14.夏休みのダンジョン課題

「そろそろ、夏休みのダンジョン課題について、ミーティング始めるか」


 午後一時半――――石動可憐いするぎ邸のリビング。

 つむぎ優奈ゆうな先生以外のD班五人が集合している。

 可憐かれんの言葉を聞いて、一番最期に訪れた華瑠亜かるあが誰かを探すようにぐるり室内を見渡す。


「あれ? あいつは来ないの?」

つむぎか? 急用が出来たから欠席するって、昨日連絡があった」

「そうなんだ……じゃああいつが来られる日に設定し直しても良かったのに」


 可憐の言葉に、華瑠亜がやや戸惑った表情を浮かべる。


「なんだ、華瑠亜、紬に会いたかったの?」


 ニヤニヤしながら紅来くくるが茶化す。


「そんなんじゃないわよ! ないけど……一応あいつが班長だし……戦力としても一番低いから、課題のダンジョンもあいつに合わせた方がいいかなって」

「一応日程の変更も考えたんだが、なかなかみんなが揃って集まれる日もないし、決まったことには不平は言わないというのが紬からの言伝ことづてだ」

「そっか……了解。そう言うことなら、それでいいわ」


 じゃあ、始めましょう、と言って華瑠亜が椅子に座る。


「急用って、どんな?」


 立夏りっかの質問に、みんなアレ? という表情になる。

 立夏がそんなことを突っ込んで聞くなど、非常に珍しい。しかも、一段落ついた話をわざわざ蒸す返すよなタイミングだったから尚更だ。


「そこまでは……聞いてない」


 可憐が、少し言い淀む。

 無くしてしまった立夏の縦笛をトゥクヴァルスまで探しに行ってるのだが、立夏には話さないでくれ、と頼まれていたのだ。

 立夏も、それ以上突っ込んで聞くことはなかった。


「じゃあ、課題について話を戻そう。行きたい場所の希望のある人はいる?」


 可憐の質問に対して、希望を述べる人はいない。


「そう言えば華瑠亜、夏はオアラ洞穴に行きたいって言ってなかったっけ?」


 以前から同じ戦闘実習班だったうららが、ふと思い出したように訊ねる。


「そうね~。でも、大した理由じゃないわよ?  あそこなら海も近いし、ついでに海水浴できるかなぁ、って思っただけ」

「でも、結局、選ぶ理由なんてそんなもんよねえ」


 紅来の相槌にみんなも頷く。


「ダンジョンランク、D、E、F限定でしょ? どこ選んでも大した収穫ないしね」

「じゃあ、一応、私が考えた候補だけ言うから、異論がなければそこから選ぼう」


 可憐が、何かメモが書いてあるA4サイズほどの紙をテーブルに乗せる。


「まず最初が、ソークァリーマウンテン。主な収穫物は各種魔鉱石だな。武器や防具の強化に使える。港が近いので、魚介類の食べ放題なんかも楽しめる」


 食べ放題はいいかも~、と言った声が上がる。


「二つ目は、シーグロウ遺跡。収穫物は海底魔鉱石。結構貴重品なので収穫物としては一番美味しいと思うけど、レジャースポットは特になし」


 ないな、ここはない……と言った声が上がる。


「三つ目は、さっきも挙がってたオアラ洞穴。ダンジョンの収穫物はあまり期待できないが、海水浴が楽しめるのと、紅来のうちの別荘があるので宿泊代が浮く」


 これだね、これ! と言った声が上がる。


「これ以外になければ、三箇所の中で決を採るけど、いいか?」


 全員、了解、と言うように頷く。

 結局、可憐以外が全員オアラ洞穴を選んだので、可憐の意見を確認するまでもなくオアラ洞穴に決まった。


「じゃああとは、オアラについてまとめた資料があるから、茶でも飲みながら目を通していってくれ」


 そう言うと可憐は、学校提出用の計画書類を書いてくると言って席を立った。

 可憐が二階へ上がったのを見届けて、立夏が、自宅に電話をするため家政婦の文子さんに電話を借りる。


『はい、もしもし』


 電話口に出た女性は――

 紬の母だった。


「紬くんのクラスメイトで雪平立夏ゆきひらと申しますが、紬くんはいらっしゃいますか?」

『ごめんなさい、今、外出してるのよ』

「どちらに出かけられたか、お解りになりますか?」

『ええ。トゥクヴァルスに行くって言って、今朝早く出かけましたよ』


 ほんと、この前あんなことがあったばかりなのに、あの子ったら一人で出かけちゃって……と、紬の母の愚痴が聞こえる。


「わかりました。どうも失礼致しました」


 立夏は静かに通話器を置いた。


               ◇


 キャンプ場に着いたのはお昼前だった。

 時間は、前回より少し掛かった位だが、感覚的には倍くらい登った気がする……。

 優奈先生は、何度も転んだせいで、せっかくのお洒落スカートも、あちこち土で汚れてしまっている。


「茶色のスカートでよかったぁ! 白系統だったら汚れが目立っちゃってたよ」


 ここまで転んで不幸中の幸いで済ませるとか、ドジっ子適性高いな。

 休憩所で軽食を取ったあと、しっかり入山記録を付けて、キラーパンサーと戦った川原まで降りる。

 俺も、六尺棍ろくしゃくこんを出してブルーも召喚する。


「やだそれ、可愛い!」


 ブルーを見て優奈先生が歓声を上げる。

 ハーレム物の主人公としては、★5のままテイムするよりも、これはこれで役立つかも知れないな。


「見た目、ただの青い猫ですけど、一応ベビーパンサーらしいです」

「そうなんだぁ。可愛いねぇ。 私もテイマーになればよかったなぁ!」


 すいません優奈先生。

 ノートの設定上、先生には回復術士ヒーラーの道しかなかったんです……。


「よし、ブルー! 適当にその辺のモンスター退治してろ!」


 俺の言葉を聞いてブルーが早速、林の入り口辺りに居たスライムを潰した。

 直後、今度は草むらに飛んでいる蝶々に向かってジャンプする。

 狩りと言うより……動くもの相手に遊んでるだけのようだ。


「ブルーって言うんだ……青いから?」

「そうです」

「ぷぷぷっ」

「なんですか?」

「単純だなぁ~、と思って」


 それを優奈先生に言われるのはなんとなく釈然しない。


「じゃあ、早速探す?」

「もう探してるんですけど……ありませんねぇ……」


 この辺りは、勇哉ゆうや可憐かれんがテイム前のブルーとやり合ってた場所だ。俺も、笛で殴ってブルーの注意を惹いたことまでは覚えている。

 そのあと、みんなから引き離す為にあっちへ走って――


 ゴロゴロと石が転がる川原を見下ろしながら、走ったルートを辿る。

 あの時は、笛、持ってたっけな?


「きゃ!!」と、後ろから優奈先生の悲鳴が聞こえた。

「どうしました!?」


 振り返ると、石に躓いて転んだらしい優奈先生が尻餅をついている。

 先生の手を取って助け起こす。今日で何度目の光景だろう。

 骨盤だか股関節だかの不調で、左右の脚の長さが違ってる人が結構いるって聞いたことあるけど……優奈先生もそれなんじゃないのか?


「先生は、あまり歩き回らなくていいです。俺が探しますから」

「はい……」


 リリスもポーチから顔を出して、辺りをキョロキョロと見回す。


「何か見つけたら教えてくれ」

「一応探してはいるんだけど……私が紬くんを発見したとき、確か何も持ってなかったと思うよ?」

「ってことはやっぱり、あの直前で体当たりされた時かぁ」


 土手をよく見ると、今の水位よりも五十センチほど高い場所まで水面の跡が付いている。土の湿り具合から結構最近に付いたようだ。

 恐らく、あの日の雨で少し遅れて増水したんだろう。

 あそこまで水嵩が増したのならこのあたりも水没したはずだ。


「先生! すみません、下流の方見てきますので、少し休んでて下さ~い!」

「え~、私も行くよ~!」


 先生が慌ててこちらへ歩いてくる。

 責任感からかも知れないが、正直、居ないほうがはかどるんだけど。

 あ、ほら! また転んだ!


               ◇


 川原沿いに、下流方面へ歩くこと三十分。

 水位が増した時に流されたのなら、あるのは川の中だけとは限らない。

 ゆっくりと川原も探索しながらなので距離はそれほど進んでいない。


「みんな今頃、課題の話し合いしてるのかなぁ……」


 優奈先生が思い出すように呟く。

 昨日の電話で、その辺りのことも可憐から聞いているらしい。


「ああ、そうそう、何なんですか? その夏の課題って……」

「え? 紬君、去年やらなかったの?」


 やばっ……またうっかり、常識的なことを聞いてしまった?


「ん~っと、どうだったかなぁ……そう言えば去年は、夏風邪をひいてずっと寝込んでいたような記憶が……」


 元の世界と同じなら、優奈先生は今年赴任してきたはずだから、去年の俺の事は知らないはずだ。


「そうなんだぁ。簡単に言うと、適当なダンジョンを選んで攻略して、そのレポートを書くっていう宿題だよ」

「それって、戦闘班単位でやるんですか?」

「うんうん。でもD班は回復役ヒーラーが居ないし、私も戦闘実習以外は手伝えないから、回復はポーション頼りになっちゃうね」


 そっか。優奈先生は参加できないのか。

 がっかりしたような、ホッとしたような……。


「戦闘班って、ちょくちょく組み替えするんですか?」

「ううん。もうクラス替えもないし、基本的にはこのままずっと卒業まで一緒のはず。先日、突然組み換えがあったのは……なんでだろうね? 例外中の例外」


 そっかぁ……。

 となるとやっぱり、回復モンスターが欲しいよなぁ……。

 立夏の話だと、ブルーもヒールパンサーとかに進化できるって言ってたな?


「もう行き先決まってるかも知れないけど、みんなにはくれぐれも無理しないように伝えておいてね」

「わかりました」


 気がつけば、川の行く手からこれまでとは違った、激しく水のつかる音が聞こえてきた。近づいてみるとやはり――滝だった。

 滝の周囲は断崖絶壁。直接降りるのは無理そうだ。

 マップを確認すると、迂回して下に降りるにはかなり大回りをしなきゃならなそうだが――


 仕方ない! やるしかない!

 そう思って来た方向へ戻ろうとした時、リリスの声が響く。


「ねえ、紬くん! ちょっと、あれ!」


 リリスの指を差す方向に視線を移すと……あった!

 水が落下を始める直前の岩の亀裂に、縦笛がすっぽり収まっている!


「あったぁ~!!」


 実は、ここまで来て見つからなかった時点で、かなり厳しくなったな、と覚悟を決めてたんだが……それが、こんなギリギリで見つかってくれるとは!


「でかした、リリス!」

「でもあそこ、かなり取り辛いね……」


 確かに……。

 滝に向かって水が集まっている場所なので、水位が高く流れも速い。


「私、ちょっと行ってみるよ」


 優奈先生が何を血迷ったのかスカートをめくり始める。

 これまでの体たらくを踏まえた上で、どうしてここで転ばない自信が持てるのか理解に苦しむ。

 下手したら滝に落ちるぞこの人!


「ちょっと待って、先生! 先生は間違っても近づかないで下さい!」


 優奈先生から目を逸らしながら慌てて制止する。

 躊躇ちゅうちょ無く肌蹴はだけられたラップスカート。その隙間から覗く、マシュマロのようにふわふわした太腿に、思わず鼓動が早くなるのを感じる。


「だって……紬くんボトムスだし、捲るの大変でしょ?」


 そんな理由!?


「大丈夫です。下なんて脱げばいいし、そもそも、ボトムスが濡れるくらいどうってことないですから!」


 何かと心臓に悪い優奈先生を制止して、もう一度笛の方を眺める。

 さて、どうしたものか……。


 縦笛のある岩まで、水面から頭を出している大きめの岩も何個かある。

 しかし、岩は濡れているし苔も生えている。あれを飛び石代わりに使っても、もし足を滑らせて転びでもしたら、それこそ全身ズブ濡れだ。

 水深は最も深い所でも五十センチ程度だし、素直に歩いて行った方が無難か?


 鞄とリリスポーチを川原に下ろし、ボトムスを脱ぐ為にベルトに手をかける。

 と、その時、目の前をスッと青い物体が横切る。


 ブルー!?


 笛まで五メートルはあろうかという川幅を、頭を出している幾つかの岩を飛び石代わりにして、縦笛の引っかかっている岩にふわりと舞い降りる。

 そして、小さな口に笛を加えると、ヒラリヒラリと岩を伝って紬の元にもどり、俺の足元に縦笛を置いた。

 こいつ、しっかりと俺たちの会話を聞いて理解してたんだ!


「おおー! 凄いぞブルー! やるなブルー!」


 ブルーを抱きかかえぐしゃぐしゃと撫でてやると、ブルーも嬉しそうに目を瞑った。

 その瞬間、ブルーの体が微かに光り、少しだけ大きくなったように感じる。


 もしかしてこれが……レベルアップ?


 そっか。立夏も普通のペットと同じように、って言ってたな。

 きっと、魔物を倒すだけじゃなく、使役者との絆が強まったりした時にもレベルが上がるのかも知れない。

 よくよく考えてみれば、リリスを使っても良かったんじゃないか?


 そんな事を考えながらブルーを地面に降ろした時だった。


「きゃあっ!!」


 突然、激しく水面みなもを叩く音と共に、背後で優奈先生の悲鳴が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る