13.逸れるのが好き
「ほんと
呆れたように……と同時に、嬉しそうに話しかけてくる
好きで逸れてるんじゃねぇよ、いつも不可抗力だ。
「それにしても……何あれ? リリスちゃん? すげ~な、おい」
「まあ……な。MP消費が激しくて滅多に使えないんだけど……」
「MP? どれくらい食うの?」
「一分で約一万MPだな。スキルは別枠で」
「一万!? 桁が二つか三つずれてるだろ!? さすが、腹ペコ枠!」
ポーチに収まったリリスが、キッと勇哉を睨む。
「紬くん。
「残念ながら、使い魔で人間を攻撃するのは法律違反らしい」
「チッ」と、リリスの大きな舌打ち。
とりあえず、MPはほぼ空になっているのだろう。
MPが無くなれば、使い魔を維持する為に直接体力が削られる。
その段階までいったのかどうか……足元がふらつく。
「なんかヨボヨボしてるけど、大丈夫?」
リリスが、大して心配する風でもなく訊いてくる。
後で、優奈先生に
「それ言うなら、ヨロヨロだろ?」
「ああ、そっちもあるか……」
確かにジジ臭いと言われることもあるが、それは性格的な話だ。
「それよりよく、ギリギリまでタイミング計れたな?」
「そうね。一応、紬くんのMPの流れには注意しながら戦ってたんだけど……」
リリスの話によると、MPが残り少なく……恐らく、残り一割くらいになるとMPの"匂い"のようなものが変わってくるとのことだった。
人外独特の感性らしく、実際にどんな変化なのかはリリス自身にしか知り得ぬところだが、とにかくそこに気をつけていればかなり正確にMP管理ができるらしい。
「そんならトゥクヴァルスの時だって、ぶっ倒れる前に切り上げてくれれば……」
「あの時は私だって初めてだったし、そんなことに気づく余裕もなかったわよ」
可憐~! 紬ぃ~!
手を振りながら華瑠亜が駆け寄ってくる。
「ほんと
「勇哉と全く同じこと言うなよ」
「何かに憑かれてるんじゃないの? 一度
と、そこまで言って不意に言葉を飲み込む華瑠亜。
俺の背後を見ながら、急激に華瑠亜の表情が凍りつく。
え? マジで? そんなに悪い霊が憑いてる!?
振り返った俺の目に飛び込んできたのは怪しげな背後霊……
などではなく、フワリと宙へ浮かび上がる可憐の姿!
その細い腰に巻かれているのは――――
黒ずんだ緑色の巨大な手。
無数の刀創と、
なんつぅ生命力だよ!
「うぐっ!」
可憐の顔が苦しそうに歪む。
慌ててグールの太腿にアイアンパイクを突き立てる
……が、次の瞬間、裏拳のように放たれたグールの左手に吹き飛ばされ、思いっきり岩壁に体を打ち付けられる。
「ぐはぁっ!」
続けて、グールの左肩に二本の矢、頭部にはファイアーボールが燃え散るが、動きを止めることはできない。
可憐が掴まれているため、思い切った攻撃ができない華瑠亜と立夏。
しかし、グールのダメージもかなり深刻なのだろう。
それ以上こちらを襲う素振りは見せず、背中を向けて逃走を試みる。
「待てこら! 可憐を置いていけっ!」
追いかけようと立ち上がったが、思わずよろける。
膝が僅かに笑っている。
くっそ! 転びまくってる優奈先生など待たずに、さっさとポーションを飲んでおくべきだった。
太腿を握り拳で思いっきり叩き、喝を入れる。
「うおおおおおおおっ!」
もうちょっと……踏ん張れ!
俺の足!
リリスが与えたダメージのせいか、グールの動きもやや緩慢だ。
何とか足を動かし、太腿に突き刺さったままのアイアンパイクに飛び付く。
再生能力が失われている今なら、もう少し足へダメージを与えれば動きを封じられるかも知れない。
しかし、俺の体も直ぐに左手に掴まれ、足から引き剥がされる。
投げられる!?
岩壁に叩きつけられた歩牟の姿が脳裏を
しかし――――
俺の体を掴んだまま、みんなとは反対方向に走りだすグール。
「
後方から勇哉の声が追いかけてきたが、グールの足は止まらない。
弱ってるとは言え、やはりランクが違いすぎるのか?
両眼を矢で射抜かれ、咽喉から後頭部へは可憐のショートソードで貫かれている。再生能力を失った体躯もリリスの攻撃と立夏の魔法でボロボロだ。
にも関わらず、両手に一人ずつ人間を掴みながら駆ける生命力は驚愕に値する。
しかも、迷いがない。
両目を潰されているのに、なぜ?
もしかすると……
洞窟に適合進化をしたのであれば、コウモリのように音や超音波の反響で自分や対象物の位置を測れるようになっていたとしても不思議ではない。
となれば、この暗闇の中、皆が再び追いついて
やはり、自力で逃げるしかないのか?
川の向こうは恐らくやつの食事場だ。
そこに行くまでになんとか逃げ出さないと!
「可憐! 大丈夫か!?」
「あ……ああ」
暗闇で表情を伺い知ることは出来ないが、声の様子ではかなり弱っている。
可憐の腰に食い込んでいたグールの右手を思い出す。
ダメージの大きい左手で掴まれてる俺ですらこれだけ苦しいんだ。
あれだけ強く握られては、可憐の苦しさは相当なものだろう。
「リリス? いるのか?」
「う……うん。さっき食べたお菓子、吐きそう……」
乗り物酔い!?
ってか、いつお菓子食ってたんだよこいつ!
「でっかくなれるか!?」
「無理! でっかくなるだけでも、一秒で一五〇MP以上消費するからね? 数秒で紬くん死んじゃうよ?」
だよなぁ。
数秒って、正確にはどれくらいなんだろう?
リリスの剣技で、この手だけでもなんとか外せないだろうか?
そんなことを考えているうちに、気が付けば切り株のトーチが見えてくる。
徐々に、暗闇の中からぼんやりと浮かび上がる可憐の顔。
左右交互に手を振っているためはっきりとは見えないが……血の気がない。
「可憐! 聞こえるか? 可憐!!」
「…………」
駄目だ、時間がない!
川を越えられたら逃げることもままならなくなる。
一か八かだ!!
「リリス! でっかくなってこいつの指を切り落とせ! 足を狙って転ばせるだけでもいい!」
「はあ? 無理よ! 言っておきますけど、今の紬くんのMPじゃ
六尺棍……そっか、忘れてた。
そんなものも必要だったんだ……
グールが走りながら、転がっていたケイブドッグの屍骸を蹴り上げる。
川はもう目の前だ。
万事休すか?
その時――――
ドゥオオオオオォォォォォーーーーン!!
グールの直ぐ背後で、けたたましい爆裂音と共に炎がヴワッと広がる。
爆風でよろめき、前のめりに倒れるグール。
爆炎が俺と可憐の体をも包み込むが、前のめりで両腕を突き出したグールの体がちょうど影となり、軽い火傷は負ったものの奇跡的に大きなダメージは免れる。
これは……メガファイア!?
いや、弱っているとは言えグールの走る速度はかなりのものだったし、ましてや足を怪我している立夏が追いつける筈がない。
ならば、これは――――
カウンターマジックかっ!?
そうだ!
紅来の仕掛けたトラップがもう一つ残っていたんだ!
グールの右手から投げ出され、そのまま目の前の川に落ちる可憐。
「かれーん! しっかりしろ! かれーん!」
しかし、俺の声に反応することなくゆっくりと川へ沈んでいく。
流れも速い。
可憐の青ざめた顔が
俺も、力の抜けたグールの左手から抜け出し、急いで川の方へ向かう。
途中、一瞬だけ振り返ってグールを確認する。
背中で小さな炎がプスプスと燃え広がっているのが見えたが、動く気配はない。
死んだのだろうか?
しかし、今はそれどころじゃない!
急いで川辺へ駆け寄ると、可憐が川底を転がるように流れて行くのが見える。
……が、トーチの明かりが届くのもそろそろ限界だ。
これ以上もたもたしていたら見失ってしまう!
「リリス! 悪い! 川に飛び込むぞ!」
そう叫んだ時には既に、川へ向かって地面を蹴っているところだった。
ザバーン、という入水音と共に、体温が一気に奪われる。
夏とは言え地下を流れる山水は非常に冷たい。
可憐を掴まえて、一旦水面に引き上げる。
「可憐! 大丈夫か? 可憐!」
早く岸に上がろうと見渡すが、既に川の両岸はトーチ付近のような低い川原ではなく、切り立った岩壁に囲まれていた。
いや、両岸だけではない。天井もだ!
地下空洞のエリアを超え、川は再び反対側の壁の穴へ流れ込んでいく。
穴の天井が段々と低くなり、徐々に顔を出せる隙間も少なくなっていく。
「可憐……、ゴボ! 可憐……、ゴボ! かれ……ゴボボボ……」
最後に大きく空気を吸い込んだ直後、ついに、俺と可憐の顔が完全に水没する。
二人抱き合ったまま流されていく……真っ暗な水中洞窟。
可憐と俺の服の下でほんのりと輝くライフテールだけが唯一の光……。
「ほんと
「ほんと
勇哉と華瑠亜の顔が交互に蘇ってきた。
また逸れちまうのか……。
可憐を抱き寄せ、唇を重ね、僅かに残った体内の空気を可憐と共有する。
しかし……それも長くは持たない。
徐々に苦しくなる息。
ついに絶えられなくなり、可憐から口を離す。
肺が空気を求め口を大きく開けるが……体内へ流れ込んでくるのは冷水のみ。
薄れゆく意識の中、可憐の胸の光が次第に弱くなっていくのが見える。
恐らく、俺のライフテールも同様だろう。
同じ言い訳だけが頭の中で繰り返されている。
好きで逸れてるわけじゃないんだよ、ほんと――――……
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