12-1.メシアコンプレックス <その①>

救世主妄想メシアコンプレックスだ」


 この声は……!?

 思わず振り返る〝愉快な仲間チーム〟の面々。

 声が聞こえてきた場所――階段の下からユラリと姿を現したのは……。


毒島ぶすじま!」「毒島さん!」「毒島っち!」「ぶっしー!」「胸板!」


 チームの全員が、異口同音にその男の名を呼ぶ。


「ったくてめーら……呼び方くらい、どれかに統一しろや……」


 咬創に埋め尽くされた全身から血を吹きながらこちらへ歩いてくる巨体……毒島!

 歩いたあとからすぐに、磨き上げられたライムストーンの床に赤黒い足跡が点々と置き去りにされていく。


 あんな状態……俺ならとっくにぶっ倒れてるだろう。

 まさに満身創痍といったありさまだが、しかし、その足取りは毒島の状態とは裏腹にしっかりとしている。

 バケモノか、あいつは!?


「白銀の聖女……やっぱりお前、精霊憑きだったんだな」

「やっぱり?……とは、どういうことだ?」


 問い返したのは兵団の盗賊シーフ貝塚かいづか

 毒島が、ジロリとそちらへ視線を走らせる。


「自警団の災害研究室の分析で、その可能性が高いって結論が出たんだよ」

「災害研究室……? あんた、自災研の人間だったのか」

「ティーバ研究室の首席分析官、毒島豪鬼ごうきだ」


 あのガタイで分析官? デスクワークってガラかよ!?


「ここ数年、各地の墓地系セメタリーエリアでもない場所で、不死系アンデッドの出現報告が増えていたのは、知ってんだろ」

「ああ……それは兵団内でも、話題には上っていたが……」

「極秘でそれぞれのケースを調査していたところ、謎のアンデッド出現現場のほとんどで姿を見せていた一人の人物の名が浮かび上がった」

「一人の人物……それって……」

「そう……あんたらの聖女様、そこにいる白浦峰聖しらうらみねひじりさんだよ」


 そう言うと毒島は、再び聖さんの赫奕かくえきたる紅蓮の赤眼を睨みつける。

 だが、あの瞳に今も、聖さんの意志は宿っているのだろうか?


「でも、それは当然だよぉ……」


 魔導杖を構えたまま、寿々音すずねさんが声を揚げる。


「兵団内だって〝聖者セイント〟の数は十人もいるかいないか。さらに聖さんクラスともなれば、アンデッドが出れば頻繁に出動要請がかかるのは当たりまえ……」

「ところがそうじゃねぇんだよ」


 寿々音さんの言葉に割って入る毒島。


「こちらが入手した出動記録の詳細によれば、アンデッドが出現しているのは、ほとんどのケースで聖女様の派遣後だ」

「なるほどぉ! ……ということはぁ、どういうこと?」

女僧侶プリーステスとして通常の回復支援任務におもむいた先で、偶然にも謎のアンデッド出現事件が頻発してんだ。それを聞けば、どんな鈍い奴でもピンとくるだろ」

「まさか毒島あんた……アンデッドは聖さんが呼び寄せてたとでも!?」


 再び貝塚が、苛立いらだった感情を隠しもせず毒島に食ってかかる。

 だが、毒島の視線が聖さんから再び離れることはなかった。


「呼び寄せていたのは聖女様自身というよりも……その中の精霊さんの力だろ?」


 緑色に輝く退魔剣〝玄武〟の切っ先を聖さんに向けながら、一歩二歩と彼女に近づく毒島。この場にいる誰もが、彼の纏う並々ならぬ殺気に息を飲む。


「ま、待てよ毒島あんた! 精霊が使役者との契約もなく、現界でそんな力を使えるはずがねぇだろ!」

「契約をしたんだよ。そこの聖女様とな」


 貝塚の怒声に即答した毒島の声色は……確信に満ちていた。


「この件に関しちゃ、そこの聖女様だって被害者なんかじゃねぇ。共犯者だ!」


 そうだろ、精霊さんよ!?という毒島の問いかけに、彼らのやりとりを静観していた聖さん……いや、彼女の姿を借りたタナトスが口角こうかくを上げる。


『そうだ。白浦峰聖このおんなは、自らが救済の旗手となるために契約を結ぶことを選んだのだ』

「そんな……聖さんが……」


 タナトスに支配された聖さんを、貝塚と寿々音さんの二人が呆然と眺める。


『この女の〝救世主〟への願望……いや、渇望が私の眠りを覚ました。そして私は、その一瞬でこの女の本質を理解し、契約を持ちかけたのだ』

「つまり……おまえがアンデッドを召喚し、聖女様がターンアンデッドで人々を救う……そういう筋書きってわけだ」

『そうだ。あのままではいずれ、この女のゴミのような寿命とともに私も消え去る運命だった。しかし、私が現界で依り代とするに相応しい霊体さえ見つかれば……』


 なんだそれ? それが本当なら――


「とんだマッチポンプね」と、肩の上でリリスが憤然として腕組みする。

「最初からおかしいとは思ってたのよね」

「何が?」

「いい人すぎたのよ、あの聖女様。巨乳はだいたいアホか性悪しょうわるしかいないから」

「珍しく、リリッぺと意見が合いますね」と、メアリーも深く首肯する。


 とんだ偏見だ。いや、逆恨みと言ってもいいかもしれない。


「まてまて。聖さんはともかく、優奈ゆうな先生は性悪でもなんでも……」

先生あっちはアホ枠よ」

「…………」

「そもそも、なんであの巨乳聖女、飯屋にコンプレックスなんてあるのよ? 意味分かんないし」

飯屋めしやじゃねぇ! 救世主メシアだ!」


 ちっぱいだってアホは多いみたいだな、リリス。


「で……そこの黒い姫様が、おまえの求めていた依り代、ってわけか?」


 聖さんの体との距離を詰めながら、さらに質問を重ねる毒島。


『そうだ。これだけの高位の霊体であれば問題はない。精霊界には戻れぬが……これで、霊体としてこの世で存在し続けることはできる』

「その聖女さんはどうなる?」

『死にはせん。ただ、私が抜ければ今後は聖者セイントとしての働きは望めぬだろうな。だからこそ、これまで低ランクのダンジョンしか選ばなかったのだろうが……』


 なるほどな……。

 普段なら低ランクのはずのトミューザムが、一時的にランク上昇していたことで、伏姫なんていうものすごい霊体アンデッドまで呼び出してしまったんだろう。

 聖さんにとっては誤算だったはずだし、だからこそ、伏姫が現れた時に彼女は、慌ててここから立ち去ろうとしたんだ。


 救世主妄想メシアコンプレックス――まあ、簡単に言えば俺TUEEEEおれつえ~したい、って心理と似たようなものだ。

 ただ、聖さんのように、自分は不幸だと気持ちを抑圧してきた人間がこじらせたことで、自分の幸福を確認するための手段になってしまったのかもしれない。

 低い自尊心を、〝ノブリス・オブリージュ〟による自己有用感で満たしていたということだ。


「でも、やっぱり、ちょっとおかしくない?」


 紅来くくるが疑問を挟む。


「アンデッドだろうが通常モンスターだろうが、呼び出すには召喚の儀式が必要なはずだよ。でも、聖さんが魔法円を描く素振りなんて一度もなかったじゃん」

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