01-2.ちっぱいで童顔のリリスには朗報ね

「あんたのお母さんだってサキュバスだったんでしょ? その辺のこと、詳しく聞いてなかったの?」


 ティナの問いに、再び振り向いて不貞腐ふてくされたような表情を見せるリリス。


「一応聞いたんだけど、サキュバスなら男は選び放題よ、って言われただけ」

「それ、人間限定じゃん……」

「あのアホ親父と結婚するような母も母だって、忘れてた私も愚かだったよ」


 隣の席からクラス委員長のシトリーも声をかけてくる。

 スラリと高長身で、オーバルフレームの眼鏡がよく似合う優等生だ。


「何を悩んでいるのです、リリス? 人間の殿方など、セクシーポーズで甘い声をかければすぐに尻尾を振ってくれるんですから、楽なものじゃありませんか」

「そうそう、難しく考え過ぎなんだよリリスは」

「お色気お色気って、シトリーもティナも夢魔脳をこじらせ過ぎなんだよ!」


 リリスの反論に、二人が真剣な面持おももちで首を傾げる。


「だって、人間の殿方を誘惑するのに、お色気以外に何があるんです?」


 小首を傾げるシトリー。

 これだから、夢魔って連中は……と、リリスも心の中で舌打ちをする。


「あのね、昔と違って今は、男だからってエロ河童がっぱばかりじゃないの」


 一皮剥けば、今でもみんなエロ河童よ、と言うティナを無視してリリスが続ける。


「私もね、いろいろ調べたんだよ。最近の人間界について」

「例えば?」


 夢魔科の実態について気付き始めてから、これはマズいと感じてリリスもいろいろとリサーチをしたのは事実だった。


「例えば、人間界の日本って国では、別にボインでセクシーなだけがモテるわけじゃないの。ちっぱいだって、童顔だって需要があるし……」

「ちっぱいで童顔のリリスには朗報ね……あいたっ!」


 パシ――ンッ!と、すかさず振り向いたリリスの平手がティナの頭頂部を引っぱたく。


「ツンデレとかヤンデレとかダンデレとか……男性の趣向も多様化してるんだよ!」

「リリスは何デレなのよ?」

「私は別に……あえて言うなら……ただの、クールビューティー?」

「……ややウケ」

「ギャグじゃないわよっ!」

「とにかくさ、クーデレだってデレはデレでしょ? お色気使わないでどうやってデレるのよ?」


(夢魔は、他にデレ方を知らないのかっ!?)


「百歩……いえ、千歩譲ってよ? もしあなたたちの言うように過激なお色気作戦に出るとしても、それはやっぱり誰でもいい、ってわけにはいかないわよ」

「そりゃまあ……性欲旺盛で、精子も濃い方がいいわよね」

「そういう意味じゃないっ! ちゃんと私が、この人なら落としたい!って思える人じゃなきゃ!」

「あのさ……サキュバスが純愛求めてどうすんのよ?」


(ダメだこいつら。夢魔相手に話してたってらちが明かない……)


「もういい、分かった!」


 リリスはプリントを片付けて席を立つ。


「とにかく私は、お色気に頼らず男子を魅了する方法を考えるわ!」

「そのコスチュームでそういうセリフ言われても、説得力ないのよねぇ」

「コ、コス……って、仕方ないじゃん! これが制服なんだから!」


 仮にお色気路線だったとしても、スッポンポンになるだけが唯一の手段というわけではない。


(チラ見せとかコスプレとか、もっとソフト路線もあるはずよ!)


 そのソフト路線でいかに精液を採取するか?……については既に失念しているリリス。


「リリスが言うような純愛相手、どうやって探す気?」

「以前、先生に教えてもらった方法よ。購買で夢ノート買ってくる」


 夢ノート――


 夢魔が利用する基本的な魔法マジカルグッズだ。

 人間がそこに見たい夢を書いて寝ると、呼び出された夢魔が、魔力を使って人間に希望通りの夢を見せるというアイテム。


 本来は、人間に渡して自由に夢の世界を楽しんでもらう代わりに、その人間とさまざまな契約を交わすことができるという、いわゆるバーター用のアイテムなのだが……。


 今回の課題には誘惑技術の査定も入っているので、バーターとしてこのアイテムを使うことはできない。

 ただし、対象の趣味趣向を調べるだけなら問題はないはずだ。


 どんな夢を希望するのか?

 あるいは夢の中でどんな行動をするのか?


 そこには往々にして対象の本性が反映される。

 それを分析すれば、本気でリリスが誘惑したいと思える男子が見つかるかもしれない。

 ただし最近は、ノートの力を信じて見たい夢を書き込んでくれるようなアホな人間は非常に稀なようだが……。


「すいませ~ん。夢ノートくださぁい」

「はい。百五十ダミエンです」


 購買部でお金を払い、何も書いていない黒い革張りのノートを受け取る。

 何の革かは分からないが、やけに高級感があって、なぜか年季も入っている。


 以前、先生に見せてもらったものはピンク色だったし、もっとチープな感じだった気もするんだけど……と小首を傾げるが、デザイン変更でもされたのかな、とあまり深くは考えない。

 リリス自身、夢ノートに関しては授業で使い方を習ったことがある程度で、実際に自分で使用したことがあるわけではない。


(でも、さすがに何も書かれてないんじゃ、渡された方も意味不明だよね)


 リリスはリサーチの過程で入手した日本の五十音図表を鞄から取り出す。

 日本語を読むことは魔力でこなせても、実際に文字を書くには文字を覚える必要があるのだ。


【こののうとに みたいゆめおかいてねると そのゆめがみれます】


 このノートに見たい夢を書いて寝るとその夢が見れます――


 表紙に説明文を書き終わると、ノートを持った両手を伸ばして満足げに眺めるリリス。

 あとはそれを、目ぼしい人間の男子にどんどん回していくだけだ。


(ただのエロ河童じゃなく、私が本気で誘惑したいと思えるような誠実な男の子を探すわよ!)


 今日は終業式で、この後は授業もない。

 校舎裏で人間界へのワームホールを開くとさっそく足を踏み入れるリリス。


 菫青石サファイアのように碧く輝いていたボブカットの髪が、下界仕様の亜麻色に変わる。

 ホールゲートが、リリスを飲み込むと同時に静かに閉じた。


                ◇


 同時刻、魔界ハイスクールの資料保管室――。


「あれ? ここにあった黒いノート知らん?」


 保管室を整理していた担当教員が訊ねると、奥を整理していたもう一人の教員が顔を覗かせる。


「ああ、さっき、購買部の荷物が届いたから、いったんその辺に置いておいたんだけど……もしかしたらあいつら、一緒に持っていっちゃったかな?」

「あ~あ。おまえ、責任持って取りに行ってこいよ?」

「え~、面倒臭いよ。何のノートなんだよ、それ」

「なんだっけなぁ……俺も宝物庫担当から頼まれて預かってただけで」

「え! 宝物庫関連って、ヤバくね?」


 作業に戻っていた奥の教員が、再び驚いたように顔を出す。


「確か、世界改変とかなんとか……そんな感じのノートだった気がする」

「なんか、すごそうなアイテムじゃん?」

「名前はね。でも、前にも一度なくなったことがあって……戻って来た時は何ページか使われてたらしい」

「ほんとかよ!? そんな話、初めて聞いたぞ」

「うん。大きな騒ぎにもなってなかったからな。実は大したことないのかも」

「まあ……ほんとに世界改変なんてされたら大事おおごとだよな」

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