20-2.脱出 <その②>

 最後に、近づいてきた毒島が俺を見上げて口を開く。


「あ~……え~っと、まあ、あれだ……。大したやつだよ、おまえは」

「……え?」

「おかげで助かった、って言ってんだよ。……ありがとな」


 まさか毒島こいつにお礼を言われるとは思ってもいなかったぜ。


「ま、まあ、それはお互い様だし……」

「いや、おまえは俺なんて気にせず、召集魔法コールで脱出することだってできただろ」

「そりゃあ……そうだけど……」


 そう……それはそうなんだよな。

 あの直前、俺は確かに、自分や仲間の命が最優先だと再確認をしたはずだ。

 どんなに自分の作戦に自信を持っていたとしても、あの場面、コールで帰還する以上に安全な選択肢などなかった。

 なのに、俺はあのとき――


「あのときは……自然とああしてたんだ。頭じゃなく、心に従って……」


 半分独り言のように呟いた俺の言葉に、毒島がニヤリとほくそ笑む。

 そして、その無骨で大きな右手を俺の方へ差し出しながら――


「大きな借りが出来ちまったな。何か困ったことがあったらいつでも相談に来い」

「あ、ああ……じゃあ、そんときは、よろしくお願いします」


 と、俺も右手を差し出して握手を交わす。

 っていうか普段、毒島あんたどこにいるんだよ?


「ああ、そうそう……それと、おまえの後ろのボウガン女、ちゃんと大切にしろよ」

「は……はあ??」


 華瑠亜も驚いたのか、ビクッと反応した様子が背中越しに伝わってきた。


「下で待ってる間、話は聞いたぜ。おまえの思いつきに付き合って、華瑠亜そいつも残ってくれたらしいじゃねぇか」

「そ……そうだけど、別に俺と華瑠亜こいつは、そんな関係じゃねぇし」

「ほぉん……。そんならいい機会だし、おまえの女にしちまえよ。いい女は大勢いるが、背中を預けられる女なんてそうはいねぇぞ?」

「ば、ば、ば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ、馬鹿剣士!!」


 俺より先にすかさず否定したのは、背後の華瑠亜。

 咄嗟の言葉とはいえ〝馬鹿剣士〟って、命知らずにもほどがあるぞ!


「あ、あたしにだってね、選ぶ権利ってもんがあるのよ! な、なんであたしが、こんなへたれテイマーの女なんかに!」

「フン……おまえら、あれか。まだ、そういう関係か……」


 意味深な微笑を浮かべた毒島が、再び俺の目を見る。


「ま、とにかく、そのボウガン女は俺のお勧め物件だ。アドバイスとして聞いておけ。おまえ、女を見る目がなさそうだしな」


 男の娘いろはを女子だと思い込んでる毒島あんたに言われたくねぇよ。

 メアリーが、あぶみで馬の脇腹を蹴るように足をバタつかせながら振り返る。


「パパ! はやくこの乗り物、走らせてください!」

「乗り物じゃないから!」

「私もそっちに行こ~っと」


 そう言ってリリスも、メアリーの前に移動してソワソワしはじめる。

 まるで二人とも、発進前のジェットコースターでテンションを上げる小学生だな。


「……んじゃ毒島おっさん、先に行かせてもらうぜ」

「おお。気をつけてな」


 よし、行け! という俺の号令と共に景色が回転する。

 階段の上り口へ向き直り、一気に加速するブルー。

 しかし、今回は三人乗っているし、凶悪な魔物が追ってきているわけでもない。それを考慮してだろうか、ブルーも先ほどの半分程度に速度を抑えてはいるようだ。


 やっぱりブルーは、二人の先輩ツカイマーズにくらべるとだいぶ気が利きそうだな。

 ……というよりも本来の使い魔って、これくらい気を回してくれるのが普通なんじゃないだろうか? リリスやメアリーに不具合が多すぎるような気がしてきたぞ。


「うひゃ~~ぁ! 速い速い! パパ、すごく速いですよ!!」


 セミショートの金髪を風に躍らせながらキャッキャと歓声を上げるメアリー。抑え気味のスピードでも、彼女にとっては十分に刺激的な体験らしい。

 その手前でリリスも、エプロンドレスをはためかせながら、両手を広げて立ち上がる。

 タイタニックごっこかよ!?


 一方、俺の背中に抱きつくような格好で押し黙ったままの華瑠亜。

 以前、寝ぼけた立夏りっかにも抱きつかれたことがあったが、背中に押し付けられる華瑠亜の胸の存在感は、いろいろ平らな立夏のそれとは比ぶべくもない。


 確か、あっちの勇哉はCカップなんて当て推量で言ってたけど……。

 Cって、こんなにふんわりしてるものなのか? アニメなら微乳ポジションだぞ!? 実はCどころか、DやEくらいあるんじゃないのか!?


 おまえの女にしちまえ……しちまえ……しちまえ……ちまえ……。


 急に、先ほどの毒島の言葉が耳の奥でリフレインを始める。

 本当にCなのか、あるいはDなのか、はたまたEまであるのか、華瑠亜と恋人同士になれば確かめることもできるのだろうか……。


 ――って、なんだこの思考は!

 あの馬鹿剣士・・・・のせいで、変に意識しちまったじゃねぇか!


「お、おい、華瑠亜。落ちないようにちゃんと捕まってろよ」


 もちろん、もっと密着したいから……ではない。

 螺旋階段で一方向に遠心力が働き続けるため、少しずつ身体がずれてくるのだ。しっかり掴まっていないと振り落とされそうになる。

 俺の胸元をギュッと掴み直した華瑠亜が、耳元で呟く。


「なんか……あんたのシャツ、濡れてて気持ち悪い」

「え? ああ……それ、おまえの鼻水じゃね?」

「…………」


 掌をぬぐいながら、胸元から腰周りへ、ゆっくりと腕を移動させる華瑠亜。

 おいおい、さらに鼻水を拡散させるなよ!


「そんなことより、あんたさ……」

「そんなことより、って……」

「どうすんの、さっきの話」

「……ん? さっきの、話? なんか話したっけ」

「その……あんたがあたしを恋人にしたいとかなんとか、って話よ」

「はぁ――あ???」


 毒島の顔がフラッシュバックする。


「それって……さっき毒島おっさんが言ってた話?」

「そうそう」

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