18-1.後悔してないか? <その①>

「そっか……後悔してないか?」

「してるわよ!」


 してんのかよ!

 連弩ボウガンに新たな矢をセットし始める華瑠亜かるあ


「ちゃんと、勝算はあるんでしょうね?」


 俺も、大きく頷く。

 もちろん百パーセントの勝算なんてあるわけじゃない。

 だが、どのみち失敗したら全員られる可能性だってある。るかるかの場面で予防線を張るような答え方は意味がない。


「パパが残るならメアリーだって残りますよ」

「あ! それ、私がいま言おうと思ってたやつ!」

「そうですか。実はメアリーは、もっと前に言おうとしてたんですよ」

「わ、私だって、すぐに薬も食べようと思ってたし!」

「薬は食べ物と違いますよリリッペ」


 使い魔二人も、さりげなく(?)マウントを取り合いながら解除剤を口に運ぶ。

 こいつらに関してはどのみち、俺と一緒じゃなければ人間界での暮らしもままならないんだし、一蓮托生だ。


「綾瀬くん……本当に、大丈夫なのね?」


 振り向くと、今声をかけてきた優奈先生、そして、紅来くくる勇哉ゆうやも、既に全身に山吹色の光をまとっていた。


「はい。この作戦なら……俺と華瑠亜がいれば十分です」

「すぐに助けを呼ぶから、ヤバいと思ったらさっさとどこかに隠れてろよ」と、紅来も微笑む。

「うん、ありがと」

おまえが死でも骨なんて拾いにこねぇからな。今こそチーターの本領を発揮すんだぞ!」と、勇哉ゆうやが最後に拳を突き出す。

「うっせぇ、バ~カ!」

「無茶はしないでね」「約束、忘れるなよ」「死ぬんじゃねぇぞ!」……。


 それぞれの言葉を残し、光に包まれた三人の姿が目の前から消える。

 召集魔法コール成功だ!

 ケルベロスゾンビと渡り合いながら、毒島ぶすじまがこちらへ視線を走らせる。


「なにやってんだおまえら! なんで残ってんだよ!?」

「一緒にそいつをやっつけるために決まってんだろ、毒島おっさん!」

「馬鹿かおまえは! さっきの話、聞いてなかったのか? ガキはガキらしく、大人のいうことには素直に従っとけ!!」

「こっちだってこの世界では成人してんだよ! とやかく言われる筋合いはねぇ!!」


 この世界では? と訝しがる華瑠亜に対して、「あ、いや、こっちの話……」と慌ててごまかし、傍に控える青の大型新人ルーキー――ブルーに向き直る。


「ブルー、俺を乗せて走れるか?」

さわりありんせん」


 身を低くしたブルーにまたがると、落ちないように背中のもふもふ・・・・を両手で掴む。


「痛くないか?」

「平気でありんすぇ」

「よし。ケルベロスゾンビの手前五メートルくらいまで近づいて一旦止まってくれ。次に合図したら、今度は全速力で螺旋階段を上るんだ」

「わかりんした」

「あと、華瑠亜は――」


 説明を続けようとした次の瞬間、疾風のごとく魔物へ急接近するブルー。

 お、おいおい! はえ―よ!!


 攻撃に参加していない中央の狼頭が、手前で急停止したブルーに気が付いてこちらへ顔を向ける。

 もたもたしちゃいられない!

 すかさず肩の上のリリスを引っ掴み、オーバースローで振りかぶる。


「ちょちょちょちょちょ、ちょっとぉ――っ! な、なにすんのよ、紬くん!!」

魔物あいつは死の直前の記憶に敵対心ヘイトを煽られてるらしい。なら、もっともあいつに恨まれてんのは――」

「ま、ま、まさか……や、やめて! おいっ! やめろコラァ!!」


 懇願から、徐々に怒声へと変わるリリスの声を聞きながら、思いっきりケルベロスゾンビの方へ投げつける。


「ひえぇぇぇぇぇぇ――――――……っ!」


 響き渡るリリスの悲鳴。

 ケルベロスも、グルルと不気味な唸り声を上げながら、その二つの魔眼で小さな宿敵をめつける。


「よしっ! 戻れ、リリス!」

「言われなくたって戻るわよバカァ――――ッ!!」


 慌てて空中で方向転換をするリリス。戻った彼女を再び肩に乗せ、「いけ、ブルー!!」と叫びながら、背中のもふもふをしっかりと掴む。

 ほぼ同時にくるりときびすを返し、真っ直ぐ螺旋階段の上り口へ向かう暗青灰色スチールブルーの魔猫。


 速い、速い……はやいっ!!

 思ったよりもかなり速いぞ、ブルー!!


 振り向くと、呆然とする毒島を残して、ケルベルスゾンビが俺たちを追いかけてくるのが見えた。

 彼我ひがの距離、約五十メートルといったところか。


「おい、小僧! なにする気だっ!?」

「つ、紬!? あんたどこに行……」


 後ろから追いかけてくる毒島や華瑠亜の驚声も、瞬く間に遠ざかる。

 祭壇部屋をほぼ縦断するように五十メートル余りを疾走し、あっという間に螺旋階段の上り口に近づくと――。

 眼前には、これから階段通路を上ろうとしているひじりさん、貝塚かいづか寿々音すずねさんの三人。


「隠れててください! これから魔物あいつを上へおびき出します!」

「お、おい! なんなんだ一体!?」


 慌てて俺たちを避けながら目を丸くする貝塚かいづかの声も、あっという間に後方へ置き去りにしながら、ブルーが螺旋階段を駆け上る。


 再び、首を回して背後を確認。

 兵団の三人には目もくれず、俺たちを追って階段を駆け上ってくる漆黒の魔狼。

 その六つの眼光は、毒島と相対あいたいしていたときよりもさらに紅く、毒々しく、俺たちに敵意の視線を飛ばしている。


「俺たち、そうとう恨まれてんな、魔狼あいつに……」

「そんなやつに私を投げつけるとか、ぶわっかじゃないの! 人でなし!」

「いや、いろいろと急だったもんで思わず……」

「思わずって、なによ! もっと思ってよいたわってよ! 最近なにかと雑だよ紬くん! 私はこの世で一人なんだよ!!」


 それはみんなそうだけど……。


「そもそも、おまえが最初の焼き豚部屋なんかで魔力を無駄遣いさせなきゃ、今だってもうちょっと楽だったはずなんだし、ちょっとは役に……」

「まだそれ言うか! 私がいったい、誰のために危険を冒したと思ってんのよ!」

「おまえが勝手にやったんじゃねぇか!」


 背中で繰り広げられる俺たちのドロ仕合いなど気にする様子もなく、相変わらず風を切ってぐんぐんと階段を疾駆するブルー。

 身体能力が上昇しているケルベロスに、走力でどこまで対抗できるか不安だったのだが、まったくの杞憂だったようだ。


 対抗……どころか、わずかに引き離してさえいるんじゃないか?

 花魁はさておき、少なくとも化け猫進化に関してはかなりいいぞ、これ!


 上り始めて一分も経たないうちに天井の手前に到達する。

 出口らしき窪みを見つけ、一瞬、このまま外へ誘い出そうかとも考えたが……外界もマナ濃度が低いとはいえ、一定時間は活動できるはずだ。

 例えおびき出せたとしても、魔物の脅威からすぐに逃れられるわけではない。

 

 それより何より、一度外に出てしまえば結界のため中へ戻ることは出来なくなる。

 万が一、魔物を外へ出すことに失敗すれば、中に残ったメンバー全員が再び危機に瀕するのは確実だ。


 ダメだ、ダメだ、ダメだ!


 俺の頼みを聞いて残ってくれた華瑠亜の顔を思い出しながら首を振る。

 ケルベロスゾンビ――あいつは絶対に、ここで仕留める!

 天井の手前で停止すると、すばやく下に降りながら――


「おいブルー。おまえ、猫だし、こっから飛び降りても無事だったりする?」

「死にんす」


 ……ですよねぇ。

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