17.新しいシャーマン

「改めて紹介致そう。新しいシャーマン、セレピティコじゃ」


 ガウェインの紹介を受けて、メアリーがペコリと会釈をする。

 が、すぐに「パパ! ママ!」と言いながら、笑顔でこちらへ駆け寄ってくる。

 シャーマンという肩書きに相応しい威厳は一欠けらもない。

 例によって、俺と可憐の間に体を捻じ込むように腰を下ろそうとするメアリーの為に、少し動いて隙間を開ける。


「まったく参りましたよ。突然衣装部屋に連れていかれて……。実戦向けの対魔ローブでいいと言ったのに、こんな改まったお洒落ローブしかなくて……」


 これでも動き易そうなのを選んだのですよ、とローブの裾を摘んで見せる。


「まあ、いいです。地上に行ったらちゃんと実用的なやつを買って下さいね」

「え? ああ……うん……」

「この、無駄にお洒落なローブを売れば、ちょっとは足しになるはずですし」

「そう……かもな」


 ん? と、歯切れの悪い俺を訝しがるようにメアリーが首を傾げる。


「どうかしましたか、パパ?」

「ん? いや……そうそう、そう言えば、メアリーのおかげで助かったよ」


 とりあえず、話を変えよう。


「ん? 何がです?」

「ほら、ソウルイーター対策の……」

「そうるいーたー? 対策?」と、メアリーがまた首を傾げる。

「いや、だから、ああいうおっかない宝具をバッカスが持ってる、って知ってたから、わざと俺たちの本名を呼んでなかったんだろ?」

「え? ……あ、ああ! うん、まあ、そんな感じです!」


 あれ? なにこのリアクション?

 もしかしてメアリーこいつ、本気で俺たちの名前を間違えてた?

 そう言えば、バッカスが俺と可憐の名前を読んだ時も『返事をするな』と本気で心配してたな……。


バッカス達あいつらはどうなるの?」


 パンを千切りながらリリスが訊ねる。


「バッカス達かの? まあ、この後の長老会の決定次第じゃが……ジュールバテロウの者たちは恐らく、極刑は免れんじゃろうな」


 ガウェインの説明に、一瞬、場が静まり返る。

 確かに、紛い物のシャーマンで一族を扇動し、更にはメアリーの両親を死に追いやり、正当なシャーマンであるメアリーまでも手にかけようとしたのだ。

 首謀者であろうバッカスは、極刑も有り得るだとうとは思っていたが……。

 しかし、四人全員と言うのはやや厳し過ぎる気もする。


「これは……ノームの問題だからな」と、俺の複雑な表情に気付いたのか、可憐が声を掛けてくる。

「解ってるよ」


 生贄の件のように、メアリーの命に関わるような案件ならともかく、バッカス達あんな連中の安否まで気にして一肌脱ぐほど、俺もお人好しではない。


「レアンデュアンティアの方は、どうもバッカス達に騙されていた節があるからの。極刑は免れるかも知れんが……一族追放と言ったところじゃろうな」


 あいつらもバッカス達の被害者と言えなくもないが、それでも追放なのか。

 ノームの裁きが厳格なのか……それともこの世界では、人間社会でもそれくらいの量刑は当たり前なのだろうか?

 政治や司法の制度などまだまだ覚えなければならないことが山ほどあるな。


「まずは、ツムリ殿、カリン殿……この度の一件では、新シャーマンであるセレピティコの命を救って頂いたこと、改めて御礼申し上げる」


 ガウェインがそう言ってこうべを垂れると、他の大長老たちも一斉にそれに続く。


「いや、それは別に、シャーマン云々じゃなく、メアリーを助けたい一心で……」


 しかし、俺の言葉に顔を上げることなく、ガウェインが更に言葉を続ける。


「また、バッカスに扇動されていたとは言え、一時は大長老衆われわれまでセレピティコの人身供犠じんしんくぎに加担する形となったこと、改めて謝罪致す」

「ま、まあ、それも済んだことだし……いいよもう」


 とは言え、未だに釈然としない部分は残っている。

 メアリーに降り懸かっていた命の危険は、さすがにバッカス達の捕縛を以って去ったと見ていいだろう。


 しかし、ノームの社会システムそのものは何も変わっていない。

 新しい守護家が再選定され、なんらかの災禍に見舞われた時、新たに生贄が必要になるかも知れない。

 その時はまた、第二、第三のメアリーが生まれるのだ。

 ガウェインたちが頭を下げているのはあくまでメアリーの件における失考しっこうに関してで、生贄と言う未開の悪習に対す改悛かいしゅんの念はない。


 もちろん、そこまでの心配は俺の手に余る話だ。

 メアリーの命が助かっただけで良しとするしかないのは解っている。

 ただ、だからと言って諸手を挙げて喜ぶ気にもどうしてもなれない。



「それではそろそろ……話を本題に入らせて頂こうかの」


 頭を上げると、閑話休題かんわきゅうだい、と言った様子でガウェインが話を切り出す。

 俺も、そして可憐も、いよいよか、という面持ちで身構える。


「昨日は、セレピティコやそなた達の意思が変わらなければ、共に地上へ送り出すことを承認しようと申したが……見ての通り状況が変わった」


 予想通りの話に、俺も可憐も黙したまま、次の言葉を待つようにガウェインの口元を見つめていたが……すかさず反応したのはメアリーだった。


「変わったと言うのは……どういうことですか?」


 メアリーの問い掛けに、ガウェインが目を細めて答える。


「次のシャーマンに選ばれていたのが、そなたであったということじゃよ」


 ガウェインの言葉に、首を傾げるメアリー。


「それが何だというのですか? メア……セレップはシャーマンなんかを務めるつもりはないですよ」

「そう言うわけには行かぬのじゃ。いざと言う時に一族の行く道を示す存在が必要なのは、セレピティコも存じておろう?」

「お言葉ですがガウェイン様。そのような話をされても、何を今さらと言う他ありません。今朝までセレップの死を望んでいた人たちの為に、なぜセレップが自由を放棄しなければならないのです?」


 当然の感情だろう。

 メアリーの中ではとうに、自分とノーム族との関係は断ち切られた話なのだ。

 だが、しかし――――


「しかしな、メアリー。釈然としないのは解るが、シャーマンともなれば身の安全はこれ以上ないレベルで保証されるのだろう?」


 可憐の質問に、メアリーではなくガウェインが答える。


「今のセレップは身寄りがないからの。この大長老のエリアで専用のテントを用意して暮らすことになるじゃろう。もちろん、友人達との面会も自由に行ってよい」

「それならば……なあ、メアリー。バッカスに扇動されたみんなのこと、今回だけは不問にして、改めて一族の中で暮らすことを考えてもいいんじゃないか?」


 ガウェインの説明を受けて、再び可憐がメアリーに説く。


「ママは……メアリーと一緒に行くのが嫌なのですか?」

「そうではない。そうではないが、違う種族の、異なった文化の中で暮らしていくというのは想像以上に大変だと思うのだ」

「そんなことはないですよ! ノームの中にだって、商用や政用で人間界に滞在してる者はたくさんいるのです! メアリーだって問題ないですよ!」


 自分の予想とは違う可憐の言葉に、メアリーの語気も次第に強くなる。


「それは、飽くまでも一時的な滞在だろう? しかも、マナ補給の為に高価な薬も手放せないと聞く。そんな生活を一生続けるのは困難じゃないか?」

「そんなことありませんよ! パパのMPを使える目処も立ちましたから、薬は非常用のが数錠あればいいです。見た目だってほとんど人間族と変わりません」


 可憐も、少し困ったように、真っ直ぐ見つめ返すメアリーから視線を外す。


「それはそうかも知れないが……移民省が本当に使い魔としての滞留を認めるかどうかも確実ではないし、やはり、同族の中で暮らせるならそれに越した事は……」


 メアリーが、パンをかじっているリリスを指差す。


「リリッペだって……悪魔族? にもかかわらず、パパの使い魔としてちゃんと頑張ってるじゃないですか! 紐パンまで穿いて!」

「わ、私は諸事情でもう戻れないし……って言うか、紐パン関係ないし! 」


 突然話を振られ、慌てて答えるリリス。

 今度は俺の方を向いてメアリーが訴える。


「パパ! パパからもちゃんとママに言ってください! たまには、一家のおさらしく、ビシッと!」

「ん? あ、ああ……」


 たまには、って……そんなに尻に敷かれてるように見えたかな?

 改めて、必死な表情のメアリーを見つめる。

 微かに、目に光る物も見える。

 ここまで来て地上行きに赤信号が灯るとは思っていなかったのだろう。


 しかし、メアリーが次期シャーマンだと解った瞬間、状況は変わった。

 そう感じたのはガウェインや可憐だけじゃない。俺も同様だ。

 別に、ノームの “しきたり” や慣習に配慮したわけじゃない。

 飽くまで、メアリーの幸せについてのみ考えあぐねた結果、俺の意見が落ち着いた先も、やはり可憐と同様だった。


「なあ、メアリー。ここへ来たのは、もともとはここでメアリーが落ち着く先を見つける為だったよな?」

「それは……そうですね」


「でも、妾みたいな慣習があったり、バッカス達みたいにメアリーに害を加えようとする連中もいたりしたから、俺は心配でメアリーを連れて行くって言ったんだ」

「そうですか」


「でも、同じノーム族の中で安心して暮らせるのなら、やはりそれに越したことは無いと思うんだ。シャーマンともなれば、一族みんなで大事にしてくれるんだろ? 」

「そうかもしれませんね……知りませんけど」


「そりゃ、これまでの経緯いきさつからわだかまりがあるのも解るけど、今回だけは水に流して、ここでみんなと暮らす方がメアリーにとっても幸せだと思う」

「メアリーは思いません」


 少しずつ俺が云わんとしてることを感じとっているのか、メアリーの眉根が徐々に寄り、眉間の縦筋がどんどん増えていく。


「パパは……パパはメアリーのためを思ってここへ残れと言うのですか?」

「そうだ。どう考えたって、不慣れで不自由な人間社会で暮らすよりも、ここに居た方がメアリーにとっても幸せだ」

「メアリーの幸せは、メアリーが決めますよ」

「まともな恋愛だってできなくなるんだぞ?」

「別にいいです。パパとしますから」


 これは……あれか。

 小学生くらいの女の子が「私、パパのお嫁さんになる」って言うやつと一緒か。


「人間とノームの寿命だって違う。メアリーが人生の三分の一も生きない間に、俺の方が先に死んじまうんだぞ?」

「死が二人を別つまでと、メアリーに誓わせたのはパパですよ? パパを看取ったら、またここに戻ります」


 俺が八〇歳で死ぬとしても、メアリーの見た目はまだ二〇代後半か。

 うん、若い女の子に看取られて逝く最期も悪くはないかも知れない……。

 と考えて、慌てて心の中で首を振る。

 イカン、イカン! なんだそのジジ臭い発想は!?

 今は俺のことはどうでもいい!


 更にメアリーが言葉を続ける。


「パパがメアリーの事を考えるように、メアリーだってパパのことを考えます。メアリーがパパの役に立ちたいと思うのが、なぜいけないんですか?」


 顔を上げると、俺と目が合った可憐も静かに首を振る。

 自分には説得は出来ないという意思表示だろう。

 もう一度、俯くメアリーへ視線を落とし、俺は大きく息を吸い込む。


「メアリーもさ……さっき、広場で言ってたよな? メアリーが一緒に地上に行ったら、俺たちに迷惑を掛けるって」

「そ、それは……はい。マナの管理が大変になりますから、そのことは……」

「一緒に来いとは言ったけど、それはこの場所が安心できないから、止むを得ず、って話だ。一緒に行けば、俺だって一生メアリーの体の心配をしなきゃならなくなるし、メアリーが思った通り、正直それもしんどいっていうのは事実なんだよ」


 メアリーが再び顔を上げて俺を見上げる。

 大きな碧い瞳が、微かに濡れて潤んでいる。


「で、でも……だって……パパも、メアリーにお世話をして欲しいって……メアリーがいいって、昨日はそう言ってたじゃないですか……」

「そうでも言わなきゃ、メアリーだって気を遣うだろ? そりゃあ、メアリーのスキルが役に立つ場面もあるだろうけど、それ以上に、毎日メアリーの体調を気遣う負担の方が大きいなとも思ってたんだ」

「…………」

「俺はテイマーだからな。メアリーじゃなくても、似たような援護ができる魔物をテイムできれば替えは利くんだよ」


 俺の言葉を聞きながらどんどん溢れてきた涙が、堰を切ったようにメアリーの頬を伝って流れ始める。

 しかし、それをぬぐうことも忘れたかのように、ジッと俺を睨みつけるメアリー。

 不謹慎ではあったが、この地底の幼い妖精の泣き顔はとても美しく思えた。

 思わず涙を拭こうと伸ばした俺の手は、しかし、メアリーに思いっきり振り払われる。


「なんで……なんで、そんなごど、いうんでずがっ!」

「ここに、後顧の憂いなくメアリーを置いていけるなら……俺にとってもそれが一番なんだ」

「パばは……パばは……うぞづぎでずっ! もうメアリーを泣がぜないっで、言っだのに……今、ごんなに泣がぜでまずっ! 大うぞづぎでずっ!!」


 そう言うと、メアリーはおもむろに立ち上がり、両手の甲で交互に涙を拭いながらよろよろと奥の出口へと向かう。

 出口の扉の前で、取っ手に手を掛けながら少しの間たたずむメアリー。

 やがて、肩を震わせながら、搾り出すように呟く。


「ヅムリ……ガリン……紐バン……ざようならでず……」


 そう言い残してテントを出るメアリーを追って、二人いた従者のうち、神水晶を持った一人が追いかけて外へ出る。

 束の間、閉じられた扉の向うから嗚咽が聞こえて来たが、それも直ぐに遠ざかる。


 …………さようならメアリー。

 奥歯を嚙みながら、俺も心の中で呟いた。

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