13-1.霊姫の顎門(あぎと)<その①>

 まるで一昔前に流行はやった口裂け女のごとく、宙に浮かぶ霊姫の顎門あぎとが上下に大きく開かれる。


「失礼しんす!」

「え? うわっ!」


 巨大猫ブルーが再び俺を咥えると、直後にその場から跳び退すさる。

 ――と、次の瞬間、辺り一面を暗晦あんかいに変える漆黒の霊気。

 先ほどよりも、明らかに闇の純度を増した高位霊体の飛び道具ダークブレスだ。

 俺の髪の毛に掴まりながら「ま、まさか……第二形態だと!?」と、リリス。


 やかましい! まだやってんのか、こいつ?


 ブレスが霧散したあとに残ったのは、腐食したように赤黒く変色したライムストーンの床。

 詳しい知識は持ち合わせていないが、あのブレスに触れたらやばいことになるのだけは間違いなさそうだ。 


 さらに、周囲のメンバーに対しても次々とダークブレスを撃つ伏姫。

 いや、もはや、あれはタナトスと呼ぶべきか!?

 かろうじて、ブレスを避けて散開する俺たちを……しかし、特に慌てる風でもなく静かに眺める青い瞳。いや、むしろその口元には余裕の笑みすら浮かべて……。


『んん――……。いいぞ……。予想以上だ。高位霊体の体、馴染む……馴染むぞ!』


 試運転はこんなものか、と呟きつつ、伏姫……いや、タナトスが鋭い視線を投げかけたその先には――。

 チイッ……と、大きな舌打ちを鳴らす毒島ぶすじま


『まずは一番厄介そうなおまえからだ、退魔剣の男!』


 霊姫の顎門あぎとから一直線に伸びるダークブレス。

 これまでの攻撃とは比べ物にならない速度で、数メートルの黒い射線を宙に描く。

 反応できない毒島の眼前に迫る闇の霊気!!


 ――いや、違う?

 反応できないんじゃない。

 毒島の後ろで、ひじりさんに対して必死に回復呪文ヒールを唱え続ける優奈ゆうな先生とメアリー。

 さらにその横には、聖さんに付き従うように身をかがめる寿々音すずねさんの姿も。


 そうだ……毒島がブレスを避ければ、後ろの優奈ゆうな先生たちが直撃を受ける。

 毒島あいつ、盾になるためにわざとっ!?


 緑色の防壁を描くかのように、眼前に迫ったダークブレスを退魔剣〝玄武〟が薙ぎ払う。

 鋭く伸びていた黒の射線が、毒島の前であえなく霧散した。


『ほほう……その剣はそんな使い方もできるのか』

「闇を斬り、闇を防ぐのが退魔剣。その器がどれだけ高位霊体であろうと、不死系アンデッドであるかぎり属性優位に立っているのはこっちだ!」

『なるほどな……。では、これならばどう防ぐ?』


 どこか楽しむような口調とともに、再び不気味な闇霧を、その大きく開いた顎門に蓄える伏姫タナトス

 だが、今回は口元に添えた両手の平で、放射直後のブレスを拡散するように前面に展開する。

 射速は、先ほどの直線的な攻撃には劣るものの、上下左右に拡散した広角ブレスが、徐々に毒島たちを取り囲む。

 あたかも、黒い津波のように。


「くっそ……おいテメーらっ! 聖女さんを置いて逃げろ!!」

「そんなことできるわけないだろ、ばかぁ!」


 前を向いたまま叫ぶ毒島に、寿々音さんがすかさず怒声で切り返す。

 さらに、優奈先生も――


「ダメです! 今、術を中断すれば心臓が完全に停止してしまいます!」


 優奈先生もメアリーも……毒島の声に従うことなく呪文詠唱を続ける。


「お、おい、ブルー! みんなを助けろ!」

「みんなは無理でありんすぇ。どなたかをお選びくんなまし」


 事務的なくるわ言葉という、なかなか珍しい口調で答える大猫ブルー

 んなもん……選べるわけね―だろっ!

 さらにブルーが、ゆっくりと言葉を繋ぐ。


「急いでくんなまし? どなたも助けられなくなりんすよ?」

「なにこのバカ猫? 緊張感のないわねっ! さっさと全員連れてこぉい!!」と、両腕を振り上げたリリスの先輩風が吹きすさぶ。


 おまえが言うな! ……と、心中ツッコミはしたものの、全員の身を案じる気持ちがある分、まだマシか。

 獣人進化したとはいえブルーは……やはり魔物は魔物なのか!?


 前に出た毒島が、退魔剣でブレスの消散を試みるが……あれだけ範囲が広くては、たとえ毒島あいつでも全てを薙ぎ払うのは無理だ。

 払いきれないブレスが聖さんたちのもとへ到達すればどうなるのか? 赤黒く変色したあの石床を見れば、無事で済まないであろうことは容易に想像がつく。


 誰かを選べだって!?

 例え優奈先生とメアリーの二択だとしたって……そんなの選べるはずがない。

 せめて、先生とメアリーだけでも早く逃げてくれっ!!


 そう叫ぼうと口を開いた次の瞬間、「うおおお――――っ!!」と、雄叫びを挙げながらブレスの隙間へ突っ込んでいく人影――。


 ゆ、勇哉ゆうや!?


 直後、それを待っていたかのように、周囲に残っていたブレスが一気に先生たちのもとへ集束する。同時に暗霧の中心から響く勇哉の雄叫び。


最後の聖楯ファイナルシールドぉ――!!」


 一瞬、大気を切り裂くかのような閃光が一直線に天井へ向かって伸びる。

 な、なんだ? 何が起こってる!?

 徐々に薄らいでいく暗霧の奥から浮かび上がったのは……。


 ブレスに取り込まれる前と同様、呪文詠唱を続ける先生とメアリー。

 もちろん、聖さんや寿々音さん、そして……勇哉も無事!


「上級職、楯騎士ガーディアンのスキル、ファイナルシールド! 次元断層を形成することで、一定時間すべての攻撃から無敵状態になる上級スキルだぜ!」


 いつもはちょっと鬱陶しい勇哉の説明セリフも、今の俺にとってはまさに福音ふくいん

 いや、他のみんなにとってもそれは同じだろう。


「勇哉、すげぇ――――っ!」

「知り合いのガーディアンに魔力の練り方を教えてもらってさ。まだ効果時間は短いが……俺の巨乳天国をこんな所でついえさせるわけにはいかねぇからなっ!」


 せっかくの大活躍を台無しにするまでが定期? っていうか、勇哉――


勇哉おまえ……楯は?」

「バカかおまえ? ファイナルって言ってんだから、発動と同時に楯はぶっ壊れるに決まってんじゃん。あんなの、何回も使えたらやべぇ―だろ」


 そりゃヤベェけど……じゃあどうすんだよ、この後は?

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