04.薪になりそうなもの

「薪になりそうなもの探してくるよ。松明が消えるまでには必要でしょ?」

「待てよ。俺も行くよ」


 片手を挙げながら歩き去ろうとする紅来くくるに慌てて声を掛ける。

 こんな暗い洞窟内を一人で探索とか、普通は相当恐いと思うんだが……。

 地震以外に関してはもの凄いイケメンだな、紅来あいつ


「いいっていいって。そう言うのは盗賊シーフに任せなよ。それに、松明たいまつ持って行くから、少しの間真っ暗になるし」


 確かに、暗闇の中、怪我をした立夏りっかを一人で残して行くのも気が引ける。

 予備の松明もなるべく温存したい。


「解かった。……でも、気をつけろよ」

「あ~い!」


 紅来が立ち去ると、途端に辺りは暗闇に包まれる。

 俺も立夏の隣に腰を下ろし、並んで壁にもたれかかる。


「足、痛まないか?」

「うん」

「そっか。良かった」


 後は、いつも通り黙って紅来の帰りを待つばかり――――

 そう思っていたのだが、しばらくして、不意に立夏が口を開く。


「テイムキャンプでのこと……」


 立夏が自分から話題を振るなんて滅多にあることではない。

 驚いて立夏の方を見るが、暗闇の中、表情は読み取れない。

 ただ、立夏も、息遣いで俺に見られていることには気付いたようだ。


「なに?」

「あ、いや、何でもない」


 見えてはいないだろうが、慌てて首を振る。


「……で、何だっけ? テイムキャンプのこと?」

「うん。みんなに……話した」

「ああ。そうみたいだな」


 テイムキャンプでのこと……と言えばもちろん、立夏との口移しの件だ。

 林道での華瑠亜の剣幕が蘇る。

 あれからいろいろありすぎて、まだ半日程度しか経っていないということが何だか信じられない。


「特に、華瑠亜。なんかショックを受けてたみたい」

「今朝、変わった事があったか聞いた時、何で教えてくれなかったんだよ?」

「華瑠亜だってショックを受けることはある」

「まあ……そうだな」

「特に変わったことじゃない」

「いや、まあ、そりゃそうかも知れないけど……」


 そんなこと言い始めたら、大抵のことは日常になっちまうぞ?


「ま、それはさておき、さすがの立夏も、紅来の追求は無視できなかったか」

「お腹、グリグリされたから」


 お腹グリグリ?

 なんのこっちゃ?


「迷惑だった?」

「いや……。やましいことがないのは本当だし、華瑠亜の誤解を解くのがちょっと面倒だったけど、おかげで紅来の詮索からは解放されたし」


 その代わり、他のネタを与えてしまったけどな。

 立夏が何かを言いかけるが、ためらうように一旦息を呑む。

 話すのも珍しければ、こんな風に躊躇ちゅうちょするのも珍しい。


「どうした? 何か言いたいことでも?」

「ん~……華瑠亜、紬くんのこと、好きなんじゃない?」


 はあ? だから華瑠亜が怒っていたと思ってるのか?


「いや、そう言うんじゃないっぽい。なんか、俺に下心があるから、わざわざ立夏にあんなことしたんじゃないかと思って、腹が立ったみたい」

「ふぅん……」

華瑠亜あいつ、普段は気分屋っぽいけど、変な所で潔癖な所があるから」


 そう言いながら、前の世界向こうで同じ弓道部にいた頃の事を思い出す。


 素人の顧問以外にまともな指導者が居なかったため、週に何日か、近所の弓道教室で指導して貰おうという話が出たことがあった。

 顧問の先生が一生懸命頭を下げて話を取り纏めたらしい。

 教室を訪問した初日、年輩の教士が部員の弓を無遠慮に手に取りながら「よくこんなぐにゃぐにゃの弓で引いてるなぁ」なんて馬鹿にするように笑っていた。

 十万円以上もしたと言う自分の弓を自慢したがっているのは直ぐに解かった。


 その様子を見ていた華瑠亜がスッと立ち上がり、教士の前に進み出た。


「あなたの技術がどれだけ優れているかは知りませんけど、礼節を重んじる弓道において、人に教える資格はないようですね」


 そう言い放つと、道具をまとめてさっさと道場を出て行ってしまった。

 当然、教士はカンカンだ。

 結局その日は練習にもならず解散。

 翌日、生徒指導室に呼び出された華瑠亜だが、自分は間違ったことは言ってないと最後まで謝ることはなかったらしい。


 もちろん、前の世界向こう現世界こっちの華瑠亜は別人だが、それでも改変前は、非常に近い世界線に作られた平行世界パラレルワールドだ。

 本質的な部分はほぼ一緒だろう。


 できればその潔癖さを、部屋の掃除にも向けてくれればいいのにとは思うが。


「う~ん。紬くん、ちょっと鈍感じゃない?」


 左の方からリリスの声が聞こえる。

 小さいのでこの暗がりではどこにいるのか解からなかったが、どうやら俺の隣で壁にもたれ掛かっているらしい。


「鈍感?」

「うん……だって、いくら立夏ちゃんとのことで潔白を証明させる為って言ったって、普通あんなことまでさせる?」

「まあ、あの時は……売り言葉に買い言葉みたいな流れもあったし、あいつもだいぶ動顚どうてんしてたみたいだし……」


 そう答える俺の言葉に被せるように、右側から立夏の声が聞こえた。


「あんなこと?」


 この声色……記憶にあるぞ。

 そう、二回目のトゥクヴァルスで聞いた立夏刑事モードだ!


「あんなことって、何?」

「い、いや、別に、大したことじゃ……ってかリリス!」

「え?」


(え? じゃね~よ。おまえ、またギスギスの原因作る気かよ!)

 

 立夏に聞こえないよう、ヒソヒソ声でリリスをとがめる。


(あ……あのね! 私は悪魔なので! ギスギスさせてなんぼの存在なので!)

(おまえだってギスギス嫌がってたじゃん! 変なタイミングで開き直るな!)


「なに? コソコソと」

「ああ、いや、ごめん。こっちの話……」


 その時、やや離れた場所にボゥっと松明の炎が浮かび上がる。


「おっ! 紅来が帰ってきた!」


 助かったぞ、紅来!

 近づく松明の炎のもと、徐々に紅来の姿が浮かび上がってくる。

 手には薪……ではなく、丸太!?


 正確には、太さ三〇センチくらいの切り株を引き摺って持ってきたらしい。

 高さは五〇~六〇センチ程度だろうか。

 地滑りなどで崩れた斜面から流れ着いてきたのだろう。


 根と反対側は、斧で綺麗に切り倒された跡がある。

 流れ着いてだいぶ時間が経っているのか、完全に乾燥していて、何箇所か縦に亀裂も入っていた。


「ちょうどおあつらえ向きのがあったから、持ってきた~!」


 急いで駆け寄り、根の一本を持って運ぶのを手伝う。


「誂え向きって……どうすんだよ、こんな馬鹿デカイ切り株」

「まあ、見てなって」


 立夏からは三~四メートル離れた辺りまで切り株を運ぶと、根を下にして地面に立て、安定させるために大小の石で根の隙間と周りを埋めていく。


「薪になりそうなものって、もしかして切り株これのこと言ってるのか?」

「ま、そうなんだけど……」


 そう言いながら紅来は、俺の鞄から工具セットを取り出した。

 ガーネット採掘の時、また後で使うかも知れないと思いしまっておいたものだ。

 タガネとピックハンマーを取り出すと、幾筋かの裂け目をさらに手早く広げ、最後に切り株上部の中心をえぐる。

 そこに、拾ってきた小枝を詰め込み、松明で火を点けた。


 みるみる、切り株の上部から白い煙が立ち昇り、やがて隙間からチロチロと小さな炎が漏れ始める。

 例えるなら、切り株でできたロウソクのような見た目だ。


「即席のトーチだよ。これなら、切り株の中を少しずつ燃やしていくから、一晩焚き木をくべなくても燃え続ける」

「へ~、凄いな」


 それを見ながら、前の世界向こうに居た時、これと似たようなものがビールか何かのテレビCMで流れてたのを思い出す。

 あの時、名前が気になってスマホで調べたんだよな。

 何て言ったっけ……確か、スウェディッシュトーチ!?


盗賊シーフ専攻だと、レンジャー系科目の履修も多いからね」


 現世界こっちに来たと思ったらダイアーウルフに重症を負わされ、ようやく治ったと思ったら夏休みだったからな。

 授業のシステムとか、学校のことはまだ殆ど解からない状態だ。

 専攻科目や選択科目の件もあるし、後で初美はつみにでも教わってみるか。


 後で――――


 そう、後でだ。

 こんなところでくたばってられない。

 なんとしても生き延びて、また “後で”、みんなに会うんだ!


 その時突然、紅来が俺の右腕にしがみついて来た。

 このパターンは、もしや……。


 案の定、直ぐに地面から不気味な揺れが伝わってくる。

 地震速報メールも真っ青な正確さだ。


 徐々に揺れが大きくなる。

 倒れないよう、左手で切り株トーチを押さえながら地面にしゃがむ。


 揺れは三〇秒程で治まった。

 そこそこ揺れたが、それでも地盤崩落した時の規模には程遠い。

 震度で言えば四か……せいぜい五弱と言ったところだろう。


 俺の腕を離して紅来が叫ぶ。


「あ~も~やだっ! こんなの! 寿命がいくらあっても足りませんよ!」

紅来おまえ、地震、あまり好きじゃないとか、そんなレベルじゃないだろ?」

「ええそうですともっ! 大ッ嫌いですよ! 苦手ですよ!」


 悪い? と言いながら俺をキッと睨みつける。


「いや、悪くはないけど……逆ギレかよ?」


 その時、背後からリリスの声が聞こえた。


「紬くん! あれ!」


 ん? あれ? どれ?


 振り返るが、まだトーチの火は弱く、壁際は薄暗い。

 リリスの指がどこを差しているのか解からない。


「あれよ! 川の向こう!」


 言われて、向こう岸に視線を向ける。

 確かに、何か、光る点のようなものが見える。


 何だあれ?


 点が、二つ一組になってゆっくりと横に移動する。

 するとそこにまた、同じように現れる二つ一組の点。


 ――――いや、一組、二組どころではない。


 二〇……いや、四〇組はあるだろうか?

 数十個の点が次々と現れ、向こう岸でゆらゆらと動めいていた。


洞窟犬ケイブドッグ!」


 そう言いながら、紅来が腰から二本のダガーを抜いた。

 紅来の両目が猫のように光っている。

 確かあれ、華瑠亜も練習中とか言ってた……夜目ナイトアイってやつか!?


「おれつえぇ!」


 俺も、再び六尺棍をコールする。

 背後からは、詠唱を開始する立夏の声が聞こえてきた。


 魔物か!

 空洞に落ちてしばらく姿を見なかったから油断してたが……やっぱりいたのか。

 リリスがさっき聞いた不気味な喉鳴らしの音も、こいつらの?


 直後、一対の光る点――――

 いや、光る眼の黒犬が川を飛び越え、紅来に向かって突進してきた。


 迷わず、一瞬で魔物との距離を詰める紅来。

 迎え撃つよりも機先きせんを制する立ち回り。


 紅来が眼前で二刀のダガーをクロスさせると同時に、突進してきた魔物の影が回転し、血飛沫ちしぶきを纏いながら宙に跳ね上がる。

 そのまま地面に落下した魔物の二本の前足は、既に切断されていた。


 黒く短い毛並はドーベルマンを思い起こさせる。

 大きさは中型犬程度。

 だが、蛇のような尻尾が一般の鳥獣とは明らかに違う種類の生物であることを物語っている。

 猫のような反射板を最大限に生かす為だろうか? 眼が異様に大きい。


 後ろ足だけで踏ん張りながら、鞭のような尻尾をピシピシと地面に叩き付けてもがくそいつの頭部を踏みつけ、ダガーで首を掻き切る紅来。


「何だよこいつ!?」


 俺の問いに紅来が答える。


洞窟犬ケイブドッグだ! ★3だし一頭ずつなら相手にできるけど……」


 その先、紅来が言いたいことは俺にも分かる。

 そう……数が多過ぎるのだ。

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