05.行き止まり

「ここで行き止まりだが……この後はどうする?」


 可憐かれんが、直ぐ後ろのメアリーを振り返る。


「おかしいですね……最後は縄梯子なわばしごで上ると聞いていたのですが……」


 メアリーと一緒に俺も周囲を見渡すが、縄梯子らしき物は見当たらない。


「あと三メートル程度だし、メアリーだけなら上げられるんじゃないか?」


 リリスをポーチに入れ、メアリーが肩に登りやすいようがに股になる。

 とは言え、二〇センチ程度の足場の上での話だ。

 壁に向かいながらの姿勢なので、股関節を一八〇度近く広げなければならない。

 体は硬い方じゃないけど、長時間は持たないぞ、これ!


「よっこいしょ!」


 可憐の協力も得て、少しヨロけながらもメアリーが俺の肩を足場に立ち上がる。


「ローブの下、ミニスカートなんですから、上は見ないでくださいねっ!」

「七歳のパンツに興味ねぇよ……」

「メアリーは二十歳ですよ? やはり脳みそが欠損してませんか!?」

「いいからさっさと上れ! 手、届くか?」


 メアリーが手を伸ばすと、指先がギリギリ頂上部に届くか届かないかくらいだ。

 肩の横に手の平を出す。


「メアリー。靴脱いで、手の上に乗れ」

「たかだか手の平程度で土足禁止とか、いかがなものかと思いますよ。もっとワイルドにならないと、いつまで経ってもママには……」

「靴のままだと不安定だからだよ! 無駄口叩いてないでさっさとやれ!」


 メアリーの体重は大したことはないが、狭い足場の上での不安定な体勢だ。

 しかも、万が一にも落としちゃヤバいという命懸けの場面。

 のんびりやってられるほどの余裕は俺にもない。


 メアリーの両足が手の平に移ると、ゆっくと腕を上に伸ばして持ち上げる。

 俺の肩に残ったメアリーの靴を、下に落ちないよう可憐がそっと回収する。

 さすがに少し、両腕がプルプルと震える。


「こ、こんなことなら、ママの方に……乗せてもらえば……よかった、ですよ」


 メアリーも恐いのか、震え声が上から落ちてくる。

 剣技ならともかく、さすがに単純なパワーで可憐に劣るわけないだろ!

 ……と抗議の一つでもしようと思ったが、少し自信がないので止めておく。


 今度は、メアリーも頂上部にしっかり手を掛けることができた。

 メアリーが完全に上り切ったのを見て、可憐が片方ずつ靴を放り上げる。。


「ふう……。こんなことなら、パパかママをメアリーの魔力で軽くして上に上げた方が良かったですよ」


 ……そうじゃん! その手があるじゃん!


「そういうのは早く言えよっ! こっちは使い慣れてないし、失念してるわ!」

「で? 次はどうするんです?」


 悪びれる様子もなく訊ねるメアリー。

 先に登ったのが俺や可憐だったら話は簡単だったのだが、まあいい。

 もう一回メアリーを下ろして魔法を使わせるのもさすがに面倒臭い。


「鞄にザイル入れてたよな? どこか、しっかり結べそうな場所はあるか?」


 メアリーがぐるりと辺りを物色する。


「と言うよりですね……」


 メアリーが立ち上がり、トタトタと頂上部を横に移動する。

 二~三メートル戻ってしゃがむと、下に何かを投げ落とした。


 縄梯子!?


 今の俺の位置より少し戻った辺りに垂れ下がった二本の縄梯子。

 どう言う事だ?


「上に巻き上げられてました。これでパパもママも上れますよね?」

「あ、ああ。そりゃそうだが……」


 とりあえず、少し戻って、可憐と俺で一本ずつ縄梯子を使って上まで上る。

 縄梯子があったのは助かったが、問題はなぜ巻き上げられてたのか・・・・・・・・・・・・だ。

 巻き上げたのは当然、最後にここを使った者になる。

 最後の移住グループの護衛に当たった “レアンなんちゃら家” と言う守護家の連中だろうか?


 しかし、誰が巻き上げたにせよ、その理由が解らない。

 グールの追跡を避けるため?

 いや、グールが壁を上れることを知らなかったとは思えないし、理由としては筋が通らない。

 どうも嫌な予感がする……。


「抜け穴、ありましたよ!」


 メアリーが覗き込んでいる場所を見ると、直径が一メートルあるかないかくらいの穴が奥へ続いている。

 確かに、人一人は何とか抜けられてもグールには無理な大きさだ。


 先に可憐が、松明を持ったまま四つん這いで穴の中へ入る。

 続いてメアリー。裾の長いローブでは四つん這いで移動し辛いので、膝の上までまくり上げてから身を屈めて可憐に続く。

 最後は俺が、やはり四つん這いになってメアリーの後に続く。


 ふと前を見ると……ブタさん??


 いや、正確にはブタさんの柄の刺繍だ。

 ローブをまくり上げた時にスカートまでめくれてしまったらしい。

 逆光で薄暗くはあるが、お尻の部分に豚の刺繍が施されたパンツが、メアリーの動きに合わせて目の前で揺れている。


 なぜ、ブタさん!?

 と、ぼんやり考えているとまた、メアリーからの注意勧告。


「パパ! 前は見ないで下さいね。メアリーのパンツが見えるといけないので!」

「別に、お前のブタさんなんかに興味ないっつ~の……」


 そう言って視線を手元に落とす。

 先頭でないとは言え、前を見ないで進むのは、やはりちょっと恐いな。


 ……と、突然頭が何かにぶつかる。ポニョ、っとした感覚。

 慌てて前を見ると、どアップの豚が視界一杯に広がっている。

 続いてメアリーの声が聞こえた。


「何でブタさんだって……知ってるんですか……?」


 あ――――

 ぼんやりしてて、思わず口が滑っちまった。

 前を覗き込むと、顔を真っ赤にして後ろを振り返っているメアリーと目が合う。


「あ、いや、なんて言うか……偶然見えた、って言うか……」

「そんなもの偶然になんて見えませんよ! この、変態さん!」


 そう言って、メアリーが後ろ蹴りで俺の顔面を蹴り付ける。


「ち、ちょっと待てって! 逆光でよく見えなかったし!」

「よく見えないくせになんでブタさんだって知ってるんですか! 見えてるじゃないですか! この、変態さん!」


 非常に論理的な反論だ。


「ごめんごめん、見ちゃったのは謝るけど……風呂とか一緒に入ろうとしてくらいだろ? パンツくらいどうってことないじゃん!?」

「それとこれとは別です! 問題をすり替えないで下さい! この、変態さん!」


 尚も振り回されるメアリーの足が当たらない位置まで一旦後退あとずさる。


「おい、リリっぺ師匠! おまえの弟子、どうにかしろ!」

「無理無理」


 リリスが興味なさそうにポーチの中に潜り込む。


「おまえたちいい加減しろ! 先に行くぞ!?」


 前方から聞こえる可憐の叱責。


「だってママ! パパがメアリーのスカートを捲ってパンツを見るんですよ! やっぱり、脳みその一部が壊れて変態になったんですよ!」


 捲れてたんだよ!

 脳みそも壊れてないから!


               ◇


「ここも……行き止まりね」


 先頭の紅来くくるが崖下を覗き込む。

 これまでと同様、四~五メートルはありそうだ。


「もう少し、迂回路を探ってみないと……」


 獣道を見つけるたびに北へ向かうのだが、その度に崖に阻まれる。

 東西に長く伸びていて、なかなか下へ降りられそうな場所が見つからない。

 手元のマップも、整備されたエリア以外は “林” と表記されているだけで、細かい地形は載っていない。空白エリアと言っても過言ではない状態だ。


「もう、強引に降りるか?」


 勇哉ゆうやの強硬論に、しかし紅来は、マップに印をつけながら首を振る。


「いや、行ったっきりってわけでもないし、ルートは確保した方がいいでしょ。どうしても無ければ、明日はザイルで下りるけど……」


 ダウジングはどう? と紅来が訊ねた相手は華瑠亜かるあ……ではなく、初美はつみうららだ。

 華瑠亜が先程から不機嫌さを隠そうともしていないが、振り子ペンデュラムを乱暴に振り回す姿を見せられては不採用にせざるを得ない。

 チラリと紅来を見遣るだけの初美の代わりに、麗が答える。


「若干、縦方向になってる気もするけど……あまり変化ないわね」

「よし、もう少し東へ移動してみよっか」


 と、その時、西側来た方向を確認していた歩牟あゆむが声を上げる。


「おい、あそこ!」


 その声に全員が振り向くと、二〇~三〇メートルほど戻った場所で、崖崩れのためか崖下に土砂が溜まっているのが見えた。

 移動するのに、崖からやや奥まった獣道を通ってきたので見落としていたのだ。

 全員で近づいてみると、崩れた土砂が崖下まで天然の坂道を作っている。


「ここからなら、下に降りられそうだね」


 クロノメーターを確認しながら、マップに新たな線を引き直す紅来。


「この先のマナ濃度は未確認だ。俺と勇哉が先に行く」と、歩牟が崖を下り始める。

「まあ、言っても大した魔物は出ないだろうけどな」と、後に続く勇哉。


 更に、ダウジング担当の初美と麗、最後に紅来と華瑠亜も続く。


「ねえ紅来。どう思う、あれ?」


 華瑠亜が初美を指差す。


「あれ? って、ダウジング? ちゃんと機能はしてるっぽいじゃん」

「そうじゃなくて……あれよ、初美がなんか、紬を好きだとかなんとかって……」

「ああ……そっちね」


 華瑠亜の用向きはなんとなく察していながら、わざととぼけてみせた紅来くくるが、小悪魔のようにニッコリと微笑んだ。

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