12.新たなる神託

「たった今、この事態を収拾するための新たなる神託を賜った!」


 バッカスの宣言に、広場に集まったノーム達がにわかにさざめき立つ。

 新しい……神託!?

 このタイミングで、一体、何を企んでる?

 バッカスはゆっくりと石壇に上り、更に演説を続ける。


「今、我らの儀式を妨害し、にえたるセレピティコの身を欲っさんと画策する人間族がここにいる! この者たち曰く、厄災の元凶たる食人鬼グールを全てほふったと! 故に、セレピティコの贄の儀式を取り止めるよう主張している」


 集まったノーム達が一斉にどよめく。

 口々に語っているのはやはり、グールが屠られたことに対する歓喜と、そしてそれ以上の疑念だ。

 最後の生贄を出さずしてグールの脅威が消え去ったという事実を素直に信じることができない……。

 最終的に広場を埋め尽くしたのは、そんな懐疑的な空気。

 そしてバッカスも、その空気を待っていたかのようにニヤリとほくそ笑んで言葉を続ける。


「しかし、この人間たちが全てのグールを屠ったという証拠はどこにもない! 我々は何を拠り所にこの者達の言葉を信じればよいのか!? そして今、人間族の言葉を証明するための新たなる御神託がシャーマンの水晶より告げられた!」


 証明? 一体何をさせるつもりだ?

 バッカスが石壇の上から俺たちを一瞥いちべつし、唇の端を吊り上げながら薄汚れた灰色の歯を見せる。


「我々守護家の力を以ってしても成し得なかったグールの殲滅をこの人間たちがしたと言うのであれば、我々と試合をし、我々よりも武に優れていると証明できるはず! 即ち、試合に勝ったほうがメアリーの身を自由にするがよいとの神託であるっ!」


 バッカスの演説を聞き、広場のノーム達がオオォォ~! と盛り上がる。

 早い話が、本当にグールを倒したと言うのならその実力を証明しろということだ。

 と言うか、また勝負かよ!?

 武を競うと言ってるし、さすがにもうポーカー勝負はないと思うが。


 演説を終えたバッカスが、俺たちの方へゆっくりと近づきながら、仲間の方を向いて手招きをする。


「おい、ブーケ! 武器を持ってこっちへ来い!」


 バッカスの声を聞いて、先程の青髪の女ノームが曲刀シャムシールのような武器を持って歩いてくる。

 ーケ、ってことは、あいつが三番目の兄妹か。女だし、さすがにブッカスではなかったな。と言うことはもう一人、あのモヒカンのチビはベッカス――――


「それと、ベッカム! おまえもだ!」


 ベッカ!?

 なんであいつだけ “ム”?

 しかも……なんだろう? あのサッカーボールみたいな武器は……。


 見たところビッカスの姿は見当たらず、他に残ってるのはレアンデュアンティアの三兄弟と、裾を引き摺るような長いフードローブを纏ったノームだけだ。

 恐らく、あのローブを着た奴が神託を告げるシャーマンに違いない。 


 俺たちの前に、バッカスと、そして、ブーケ、ベッカムの三人が並ぶ。

 最初に口を開いたのはバッカスだ。


「聞いての通りだ。お互いに代表を出して技を競い、勝った方がセレップを自由に出来る……ということでどうだ?」

「そんなの、お前等が勝手に決めたことだろう? こっちはそれに付き合う義理はないんだけどな」

「おまえも空気は読めるだろ? 試合を断るなら即ち、自分たちの虚言を認めるということだ。昇降穴の場所も分からないのに強行突破でもするか?」


 正直、相当に一方的な申し出だ。

 だがしかし、リリスが使える時間はあと五分もあるかどうかだ。

 強攻策にしても、昇降穴の場所も分からないから一点突破という訳にもいかない。

 可憐だって、幾ら強いとは言え生身の人間だ。

 数百人からのノームの人垣を突破するのは至難の業だろう。


 恐らくバッカス達は、リリスの使用リミットがほぼ無制限であると思い込んでこの勝負を持ちかけてきたのだろう。神託云々というのは方便だ。

 リリスを脅威に感じてくれている間にバッカスの申し出に乗っておくことは、こちらにとってもメリットは少なくないように思える。


「一応、話だけは聞いてやる。試合のやり方は、どうする気だ?」

「こちらの代表はこの、ブーケかベッカムだ。御神託の話はこちらから言い出したことだからな。どっちとやるかはお前達に選ばせてやるよ」

リリス使い魔を使ってもいいのか?」

「神聖な神前勝負だし、本来なら駄目だ……と言いたいところだが、まあ、一方的に押し付けるだけで後から文句を言われても面倒だしな。許可してやるさ」


 バッカスがまた、ニヤリと笑う。

 てっきり拒否されるかと思ったが、これは意外な返答だった。


 もしかすると……正確ではないとしても、リリスの使用時間がかなり限定的であることを見透かされているのか?

 だとしたら、勝負の行方に関わらずメアリーを奪還することを念頭に、リリスの使役時間を削りにきているとも考えられる。

 リリスがこいつらとの勝負に梃子摺てこずるとは思えないが、バッカスのことだ。

 何か時間稼ぎだけを狙ったような狡賢ずるがしこい戦法があるのかも知れない。


 改めて、バッカスに呼ばれた二人のノームを見比べる。

 ブーケと呼ばれていた青髪の美人ノームが持っているのは、恐らく曲刀シャムシールだ。

 別に刀剣マニアと言うわけではないが、西洋ではシミターとも呼ばれ、ファンタジーゲームなんかでは定番の武器なので形状と名前程度は知っている。

 正直、種類はどうあれ刀剣同士の斬り合いなら、リリスはもちろん可憐が出たって負ける気はしない。


 もう一人、ベッカムとよばれたモヒカンのちびノームは……正直、謎だ。

 Tシャツにハーフパンツという、周りのノームから比べるとかなりラフな出で立ちで、サッカーボールの様な武器(?)の上に片足を乗せて立っている。

 腕組みをして不敵に笑う様は、まるで一端いっぱしのストライカーを思わせる。

 名前も名前だし……PK合戦でもするつもりか!?


 そもそも、この世界にもサッカーがあるのだろうか?

 ポーカーがあるくらいだからサッカーがあってもおかしくはないが……。

 PK合戦なら命の危険はなさそうだが、サッカー経験などないし、ベッカムこいつを選んだら負けな気がする。

 ……とりあえず、突っ込んだら負けなのは間違いない。


「どうだ? あの曲刀女、なんとかなりそうか?」


 一旦、可憐の元に戻って確認してみる。

 シールドも持たず、シャムシール片手剣一本のみのブーケの装備を一瞥して頷く可憐。


「ああ。問題ないだろう。ただ、実力が拮抗してる場合は手加減出来ないが」


 つまり、殺してしまうかも知れない、ということだ。

 真剣での斬り合いとなれば当然だ。

 もう一度バッカスの元へ戻り、返答する。


「いいだろう。ブーケそっちの女と勝負だ。ただし、真剣での斬り合いなら命のやり取りになるが……それでもいいのか?」

「必要と有れば、レアンの三兄弟が再生リジェネ結界を張れるから問題ない。……が、まあ、それも必要ないと思うがな」


 グフッ、と含み笑いを浮かべながら答えるバッカス。

 必要ない? 余程ブーケとやらの腕に自信を持ってるのか?

 ……まぁいい。万が一にもこんな勝負で命を落とすわけにはいかないし、こちらも殺したくなんかない。何やら便利な結界があるって言うなら使って貰おう。


「よし、勝負だ。約束、忘れんなよ!」

「グフ……。そりゃこっちのセリフだぜ、ツムリさんよ」


 そう言うとバッカスは踵を返して再び石壇に向かう。

 壇上に登るとまたしても両手を天にかざして芝居がかった演説を始めた。


「たった今、人間側との合意が相成あいなった! これより、彼等との試合の結果を以って生贄の運命を決することにするっ!!」


 オオ~っと、再び広場のノーム達から歓声があがる。

 欣喜雀躍きんきじゃくやくとしたノーム達の表情を見ていると、メアリーの運命よりも〝武技試合〟という娯楽に全ての興味が向いているようにも思える。


 同族の全てから死を望まれたことが、幼い少女の生きる気力をいかに蝕んでいたかなどということについては、全く想像も至らないかのようなノーム達。

 メアリーのことを思うと、守護家の連中も然ることながら、無意識の罪人となり果てている傍観者達にも無性に腹が立ってくる。


「可憐……悪いが、いけるか?」


 再び可憐の元へ戻って意思を確認する。

 やはり、いざという場面も考えてここはリリス温存だ。

 背刀クレイモアの柄に右手をかけながら「ああ」と頷く可憐。

 ……が、次の瞬間、俺の背後を凝視しながら可憐の動きがピタリと止まる。


「あれは……ちょっと……私には……」


 振り返ると、バッカスの元に呼ばれたブーケが、手にしていた曲刀シャムシール二つに割り柄尻つかじりを軸にして両側に広げている。

 更に、柄をクルリと回すと、繊月せんげつのように弧を描く展開シャムシールの中心から弦が飛び出し、両端の鞘尻さやじりを結んで一直線にピンと張られた。

 いや……もう、あれはシャムシールなんかじゃない。

 どうみても “弓” だ!


「仕込み弓!?」


 石壇から二〇メートルほど離れた場所では、ベッカムが的の用意をしている。

 直径四〇センチほどの円状の板に三重の黒い丸が描かれている。

 勝負は……説明を聞かずとも一目瞭然。

 あの石壇の辺りから弓を射て、あの的へ当てる、ということだろう。


 きったねぇ……。

 あいつら、剣技では勝てないと見て別の方法で挑んできたんだ。

 しかも、直前までシャムシールにカムフラージュして!


「か……可憐? 弓は?」

「触った事もない」

「リリスは……」

「あるわけないじゃん」


 だよな……。

 バッカスが喜々として演説を続ける。


「勝負は、刀剣技と並ぶ基本武技、射技試合で決める事になった! 食人鬼を倒す程の武人が弓も扱ったことがないとは、よもや言うまい!?」


 最後の方は、演説と言うよりは、直接俺の目を見ながらの呼び掛け。

 言い方を変えれば、弓くらい扱えないようならその時点で負けにするぞ、という脅しのようにも感じられる。


 この演説を聞いて広場の周囲のノーム達もますます盛り上がっている。

 とてもじゃないが弓はダメだと言える様な雰囲気ではないと肌で感じる。

 いや、最初からこちらの辞退も想定して、わざわざ演説をちながら群衆を煽り、俺たちが逃げられない空気を作り上げていたんだ。

 得体の知れないベッカム謎ストライカーは選んでこないだろうというのも計算のうちだろう。

 諦めてバッカスの元へ行こうとする俺に、後ろから可憐が声を掛けてくる。


「紬! 弓は、扱えるのか?」

「まあ、多少は。たしなんだ程度だけど……」


 元弓道部とは言え、大して一生懸命やっていたわけではない。

 元々は帰宅部だったのだが、高校一年の頃に少しだけ交際していた他校の先輩が弓道部だったのが入部の切っ掛けだ。

 結局、交際は二ヶ月程で終わってしまったが、その後もなんとなく惰性で続けていただけで、特に弓道が好きと言うわけでもなかった。


「可憐、昇降穴の場所について、探りを入れられそうだったら……頼む」

「解った。……あまり自信はないが」


 可憐も、俺と意図は一緒らしい。

 弓勝負の行方次第だが、いざとなればメアリーを連れて強行突破だ。

 もし昇降穴の正確な位置が判明しなくても、実はだいたいの位置は目星がついているのだが……。


「大丈夫なの? 紬くん……」と、肩の上からリリスが心配そうに話し掛ける。

「とりあえず、矢を射ることはできるからな、その後、何処に当たるかは運次第だ」

「運、Eランクだからねぇ……」

「そこはほら、ラッキーリリスのご利益にあやからせてくれよ」

「ご利益って、お守りじゃないんだから……。言っとくけど私、悪魔だからね?」


 まあいい。神頼みだろうが悪魔信奉だろうが、少しでも気持ちを落ち着かせてくれるなら、今は何にでも縋りたい気分だ。

 石壇の下に着くと、直ぐにバッカスが声を掛けてくる。


「グフッ……そっちの代表は、ツムリか? それとも使い魔の嬢ちゃんか?」

「俺だ」


 それを聞いてブーケもクスクスと笑う。


「テイマーが? 弓を? まあ、せいぜい頑張りなさい」


 続いて、三張さんはりの弓を抱えて持って来たベッカムが、それを石壇の上に並べた。


「道具は貸してやる。好きなのを選べ」と、バッカス。

「じゃ、遠慮なく」


 一応、全ての弓の弦を軽く引いて確かめてみるが、元々が大した弓を使っていたわけでもないので、三張りともこれまで使っていた弓より使い易く感じるくらいだ。


「これでいい」


 どれも大して変わりないので、なんとなく最も手に馴染んだ一張ひとはりを選ぶ。

 右手に嵌める手袋……弓道で言う “ゆがけ” の代わりとなるものもいくつか用意されていたが、これは着けられさえすればどれでもいい。

 バッカスが頷き、ルール説明を始める。


「ルールは単純だ。三本ずつ射て、的の中心に最も近い場所に当てた方が勝ちだ」


 つまり、二本が大外れでも、残り一本が最も中心に近ければ勝てるということだ。

 弓道の的中制や得点制に比べれば、運にも頼らざるを得ない今の俺にとってはありがたいルール。


「それではこれより、生贄の運命を賭けて、弓による射技戦を開始する!!」


 広場に集まったノーム達全員に聞こえるよう、バッカスが高らかに宣言した。

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