第十六章 トミューザム編 ~終章・立夏

01.【立夏】四月七日・新学期

 四月七日――フナバシティ高等院、始業式


「おーい! 立夏りっか、立夏ぁ! おはよ――!」


 正門から生徒用玄関へと続く通路の途中に立てられた、ひと際大きな掲示板。

 その前で一喜一憂しながら集まっている生徒達を掻きわけて、赤毛の女生徒が手を振りながら近づいてくる。

 その後ろで元気に揺れているのは、トレードマークの寄せ編みクロスオーバーポニー。


 ――紅来くくる


「なんだよ立夏ぁ、遅かったじゃん!」


 そんなことない……と、目で訴える。

 生徒用玄関の上にある大時計の針が指している時刻は、いつもと同じ。


「早めに来てクラス発表一緒に見ようって約束してたじゃん! なかなか来ないから、可憐かれんと先に見ちゃったよ」

「そう」


 約束? そんな約束したかな。

 そう言えば春休み前、教室でなにか話しかけられた気がするけど……あのとき?

 そもそも、クラス発表を一緒に見る意味も解らない。


「ああ、可憐? 可憐なら生徒会の用事で先に校舎に入ったよ」


 キョロキョロしている私を見て、紅来が説明を加える。

 探していたのは可憐じゃないんだけど……。


「ここで重大発表! ジャーン、ジャーン、ジャンジャガジャガジャガ、ジャンジャガジャガジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャガジャガジャガジャガ……」


 ドラムロール、長すぎ。


「なんと今年も、私と立夏は一緒のクラスでーす! そして可憐かれんも!」

「うん……」


 知ってる。


 十年生で同じ戦闘実習班に組まれた生徒同士は、よほどの理由がない限りは十一年生でも同じクラスに編成されることになっている。

 つまり、実習班が一緒の紅来と可憐が同じクラスになることは、最初から解っていた。


 私が気になっているのは、そこじゃない――


「どこの組?」

「な、なに? 人を反社会勢力の構成員みたいに!」


 いちいち余計なギャグを挟まないと話が進まないのかな、紅来このひとは。

 無表情な私の目を見ながら、数秒固まる紅来。


「はいはい。え――っと……B組ね。十一のB」

「見てくる」

「えぇ―、今から? 立夏、目が悪いじゃん? 人混みも嫌いでしょ?」

「大丈夫。他のクラスメイト……」

「うん?」

「……誰がいるのか、見たいから」

「へぇ。立夏が自分からそういうのに興味持つなんて、意外!」


 一緒になると解っていた紅来や可憐はどうでもいいの。

 私が知りたいのは――

 

「去年からのクラスメイトだと……あとは、藤崎華瑠亜かるあ長谷川麗うららも一緒だったよ」と、言葉を続ける紅来。


 華瑠亜と麗も……。

 そっか、よかった。

 掲示板に向って進めていた歩みを止め、生徒用玄関の方に向き直る。


「あれ? 見に行かないの?」

「うん。今、聞いたから」

「ええ? 華瑠亜や麗のこと? 立夏、そんなにあの二人と一緒になりたかったの?」


 そうじゃない。

 二人のことはもちろん好きだけど、気になっていたのは――


「ああ、おはよう紬! あんたら、いつも一緒だねぇ!」


 後ろから聞こえてきた紅来の声に思わず振り返る。

 森歩牟もりあゆむくん、川……なんとか・・・・くん、そして、綾瀬紬あやせつむぎくん。


「うるせぇ! 紅来おまえと可憐ほどじゃねぇよ!」


 川なんとかくん、相変わらず大きいな、声……。


「俺たち、何組か見た?」と、森くんが尋ねる。

「あんたたち、華瑠亜と一緒のC班だよね? んじゃ、全員一緒だよ。B組」

「ええーっ! もしかして、紅来たちもまた一緒? まいったなおっぱい!」

「なんだよその語尾……変態勇哉ゆうや!」


 そうそう、思い出した。勇哉くん。

 川、川……川勇哉!


「おはよう、立夏」


 こちらへ歩いてきた紬くんが、私と目が合うと、フッと微笑んで軽く手をあげる。

 そう、私が知りたかったのはこの人・・・と同じクラスかどうか。


「……おはよう」

「A班とはまた同じクラスか。今年もよろしく」

「…………」


 ああ……また、無愛想って思われたかな?

 だから私は、あまり人とは話したくないの。


 去年の冬――年が明けてすぐ、退魔兵団に所属していた兄さんの時間が止まった。亡くなったわけじゃない。時間が止まった・・・・・・……文字通りの状態。


 作戦中に同僚を庇い、ナイトメアの精神攻撃を受けて覚めることのない眠りについた。魂を心の奥底に閉じ込められ、すべての時間を止められた兄さん。

 今のところ、あの〝魂睡こんすい状態〟を回復する術式は開発されていない。命を失ったわけではないけど、永久に目覚めることがないという意味では同義。


 そして、兄さんの奇禍きかを知った時から、私の顔から表情が消えた。

 まあ、それまでも表情が豊かだとはとても言えなかったけど……。あなたの無愛想はどうにかならないのかと、さんざん母にも言われ続けてきたけど……。


 あれ以来、まったく笑うことができなくなった。

 私が唯一自然に笑顔になれた相手――英春えいしゅん兄さん。

 兄さんがあんな状態になったのに、私だけが笑顔になることに、すごく後ろめたさを感じるようになってしまった。

 思わず笑いそうになることがあっても、そのたびに周りの空気が凍りつき、すかさず無感情の仮面を私に貼りつけてくる。


『立夏ちゃんはほら、お兄ちゃんがあんな風になってしまったから……』


 学校の友達も、私に気を使うようになった。

 それが嫌で、進学先を誰も知り合いのいないこの学校に変更した。

 そこで私は……あなたに出会った。


 綾瀬……紬くん。


 少し遅れて川村くんと森くんも追いついてくる。


「よう! おはよう、立夏!」

「おはよ、森くん、川……村くん」

「川島だしっ!」


 ああ、川くんか。

 一年も一緒のクラスだったのに酷くね?と、森くんに話しかける川島くん。

 川だけ合ってれば充分だと思うけど……意外と細かいな。


 さらに彼らの後ろから紅来の声が追いかけてくる。


「そうだ、立夏! 始業式の後、ホームルームが終わったら可憐の誕生日会だからね。カフェテラス集合だよ! 忘れて帰らないでね!」

「……大丈夫。覚えてる」


 忘れてた。危ないところだった。


 再び、生徒用の玄関に向かって歩き出す。

 誕生日会か……。私は開いてもらったことがないな。

 別に、開いてほしいわけでもないけれど。


「そうだ。あんたたちも来る?」


 再び、後ろから聞こえてくる紅来の声。


「え? いいの? 行く行く! 紬と歩牟おまえらも、大丈夫だよな?」


 紅来の誘いに即答した川島くんが、さらに他の二人の都合も確認する。

 こういう時の決断の早さは、使えるね、川島勇哉。


 足を止めて振り返ると、紬くんと目が合った。

 ……気がした。

 あまり目が良くないのではっきりと見えなかったけど、多分、間違いない。


「うん……大丈夫。特に予定はないし、行けるよ」


 彼が私の目をジッと見ながら答える。

 ……って、そこは多分、私の妄想かな。

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