17.パズルピース

 はまりそうではまらないパズルピースをくるくると手の中で回している時のようなもどかしさ――。


「先生! あたしに追加聖痕ADSTをかけて!」


 俺の思考をさえぎるようにそう叫んだのは、華瑠亜かるあだ。


「藤崎さん……なにを……」

「いいから早く! 時間がない!」


 華瑠亜の勢いに気圧され、ビクンと肩を弾ませる優奈先生。

 急いでベルトホルダーから回復小杖ヒールステッキを外し、約十秒の詠唱。最後に、華瑠亜に向かって杖を振り――


「終わりました。でも一体なにを……」

「ありがとうございます!」


 もう一度同じ質問をしようとする先生にお礼だけを言い、すぐに毒島ぶすじまが戦っているケルベロスゾンビに向かって連弩ボウガンを構える華瑠亜。

 間髪入れず、同時に宙へ放たれる三本の矢――。


 追尾棘矢ホーミングソーン


 十五メートル先の魔物――その中央の首を目指して真っ直ぐに伸びる三筋の射線。

 確かに、例え威力は低くても、〝憑依核〟ウィークポイントに命中させれば援護射撃になるかもしれない。


 でも……そんな簡単に当あたるのか、あんな奴に?

 それができるくらいなら、毒島だって最初から作戦に組みこんでいるんじゃないか?


 そんな漠たる懸念が、次の瞬間、現実のものとなる。

 ケルベロスゾンビの眼前まで迫りながら、しかし、矢音だけを残して空しく後方にれていく三本の矢。


 横滑りスキッド


 矢の行方を目で追いながら、硬く握り込んでいた両手の拳から力が抜けた。

 真横へポジションをずらしたケルベロスゾンビからの連続攻撃。

 目標を見失い、一瞬棒立ちになった毒島が、死角からの攻撃に空中へ跳ね飛ばされ――もんどりうって魔物から十メートルほど離れた床に叩きつけられる。


「うぐあっ……!!」


 ゴキンッ、と、骨が砕けるような音が聞こえた気がしたが、それでもすかさず立ち上がり、退魔剣を携えて再び駆けだす毒島。


「ったく、何やってんだ、そこのボウガン女!!」

「ボ、ボウガンって……。憑依核を狙って援護しようとしたのよ!」

「余計なことすんじゃねぇー! そっちに標的タゲが移ったら、俺だって奪い返せるかどうか分からねぇ―んだぞ!」


 そう言いながら、魔物と俺たちを結ぶ動線の上に割り込む。

 華瑠亜に向きかけた敵対心ヘイトを再び自分へ取り戻すためだろう。


「動体視力もゾンビ化して数倍に跳ね上がってんだ。今の魔物あいつにとっては、飛んでる矢だってフライングスライムみたいなもんなんだよ!」


 ……分かりづらい例えだが、とにかく、矢も簡単に避けられるくらい動体視力が上がってる、ということらしい。


 その時、頭の中で何かがカチリと音を立てる。

 くるくると回していたパズルのピースがはまり、それに合わせて残りのピースも次々と繋がっていく感覚――。


「おい毒島おっさん!!」

「なんだ小僧!!」


 問いかけた俺に、背中を向けたまま毒島が問い返す。


魔物やつの憑依核とやらに華瑠亜の矢……追加聖痕ADSTが決まれば勝てんのか!?」

「それができれば確実に仕留めてやる。……が、そもそも今の魔物あいつに矢を当てることなんてできねぇって言ってんだろ!」


 あれこれ考えてる時間はない!

 ポケットの中に手を突っ込み、手の平に載せたのは一粒の白い錠剤。

 戸惑とまどいや躊躇ためらいと決別するための一瞬間の逡巡ののち、それを口の中へ放り込む。


「!!!」


 突然の俺の行動に、呆気に取られる〝愉快な仲間チーム〟のメンバーたち。

 そりゃそうだよな……。

 錠剤が喉を通り、胃に落ちると同時に左手甲の魔法円が輝きを失い、そして……消滅する。召集魔法コールの〝解除剤〟だ。


「つ、つむぎ……あんた、なにして……」と、最初に口を開いた紅来くくるに、俺も自らに言い聞かせるように答える。

「とにかく魔物あいつを、矢が避けられれない場所に誘い込めばいいんだ……」

「この部屋のどこにそんな場所が?」


 そう言いながら、俺に続いて解除剤を飲もうとする紅来の手首を掴んで首を振る。


「紅来はこのまま、みんなとコールで戻ってくれ。先生と、勇哉も……」


 紅来と、その後ろに控える二人にも声をかける。


「そんな……綾瀬くんを置いて私たちだけ――」と言いかけた先生を、俺の言葉で遮る。

「いいから、お願いします。リスクの範囲は広げたくないですし……それに、レスキューを要請するにも、生徒だけよりは先生もいた方がいいでしょう?」

「おまえが残るなら、俺も残るぜ!」


 続いて解除剤を口へ入れようとした勇哉のことも、慌てて押しとどめる。


「止めろバカ! 楯のない楯兵ガードが残ったって意味ないだろ! それに、帰りはブルーに乗って楽しようと思ってんだから……おまえはさっさと帰れ」


 俺の言葉を聞いて、勇哉がちらりとブルーを流し見る。

 三メートル級の獣系使い魔モンスターだし、一人二人なら背中に乗せて走れるだろうが、それ以上はさすがに危ない。


 再び紅来が言葉を継ぐ。

 やや諦めたような声色で――。


「……分かったよ。紬は昔から、頑固なとこがあるからなぁ」


 頑固? 俺が?

 この世界に転送される以前の記憶はないが、元の世界でも、確かに似たようなことを言われた記憶はある。


「でも……約束は忘れないでよ?」と、紅来が続ける。

「約束?」

「私を一生、守ってくれる、って。……でしょ?」

「あ、ああ、そうだな。絶対戻るから……そのことはまた、戻ったら話そう」

「約束だぞ!」


 そう言って俺の脇腹に軽く拳を当てながら、紅来が俺の背後に目配せする。


そっち・・・は、どうすんの?」


 紅来に促されるように振り向いた視線の先には……華瑠亜。

 軽く顎を引き、眉間に皺を寄せながら、上目遣いでジッと俺を睨みつけている。


「え―っと……華瑠亜?」

「…………」

「その……一緒に……残ってくれないか?」


 俺の言葉を聞いて、華瑠亜の愁眉がみるみる開いてゆく。


「べ、べつに……あんたがどうしても残ってほしい、って言うなら、残ってあげなくもないこともないっていうか、それもやぶさかでないっていうか……」


 言いながら、華瑠亜もヒョイッと白い錠剤を口に放り込む。

 決断、早っ!!

 華瑠亜の左手からも、瞬く間に光と魔法円が消え去る。


「っていうかあんたねぇ! 私の意志も確認しないでさっさと解除剤飲んじゃって……もし私が断ったらどうするつもりだったのよ!?」

「だ、だって華瑠亜、強敵が現れたときは仲間を頼れみたいなこと言ってたし……頼めば断らないかなぁ、と……」

「意思確認が不要とまでは言ってないわよ! ったく、感謝しなさいよね! あんたの気まぐれに付き合って、こっちも命を懸けようっていうんだから!」


 まったくだ。逆の立場ならなかなか出来ることじゃない。


「な……なによ?」


 ジッと自分を見つめる俺の目を見返して、華瑠亜も頬を赤らめる。


「いや……ありがとな」

「べ、べつにお礼なんていいわよ! あの……毒島さんのために残ったんであって、あんたのために残ったわけじゃないし!」

「そっか……後悔してないか?」

「してるわよ!」


 してんのかよ!

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