さきゅばす☆の~と!

緋雁✿ひかり

第一章 世界改変 編

01-1.無理っ! 絶対無理っ!

(無理、無理、無理っ! 絶対無理っ!)


 生徒たちが、前席の生徒に手渡されたプリントの束から一枚を抜き取り、残りを後ろに回す。

 手元に残った〝夏休みの課題プリント〟なるものを読みながら、リリスは眉を曇らせた。

 十六歳にしてはあどけなさの目立つ、丸みを帯びた稚顔ベビーフェイスが次第に赤らむ。


―――――――――――――――――――

【問一】ターゲットにした異性の特徴を書きなさい

 ※国籍、容姿、性格、経済力など、できるだけ詳細、且つ具体的に


【問二】ターゲットの欲望内容について、調査方法を記しなさい


【問三】誘惑コスチュームについて特に気を使った点を述べなさい

 ※なお、下半身のみ何も着用しなくても可・・・・・・・・・・・・・・・


【問四】ターゲットにささやいて効果的だったセリフを二つ以上書きなさい


【問五】その他、異性を誘惑するために工夫した点を書きなさい

―――――――――――――――――――


(〝下半身のみ何も着用しなくても可〟とか、アホかっ!)


 リリスの眉間の皺など当然気に留めることもなく、教壇でラウラ先生が大きな声を上げる。


「プリント、全員に行き渡ったか~?」


 黄金比ボンキュッボンのプロポーションに、ミニのタイトスカート。

 上半身は、硬質カップの付いた黒いレザーとレースでできた胸当てのみ。

 見栄を張ってA寄りのBのリリスから見たら、FだかGだかHだかも分からない、中にメロンでも詰まっているかのような爆カップだ。


 セクシーダイナマイト(死語)を絵に描いて額に嵌めたような女教師――

 ラウラ・クローディア!


「いよいよ、夏休みの課題では実際に人間を誘惑してもらうよぉ!」


 全員にプリントが行き渡ったのを確認してラウラ先生が話を始める。

 まず男子! と、教鞭で黒板をピシリと叩く。指された箇所に並んでいるのは、悪魔の子だの妊娠だのといったいかがわしい単語。


男夢魔インキュバスの目的は人間の女に悪魔の能力を持った子を受胎させること! きちんとした交際相手がいないと堕胎される可能性もあるから、下調べは慎重にな!」


 へ~い、と男子たちが面倒臭そうに返事をする。


「次に、女子!」と、再び黒板がパシンと鳴る。

「人間の男を骨抜きにして精液を搾り取るのが女夢魔サキュバスの目的だ。大事なのは、夢の中で、いかにセクシーにお色気攻撃できるかだ!」


(精液とか、さらっと言っちゃうんだもんなぁ……)


 ラウラメロンの声が、リリスにはやけに遠くに感じられた。


               ◇


 ホームルーム終了後、後ろの席のティナが早速リリスの肩を叩く。


「ねえリリス! あんた、どんな男を狙うつもり?」

「そんなのまだ決めてないわよ、って言うか、この課題やらないかも……」

「はあ? 堂々と人間界で男漁りできるのよ? こんな楽しい課題ないじゃん」


 首を回し、青く艶やかな前髪の奥から流し目でティナを顧みるリリス。


「これを楽しいなんて思うのは、ティナが女夢魔サキュバスだからよ」

「そりゃリリスも一緒でしょうよ……」

「そっちは生粋! 私は間違ってここにいるのっ!」


 そう言うと、リリスがプイッと頬を膨らませて前に向き直る。


「よく分かんないけど、とりあえず、課題やらなかったら落第決定じゃん」

「他の課題で挽回するわよ。セクシーコスチューム作りとか」


 裁縫にもそれほど自信があるわけではないのだが。


「いろいろ馬鹿だとは思ってたけど、算数的な脳もちょっとアレなわけ? 配点の八割がこの淫夢課題だよ?」


 どんな計算したら残り二割で進級できるのよ?と続けるティナ。

 それは分かってる! 分かってるんだけど……と、リリスも頭を抱える。


「自分から下着を脱いで男を誘惑?とか……恥ずかし過ぎて無理っ!」

「別にいいじゃん。夢の中なんだし」

「実物を見せるか写真を見せるか、って感じでしょ? どっちも嫌だよ! 私はみんなみたいに純血種じゃないから、それだけでも羞恥心がすごいの!」

「そう言えば、あんたの親父、人間だったっけ」


 ここは、悪魔の生徒たちが通う魔界ハイスクール。日々、ヒヨっ子悪魔たちが、人間を堕落させるための手練手管を学習している。

 義務教育ではないが、就職率に大きく影響するので、最近ではハイスクールまでの進学率はほぼ百パーセントだ。


 ほとんどの生徒は両親とも悪魔なのだが、リリスの母は女夢魔サキュバスで、父親は母に骨抜きにされた人間だった。

 骨を抜かれ過ぎて、母に泣いて頼んで魔界に連れてきてもらい、そのままなし崩し的に結婚したらしい。

 よく言えば大恋愛の末のゴールインなのだが、あんなアホな人間はめったにいないと、リリスは常日頃思っている。


 とにかくそんなわけで、他の悪魔に比べると人間らしい感情がかなり多く芽生えてしまっているリリスに、ティナが冷ややかな視線を向ける。


「あんたさぁ、そんな性格でどうして夢魔科なんて選んだのよ」


(ほんと、そうだ……)


 魔界では、人間を堕落させる手っ取り早いツールとして悪夢や淫夢がそれなりに重宝されているので、夢魔むまの需要も多い。

 比較的習得が楽で就職に有利!

 たったそれだけの理由で決めた専攻が夢魔科だったのだが……。


「夢は夢でも、こんなお色気に特化した淫夢ばっかりだとは思ってなかったし……」


 授業内容だけではない。

 胸と腰だけを隠した黒いボンデージファッションにニーハイブーツとウェットルックグローブ。背中にはコウモリの翼をかたどったようなデコレーション。

 この、人間界の小悪魔コスプレで見られるような、やたら露出部分の多い格好が夢魔科の制服なのだ。


 ワンピースに三角ウィッチハットという魔女科や、鎖帷子くさりかたびらの魔戦士科なんかと比べても、セクハラとしか思えないような制服。


 机に突っ伏して愚痴るリリスの翼を、後ろの席からティナが意味もなくポンポンもてあそぶ。


「あんたのお母さんだってサキュバスだったんでしょ? その辺のこと、詳しく聞いてなかったの?」

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