12-2.メシアコンプレックス <その②>
「アンデッドだろうが通常モンスターだろうが、呼び出すには召喚の儀式が必要なはずだよ。でも、聖さんが魔法円を描く素振りなんて一度もなかったじゃん」
「そりゃ……あれじゃねぇの? あのタナトスって精霊が憑いてたから……」
「ううん」と、俺の言葉の終わらぬうちに首を振る紅来。
「現界の
「そ……そうだ、その嬢ちゃんの言う通りだ。これまで一度も、
フハハハハハ……と、タナトスが高笑いを揚げる。
『失礼……本来は人間的な喜怒哀楽など持ち合わせてはいないのだがな。現界での生活が長くなると、そういった感情も芽生えるらしい』
「な、なにが可笑しいんだ!」
『召喚の儀式だのなんだのと……私ほどの精霊が憑いていて、そんなものが必要になると思うのか?』
そう語るや否や、突如として闇色の球体が聖さんの肢体を包み込む。
まるで地球を大循環する大気のように、球体の表面で
ほどなくして、球体の遠心力で拡散するかのように消え去ったその中から現れたのは……やはり、聖さんだった。が、しかし――
先ほどまで身に着けていた修道服も、いや、それどころか肌着も下着も全て消え去った、一糸も纏わぬ裸体。
対流に
だが、全員が目を奪われたのはその美しい
白い肌をびっしりと埋め尽くすように描かれた大小の魔法円!
胸元と腹部には一際大きな魔法円が、そして、それを取り囲むように描かれた、腕、乳房、太ももの小さな魔法円が、全身で漆黒の輝きを放つ。
まるで、小泉八雲が編著した「耳なし芳一」の魔法円版だ。
『この身体自体が、いまや魔法円の化身なのだ。私と共にあるかぎり、
「まさか……こんな……」
これまで〝白銀の聖女〟と慕ってきた聖さんの真の姿を目の当たりにして、呆然と立ち尽くす貝塚と寿々音さん。
『私は死王タナトス。魔法円さえあれば、人に
――と、タナトスの言葉が終るや否や、俺たちの円陣を切り裂くように駆け抜け、一気に聖さんに肉薄する一陣の黒風。
毒島っ!!
まさに一瞬間の縮地。
つい今しがたまで、六、七メートルは残っていたであろう聖さんとの距離。
――が、気が付けば、毒島に握られた緑の刀身がゼロ距離から聖さんの腹部を貫いていた。
最も大きな魔法円を消し去りながら、彼女の胴体を宙に浮かせる。
「ぶっ……毒島あぁ――――っ!!」
気色ばんで雄叫びを上げる貝塚。
と、同時に力の抜けた聖さんの裸体が、毒島にもたれかかった。
「心配するな。この緑の霊光は破魔活人の
「破魔……活人?」
「ああ。玄武で人は斬れねぇ。ただ……」
ぐったりとした聖さんをその場に寝かせながら、遅かったか……と独り
「やっぱ本体は……すでに、そっちか」
伏姫を睨みつける毒島。
『これだけ高位の霊体が目の前に現れてくれたのだ。いつまでもそんな
そう言ってニヤリと笑ったのは、今やすっかりその姿を現した伏姫。
周囲を取り巻いていた黒粒子は消え去り、宙に浮かんでいるのは三メートルはあろうかという巨大な女性だ。
突然、ダークブレスの攻撃が止んだのは、もしかするとそのときからすでに、タナトスが伏姫に乗り移っていた
縦縞のロングスカートに黒のエプロンをつけたような下半身。
いわゆる、オランダの港町――フォーレンダムやマルケンで見られるような民族衣装そっくりの出で立ちは、ノームの集落でも見覚えがある。
肌がやや青白い以外は、人間とほぼ見分けが付かないノームの女性――。
あれが……伏姫か。
はっきりとした目鼻立ちで西欧風の美しい顔立ちではあるが、しかし、その微笑みからは明らかに陰鬱な印象を受ける。
それが霊体というものなのか、あるいは、伏姫に乗り移ったであろうタナトスの性質
「おい、女!」
と、
ハッと気付いて慌てて駆け寄った寿々音さんが、魔導ローブを脱いで床に横たわる聖さんにそっと掛けたが……。
直後、顔色をみるみる青く染める寿々音さん。
「聖さん、息してないよぉ!」
なんだって!?
死にはしないって……さっき、タナトスとかいう闇精霊は言ってなかったか!?
「私が、診ます!」と駆け寄る
釣られてメアリーも駆け出した直後、『無駄だ……』と、タナトスの一言が重々しく響く。
「この霊体を現界で維持するには人の生気が必要……。
そう言い終えると同時に、伏姫の顔がさらに陰鬱に、そして邪悪に……その口角を上げながら大きく
もはや、そこに浮かんでいるのは不憫で美しい女性の霊体などではない。
ただひたすらに人間の生気を求める邪悪な悪霊。
「戦闘力六万……七万……まだまだ上昇している!?」
肩の上でリリスが、片目に手を当てながらさらに続ける。
「戦闘力……十万! ま、まさか、地球人がこんな……」
地球人っつ―か、亜人だし、幽霊だし……。
「っていうかリリス、そんな計測能力みたいなの持ってたのか?」
「ああ、ほら……
故障してんのはおまえだよ、リリス……。
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