21.フラッシュバック
「それって……さっき
「そうそう」
「まてまて! 表現がおかしいだろ! 俺がいつそんなふうにしたいなんて……」
「ちょ……ちょっと言葉はうろ覚えだけど、方向性は一緒でしょ」
「一緒じゃねぇよ! むしろ真逆に近いじゃん!」
「ま……真逆ぅ!?」
背後で、華瑠亜の声に怒気が含まれたのを感じる。
やぱい、口が滑った。
「真逆ってどういうことよ! そこまで私のことが嫌いってこと!?」
「い、いや、そういう意味じゃなくて……毒島への返答が、って意味で……」
「じゃあ好きなの?」
二択?
好きか嫌いかで言えば、そりゃあ、仲間としては好きだけど……。
恋人
一瞬、答えに迷っていると、風に乗ってブルーの声が流れてきた。
「結界を通りんす 。少し頭をさげてくんなんし 」
「お……おう」
よし! ナイスタイミングだブルー!
経験上、この手の話題はだいたい、最後に華瑠亜の機嫌が悪くなって終わりだからな。理由は分らないが……。
とにかく、適当なところで切り上げておくに限る。
気がつけば石天井はすぐ近くまで迫り、螺旋階段の先は縦横二、三メートルほどの窪みの奥へと繋がっている。
そこまで高さが低いわけではないが、念のため、頭をぶつけないように俺と華瑠亜は姿勢を低くする。
そのまま窪みの中へ駆け込むブルー。奥は……行き止まり!?
石壁でどん詰まりになっているように見えた道の先へ……しかしブルーは、
次の瞬間、何の抵抗も受けずに壁の中へ吸い込まれる。
水分子と同じように、黄色や赤色を吸収する特性でもあるのだろうか。
一瞬間ののち、青のトンネルを抜け出ると目の前には――。
外界――!!
恐らく、トミューザムの頂上だろう。南北にそびえる双耳峰の、どうやらここは北峰の山頂らしい。
結界を出た先は人の手が加えられたような広場になっていて、視界の奥には海……元の世界でいう〝東京湾〟が広がっているのも見える。
ブルーに乗ったまま広場の端まで近づくと、
「うわあ――……」
絶景を
よく晴れた空を見上げる。陽も、まだ低くはない。おそらく午後三時か……遅くても四時くらいだろうか。
……長い一日だった。
ダンジョンに入ってからまだ、二十四時間も経っていないなんて信じられないぜ。
「で……どうなのよ」
少しの間、我を忘れて景色に見入っていると、不意に背後から聞こえた華瑠亜の声で意識が引き戻される。
「ん? ……え? なにが?」
「だからぁ!
その話、まだ続くのかよ!
「な、なんで二択なの? 普通とかは、ないわけ?」
「毒島さんとは、あたしと付き合うかどうか、って話をしたんでしょ? 普通なんて嫌いと一緒じゃない。こういうのは白か黒、はっきりさせる必要があるのよ」
「いやぁ……ないと思うけどなぁ、そんな必要……」
「い、いいじゃん、せっかくなんだし……」
「せっかく、って……」
そういえば、質問に質問で返すと答えをはぐらかせるってソクラテスも言ってたな!
「っていうか、
「訊いてるのはあたしよ!」
……ダメか。
ふと気がつくと、メアリーとリリスが振り向いて俺の顔を見上げている。
「ど……どうした、メアリリス?」
「なんですかその、花の名前みたいなまとめ方は!」メアリーが頬を膨らませる。
「と、とにかくさ、華瑠亜。そういう話は子供の前じゃしにくいし、また今度ってことで……」
途端にメアリリスの眉尻が上がる。
「メアリーは二十歳ですよ! このなかで一番年上ですよ!」
「わ、私だって、紬くんのいっこ下なだけだよ!」
そういえば悪魔って、人間と同じペースで歳をとるものなんだろうか?
「わ、分かったわよ……」と、再び口を開く華瑠亜。
「とりあえず今のところはまだ、嫌いじゃない……ってことで、間違いないんだよね?」
「華瑠亜のこと? それは……もちろん」
「なら、前にお願いしてた件、前向きに考えてくれてるってことで、オッケー?」
華瑠亜に頼まれてたこと? なんだそれは?
ハウスキーパー……の件ではないだろうし、ほかにも何か華瑠亜から頼まれてたことなんてあるのか?
「頼まれてたことって……」
なんだっけ? ……と聞き返そうとして、メアリリスの視線に気付き、ハッと口を噤む。
おそらく華瑠亜が言ってるのは、俺がこちらの世界に転送される前の話だろう。
大怪我のせいでいろいろ記憶喪失に……という話にはなっているので、聞き返してもそこまで怪しまれることはないとは思う。
ただ、俺の華瑠亜への気持ちが関係するような内容であるならば、こんな、興味津々の使い魔二人に注目された状態で話すのも危険な香りがする。
「そ、そうだな……一応、前向きに検討中、ってことで……」
詳しいことはあとで聞こう。
その時、ポツ、ポツ、と、頭に雨粒でも当たるような感覚に「おや?」と、再び青空を仰ぐ。
こんな晴天なのに……狐の嫁入りってやつか?
突然。まったくの突然、それはやってきた。
――フラッシュバック。
頭の中に、突如として湧き上がってくる何枚もの断想。
しかしそれは、先ほどのような毒島の厳つい顔ではない。
散り敷かれた桜の花びら。
無造作に広がったエアリーショートから
隣りを歩いていた少女が俺を見上げる。
驚いたように、藍色の瞳に俺の顔を映しながら。
彼女の名は――
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