05.洞窟犬
「
その先、
そう……数が多過ぎるのだ。
今度は、二頭同時に川を飛び越えてくる。
一頭が再び紅来へ、もう一頭は俺に向かって!
犬に全速力で突進されるなんて、生まれて初めての経験だ。
通常の犬なら、速い犬種で時速四〇~五〇キロで走ると聞くが、こいつらは一体どれくらいのスピードなんだろう?
何れにせよ、考えて対処できるような速度じゃない。
突進してくるケイブドッグに向かって、ほとんど反射的に六尺棍を振り降ろす。
が――――当たらない!
ケイブドッグの姿が消えたと思った瞬間、左足首に走る鋭い痛み。
痛っ! 噛み付つかれた!?
「
すぐ後ろで、リリスがレイピアを振り回して猛アピール中だ。
それは分かってる!
分かってるが――――
★3が群れを成してサクっと出てくるような得体の知れない場所だ。
場当たり的にリリスを使ってたら、すぐジリ貧になるんじゃないか?
胸中に迷いを巡らせている間にも無意識に体が動く。
六尺棍で二、三度ケイブドッグの体を叩くが、足首から離れない。
今度は思いっきり六尺棍を突き降ろす。
無我夢中の攻撃だったが、運良く先端がケイブドッグの脇腹にめり込む。
「ギャインッ!!」
堪らず足首から口を離すが、それでも更に、牙をガチガチと鳴らしながら前足で地面を掻いている。
ここで離したらまた噛まれるっ!
ケイブドッグの脇腹を突き押さえていた六尺棍に全体重を乗せた。
ブチュッ!
鈍い手応えと共に棒先が脇腹にめり込み、ドロリと流れ出る鮮血。
貫通した!?
鋭い刃物でもない棒が、まさか皮膚を突き破るとは思わなかったが――――
とりあえず結果オーライ!
ケイブドッグを先端に引っ掛けたまま六尺棍を思いっきり振り回すと、棒先から抜けた黒い塊が弧を描いて向こう岸に飛んで行く。
落下した塊を避けるようにパッと散開する、無数の光る目。
とりあえず向こう岸は放っておいて、直ぐに紅来へ視線を戻す。
「紅来ーー!!」
川の近くで立ち回っていた紅来の方が、より多くの標的を集めている。
最初に殺した一頭以外に、更に足元に追加されている二頭分の屍骸。
しかし――――
四頭目を斬り伏せたと同時に、飛びかかってきた五頭目が紅来の左肩に鋭い牙を突き立てる。
さらに二頭が、紅来の両足首に喰らい付く。
三頭の咬撃に、堪らず転倒する紅来。
「こんのやろっ……!」
急いで駆け寄ると、紅来の右足に噛み付いていたケイブドッグに向かって思いっきり六尺棍を振り抜いた。
今度は動かない標的だ。棒先が顔面にめり込む!
「ギャウウッ!」
潰れた片目から血を流し、唸りながら後退する一頭を追って更に一閃!
――――空振り。
大振りし過ぎたか!
この攻防を見て、左足の一頭が俺の方を脅威と認識したのだろうか。
紅来から牙を離し、こちらへ飛びかかってくるのが視界の端に映る。
しかし、体幹が流れているためまともに構えることができない。
くっそ! 当たれぇぇー!
崩れた体勢のまま一回転。
背後に飛び掛って来ているであろうケイブドッグに少しでも
直後、今日一番の手応えが六尺棍を通じてガツンッと手元に伝わってきた。
奇跡のクリーンヒット!?
グシャっと、何本か
空中で俺の攻撃をまともに食らったケイブドッグが吹っ飛び、川に落下してボチャン! と水飛沫を上げた。
ほぼ同時に、紅来が、肩に噛み付いていた魔物の首を掻き切る。
「紅来!」
全身に返り血を
しかし、両足首と左肩から点々と滲む血は、もちろん返り血ではない。
大丈夫か? ……と声を掛けようとして言葉を飲み込む。
これが、大丈夫なわけないだろ!
「ありがと、紬……」
「お礼なんて……いいよ……」
そう、お礼を言われる資格なんてない。
俺がもっと早く決断していれば、怪我だって負わずに済んだかも知れないんだ。
向こう岸から、新手のケイブドッグが川を飛び越えてくるのが見えた。
一、二、三…………。
今度は、五頭同時か。
紅来を庇うように、六尺棍を横に構える。
「行けっ! リリスっ!!」
叫ぶや否や、俺の直ぐ横を一陣の風の如く駆け抜ける黒いドレス。
リリスたん!
俺と紅来に向かって飛び掛ってきた五頭を同時に捕捉するレイピア。
刺突剣であるレイピアにとって、複数の敵を薙ぎ払うような攻撃は不得手だ。
しかし、リリスには関係ない。
目にも止まらぬ剣速で、ほぼ同時に五頭を突き伏せる。
俺と紅来の目の前で、五頭のケイブドッグが十個の肉塊となって宙を舞う。
ボトボトと地面に落ちる五頭分の首なし胴体。
瞬刻、遅れて落ちる同じ数の頭部……。
リリスたん以外は時間でも止まっているのか!?
更に四頭、今度はリリスに向かって突進してくるが、結果は同じだった。
突きに合わせて黒いエプロンドレスが一瞬ふわりと広がったかと思うと、次の瞬間にはリリスの周りにバラバラと落下する四頭分の首と胴体。
これを見て、向こう岸のケイブドッグの動きも止まる。
さすがに、迂闊に攻撃を仕掛けて来られなくなったようだ。
「ご主人様。向こう岸の魔物は、いかがいたしましょう?」
喋り方がメイド騎士
どうも、
光る眼の数を見る限り、向こう岸にいるのはまだ、一〇頭や二〇頭ではない。
恐らく、残数は未だ三〇頭以上。
いくらリリスたんでもあそこに突っ込んで無傷でいられるのだろうか?
仮に無傷で倒せたとしても、それ相応の時間は掛かるのでは?
しかも、通常技だけで切り抜けられるとも限らない。
持つのか? 俺のMP?
その時、壁際から立夏の声がした。
「退がって」
地面に腰を下ろしたまま構えた魔道杖の先端が赤く輝いている。
詠唱が終わったのか!?
「リリス、
リリスの全身が青白く輝いたかと思うと、みるみる収縮して俺の肩に戻る。
同時に、魔法名を叫ぶ立夏。
「ギガファイア!」
次の瞬間、けたたましい爆発音と共に向こう岸一帯が火の海に変わる。
業火の中で、次々と蒸発していく何十頭ものケイブドッグ。
松明では見えなかった窟内の高い天井部も明々と照らし出される。
「すんげぇ……」
思わず、感嘆の呟きが口から漏れる。
考えてみれば立夏のギガファイアを見たのはこれが初めてだが――――
ダイアーウルフ戦の時、これを中庭で撃とうとしてたの?
やばくない!?
数頭の生き残ったケイブドッグが奥に逃げていくのが見える。
まだ奥にもいる可能性はあるし、また襲ってくるかも知れないということか。
両足を怪我して上手く歩けない紅来に肩を貸して、壁際まで連れて行く。
「痛むか?」
ポーションを二人で回し飲みして、痛み止めのアンプル瓶も二つに分ける。
魔法鎮痛剤の特徴として、それまでに受けた痛みについては即効性を発揮するが、新たに受けた傷の痛みには効果がない。
つまり、傷を受ける度に、痛みを消すには薬を飲む必要があると言うことだ。
「大したことはないけど……。紬だって噛まれてるじゃん」
「俺は一箇所だし、そんなに深い傷でもないから」
タオルを濡らして紅来の傷口を拭く。
拭いた先から、牙の形に血が滲んでくる。
リリスが紅来の傷を見下ろして「痛そう……」と呟いた。
「これ……跡が残っちゃうかな……」
「う~ん……いい整形師知ってるし、これくらいなら消せるんじゃないかな」
「それならいいんだけど……」
足だってもちろんだが、肩の噛み傷は、さすがに女の子には可哀想だ。
「ごめんな。俺が、リリスを出すのを躊躇したばっかりに……」
「そう! それそれ! リリスちゃん、凄いな!」
傷のことなどあまり気にしてないのだろうか?
寧ろ、リリスの方に興味津々の様子だ。
「ああ。……ただ、MP消費も半端ないけどな」
「今のでどれくらい消費したの?」
「二分位だから……二万MPくらいかな」
「二万! 桁、間違ってない? 紬、いくつMPあるんだよ!?」
リリスが横から口を挟む。
「紬くん。
「え? あの、犬を蹴散らしたやつ? あれ通常攻撃じゃないの!?」
「一回、約一万五千MP。二回使ってるので、計三万MP……かな?」
かな? じゃね~よ!
じゃあ、維持コストと合わせて消費MPは五万?
あっという間に残り半分じゃん!
「おまえ、そんな無駄遣いしながらよく、向こう岸は? とか言えたな?」
「そ……そうね。大きくなるとついつい、大技出したくなるって言うか……」
「それ直せ! その、ついつい、っての、直せ! もう一度確認するけど、俺が死んだら
「分かってるよぅ……」
ほんとかよ?
向こう岸も任せてたら、危うく死んでるところじゃね~か。
「えっと……立夏のギガファイア。あれは、何発撃てるんだ?」
「消費MP三〇〇だから……一日二発が限度」
「え? たった? 二発? ってことは、あと一発?」
「今日は、先に少しMPを消費したからもう撃てない」
MP消費? 今日起きてから立夏が魔法を使う場面なんてあったっけ?
確かに凄い威力だったけど、まさか一日に一、二発とは……。
「数が多いとはいえ相手は★3だったんだし、メガでも良かったんじゃ?」
「そうね。……ついつい」
この二人は、力を持つとセーブできなくなる性格なんだろうか……。
◇
「何なのよ……これ」
オアラ洞穴内――――
五人の希望の火を消し去ろうとするかのように、天井から崩れた岩盤が行く手を塞いでいた。
「帰る時はこんなのなかったのに……」
「もしかすると、さっきの揺れで新たに崩落したのかも……」
周囲に漂う僅かな粉塵が、崩落してからそれほど時間が経っていないことを物語っている。
ただ、原因がどうあれ、これ以上進めないのは事実だ。
その時、洞穴の奥から爆発音のような響きが伝わってきた。
洞穴の壁が微かに震え、天井から砂がパラパラと落ちる。
「な、何? 今の!?」
「立夏の魔法じゃないのか?」
動揺する華瑠亜に、
「魔法……ってことは、立夏が生きてる!?」
顔を輝かせる華瑠亜と、しかし、対照的に表情を曇らせたのは可憐だった。
「洞穴内を振るわせる威力……おそらく立夏のギガファイアで間違いないが……」
「問題は、なぜギガファイアを撃ったか、だな」と、可憐の言葉に歩牟も続けた。
「脱出のためか、あるいは……強敵と遭遇しているか……」
その時、瓦礫を調べていた勇哉が声を上げる。
「お~い! ここの下、詰まってる岩を取り除けば、なんとか通れそうじゃね?」
傍らへ行って可憐も確認する。
斜めに落ちた大きな岩盤の下の隙間に、大小の岩が詰まっているようだ。
上部の土砂も大きな岩盤が支えとなってるので、そう簡単には崩れなそうだ。
「よし。ここの土砂をどかしてみよう。私たちが行くにしても、レスキューと合流するにしても、少しでも作業を進めた方がいいだろう」
五人は、切れかけた希望の糸をなんとか繋ぎ止めるように、土砂の撤去を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます