13-2.霊姫の顎門(あぎと) <その②>

勇哉おまえ……楯は?」

「バカかおまえ? ファイナルって言ってんだから、発動と同時に楯はぶっ壊れるに決まってんじゃん。あんなの、何回も使えたらやべぇ―だろ」


 そりゃヤベェけど……じゃあどうすんだよ、この後は?


「おい、幽霊野郎! おまえの狙いはこっちだろっ!」


 タナトスの注意を引きつけようと声を張り上げる毒島。

 しかし、あれでは……。


「時間稼ぎにしかならないよ」


 いつの間にか、俺のすぐ横に近づいていた紅来くくるが、宙に浮かぶ伏姫タナトスを見上げて眉をひそめる。


「とにかく、あのタナトスって奴があの位置じゃ毒島っちの攻撃が届かない。なにかダメージを与えること考えないと、いくら時間を稼いだって……」


 確かにそうだ。

 いくら毒島がタナトスの注意を引いたところで、こちらの攻撃がタナトスに当たらないんじゃ、事態はいつまで経っても膠着こうちゃく状態……どころかジリ貧だ。


華瑠亜かるあ、おまえの飛び道具ボウガンでなんとかなんないのか!?」

「む、無理よ……。たとえ攻撃が当たったってADSTなしじゃ……。それに、仮に当たったところで、連弩ボウガンの威力なんて意外と弱いんだからね?」


 そう言いながら、ヒールを詠唱し続ける優奈先生に目を向ける華瑠亜。


 そうだ、アディショナルスティグマA・D・S・T――追加聖痕!

 中身は精霊タナトスだが〝器〟の伏姫は霊体アンデッドだ。ゲーム脳的な発想だと、器を破壊しなければ中身にもダメージが通らないような気がする。

 いや、そもそも精霊だって、普通に物理攻撃が通用するんだろうか?


 とにかく今は、先生とメアリーの二人掛かりで聖さんの蘇生を試みている最中だし、とても、ADSTために中断できるような雰囲気じゃない。


「ほら! こっちだ、幽霊野郎ぉ――っ!!」


 さらに距離を取る毒島をゆっくりと目で追っていた伏姫タナトス……だったが、おもむろに聖さんたちへ視線を戻す。

 ――その面輪おもわを邪悪に破顔させながら!


『フハハハ! ……馬鹿め。私の目的ははなから白浦峰聖そのおんなの肉体だ』

「な、なにぃ!?」

『ふん……そんな退魔剣オモチャ一本で、本当に私が脅威を抱くとでも思ったのか? 毒島おまえなどいつでも始末できる。それよりも問題は……』


 伏姫タナトスが、聖さんを指し示すように軽く顎を上げる。


白浦峰聖そのおんなの中にこびり付いている精霊体の残滓。それだけは、その女の肉体を破壊せねば解放することが出来ないのだ』

「くっ!!」


 タナトスの述懐の途中で、すでに毒島も、聖さんたちの元へ再び駆け出していた。

 だがしかし――。


『もう遅いっ!!』


 伏姫タナトス顎門あぎとから放射される高速の闇の吐息ダークブレス

 必死に駆け戻る毒島の速度よりもさらに速く、聖さんの元へと伸びる闇の射線!


『これでようやく、私も完全体に戻れる!』


 勝ち誇ったように、絶望の凱歌を奏でるタナトス。

 だ……だめだ! 間に合わない!!


 優奈先生、メアリー、寿々音さんと聖さん、そして勇哉……。

 闇の粒子に飲み込まれた五人の体が一瞬にして腐食し、骨だけを残して床に零れ落ちる。

 いや、残った骨も一瞬間遅れただけで粉々に砕け、塵と変わり、霧散する。


 ――そうなるはずだった。

 しかし、思わず目を瞑りかけたその瞬間に俺の視界の中で掻き消されたのは、五人の手前で四散したダークブレスの方だった。


「!!!」『!!!』


 部屋にいた全員が、タナトスまで含めてその光景に目を見開き、驚愕する。

 消えゆくブレスの向こう側で、伏姫タナトスに向かって魔法小杖マジカルステッキを突き出すように立っているのは……。


「め……メアリー!?」


 よく見れば、聖さんたちをとり囲むように周囲で白光を放つ三つの小石。

 あれは……結界石!?


聖域結界サンクチュアリですよ」


 誇らしげにメアリーが呟く。


「通常、あのクラスの相手に簡易結界など無意味なのですが、不死系アンデッドに対する聖なる力ホーリーパワーの抵抗力だけは桁外れなのです」

「す……すげぇじゃねぇかチビッ子!」


 満面の笑みを浮かべながら、メアリーの金髪をグシャグシャと掻き乱すように撫でる勇哉。

 それを鬱陶しそうに見上げながらも、満更でもない様子のメアリー。


 そうか……。

 メアリーがずっと詠唱していたのは回復呪文じゃない。結界詠唱だったんだ!


「パ……パパも、褒めたかったら褒めたっていいんですよ?」と、はにかみながらも半強制的に賞賛を要求するメアリー。

「お……おう! よ、よくやった、メアリー!!」


 俺の言葉に、メアリーも満足そうに満面の笑みで答える。


「ちょ……ちょっと待って……」と、肩の上で漏らしたのはリリスだ。

「なんだ?」

「これってもしかして……あのチビッ子が全部美味しいとこ持ってった感じ!?」

「……はい?」

「このダンジョンの、トータルの活躍度は、まだ私の方が上よね?」

「な、なんの話をしてんの、おまえ?」

「序列の話よ! なんかあのチビッ子の印象が強くなっちゃったみたいだけど、紬くんはちゃんと、使役者として私の活躍も公平に評価してもらわないと……」

「し、知らね―よっ! その話、いま必要!?」

「最優先だよっ!」


 序列はまだ、私の方が上だよね? と、俺の耳元で声を顰めるリリス。


「リリッぺ! メアリーのいないところで序列の話は禁止ですよ!」と、メアリーが眉を吊り上げる。

「あ、あいつ……聞こえてんの!? なんて地獄耳よ……」

「壁に耳あり障子にメアリーです!」

「……つ、紬くん、どうなのよあの駄洒落は? かなりのマイナスポイントよね?」


 マイナスポイント勝負じゃ、いい勝負だからなおまえら?


『まさか……結界術を使える者がいたとはな……おまえ、人間ではないのか?』

「ノームですよ。この偉大なるダンジョンを築いた偉大なる種族の末裔にして、偉大なる巫女シャーマン、その名も偉大なるメアリーです!」


 偉大なる自己紹介!


『フン……まあいい。簡易結界ならそれほど強度も持続時間も長くはあるまい……。あとからゆっくりと始末してやろう』


 そう言いながら、今度は視線だけではなく、体ごと毒島に向き直るタナトス。

 メアリーの結界を見て足を止めていた毒島だったが、タナトスと相対あいたいして再び退魔剣を片手で構える。


『こうなれば、まずは望みどおり毒島おまえからだ』


 相変わらず、タナトスが乗り移った伏姫は宙に浮いたままだ。

 メアリーの結界のおかげでなんとか時間は稼げたが、それでもこちらの攻撃が当てられない状況が続く。


 あとどれくらいでタナトスの身体は崩壊するのだろうか?

 それまで全員、あいつにやられずにすむのか?

 と、そこまで考えたそのとき――。


「消え去りなさい――」


 弱弱しい……しかし、冷徹な囁きがタナトスの背に投じられた。

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