06.今後の予定

「今後の予定は? 班長」


 紅来くくるに訊ねられるも、すぐにはピンと来ない。


 班長? ……ああ、俺か!

 都合の良い時だけ役職で呼ぶなよ。びっくりするわ。


「そうだな、もう少し先の方も探索――」

「空洞の先はどうなってるか解からないし……やっぱり、助けを待って崩落場所から引き上げて貰うのが一番現実的かもね~」

「そ、そうか……」


 こんな状況になってる時点で、今後の予定なんてあってないようなものだが。


「でも、助けなんて、来るかな?」

「あれだけの地震の後だとレスキューだって大変だろうし、直ぐに来られるかは分からないけど……可憐かれん達もいるんだし、いずれきっと来るよ」

「そ、そっか。そうだな……」


 結局、紅来が全部答えてるじゃん!

 救助は、確かに、いずれ来るのは解かってる。

 問題は〝いつ来るか〟だ。


 上に着ていた長袖のパーカーとシャツを脱ぐと、更に、肌着にしていた半袖のTシャツも脱ぐ。


「な、なに? 急に服なんか脱いで……まさか、ここで私たちを手籠めに……」

「アホか!」


 大袈裟に仰け反る紅来を横目に、肌着だけを脱いだ状態で、長袖の二枚は再び着用する。


 もっとも、場を和ませてくれる紅来の明るさには感謝もしている。

 水だけで一ヶ月を生き抜いた遭難者が、救助後のインタビューで生き延びられた最大の要因を訊ねられた時に〝楽観性〟と答えていたのを思い出す。

 きっと、逆境でも笑っていられる明るさがサバイバルの鍵なんだと思う。


「包帯作るんだよ。その肩、そのまんまってわけには行かないだろ」


 傷口を拭いたタオルは水で濡らして立夏の捻挫のアイシングに使っているし、何れにせよ厚手過ぎて包帯には向かない。

 脱いだシャツの裾を噛み切って、五センチほどの幅に裂いていく。


「それじゃあ、紬が寒くなるでしょ!?」

「長袖二枚着てるし、切り株のトーチも作ってもらったし……大丈夫だよ」


 裂いた布を何本か結び合わせて長い一本の包帯にすると、紅来の後ろに回る。


「ちょっと恥ずかしいかも知れないけど、肩だけ出せるか?」

「ああ、うん。ちょっと待って」


 紅来が、返り血で汚れた上着やシャツをさっさと脱いでいく。

 まったく躊躇がない。

 片腕だけ抜いて包帯を巻けるようにして欲しいだけだったんだが―――

 あっと言う間に服を全て脱いでブラジャー一枚になる。


 紅来こいつ、羞恥心はないのか? それとも、これがこの世界のノリ!?


 この世界に来たばかりの頃は、女性はサラシでも巻いているのかと思ったが、基本的に元の世界と変らないことは家の洗濯物を見て直ぐに分かった。

 やはり、アウターと同じくインナーも、防具以外の服装に関しては世界改変前のデザインとそれほど違いはない。

 もちろん、産業レベルによって素材の差はあるかもしれないが、いくら母や妹の下着だからといって、手にとって調べるのはさすがに抵抗がある。


 血はほとんど止まっていたが、紅来の小さな白い肩に牙の跡が痛々しい。

 首や腕、脇の下にも包帯を通しながら、上手く傷口を覆う。


「とりあえず、これでよし!」

「ありがと」

「足の方は、大丈夫か?」

「うん。ブーツの上からだったし、紬がすぐに追っ払ってくれたから」


 再び、脱いだ服を着ながら紅来が答える。


 工具箱を使ってトーチの上で沸かしていたお湯を、蓋の方に移し変えて三人で回し飲みする。

 切り株は内部から徐々に燃焼しているため、上の方がちょうど “五徳” のような形になっていて、何かを火にかけるにはうってつけの形状だ。


「ふう……あったまる~」


 ホッと出た紅来の吐息が、薄っすらと白く変わる。

 もしかすると、上のオアラ洞穴よりもさらに気温は低いかも知れない。


「でもさ、紬くん。食料はどうするの?」とリリス。

「そこはもう……そのポーチの中身を皆で分けるしか……」


 リリスが慌てて、両手で覆うようにポーチに抱きつく。


「あ、あるけど! 私サイズだからみんなに配るほどないわよ!?」

「冗談だよ。誰もおまえのおやつなんて取らないよ」


 ただ、実際、火と水が確保できた今、次の問題は食料なんだよな……。


「でも、水だけで耐えるのも限界あるわよね……」


 紅来が、残った白湯を立夏に渡しながら独り言のように言葉を漏らす。


「水だけで一ヶ月生き延びた遭難者の話も聞いたことあるし、生命維持だけならなんとかなるかも知れないけど……」

「問題は……さっきの洞窟犬あいつら?」

「うん。逃げていったやつもいたし、第二ラウンドがくる可能性も充分ある」


 食料なしであんな連中を何度も撃退するのはまず無理だろう。


「食料がない状態では、いくら睡眠を取っても魔力の回復は限定的」と、残った白湯を飲み干してから立夏が口を開く。

「ってことはさ。なるべく節約しなきゃだよ、紬くん!」と、リリスも珍しく心配そうな表情を浮かべている。


 この無駄遣いコンビが、どの口でそれを言う?


「とにかく、また何度も襲ってくるようなら、すぐにジリ貧になるってわけか」


 あの規模で襲って来られたら、せいぜいあと二~三回が撃退可能限界だろう。

 いや、そこまで粘っては生存確率はグンと低くなる。

 もし第二ラウンドがあれば、それをしのいだ後は、ある程度の水だけを確保して崩落現場付近に戻った方がいいかも知れない。


「試しに、食べてみる? あれ」


 紅来が親指で、背中越しに転がるケイブドッグの死体を指差す。


「食えるの? あれ?」

「魔物の肉は丁寧にマナ抜きしないと、お腹は壊すだろうね」

「マナ抜き?」

「人間の魔力の根源は魔粒子だからね。マナを直接摂取したら体調を崩すって……常識でしょ!?」

「あ……ああ、そっか、そのことね!」


 危ない危ない。


「で……そのマナ抜き、紅来や立夏は出来るの?」


 二人同時に首を振る。


「まあ、煮て焼いて、多少薄めることはできるかな? とは思うけど、きちんとしたやり方は解からない」

「そっか……。ほんとに飢え死にしそうになった時の最後の手段だな」


 もっとも、そんな状態の時に魔物を倒すことができるかどうかは疑問だが。


「レンジャーの授業で、蛇や虫は食べたからね。まずはそっちを探してみるよ」


 蛇……、虫……。


「うへ~」と、リリスが絶句する。

「おまえ、悪魔のくせにそんなもんが苦手なのか?」

「悪魔を何だと思ってんのよ。悪魔はね、人間の負の感情をエネルギーに変えて活動してるの。そんなものわざわざ食べたりしないわよ!」

「なら、人間界のお菓子だって必要ないだろ……」


 お腹を壊す肉か、蛇か、虫か……。

 現代日本人にとっては結構な究極の選択だが、紅来も立夏も顔色は変わらない。

 この世界では、それくらいのサバイバルは普通なのか?

 それとも、紅来や立夏が特別ワイルドガールズなんだろうか。


「地下でも、夜間の方が魔物は凶暴化するの?」


 俺の質問に、また紅来が呆れたような表情になる。


「地下の魔物には昼夜関係ないよ……それも常識でしょ?」

「か、確認だよ確認。念のため、ってやつ」


 もういい。

 聞くは一時いっとき、知らぬは一生のなんとやらだ。

 ……と言うことは、逆に言えば、洞窟犬あいつらがさっき以上に凶暴になる、ってこともないわけか。


「今、何時頃か解かるか、紅来?」

「そうね……昼過ぎには洞穴を出る予定でいたから、崩落があったのがだいたい正午前……。その後どれくらい気を失っていたか解からないけど……」


 四時から……せいぜい九時の間じゃない? と、少しだけ考えて紅来が答える。

 五時間も幅を持っていいなら俺だって分かるわ!


「とりあえず、今後は見張りを残しながら順番に仮眠を取っていこう」


 ジャンケンの結果、最初の見張りは紅来に決まる。

 四時間後に交代……と言いかけて、時間が分からないことを思い出す。


「じゃあ、適当に、疲れたら交代するから起こしてくれ」

「オッケー」


 紅来がまた、工具箱でお湯を沸かし始める。

 とりあえず今は、白湯か水で空腹を紛らわせるしか方法がない。


 俺と立夏が壁側を頭にして、並んで横になる。

 こんな硬い地面の上で寝られるのか? と不安になったが、数分で隣から立夏の寝息が聞こえてきた。


 これぐらいのことには慣れていかなければ、やっていけないのだろうか。

 それとも、ワイルドガールズが特別なんだろうか……。


               ◇


「よ~し。上、崩れないように気をつけて、ゆっくり引っ張って!」


 可憐かれんが声を掛ける。

 優奈ゆうな先生が頭上に積もった土砂を注意深く見ているが、崩落した大きな岩盤の上に積もっているので崩れる心配なさそうだ。


 勇哉ゆうや歩牟あゆむが、一際大きな岩の撤去を試みていた。

 縦横、それぞれ五、六十センチはあるだろうか。


「ぬぐぐぐぐ~~!」


 岩の両側に手を掛け、呼吸を合わせて手前に引く。

 ズリッ、と、数センチだけ動き、岩の下に溜まっていた細かい小石が、幾つかコロコロと転がり落ちた。


「上は大丈夫よ!」


 優奈先生の声を聞いてもう一度二人で力を合わせる。


「ぬんぐううぅぅぅ~~~!」


 数秒後、不意に岩がグラッと傾いたかと思うと、勢い良く手前へ転がり落ちる。


 ガッコ――ン、と大きな音を立てて足元の岩盤に落ちると真っ二つに割れた。

 同時に、岩の向こうに溜まっていた細かい土砂も一斉にこちら側に崩れてくる。

 勇哉と歩牟が割れた大岩を撤去する間、空いた穴に松明たいまつを突っ込んで様子を伺う可憐。


「向こう側が……見えるぞ!」


 土砂を撤去し始めて約一時間半。

 ようやく、数センチではあるが向こう側へ開通する隙間が見えた。

 これまで、ずっと働きっ放しだった男子二人がさすがにへたり込む。


「後はそこまで大きいのはなさそうだし、あたしたちも手伝いましょ!」


 華瑠亜かるあの言葉に可憐も頷いて振り向く。


「お疲れ様。しばらく私たちで作業を進めるから、勇哉と歩牟おまえたちは休んでていいぞ」


 勇哉と歩牟が顔を見合わせ、再びゆっくりと腰を上げる。


「馬鹿言うな、どけどけ! ここまでやって開通の感動だけ譲れるかよ」

 

 可憐を押し退けて、もう一度二人で穴の中へ入っていく。

 大物を取り除いたとは言え、まだ十~二十センチ級の小岩はゴロゴロと積み上がっている。

 油断をすれば崩れた小岩に爪先でも潰されかねないし、女子に任せられる仕事ではない。


 そう考えて二人が奮起してくれていることを、可憐ももちろん分かっている。

 ありがとう、と声を掛けたあと、今度は華瑠亜と優奈先生を顧みる可憐。


「じゃあ女子は、出てきた岩を邪魔にならないように隅に退かしていこう」


 華瑠亜と優奈先生も頷く。

 立夏がギガファイアを撃ったと言う事は、それで攻撃をしなければならないような対象と遭遇した可能性が高い。

 それは確かに心配だったが、約四分の詠唱時間を稼げると言うことは、紬や紅来も生きている可能性が高いのではないだろうか?


 ドス黒い不安の海を泳ぎながらも、必死に希望の灯台ともしびを見つけようともがくかのように、五人はもくもくと土砂の撤去を続けた。


               ◇


 か、身体が……お、重い……。

 何か、邪悪な力によって身体が押さえつけられているのを感じる。


 夢?

 特に、胸、そしてお腹に強大なプレッシャーを感じる。


 ……いや、実際に圧迫されてるぞ!

 何かが乗ってる!?


 夢現ゆめうつつの中にあった知覚が、徐々に現実に引き戻される。


 瞼の上に置いていた腕を退けると、真っ先に目に入ってきたのは、俺の胸の上でよだれを垂らしながら寝ているリリスだった。


 なんだこいつ!? 汚なっ!


 その下に目をやると、右側に、俺のお腹を枕にして立夏が寝ている。

 寝る前は並んで横になってたはずなのに、どう動いたらこうなる!?


 更に左側で、同じく俺のお腹を枕にして寝ているのは……紅来だ。

 二人分かよ! 腹枕はさすがに一人にしてくれよ――


 って違う! そこじゃない!

 見張りはどうした!?


「おい紅来! おまえ、なに寝てるんだよ!?」


 俺が肘を立てて上半身を起こすと、お腹の方へゴロゴロと転がっていったリリスが立夏の顔にぶつかる。


「ん……う~ん……」


 立夏が目を瞑ったまま、ゆっくりと体を起こした。

 紅来はまだ、顔をしかめながらモゾモゾと反対側を向く。


「お~い、紅来! 起きろコラ!」


 紅来の額に手を置いて左右に頭を揺すると、ようやく眉を顰めてこちらを見る。


「なんだよう……。寝てる人間の頭を揺するなよ」

「肩を怪我してるから頭にしたんだよ。……ってか寝るなよ!」


 それでもまだ、ふわぁ、と大欠伸をして眠た気に目を擦る紅来。


「横になりながらでも見張りはできるかなぁ、と思ってやってみたらさ……紬のお腹が気持ち良過ぎたせいで、まんまとこれだよ!」


 俺のせいかよ!?


「横になるくらいなら起こせよ! 替わるから!」


 こんなんじゃ、第二ラウンド前に洞窟犬あいつらに喰われるぞ?

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