20-1.脱出 <その①>

「処置が終わったら……今度こそさっさと脱出しろよ、おまえら」


 右肩にメアリーの治癒キュアを受け始めてまもなく、ゆっくりと近づいてきたのは毒島ぶすじまだ。足取りは……しっかりとしている。

 いや、毒島だけじゃない。

 螺旋階段を上ろうとしていた兵団の三人――貝塚かいづか寿々音すずねさん、そしてひじりさんも、ケルベロスゾンビが倒されたのを見て引き返してくるのが見える。


「言われなくてもそうするよ……ってか毒島あんたこそ、大丈夫なのかよ?」

「ああ……おまえがケルベロスのおとりになってる間、そこの偉大なる治癒術士ヒーラーに応急処置もしてもらったしな」


 毒島の言葉に、少しだけ顎を上げて得意気な表情を見せるメアリー。


「いや、傷のこともそうなんだけどさ……あの覚醒丸とかって薬、すごい副作用があるんだろ?」


 たしか、貝塚ってシーフの兄ちゃんがそんなこと言ってたよな。


「訓練で耐性はつけてあるから副作用はそれほどでもねぇ。肉体の現界突破でアバラに何本かヒビが入った程度だし、大したことねぇよ」


 ほんとに化物ばけもんだな毒島こいつ

 とりあえず、肋骨にヒビが入ってる奴の前で、肩がちょっと痛くて治癒魔法とか……こっちがなんだか気が引ける。


「あいつは……タナトスはどうなるんだ? 本当にもう終わりなんだろうな」

「ああ、まあ、多分な……」


 おいおい、なんだかあやふやだなぁ……。

 振り向いた毒島の視線の先には二つ塊――主首と胴体に切り離されたケルベロスゾンビの死骸が見える。

 黒い粒子となって大気に拡散しながら、徐々に崩壊していくタナトスの抜け殻。

 体積の小さかった頭部は、もうほとんどその原型を留めていない。突き刺さった矢が、支えを失って今にも倒れそうになりながら辛うじて立っている。


「魂を失った魔物の肉体はマナへと戻り、現界との鎖を断ち切られた精霊は自我を失い、感情のみが支配するアストラル体となって精霊界へ戻ると言われています」


 振り返るとそこには、いつの間にかすぐ傍まで戻っていた退魔兵団の三人。

 あやふやな毒島の代わりに説明を始めたのは、貝塚と寿々音さんに脇を固められるように歩いてきたひじりさんだ。

 全裸に、寿々音さんの魔導ローブを羽織っただけの扇情的な出で立ちにどぎまぎして、思わず視線を逸らす。


「え~、ということは、死ぬわけではないってことなんですか?」


 毒島にはタメ口なのに、罪人の聖さんにはなぜか敬語になってしまう。


「精霊界でさらに大きなアストラル体に統合されますから質量は維持されますが……タナトスという個体は消滅するので、彼にとっては死と同義でしょう」

「なるほど~」


 と言いつつ、内容はほとんど理解していない。

 とにかく、今の聖さんとこれ以上面と向かって話すのは不可能だと判断して、話を切り上げる方向に舵を切る。

 ……と、突然、メアリーの回復小杖ヒールステッキが俺の額をパシンと叩いた。


「あいたっ! なにすんだよ!」

「はい、終わりましたよエロパパ」

「な、なんだよその、ストレート過ぎるニックネーム……」

「施療中のメアリーには、パパの身体の変化は筒抜けなのですよ。あのおっぱいプリーストを見た時の心拍数は異常な高さでした。可憐ママに報告です」


 途端に、冷気を帯びる華瑠亜とリリスの視線。

 巨乳美女がローブ一枚で立ってるんだぞ!?

 この世界の感覚は分からないけど、あんなの・・・・が目の前に立ってたらそりゃあ、心拍数も上がるでしょうよ!


「よ、よし! 肩もすっかりよくなったし、さっさと帰るかぁ!」


 慌てて立ち上がり、ブルーを召喚する。

 再び、忽然と姿を現す暗青灰色スチールブルー魔猫まびょう


「俺の魔力って、あとどれくらい残ってるんだろ……」

「そろそろ紬くんも、それくらい自分で把握できるようにならないと困るよ?」


 そう言いながら、俺の周りをクルッと一周するリリス。

 残り一割くらいまではなんとなく分かるようになってきたのだが、それを切るともう、ほとんど空っぽという感覚以外に細かな違いが分からなくなる。

 同じ一リットルの水でも、ペットボトルに入っているのとドラム缶に入っているのでは、残量把握の難度が変わるのと同じ理屈だろう。


「だいたい、残り二、三千ってとこかしら」と、俺の肩に戻りながらリリスが呟く。


 二、三千か……。

 三千だとしても俺の十万の魔臓活量から考えれば底を突きかけてると言っていいけど、あの立夏りっかですらマックスは七百くらいらしいからな。

 リリスたんを使えば一瞬で蒸発するような量でも、この世界の平均から考えればまだまだ破格の魔力量ってことか。

 それだけ残っているならまだ、魔石を外す必要もないだろう。


「ってことは、ブルーならまだまだ使役可能ってことか?」

「わっちは、先達せんだちとはたごうて、小食でありんすぇ」


 俺の質問に、耳をピクリと動かしてブルーが答えた。

 先達……もちろん、誰のことを指しているのかは明らかだ。

 いつの間にか、肩の上で携帯口糧レーションを頬張っているリリスを流し見る。


「な……なによ?」

「いやべつに……」

「つ、紬くんが無茶なことさせるから、お腹が減ったんだよ!」

「何も言ってないだろ!」


 っていうか、お腹はいつでも減ってるじゃん、おまえ。

 ブルーが、膝を折って姿勢を低くする。


「乗りんすか?」


 なかなか察しがいいな。

 もしかすると、リリスやメアリーのKYコンビより使いやすい!?

 本当に、序列を考え直すべき時が来たのかもしれないぞ。


 先に俺が乗り、すぐにメアリーを引っ張り上げて目の前に座らせる。

 次に華瑠亜の腕を引き、俺のすぐ後ろへ。

 最後に、近づいてきた毒島が俺を見上げて口を開く。


「あ~……え~っと、まあ、あれだ……。大したやつだよ、おまえは」

「……え?」

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