12.最初から全開だ
「出し惜しみはしなくていい。最初から全開だ。目標は一分!」
「一分ねぇ……頑張ってはみるけど、ガタイも大きいし、多分そんなに簡単じゃないよ、あいつは」
確かに、
かと言って、大技を出さずに戦うだけでは、時間は稼げてもトドメを刺すまでには至らないだろう。
とてもじゃないが、★何個かも解からないようなユニークモンスターを相手に出来る状況じゃない。
他に対抗手段がない以上、一か八かリリスで仕留めにいくしかない。
でも、もし、俺のMPが持たなかったら……?
「どうした?」
可憐が声を掛けてくる。
黙り込んだとしても不自然に思われる状況ではないと思うが、よほど俺が思い詰めた表情でもしていたのだろうか。
「リリスが戦い始めたら……可憐だけは皆のところに戻れ」
「馬鹿言うな。
まあ、そうだろうな。
俺だってそんなこと言われたらそう答える。
特に、責任感の強い可憐ならなおさらだろうが……
「リリスが一分以内に
「何度も言わせるな。そんなことできるわけ……」
「いいから! そうしてくれ!」
可憐の
そりゃ俺だって、こんな所で一人残ってあんなバケモノの相手をするなんて、恐いし寂しいし、できればすぐにだって逃げ出したい。
でも、あいつがピンピンしてるうちは、逃げたところでさっきの二の舞だ。
やらなきゃやられる。今はそういう場面だ。
二人で逃げる場面を何度脳内でシミュレートしても、無事に逃げ切れるビジョンが湧いてこない。
だが、ここに二人で残るメリットも同様に思い浮かばない。
「万が一二人ともやられちまったら、この戦闘もそれこそ無駄になってしまうだろ。一人でも助かれば格好つけた価値も上がるってもんだ」
これ以上議論を続ければ、俺の気持ちも揺らいでしまいそうだ。
可憐は、俺の顔を少しの間ジッと見て「……解かった」と短く答える。
「もちろん俺だって、犠牲になるつもりはないよ? ちゃんと一分で倒し切るつもりでやるさ」
可憐の返事にまだ迷いがあるのを感じ、念を押すように付け加える。
仲間や自分の為とは言え、一人だけ割を食って命を張るなど、
僅か一ヶ月で、早くもこの世界の空気にあてられてしまったかな?
「とにかく今は、
「え、なに?」
「だから、頼むぜ、って……」
「違う、その前!」
「え~っと、
って、なんでそんなに満足そうな顔なんだよ?
束の間の静寂。
松明の炎だけがパチパチと静かに揺れる。
薄暗闇の中で、こちらを狙っているであろう
一分にも満たない時間が五分にも一〇分にも感じられるのは、心拍数が上昇したせいだろう。
奴が現れたらすかさずリリスが戦闘態勢だ。華麗な剣技で奴を
皆に「おかえり
そんな理想的な展開を思い描きながら、耳に全神経を集中させる。
と、その時――――
静寂の中で、しかし、なぜか粟立つ全身の毛穴。
何か聞こえたか?
いや、何も聞こえてはいない。
じゃあなんで、こんなに身が
物音だけに神経を集中させていたため、首筋に感じた生温い感触に直ぐに反応できなかった。
頭を切り替えるまでに要した時間は一秒にも満たないだろう。
だが、その僅かな時間に、ありとあらゆる、おぞましい予感が全身を駆け巡る。
なんだ……これは?
左手で首筋を押さえながら、恐る恐る……しかし素早く頭上を見上げる。
視界に入ってきたものは――――
大きく開かれた口と、上下にびっしりと生え揃った五センチほどの鋭い牙。
腐蝕した肉のようなどす黒い緑色の肌。
そして、そこから放たれる臭いもまた腐った肉のような悪臭。
牙の間から粘度の強そうな涎が垂れ下がり、今にも滴り落ちそうだ。
いや、この首筋の生温い感触は、実際にあそこから落ちたものだろう。
背後は岩壁だと思って油断していたが、緑の巨体が逆さに壁に張り付き、暗闇に乗じてゆっくりと下りてきたのだ。
こんなことも出来るのかよ!?
これも、環境に合わせた適合進化ってやつか?
岩の隙間に突き刺していた鋭い爪をそっと引き抜くグール。
と同時に、俺は反射的に可憐を抱えて壁から飛び
「なっ!?」
悪臭を
同時に、背後から岩壁を激しく叩きつける音が響く。
次の瞬間――――俺たちと場所を入れ替わるように反転し、壁に張り付いたグールへレイピアを突き立てるリリス。
身長一六〇センチ……もちろんリリスたんモードだ!
ギュルヵヵヵヵヵヵヵヵヵ――――
不気味な喉鳴りの音に、俺と可憐も急いで振り返る。
レイピアに貫かれた左手を特に気にする風もなく地面に降り立つグール。
背丈は三メートルはあろうか?
皮膚は緑色だが、あちこちがグチュグチュと膿んで黒ずんでいる。
頭部には首も顎もなく、胸の上にいきなり開いた大きな口。
まるで、魚人のような顔が体に埋め込まれているかのようだ。
目はあるが、暗闇で退化したのか白く濁っている。
広げれば三〇~四〇センチはありそうな、アンバランスに大きな掌。
熊手のような鋭い爪が目を引く。
壁に串刺しにされた左手はそのままに、空いている右手でリリスに襲い掛かる。
……が、一旦レイピアを抜いて飛び退り、グールの空振りを誘うと、リリスの体が白く光りだす。
まるで分身でもしているかのように、グールの周囲をリリスの残像が囲む。
四方八方からグールを切り刻む、まるでカマイタチのようにしなるレイピア。
「今のうちに、行け! 可憐!」
六尺棍を地面に突き立てるように構えながら、可憐の背中を右手で押しやった。
しかし――――
そのまま俺の手から離れて行く筈の可憐の感触が、なくならない。
……どころか、さらに強く右手を覆う圧迫感!
横を見ると、亜脱臼したはずの左手で俺の右手をしっかりと握る可憐の姿。
目が合い、可憐も不敵に笑う。
「何やってんだ、可憐! 早く行け!」
「言っただろ。そんなことできるわけがないって」
「だって可憐……さっきは解かったって……」
「紬の考えは解かったと言っただけだ。誰も、行くとは言ってない」
「ばかやろ……」
もう、今さら問答してる暇はない。リリスの方へ視線を戻す。
こうなったら、リリスに、是が非でも一分でグールを葬り去って貰うしかない!
飛び散る肉片。
グールの体に次々と刻まれる無数の傷跡。
が、しかし――――
その傷が、刻まれる先から次々と塞がっていく。
再生能力!?
肉の削ぎ落とされた部分や、リリスの剣速に再生の追いつかない部分はある。
時間さえかければそれは徐々に蓄積し、いずれ葬り去ることもできるだろう。
だが、このままでは、一分以内の決着は明らかに無理だ!
未だに、両手を振り回してリリスに反撃を試みるグール。
もちろんそんな攻撃がリリスに当たることはないが、攻撃をするほどの元気が残っていること自体が、今のこの場面では絶望を意味する。
「どこかに、グールの再生
「どこかって……どこだよ?」
「恐らく……
言われてよく見ると、グールの鳩尾の辺りに刀傷が見える。
恐らく、可憐が反撃した際に付けたものだろうが、偶然に
「リリス! 鳩尾だ! 鳩尾を狙え!」
「了解です!」
リリスが散開型から一点集中型の攻撃へ切り替える。
繰り出される無数の刺突。
しかし、グールも弱点を心得ているのか、直ぐに左手でみぞおちをガードする。
左手の損壊が激しくなれば、次は右手。
レイピアが両手を切り刻む――――が、
だめだ! あの手を
――――その時!
突然、爆裂音と共にグールの全身を灼熱の炎が取り巻いた。
再生しきっていない両手の傷から炎が進入し、皮膚の下の肉を焼く。
これって……メガファイア!?
振り向くと、数十メートル先に松明を持った紅来と、その肩を借りて魔道杖を構える立夏の姿が見える。
続けて、その背後から放たれた二本の矢がグールの両眼を正確に貫く!
「紬っ! 可憐っ! 大丈夫!?」
華瑠亜か!?
あの距離から目潰しとか……やっぱりあつ、本番につええ!!
更に、
その後ろで…………転んでいるのは優奈先生か。
みんな、来たんだ!
ほんと馬鹿だな、あいつら……。
なぜか、みんなの姿が
「ギョエエエエエエエエ――――」
痛みに絶叫を上げながら、両手を炎から出すように上に突き上げるグール。
「今だ! リリス!」
「解ってます、ご主人様」
みぞおちへ浴びせられるリリスの集中砲火!
脅威の剣速で炎が四散する!
「ウグギギギグググギエエエエ……」
さらに悶絶しながら
炎の中で、エプロンドレスを右へ左へと翻しながら、阿修羅のごとく無数の刺突を繰り出す。
巨大なグールの下半身にみるみる切り傷が刻まれていく。
――――が、今度は再生しない!
大量の血飛沫を撒き散らしながらグールが崩れ落ちるのと、リリスが青白い光となって俺の元へ戻ったのがほぼ同時だった。
「だめ! もう、時間切れ! これ以上は紬くんが持たない!」
「大丈夫! あとは、ポーチの中に入ってろ!」
膝を折り、低くなった頭部に向かって六尺棍を突き込むと、思いの外あっけなく地面に倒れるグール。
そのまま口に先端を捻じ込み、思い切り全体重をかける。
しかし……例の付加効果が発動しない!
手元に鈍い手応えが返ってくるばかりで貫通する気配がない。
やはり、何か発動条件があるのだろうか?
直ぐに隣に可憐がやってきて、俺の隣でグールの口に剣を突き立てた。
ジュブリ……と嫌な音がして、ショートソードの先端が地面に突き刺さる。
ようやく、バタバタと動いていたグールの両腕が、ゆっくりと……そして完全に沈黙する。
ふぅ……と、安堵の吐息が漏れる。
ようやく――――終わったのか?
直後、勇哉と歩牟が駆け寄ってくる。
「大丈夫だったか!?
真っ先に声を掛けてきたのは勇哉だった。
歩牟も、置いてきた俺の鞄を持っている。
「俺は大丈夫。可憐が肩をやられてるから、とりあえず痛み止めだけでも渡してやってくれ」
「解かった」
歩牟が鞄からアンプルを取り出して可憐に渡す。
「ほんと
勇哉が呆れたように、しかし嬉しそうに口を開く。
好きで逸れてるんじゃねぇよ。いつも不可抗力だ。
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