06.小悪魔

 華瑠亜かるあの用向きはなんとなく察していながら、わざととぼけてみせた紅来くくるが、小悪魔のようにニッコリと微笑む。


「でもあの後、うららが説明してたじゃない。確か、初美はつみの好きな小説に出てくる贔屓のキャラクターにつむぎが似てるから……だっけ?」

「それは聞いたけど……でも、小説の名前聞いてもあやふやだったし」

「そりゃ、いくら仲良しだって読んでる小説まで逐一覚えてられないわよ」

「それはそうかも知れないけどさぁ……」


(贔屓のキャラクターが出てるとか、それがあいつに似てるとか……そんな情報まで知っててタイトルが出てこないとか、不自然じゃない?)


 釈然としない様子の華瑠亜に、逆に紅来が問いかける。


「何でそんなに気になるのよ?  別に、初美が紬をどう思っていようが、華瑠亜には関係ないじゃん?」

「そりゃそうよ! 関係はないわよ? ないけど……」

「もしかして、春頃に初美のことで紬から相談受けたって話、気にしてんの?」

「え? ああ……うん……そう、それっ!」


 それじゃないな、と直ぐに紅来は察するが、とりあえずそのまま華瑠亜の話を聞くことにする。


「なんだ、紅来もその話、知ってたんだ?」

「うん。船電車ウィレイアの中で、歩牟あゆむ達が話してるの聞いたから」

「そうなんだよねぇ……。一応さ、相談受けた身としてはさ? 初美だって満更じゃなかったなんて話を聞けば、協力できなかった事に責任を感じると言うか……」

「じゃあ、華瑠亜としては、紬と初美に上手くいって欲しいの?」

「え? あ、いや、別にそう言う訳でもないんだけど……」


 その時、崖を下り切った先頭の勇哉ゆうやがこちらを振り返って大きな声を上げる。


「お~い! この後はどっちに進めばいい~?」

「マップの赤い線まで、適当に進んで~!」


 勇哉の声に、かなり雑に答えて紅来が再び華瑠亜に向き直る。

 適当にって、何だよ? と、ぶつぶつ呟く勇哉の声が風に乗って聞こえてきたが、今はそれどころではない。


「前から気になってたんだけどさ、華瑠亜って、紬のこと好きなの?」

「は……はぁあ!? な、なに馬鹿なこと言って…………きゃっ!!」


 突然、華瑠亜の姿が視界から消える。

 見下ろすと、土砂の隙間に片足がずっぽりはまって、身動きの取れなくなった華瑠亜がもがいている。

 チッ、と心の中で舌を打ちながら、紅来が華瑠亜の腕を掴んで引き上げる。


(肝心なところで水を注されたわ……)


「土砂崩れの上を歩いてるだけだからね。隙間を歩くとはまるから、気をつけて」

「そう言うことは……嵌る前に……言ってよ……!」


 足に付いた土汚れを手で払いながら華瑠亜が唇を尖らせる。


「で? どうなのよ?」

「どうも何も……そんなわけないでしょ! 何で私が紬を!? 曇り眼鏡にも程があるわよ!」


 嘘を言ってる感じではない。と言う事は――――


(華瑠亜、自分でも気づいてないんだ?)


「そう? なら良いんだけど……初美はまだよく分からないけど、私の見たところ、立夏りっかは多分、紬のことかなり気になってると思うよ」

「え? そ、そうなの!?」

「“多分” だけどね。盗賊シーフの勘。地下空洞で一緒に過ごした時にね、なんとなくそうかな、って……」

「そうなんだ、やっぱり……」


 華瑠亜にも思い当たる節が無い事もないらしい。


「華瑠亜さ、洞穴に入る前、林道で紬と二人になった時、キスでもしたの?」

「はぁ? なっ、何でそんなこと!?」

「いや、なんとなく……。立夏の口移しの件でイラついてたんなら、それくらいしないと華瑠亜の機嫌も直らないかなぁ、と思って」

「そんっなわけないでしょ! なんであいつとキスなんかっ!? 馬鹿も休み休み言ってよね! キスで機嫌が直るとか、それじゃまるで私が……」


 ようやく二人も崖下付近に辿り着く。


「なんだ、してないのか。じゃあ、私の方がリードしてるんだ!?」

「リード? な……何の話? 紅来もあいつとなんかあったの!?」

「何でもない。こっちの話!」


 そう言うと、唖然とする華瑠亜を置いて、紅来が最後の土砂を飛び越える。

 その顔に浮かんだ微笑はまさに小悪魔……いや、大悪魔のそれだった。


               ◇


「まったくもう……。今回は、完全にパパのせいですからね! メアリーは何にも、全く、全然悪くないですからねっ!」

「はいはいそうですね。俺が悪かったよごめんなさい」


 棒読みで答える俺を、メアリーがキッと睨み返す。


「そもそもメアリーの蹴りくらいで流血とか、やわ過ぎなんですよ」

「いや、まあ、お前の蹴りもまあまあ強烈だったけど、グールにやられたところがあったからな……そこがまた開いちまったんだよ」

「そんなの見れば分かりますよ。それをかんがみた上でも “柔” だと言ってるんです。パパはクソゲーの主人公ですか!」


 現世界こっちのクソゲーって、どんなゲームだよ?


 俺の額の上に掲げられていたマジックステッキをメアリーが懐にしまう。

 どうやら治療が終わったらしい。


「とりあえず傷は塞いでおきましたけどね。まだ開き易い状態ですから、気をつけて下さいね」

「俺は気をつけてたんだよ。蹴ったのはメ――――」

「そんなことより顔が赤くないですか?」


 相変わらず、人の話を聞かない子だなぁ……。


「そうか? 別に、なんともないと思うけど……」

「そうですか? 柔なパパのことですから、ちょっと川に流された程度でも風邪とかひきかねないですからね。熱でもあるんじゃないんですか?」


 そう言いながら両手で俺のこめかみを持つと、額を近づけてくるメアリー。


「ブタさんのこと思い出して赤面しちゃってるのかもな~」と、軽口を叩いた次の瞬間、ゴチン! と鈍い音がして額に激痛が走る。


いったっ! 何すんだよっ!!」

「娘に向かって下品な下ネタはやめて下さい」

「だからって、頭突きしなくてもいいだろ!」

「熱を計っただけですよ。大丈夫、正常です」

「どう考えても熱計る強さじゃねぇよ、今のは。……と言うか、血! また血が出てきたぞ、メアリー!」


 その時、岩陰から松明を持って可憐かれんが姿を現した。


「なんだおまえら。相変わらず騒がしいな」

「相変わらずって……お馴染みのコンビみたいな言い方は止めてくれ」


 可憐が、持っていた松明に布を被せて火を消す。

 使ってたのは予備の松明なのだが、何があるか解らないし、必要以上の道具の消耗は避ける必要がある。


「で、何か変わった様子は?」と、可憐に訊ねる。

「特にはなさそうだな。階層は最初の地下空洞と同じくらいだと思うが……魔物の痕跡も見当たらない」

「まあ、出たとしても犬だよな。さすがにもうグールはないだろ?」

「二体倒したし、恐らくは……。でも、油断はできないが」


 ポーチから、のそのそとリリスが這い出してくる。

 瞼が重そうだ。


「寝てたのか?」

「寝てはいないけど、眠くなってきたから出てきた。目的地まで、念のため起きてなきゃマズいでしょ。……って言うか、まだ治療してるの?」

「ああ。本日三回目だ」

「パパがいけないんですよ。メアリーのパンツをオカズにしたりするからです」


 いや、そこは “オカズ” じゃなくて “ネタ” だろ……。


「まあでも、ぶっちゃけあんなブタさん、見せパンよ、見せパン!」

「見せパン? ですか?」

「そ。 見られても良いパンツ、ってこと。私もいろいろ勉強したのよ。人間の文化については」


 前から思ってたけど、リリスこいつ、どんな資料使って勉強したんだ?


「そう言えば、リリっぺ師匠のパンツはやけに布の部分が少なかったですね」

「え? メアリー、見たの?」

「川から助けた時に、洗濯して干しましたから。なんか、脱がせようとしたら紐が解けてただの布になってましたけど、あれ、どうやって履いてたんですか?」

「は……はああ? そ、そんなの言えるわけないじゃん! ブタさんと違って、あれは見せちゃダメなパンツなの!」

「ちょっと見せて下さい」


 メアリーがステッキを地面に置くと、空いた手でヒョイっとリリスを持ち上げる。

 相変わらずマイペースだ。


「おいこらっ! ちょっと待て! 見せちゃダメって今言ったばかりじゃんっ!」


 そんなリリスにお構いなく、メアリーはリリスを後ろ向きに持つと、お尻の方からエプロンドレスを無造作にめくって中を覗き込む。

 ドレスの前はリリスが慌てて抑えたので俺の方からはパンツは見えなかったが、リリスの顔がみるみる真っ赤になるのは分かった。


「ごるぁぁぁッ!! 何やってる! このクソ弟子っ! 離せーーっ!!」

「女同士なんだからいいじゃないですか。ああ……なるほど。布を下から巻いて、あの紐を両側で結んで止めるのですね。でも、すぐ取れそうで心配じゃないですか?」


 リリスが紐パンだったのは、俺も今日初めて知ったわ。


「なに冷静に解説してんのよ! 心配なのはあんたの頭よっ! 悪魔っ!!」


 悪魔はリリスおまえだけどな。

 悪魔に悪魔と言わせるメアリーの悪魔っぷりも相当なものだ。

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