02.【立夏】四月七日・帰り道
なぜ私は、こんなに
理由は……深く考えるまでもない。至極単純。
今は魂睡状態となっている英春兄さんの、かつての姿に面影が重なるから。
最初に紬くんを見たときは、それほど惹かれれることはなかった。
面影が重なる……と言っても、顔の造形や
言われてみればどことなく似ているかも?……といった程度。
ただ、なんとなく気になって観察をしているうちに、立ち居振る舞いや話し方、全体からにじみ出ている雰囲気が、本当に兄さんとよく似ているなって気付いたの。
彼にも妹さんがいるみたいだから、きっと性質は似ているんじゃないかな、って思う。
気がつけば、兄さんと似ている彼の姿をいつも目で追うようになっていた。
恋とかそういう気持ちとは違うと思うけど、ただ単純に、もっと詳しく彼のことを知りたいって……。
いや、本当にそうなのかな。
この気持ちは恋とは違う?
よくよく考えれば、そもそも恋なんてしたことがないし、今の気持ちが恋かどうかなんてよく分からないような……。
一つ確かなことは、兄さんのことは好きだったけれど、その気持ちと紬くんへの気持ちは明らかに違うということ。
兄さんは、私が何も言わなくても私のことをよく理解してくれたし、気持ちも察してくれた。まるで、春の陽だまりに包まれるような居心地のよさ。
暖かなぬくもりを届けてくれる太陽のことを、私が理解する必要はない。何も言わずに地表を照らしてくれる陽射しに身を預ければいいだけだった。
でも、紬くんは違う。
空から地上を見下ろすように、そのまま私を包み込もうとしてくれるような眼差しは、たしかに英春兄さんと似ている。
ただ、私がどんな状態でも、変わらずに私を照らし続けてくれた英春兄さんが太陽だとしたなら、紬くんは――。
十年生のころ、クラスの何人かと集まって話しているうちに、気がつけばいつの間にか彼と二人きりになっているような場面が何度かあった。
そんなときも、最初は気を使っていろいろと話しかけてくれた彼だけど、私が返答に困ってずっと黙っていたら、そのうちほとんど話してくれなくなっちゃったな。
でもそれは、私に呆れたとか怒ったとか……そういうネガティブな沈黙じゃない。
たぶん、私と二人のときはそれが良いのだろうと
彼は、私をよく見て、観察する。
私に合わせてその一挙一動を変える。
私の立つ場所によって姿を変えるその様子は、例えるなそう……まるで月。
そんな彼を、私も密かに観察する。
私に合わせて、満月のように明るく照らしてくれることもあれば、新月のように存在感を消してしまうことも……。
別に、無理をして変えているわけじゃないと思う。
自然と身に付いたものなんだろうな。
一体彼は、私の何を見て姿を変えているのだろう?
彼は私をどう思っているんだろう?
あなたの気持ちが知りたい。
そして私のことも、あなたにもっと知ってもらいたい。
明らかに、兄さんには抱いたことのなかった気持ち。
この気持ちは……なんだろう?
◇
可憐の誕生日会が終わったあとの帰り道。
散り敷かれた桜の花びら……。
私はみんなの一番後ろからついていく。
すぐ目の前には、川島くん、森くん、そして紬くんの背中。
私は一人が気楽なのでこうしているだけだし、みんなもそれは分かっているので無理に近づいてきたりはしない。
そしてそれは、紬くんも同じはず。
それでも、不意に振り返り、歩を緩めて私の隣に並んだ紬くん。
分かっていながら私に気を使ってくれているのだろう。
これまでの私なら、それだけですでに気が重くなっているはず。
……なのだけど、同時に彼に気にかけてもらったことに、わずかに胸が高鳴っていることに気が付いて自分でも驚く。
あなたの目には今、私はどんな風に映っているの?
「
「…………?」
「ああ、いや、立夏の髪から香りが……。ジャスミンでしょ、それ?」
ああ、昨日買った洗髪剤の香料のことを言ってるのね。
なんだろう? すごく些細なことなのに、そんなことに気付かれたくらいで、なんだか胸の奥をくすぐられたような……。
このこそばゆい感じは、なに?
今のあなたは、そう……三日月だ。
明るすぎもせず、暗すぎもせず。静かに私を観察する優しい
私の表情は……あいかわらず、硬い。
でも、この小さな胸の高鳴りを、あなたにも伝えたい。
もっと私を知ってほしい。
こんなとき、どう答えればいいんだろう?
兄さんには、どんな風に答えてたっけ?
「鼻が……いいのね」
ち、違うっ! これじゃない!
ほら、紬くん、なんだか困ったような顔をしてる……。
なんだろう、何が正解だったんだろう。
今度、
もう会話終わっちゃうかな?
そう諦めかけたとき、再び紬くんの唇が動くのが見えた。
よし……何を訊かれるか分からないけど、今度こそ正しい答えを――
「立夏は? ……誕生日って、いつ?」
私の誕生日を知ったからって、絶対に話は膨らまない。
だって私の誕生日は――
「……八月、二十六日」
「八月かぁ。……ああ、夏休み中?」
「うん」
だから、友達に祝ってもらったことなんてない。
そもそも、休みの日にわざわざ集まってくれるような人間関係を築いたこともない。別に、愚痴じゃなく、ただの事実。
「そっか……。じゃあ、今日みたいに学校で、みんなに祝ってもらうなんてことも、あまりないのかぁ」
「うん」
「じゃあ、今年は俺が祝ってあげるよ」
えっ……?
思わず、彼の横顔を見上げる。
身長差、二十五センチ。直ぐ隣に立たれると、首がちょっと痛い。
「あ、えっと、俺だけ、って意味じゃないよ?」
私の視線に、慌てて言葉を選びなおす紬くん。
多分私は、今、とても驚いた顔をしているんだと思う。
「今日集まった面子にも声かけて、行けそうな奴は誘ってさ。俺が幹事をしてやる、ってこと」
「…………」
「ど、どうした? 迷惑……かな?」
すかさず、首を振る。
そうじゃない。予想外の展開に、思わず言葉が詰まってしまっただけ。
「……約束」
「え?」
キョトンとした顔で、彼が私を見下ろす。
「約束……破ったら、一生許さない」
「え? ああ……うん、お、オッケー!」
かなり戸惑っているみたい。
さすがに〝一生許さない〟は、ちょっと重すぎたかな……。
でも、ずっと、言いたいこともなかなか言えないような生活だったから……思ったことを思わず口に出しちゃったのなんて、すごく久しぶり。
少し冷静になってから〝一生〟の意味を考えて、少し頬が火照る気がした。
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