16.憑依体

憑依体ハウンテッド相手は準備なしじゃ無理だ。お前らはその聖女を連れてさっさと階段から脱出しろ!」

「おいおい!」


 慌てて貝塚かいづか毒島ぶすじまに詰め寄る。


毒島あんたつえぇのも、不死系アンデッド対策をしてきているのも分かったが、それにしたって一人であんなの、抑えられっこねぇ!」

「無理でもやるしかねぇだろ! 全員で残ったって結果は同じだ!」

「でもさぁ……」


 毒島の言葉に、寿々音すずねさんも首を傾げる。


「どうせ私たちだけ逃げても、毒島さんを無視して追いかけられたらぁ、戦力を分けたぶん逆に不利にならない?」

「アイツにはもう、タナトスの意識は残ってねぇ。生きていたころの――ただ人間を殺す本能のみで動いてるだけだ」

「でもぉ、かといって毒島さんだけがターゲットになるとは限らない――」

「いや、あのバケモンと最後に対峙してたのは俺と……そこの二人だけだ」


 俺と紅来くくるを一瞥したあと、さらに毒島が言葉を繋ぐ。


「ゾンビには死ぬ直前の記憶が鮮明に焼きついているからな。その二人がこのまコールで脱出しちまえば、やつの敵対心ヘイトは必ず俺に集中する」


 言いながら毒島が、退魔剣の柄頭つかがしらを回して取りはずす。

 仕込み筒の中から三つの錠剤を取り出すと、まとめて口の中へ放り込んだ。


「あ、毒島あんた……今の……」と、驚いたように貝塚が呟く。

「知ってんのか? 覚醒丸かくせいがんだ」

「それってたしか、一時的に身体能力を高める魔法薬だろ!? 副作用が酷くて劇薬指定されてる薬じゃねぇか」


 あるある。


「ゾンビ化した魔物は飛躍的に身体能力が向上することが知られてるからな。多少ドーピングもしねぇと……。大丈夫、二錠までなら訓練で経験してる」

「か、仮にそれで抑えきれたとしても、倒さなきゃそのあと確実に……」

後先あとさき考えてられる場面じゃねぇだろ! 覚醒時間はせいぜい二十分だ。それが過ぎれば俺だってどうなるか分からねぇ……」


 ゴチャゴチャ言ってないでさっさと行けっ! ……という怒声を残し、毒島の姿が忽然と目の前から消えた。

 いや、その不意の急加速に、一瞬そう見えただけ!?

 気がつけば、やにわに駆けだした毒島の体はもう二十メートル先――ケルベロスゾンビの眼前に迫っていた。


 は、はえぇっ!!


 もちろん、リリスたんのような悪魔的なスピードというわけじゃない。元が人体である限り、いくら身体能力を引き上げたところで限界はある。

 だが……元から人間離れした毒島だ。

 その彼がさらに身体能力を高めたことで、化け物ぶりに拍車がかっている。


 あれならマジでいけるんじゃないか!?


 毒島の魁偉かいいに、一瞬、その場にいた誰もがそう期待したとしても無理はない。

 しかし――。


 韋駄天の如き毒島が繰り出した翠の剣閃が、ケルベルロスゾンビに突き立てられようとした次の瞬間、今度は敵の姿が消える!

 いや……消えたように見えたのは錯覚。

 あまりにも素早い真横への移動に目がついていかなかったのだ。


「スキッド!?」


 魔物の動きに目を剝く貝塚。

 スキッド――確か、スリップなんかとほぼ同意で、横滑りとかって意味だったと思ったけど……今の動きが、そうなのか?


 毒島の攻撃を難なくかわしたケルベロスが、その左顎さがくを大きく開いて毒島に襲いかかる。

 退魔剣を払いかろうじてその攻撃を防ぐも、直後、振り回された右頭の打撃を脇腹に受け、軽々と後方へ吹き飛ばされる毒島の巨体。


 三岐みまたの狼頭をしなやかに動かし、鬼神と化した毒島の攻撃をも難なく退けるケルベロスゾンビ!

 元いた位置にまで弾き返され、俺たちの足元に転がる毒島の巨体を目の当たりにして、俺だけじゃなく、その場にいた全員が一瞬で凍りつく。


「な、なんなんだよ、今の動きは……」


 思わず呟いた勇哉ゆうやに、敵を見据えたまま答える貝塚。


横滑りスキッド……実際には真横に動いて攻撃を躱してるだけなんだが、身体能力の高い魔物は予備動作も見えねぇから、あたかも滑ってるように映るんだ」

「幽霊じゃあるまいし……ありかよ、あんな動き……」


 うめく勇哉を制するように、再び立ち上がった毒島が口を開く。


「見ただろ? 普通の人間が束になってかかったってどうにかなるような相手じゃねぇ。分かったらさっさと行け! 俺だっておまえらを庇ってる余裕はねぇんだ!」


 言いながら再び退魔剣を正眼に構え、腰を落として突進の予備動作に入る。


「ぶ、毒島……あんなの倒せんのかよ?」


 ペッと血の固まりを吐き出してから、訊ねた俺に向かってニヤリと笑って見せる毒島。


「倒せる……とは言えねぇが、活路はある」

「活路?」

「ああ。ハウンテッドは運動能力が飛躍的に向上するが、ブレス攻撃のような内気系の飛び道具はねえ」


 そういえばケルベロスも、炎のブレス攻撃をしていたな。


「そして、ハウンテッドには〝憑依核〟と呼ばれる弱点もある。そこに退魔剣でダメージを与えられれば……倒すことも可能だ」

「ひょういかく? どこなんだよ、それは?」

「簡単にいやタナトスの本体みたいなもんだ。今回でいえば真ん中の頭。退魔剣を装備してると、そういうのも全部見えんだよ」


 そう言い残して、再びケルベルスゾンビに突進する毒島。

 今度はそのまま斬りかからずに魔物の前で立ち止まると、その場で距離を取りながら、左右両頭から繰り出される敵の攻撃を対魔剣で打ち払う。


 数倍に身体強化されたもの同士の攻防。

 目で追うのも難しい動きの連続だが、敵のスピードにも慣れたのか、毒島も今度はあっさり弾き飛ばされることもなく踏みとどまっている。


 ……が、しかし、明らかに防戦一方だ。

 敵も、中央の頭が弱点だと知っているのか、攻撃は左右両頭でしか繰り出してこない。それでも、数段上のスピードで毒島を圧倒する。

 とてもだが毒島に反撃する余裕があるとは思えない。


「い……行こう! ここにいても毒島あいつの邪魔になるだけだ」


 貝塚が寿々音さんに声をかけ、聖さんと共に三人で階段の上り口へ向かう。

 俺たちの左手もさらに輝きを増してゆく。

 場の空気が、ここは毒島に任せようという方向へ傾いていく。


 でも……このまま毒島あいつ一人をここに残していっても、おそらく薬が切れればあいつは――殺られる!?

 皆、そんな未来に目を瞑って優先順位プライオリティを探り始めているんだ。

 再び、寿々音さんや聖さんを見捨てようとしたときの後味の悪さが去来する。


 魔法円が光り始めてもう何分だろうか?

 そろそろ召集コールも完了するだろう。


 だが……このまま毒島だけを残して逃げていいのか?

 俺にとっての最優先事項はもちろん、自分と、仲間の命だ。それは間違いない。

 それしか選択肢がないのであれば迷わずそれを選ぶべきだ。


 しかし一方で、何かが俺に待ったをかけている。

 本能? いや、そんな格好イイもんじゃなない。

 ただの勘か? あるいは、希望的観測?


 俺自信はまだまだヘッポコだが、でも俺は、ビーストテイマーだ。

 リリスだけじゃない。俺には他の使い魔だっている。

 本当にもう、手はないのか。全員が助かるような手は?

 はまりそうではまらないパズルのピースをくるくると手の中で回している時のようなもどかしさ――。


「先生! あたしに追加聖痕ADSTをかけて!」


 俺の思考をさえぎるようにそう叫んだのは、華瑠亜かるあだった。

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