの世界に来てまだ二ヶ月。何が正当で何が不当なのか、その線引きもまだあやふやだ。毒島の言葉だって正論に聞こえる。

 ただ、男として……かどうかはさておき、彼女の極刑に関してはやはりこくな気がする。


「なあ毒島。あんたの言ってることはその通りかもしれないが、聖さんがタナトスの器となったのはまだ生まれるまえの話……そうだろ?」


 勇哉を見下ろしていた毒島の視線が、今度はゆっくりと俺に向けられる。

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