03.トリップ! ハーレム! チート!
【テーマ:トリップ! ハーレム! チート!】
そう思いながら開いた最初のページで、のっけから視界に飛び込んできたのが、デカデカと書かれた冒頭の文字。
なんじゃこりゃ?
よく見ると、最初の数ページは破られているような跡も見て取れる。
書き間違いでもして捨てたんだろうか?
二行目には、夢権利者、
部活は弓道部に所属しているが、大して一生懸命な部でもないので、適当にタラタラやりながら時間を潰し、夕方五時頃にはきっちり終了する。
きちんとした指導者もいない公立高校の運動部など、大抵そんなものだ。
ファミリーレストランのアルバイトがない日はそのまま帰宅。
すぐに宿題や予習などを終わらせ、後は夕食、風呂、そして自室で寛ぎタイム……というのが大体の日課だ。
テスト前以外は、友達とチャットをしたりゲームしたり、好きな映画やアニメを観たりして気ままに過ごす時間帯だが、今日はベッドで横になりながら、勇哉から渡された黒いノートを開いて読んでいた。
とりあえず、冒頭のテーマの意味についてだが――
どうも、先を読んでいくと、トリップと言うのは主人公がどこか異世界のような場所に召喚されたり、或いは転生したりするような話のことらしい。
異世界転生や異世界転移という言葉はよく聞くが、要はその総称だ。
もちろんこの夢の主人公は、夢を見る人――つまり、俺か勇哉である。
のっけからクラスネタじゃないじゃん!
と心中突っ込んではみるが、夢の中でくらい、見飽きた現世よりも見たこともないような別世界を楽しんでみたい、というのは解る気がする。
で、その異世界の設定はと言うと――
時代背景は、和製ファンタジーにありがちな中世ヨーロッパ風一辺倒というわけではなく、現代風のモチーフも所々に混在した雑多な世界観のようだ。
町の外にはモンスターなんかが闊歩していて、ちょくちょく町の人や旅人なんかを襲うので気をつけましょう……というお約束は一緒らしい。
よく読むとどうやら、勇哉が最近はまっている
〝世界設定〟と書かれた項目の下に、補足資料としてインターネットの公式ページをプリントアウトしたような紙も貼り付けてある。
斜め読みながら、ありがちと言えばありがちなファンタジーロールプレイングゲームの設定がつらつらと書かれている。
こう言うのって手書きが基本のような気もするが、こんな手抜きでもいいのか?
別にゲームをするわけでもないし、個人的にはどうでもいい部分だが。
二つ目のハーレム、と言うのは読んで字の如く。とにかく、主人公が可愛い女の子たちにモテまくる! と言う意味らしい。
小説やゲームのような理由付けは要らない。そう、所詮、夢だから!
勇哉がクラスネタと言ったのも、この辺りの登場人物の
思わず俺も頷く。
別に同級生の女の子がダメというわけじゃないんだが、さすがに生徒と先生というのは、現実世界ではなかなか高い壁が立ちはだかる。
それなりに現実味のある同級生との恋愛に比べると、先生相手のロマンスは夢の中ならではだろう。
因みに優奈先生は夢の中でも先生で、
続けてノミネートされているのは、クラス内でも可愛いと思われる女子五人。
一人目の
たまに手厳しく叱られている男子もいたりするのだが、ファンにとってはそれがまた堪らないらしい。
可憐の職業は――
クラスメイトで、俺と同じ弓道部の
やっぱり、
直情的な性格といい、茶髪のツインテールという見た目といい、世界観に合わせて記号的に表現するなら、ツンデレヒロインと言ったところか。
この、
一人でいることが多く、あまり大勢とつるむタイプではないが、大人しい……と言うよりも我が道を行く、といったタイプだ。
そう言えば最近、勇哉と話してるのはよく見かけるな。二人で同じMMORPGをプレイしてるんだと言ってたっけ?
俺も一度誘われたことはあるが、ゲームなんて暇な時間に寝転がりながらするもので、パソコンに噛り付いてまでやるようなイメージは持てなかったので断った。
他の二人も、
いつも無表情で、必要以上のことはほとんど喋らない立夏。逆に、人を
それぞれの職業の役割も細かく書かれているが、面倒なのでここも斜め読みだ。
全てクラスの女子から選ばれてるのは、俺との共通点を考慮してのことだろうか。
学校中見渡せば、男子に人気がある美少女は、他にもいることはいる。ただ、それを夢の中で具現化させるのはあくまでも自分たちの脳だ。
うろ覚えの他のクラスの女子を無理矢理登場させても、うまくイメージできるかどうか自信がない。それなら、しっかりと記憶が定着しているクラスメイトの方が……という判断は正しいように思える。
正直、こういう分野に関してだけは、勇哉の頭の回転に舌を巻く。
最後のチートと言うのは、主人公がズルいくらい強い、という意味だ。
どうせなら、創作の世界の中でくらい無双を楽しみたいという読者は、なんだかんだ言って非常に多い。だからこそ需要も多いのだ。
一応設定としては、主人公はビーストテイマーということになっているが、この辺りで力尽きたのか、この先に続くであろう細かい設定は空白のままだった。
ふむふむ……まあまあだな。
アニメや漫画、ゲームなどのサブカルチャーは結構好きな方で、ネットレビューなんかも普段からちょくちょく投稿したりしている。
正直、こんな設定の異世界転生アニメがあったら、よほど作画や演出に見る部分がない限りは、量産型テンプレアニメ!
……なんて感じで辛口評価をしてるかもしれない。
しかし、いざ自分が本当にその世界に
受験や就職の心配もない、ファンシーでファンタジーな世界で、どっぷりぬるま湯に浸かりたいと思うのが普通じゃないだろうか?
もちろん苦労なんてしたくないし、異性にだってモテてみたい。そう、自分で体験するならトリップ、ハーレム、チート、万歳! なのだ。
どちらか言うと、今まで少し蔑んでいた
多分、そういう作品を読む時は、読み手も一緒に擬似トリップしてるのだ。
さて……折角だし、俺も何か書いておくか?
ただ、ビーストテイマーって設定で振られても、正直ピンとこない。
いや、ビーストテイマー自体は、悪くない選択だと思う。
先程の視点じゃないが、自分が実際に就く職業として考えると、はっきり言って剣士や盾職みたいな前衛職はキツそうで絶対に嫌だ。
かと言って魔法職も、呪文を唱えたり
弓道部を生かして
その点、テイマーなら戦ってくれるのが使役する魔物や魔獣だし、遠近両用で
強さは使い魔次第だが、逆に言えば、使い魔さえ強ければ「
設定の段階でドラゴンでも神でも悪魔でも、強そうなやつを使役できるようにしておけば問題ないだろう。
服装は適当でいい。重い鎧も要らないし、ローブみたいなものを着ていればそれらしく見えるはずだ。
問題は武器だ。
テイマーと言えば、俺が昔やっていたゲームでは楽器系だった。しかし、俺がまともに演奏できる楽器なんてないし、それは勇哉も同じはずだ。
装備武器欄から下が空白になっているのは、恐らく勇哉も同じことを考えてるうちに結局眠くなってしまった……と言ったところだろう。
いっそ、常識に囚われず、剣や杖でも使役できるように設定自体を変えるか?
とにもかくにも、基本方針は「俺TSUEEEE」だ。そこはブレない。自分が体験するなら、圧倒的な強さを持った主人公の方が楽で楽しいに決まってる!
ノートに、とりあえず「おれつえー」と書いてみる。
あとは、ビーストテイマーをどんな形で「おれつえー」なキャラにしていくか、そこを練り込んでいくだけだ。
……と、そこまで考えてふと我に返る。
俺は一体、何をこんなに真剣に悩んでるんだ?
もう一度、ノートを閉じて表紙を眺める。
【こののうとに みたいゆめおかいてねると そのゆめがみれます】
改めて見てみると、どう考えても誰かのイタズラだよな、これ。
もしかすると、
もう一度、主人公設定のページを開いてみる。
冷静に考えれば、この通りの明晰夢が見られるなんていう超絶現実離れした状況について、真剣に悩んでることが急に馬鹿馬鹿しくなってくる。
それに、万が一……本当に万が一の話だが――
この通りの明晰夢が見られることが分れば、気に入らない設定なんて後からいくらでも変えればいいだけの話だ。
なにも、今から真剣に思い悩むようなことでもない。
勇哉のバカさ加減は存分に堪能できたし、もういいや!
とりあえず「おれつえー」とだけ書いておけば、それを見た勇哉がまた、勝手に強そうな設定を盛ってくれるだろう。
思わずじっくり読んでいたら、時計はいつの間にか夜十時を回っていた。
ノートをベッド脇の棚に置き、スマートフォンでゲームを始めたが、いつの間にか眠ってしまった。
◇
――深夜零時。
紬が眠るベッドのすぐ横に浮かび上がった人影が、ぐるりと部屋を一瞥する。
少しウェーブのかかった亜麻色のボブカットに茶褐色の瞳。服装は、胸と腰だけを隠した黒いボンテージファッションに、ニーハイブーツとウェットルックグローブ。背中にはコウモリの翼を
――
「電気点けっ放し! もったいない!」
そう言ってリリスは電気のスイッチを消す。
にっこりと笑って「一日一善!」と呟く、
紬のベッドの棚にある黒いノートを見つけると、手にとってパラパラと捲る。悪魔は、暗くても夜目が利くのだ。
(あ~よかった! ちゃんと、ノートを拾って使ってくれる人がいて!)
パッと内容を見た感じ、それほど過激な内容は書かれてなさそうだ。女の子が何人か出てくるようだが、全員、剣士だの魔法使いだのと設定が割り振られている。
(これは、もしかして……コスプレ好き、ってやつ?)
夢のストーリー、と言うより、設定面に力を入れて書かれているようだ。
リリスが紬の顔を覗き込む。
切れ長の目に薄い唇。鼻筋の通った端正な顔立ち。
(へえ~、なかなか可愛い顔立ちじゃない!)
偶然の成り行きだったとは言え、期せずして当たりを引いたのかも知れない。
魔界ハイスクールでは、いかにも性悪そうな
異性にときめくなど純血悪魔のサキュバスなら絶対に有り得ない感情なのだが、それはリリス本人も解っていない。
もう一度ぐるりと室内を見渡すと、部屋の隅に置かれた、ネームプレートの付いた鞄に目が止まる。プレートには「TSUMUGI AYASE」と書かれている。
(つむぎ……くん、でいいのかな? とりあえずルックスはクリアね)
「夢に問題なければ、誘惑するのは紬くんでもいっか!」
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