02.貴方の大切な人

「いざと言う時、貴方の大切な人を窮地から救い出す!」


 箱に書かれているキャッチフレーズを読み上げる紅来くくる

 が、箱をクルクル回して確認しながら「……だけかよっ!」と突っ込む。


 キャッチフレーズの下には大きく「召集魔法円コーリングサークル」と書かれていた……らしいのだが、かなり日に焼けて色褪せており、パッと見、冒頭の一文しか書かれていない白い紙箱に見えた。


「なんか、だいぶくすんでるわね……」と、華瑠亜かるあ

「そ、そんな高い防災グッズ、前もって揃える人は少ないからな」


 勇哉ゆうやが言い訳がましく説明する。

 午前九時。昨夜、アイテムを買いに地元へ戻っていた勇哉が帰ってきたのだ。


「結局いくらだったの、これ? 銀貨三枚だった?」

「うん。それと、消費税の銅貨三枚は立て替えといた」


 とても銀貨三枚の商品には見えないな、と言いながら、カサついた手触りのふたを持ち上げる紅来。

 華瑠亜と紅来が中身を検分する後ろから、残りのメンバーも箱を覗き込む。

 綺麗に折り畳まれていた麻紙を持ち上げようとして、紅来の手が止まる。


「これ、ヤバそう。古いから慎重に広げないと切れるぞ?」

「そ、それは、儀式の時に広げようよ。……その瓶は何?」


 紅来を制止しながら、華瑠亜が箱の隅に入っていた二つの小瓶を指差す。


「それは、体の一部を入れる小瓶らしい。同時に召集できるのは二人までだって」


 勇哉が説明する。

 箱の蓋の裏にもなにかが書かれている。

 おそらく、魔具を使用する際の詠唱呪文だろう。


「じゃあ、早速、庭で試してみましょうよ!」

「それが……一つ問題が」

「問題?」


 箱を持って出入り口へ向かいかけた華瑠亜が、勇哉の言葉に足を止める。


「何よ? 問題って」

「有効範囲が、三〇〇メートル程らしいんだよ」

「はあぁ?」


 紅来の別荘から、オアラ洞穴のあるシルフの丘までは一〇キロほどだ。

 地底で流された地点はさらにその先だろう。

 とてもだが、有効範囲とは程遠い。


「ちょっと待ってよ……。つむぎたち、まだ地面の下なのよ!? シルフの丘まで船電車ウィレイアで行くにしたって、どうやって三〇〇メートル以内まで近づくのよ!?」

「勇哉、そう言う重要な事実が解ったなら、一旦電話するくらいしなよ!」


 紅来の語気もやや強くなる。


「いや、それがさ、事情話したらこれ付けてくれるって言うから……」


 勇哉が、先に小瓶の付いたチェーンようなアイテムを鞄から取り出した。


「何これ?」

「え~っと、なんつってたかなぁ……。ダ、ダイ、ダウ……」

「ダウジング……」


 みんなの、さらに後ろから聞き慣れない声がした。

 初美はつみだ。

 オアラに来てから初美の声を初めて聞いたメンバーも何人かいるだろう。

 隣でうららが、やったね! という様子で初美の両手を握りながら、みんなの前での初スピーチを祝福する。


「そう、それ! ダウジング!」


 的を射たりと、初美を指差しながら声を弾ませる勇哉。


「確か……振り子ペンデュラムタイプは、パワーストーンを調べたり、占いなんかに使ったりするのよね?」


 麗の説明に、みんなが「へぇ……」と呟く。

 前の世界むこうでは割と有名な道具だが、普通に魔法が発展してる現世界こちらでは、こう言ったスピリチュアルなアイテムはかえって認知度が低い。


「本来はそうらしいんだけど、これは特別なやつで、この先の小瓶に体の一部を入れると、地面の下の対象者の場所を示してくれるらしいんだよ」


(見た目はペンデュラム型だけど、使い方としては水脈や鉱脈を見つけるL字型のダウジングに近いみたいね)


 勇哉の説明を聞きながら麗が初美に耳打ちすると、初美も黙って頷く。


「それもまた……ピンポイントな使い道のアイテムね……」


 華瑠亜が勇哉の説明を聞いて、怪訝そうに呟く。

 内心、あんたそれ、騙されてないでしょうね? と不安になっているのだが……。


「とりあえず、今ならこれも付けるよ、って言われてさ……。待たされたりしたら気が変わるかも、ってあそこのばばあが言うもんだから……」

「あんたそれ、騙されてないでしょうね!?」


 今度は思わず声に出してしまう華瑠亜。


「ま、まあ……信用しろって言ってたし、大丈夫だと……思うよ」

「人を騙そうとする奴が、自分を信用するなとは言わんだろ」


 突っ込む歩牟あゆむもやや呆れ顔だ。


「ま、まあ、他に代案もないんだし……とりあえず試してみましょうよ!」


 気の抜けかけた雰囲気を立て直すように優奈ゆうな先生が明るく声を掛けるが、華瑠亜はまた新たな疑問を口にする。


「とりあえずさ、これが勇哉の言う通り機能するとして、三〇〇メートル以内まで近づける?」

「そうだねぇ……」


 華瑠亜の言葉に、少し考えるように紅来が視線を宙に向けた。


「シルフの丘の標高は約二四〇メートル。中腹のオアラ洞穴は一五〇から二〇〇メートル位? 地下河川がどう流れていようと海抜ゼロ以下になることはまずないだろうから、ピンポイントで真上付近を特定できるなら、不可能ではないけどね……」


 それを聞いて、よし、と呟くと、華瑠亜がもう一度声をかける。


「ここまできたらやるしかないし、とりあえず向かいましょう!」

「えっと、その前に、消費税分の割り勘を……」と、勇哉。


 華瑠亜の声を合図に、全員が出発の準備のため部屋に戻る。


「おぉい……消費税……」


               ◇


「それにしても、本当にママ、強かったですねぇ!」


 可憐の剣技を目の当たりにしてから、メアリーは感心しきりだ。

 たまに、繋いだ両手を離しては、剣を握るようなポーズを取って先程の可憐の動きを真似るように両腕を振り回す。


「そ、それほどでもないよ。私なんてまだまだ未熟だ。ほとんどMPがないので、物理職を極めるしか道がないしな……」


 可憐とて所詮は一介の高校生だ。

 未熟だと言う自己評価も決して謙遜というだけではないだろう。

 ただ、話を聞いている限りでは、どうもノーム自体があまり戦闘向きの種族ではないらしく、人間の高校生クラスの技量でもかなりの手練てだれに映るようだ。


「それに比べてパパは……」


 可憐の真似を一通り終えると、半眼で俺を見上げるのもパターンになってる。

 俺も薄目でメアリーを見下ろす。


「いいよ、わざわざ俺と比べなくても。可憐ママは特別なんだって」

「特別だろうがなんだろうが、ママよりパパが弱いなんて普通じゃないですよ」

「ノームではそうかもしれないけど、最近の人間は寧ろママの方が強いんだよ」

「そもそも何ですか、あの棒は? 専用武器があるって言うから剣は渡さなかったのに……あんな木の棒だとは思いませんでしたよ。メアリーは落胆しました」


 そう言いながらまた、俺と可憐の間で両手を差し出して手を繋ぐ。


「あれはあれで特別な武器なんだよ。あれで俺のMPを……」

「しかもなんですか『俺つえええええ』って?」


 相変わらず、人の話を聞かないなぁ、こいつ……。


「あんなもの出す為にあの詠唱って、どうなんですかね? メアリーなら恥ずかしくて言えませんけどね?」

「あれも成り行きで仕方なくというか……。そもそも、ママは剣士ソルジャーで俺は魔物使いビーストテイマーだからな。戦い方が違うんだよ」

「ていま?」

「そう! 使い魔や魔物を操って戦うの。本人の戦闘力は重要じゃないんだよ」

「使い魔はどこにいるんです?」


 ファミリアケースは鞄の中だから歩牟が持ったままだし、いま居るのは……。


リリスこいつ」と、あご先で右肩を差す。


 メアリーがリリスを見上げるが、その顔には明らかに侮慢ぶまんの色が広がる。


「戦闘力、ゼロじゃないですか」

「ゼロって何よ!」


 リリスが眉を吊り上げる。


「紬くん! 折れ杖おれつえ~出して! この子に私の本来の姿を披露するわよ!」

「マジ勘弁」


 そんなことの為に数万のMPを無駄使いできるはずがない。


「そんなんじゃ、パパの大切な人を守ることなんてできないですよ」

「大切な人?」

「家族とか、友人とか、恋人とか……」


 そう言うとメアリーは思い出したように、今度は可憐へ質問をする。


「そう言えば、パパには愛人はいないでしょうね?」


 愛人どころか正妻もいないよ。


「よく知らないが……いるとしたら立夏りっかか華瑠亜あたりか?」

「二人もいるんですかっ!」


 再び俺の方を向いて眉を吊り上げる。

 立夏と華瑠亜?

 可憐に……と言うか、周りにはそう見られてるのか?


「いや、二人とはただの友達だし、そもそも愛人って――――」

「さっさとその二人とは関係を清算して、ママのところへ戻って下さい」


 人の話を聞けって!

 いろいろ突っ込みどころが多すぎて突っ込めねぇよ!


 不意に可憐の足が止まる。


「これは……」


 上を見上げる可憐の視線の先を確かめようと、俺も松明たいまつを掲げる。

 眼前、二〇メートル程先に大きな岩壁が立ち塞がっている。

 ちょっと見た感じ、他に通り抜けられるようなルートは見当たらない。


「行き止まりじゃん? どこかに抜け道はあるのか?」

「この上に、向こう側へ抜ける穴があるはずなのですが……」


 そう言いながらメアリーが岩壁に近づく。


「登壁のルートが、落石で塞がれてますね……」

「ルート?」


 確かに、よく見ると岩壁の表面に、幅二〇~三〇センチ程の、道と呼ぶにはあまりにも頼りない段差でできた筋が上に向って伸びている。

 その登り口が大きな岩で塞がれていて、下から上って行くのは難しそうなのだ。

 しかし、メアリーは特に気に留める風もなくスタスタと歩み寄る。


「ちょっと、退かしますね」

「退かす、ってまさか……これを!?」


 落石とは言っても、高さは有に三~四メートルはあろうかとう言う、ほぼ落盤と言ってもおかしくはない大きさだ。

 三人掛かりで挑んだって到底動かせるような代物ではない。


「いやいや、おまえアホか? 無理だろ。よじ登って飛び移るしかないって」


 そう言う俺の言葉を無視して、メアリーが落石に右手を添える。

 すぐに、薄っすらと、右手に白く光るもやのようなものが現れる。

 やがて、右手を伝って移動した白い靄が、落石全体を繭のように覆い隠す。


「な……なんだ、あれ?」

「このサイズですと、メアリーでも持ち上げるのは難しいですが……」


 そう言いながら、気合を入れるように「はうっ!」と声を漏らす。

 次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。

 落石が、ズルズル、と手前へ動いたのだ!


 「うひゃ!?」と、思わず口から変な声が漏れる。

 さすがの可憐も、これにはポカンと開口したまま眺めるのみだ。


「これで、何とか通れるでしょう」


 落石から手を離したメアリーが、ふぅ、と溜息を漏らす。

 確かに、ピタリと閉じていた岩壁と落石の間に五〇センチほどの隙間が空き、そこから登壁ルートを伝って上って行けそうである。


「メアリー……おまえ、凄いな! あんなデカい岩を……」

「普段は結界に使う力なんですけどね。自分以外の対象物に使うと、重さを軽くして動かすことができるのですよ」

「ふえ~……」


 直接触れる必要はあるらしいが、所謂いわゆる、念動力のような効果らしい。

 魔動力とでも呼べばよいだろうか。

 俺達を助けたことやお風呂の水の汲み上げなど、この小さい体でよく……と思っていたのだが、どうやらこの力のおかげだったのだろう。


「では、上りましょう。足場が狭いので気をつけて下さい」

「ちょっと待って!」


 肩の上でリリスが叫ぶ。

 ほぼ同時に、メアリーも何かに気づいたように固まる。


「マズいです! 奴です! 早く上って逃げるのですっ!!」

「やつ?」


 その時、あの、不気味な悪魔の鳴き声が窟内に木霊した。


 ギュルカカカカヵヵヵヵヵ……


食人鬼グール!?」


 やっぱり、まだいたんだ!

 岩壁沿い……右手の闇から、松明の明かりに照らされてゆっくりとその姿が浮かび上がる。

 鋭い爪を持った大きな掌、黒ずんだ緑色の皮膚、首のない魚人のような頭部。

 別の何かであって欲しいと願っていたが――――


 悪夢の再来に、全身の血が凍りつき、鳥肌が浮く。

 間違いない。食人鬼グールだ!


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