05.【立夏】六月二十四日・対抗戦
どうしたんだろう。
まるで、転校してきて初めて学校の中を見るようにそわそわした感じ。
それは、対抗戦直前の戦闘準備室に入ってからさらに顕著になっている。
視線は落ち着きなく
もともと明朗快活といったタイプではないし、発言が少ないだけならまだ分かるけれど……。
妙に年寄り染みたところもあって、良く言えば落ち着いている……悪く言えばジジ臭い紬くん。
戦闘準備室に入ってからずっと、
しまいには、自分の
どうしちゃったんだろう?
昨日は風邪だって聞いていたけど、もしかすると、もっと何か、頭がおかしくなっちゃうような病気にでもかかったの?
そう、まるで今の紬くんは記憶喪失にでもなってしまった人みたい……。
「チーター。どんな手を使おうと自分さえ生き残れればいい奴って噂……」
あまりの違和感に、思わず反応を確かめたくてそんなことを言ってしまった。
ギクッとしたようにこちらを見たけれど、でも、彼からの反論はない。
どうやら、記憶は大丈夫なのかな?
けれど……紬くんの悲しそうな顔を見て、なんだか胸が苦しくなった。
これが終わったら、がんばって、ちゃんと謝ろう。
◇
対抗戦本番。
準備室で抱いた後悔が、さらに大きくなるような大事件が発生!
私のすぐ横で、華瑠亜を庇った紬くんの背と胸に、ダイアーウルフの牙が何本も突き刺ささる。
折れた彼の肋骨は胸の外にまで浮き上がり、唇はみるみる青紫に変わってゆく。
肺が潰れてチアノーゼに陥っているんだ!
脳にダメージが及べば、いくら
いえ……それ以前にあの潰れた胸でさえ、リジェネレーションで治すには術者のみならず傷者の魔力だって大量に必要になるはず。
プリーストやビショップのスキルについては詳しくないけれど、紬くんにはそれだけの魔力があるの?
ダイアーウルフが首を振る度に彼の体から飛び散る、赤く生暖かい
詠唱を続ける私の頬にも、点々と赤い
まさに、悪夢のような光景――。
両目に熱いものが込み上げてくる。
けれどもそれは、
英春兄さんの
それでも――
心の動揺だけは別。
急激なストレスで過呼吸に陥りそうになるのを必死でこらえる。
舌が上手く回らず、普段よりも詠唱に時間がかかる。
もどかしい。
私が、準備室であんなことを言ったから?
あの言葉が紬くんを追い詰めて、彼はあんな行動に?
私はここで、また
激しい自責の念に襲われたけれど、でも……私はただ、必死で詠唱を続ける。
魔物が彼を離した瞬間を狙って、いつでも魔法が撃てるように詠唱を完了させること……。それが、彼を救うために、今の私にできる最善手。
駆けつけた先生たちの
優奈先生に抱きかかえられながら横たわる、血まみれの紬くん。
先生の大きな胸に隠れて顔が半分しか見えないけど、口元を血で汚し、青紫に変った顔面は予断を許さない状態であることを物語っている。
その傍で、必死に紬くんの名を呼んでいるのは……彼に庇ってもらった華瑠亜。
でも私は、ただ、無表情にそれを眺めることしかできない。
紬くんが死んでしまうかもしれない……。
そんな最悪の事態を思い浮かべると、喪失感で血の気が引くのが分かる。
こんな時に、不謹慎だけれど――
紬くんに庇ってもらった華瑠亜が、少しだけ羨ましい。
そして、彼のために流せる涙が羨ましい……。
◇
六月二十五日――モンスターハント対抗戦翌日。
教室に入った瞬間、紬くんの姿を見つけて心の底から安堵する。
昨日、対抗戦の事故の後、教員四人がかりのリジェネレーションで内臓と骨の修復をしている様子は見ていた。
あれだけの損傷を再生するには紬くんにもかなりの魔臓活量が必要なはずなのだけど……見た目ほど損傷は大きくなかったのかな?
それとも、紬くんの魔力がかなり多いということ?
とにかく……よかった……。
「昨日は……噂の話なんかして……ごめんなさい」
とにかく、これだけは言いたかった。
もしあのまま紬くんが死んでしまうようなことがあったら……私は、一生後悔に縛られながら生きていくことになったかも知れない。
もう、
笑って許してくれた紬くんを見ながら、心に誓う。
もう、彼についてどんな噂があろうと関係ない。
この人はチーターなんかじゃない。
少なくとも私は、仲間の危機に身を呈して行動する紬くんの姿を、一番間近で見ていたのだから。
そう……兄さんと同じように、やっぱり紬くんも
私にとってはそれがすべて。
それが真実。
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