第七章 地底の幼精 編 ~集落への道
01.クレイモア
クレイモアを担いだ可憐、ポンチョのメアリー、そして松明係りの俺が、三人並んで手を繋ぎながら出発する。
なんだこれ?
休日の親子連れかよ。
昨夜の、川の字の就寝といい、家事の手伝いやお風呂の件も含めて、とにかく親子っぽいことがしたくてたまらない気持ちはひしひしと伝わってくる。
少し言葉は悪いが、メアリーも心のどこかで、今の状態が気を紛らわせるための “親子ごっこ” であることは解っているのかとも思っていたが……。
もしかして本当に、両親の魂が俺と可憐に宿ったと信じているのだろうか。
ごっこにしろ本気にしろ、それに付き合うこと自体は
大人びた口調についつい油断してしまうが、精神年齢が小学生の低学年並だということは忘れてはいけないところだ。
「それにしても……かなりの規模だよな、この集落」
壁面にびっしりと並んだ居住区を横目に、思わず感嘆の息を漏らす。
松明一本を掲げて眺めたところで全貌を把握するのは当然無理なのだが、百人や二百人で納まるようなコミュニティでなかったことは容易に想像できる。
「一体、何人くらい住んでたんだよ?」
「……一兆億人です」
「ああ……はいはい。そう言えば昨日聞いたね」
可憐も、ゴーストマンションと化した壁面を見上げながら訊ねる。
「メアリーの家と仲が良かった家族とかは、いたのか?」
「はい。友達のレトちゃんやルエンちゃんの家とは、パパやママ同士も仲が良かったですよ」
ほうほう。
今後は、そういう家族にお世話になるという手もなくはないよな。
メアリーの本名に比べるとやけに簡単な名前の友達だけど、メアリーと同じように複雑な本名を持っていたりするのだろうか?
因みに、メアリーの本名は “セレ……” くらいまでしか思い出せない。
「長老衆? とやらの中には、メアリーの本当の祖父母はいるのか?」
「いないですよ。メアリーが生まれるもっと前に、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、曾お祖父ちゃんも曾お祖母ちゃんも
い……生贄?
また、突然ダークワードが飛び出してきたな。
「自然災害に見舞われたり疫病が流行ったり……。そう言った一族の危機に際してシャーマンに神意を問うと、稀に生贄の神託を賜ることがあるのですよ」
「それで、一族の誰かが生贄に選ばれることもあるってのか?」
「正確に言えば、守護職家系の誰かから……ですね」
そんな原始的な儀式が……。
別の方法で解決って……生贄のことだったのか!
もしかして守護職って、有事の際の生贄候補ってこと!?
「選ばれた方はそれで納得するのかよ?」
「仕方がないのです。守護家に選ばれるのもご神託に因ってですし、その時点で一族に命をささげる事を義務付けられるのです」
「ち、ちょっと待て。じゃあ、祖父ちゃんや祖母ちゃんだけじゃなく、メアリーだっていずれは生贄とやらに選ばれることがあるかも知れないってことか?」
繋いだメアリーの右手が一瞬、ピクリと動く。
「そうですね。そう言う事もあるかも知れませんね。守護家に生まれた時点で小さい頃からそう言う風に教えを受けていますので」
尤も、生贄までは滅多にないことだとは聞いてますが、と無邪気に笑う。
ちょっと待てよ。
滅多にないとは言え、現に祖父母も曾祖父母も生贄になってるじゃん!
俺達はとんでもない間違いを犯してるんじゃないのか?
「ち……因みに、生贄って、どんなことをされるんだ?」
「祖父母は火
ふと見ると、メアリーを見下ろしている可憐の顔も動揺を隠せていない。
恐らく彼女もまた、俺と同じ事を考えてるに違いない。
メアリーをこのままノーム達の元に返していいのだろうか、と。
「その代わり、普段の生活については最優先で保護が受けられますし、死後、転生するまでの魂も天国の祝福を受けます。悪い話ばかりじゃありません」
いやいやいや!
何をどう交換条件に出されても、火炙りや生き埋めの可能性があるような人生を強要されるなんて、理不尽極まりないだろ?
「その、守護家系ってのは、辞退できないのか?」
「こちらからは無理ですが、アウーラ家もこれでメアリー一人になりましたし、もしかすると解任の神託はあるかもしれませんね」
その時、肩の上のリリスが「シッ!」と人差し指を口に当てる。
同時にメアリーも、俺と可憐の手を引き戻すように立ち止まった。
地底生活への順応のせいなのか、ノームの特性なのかは解らないが、メアリーもリリス同様かなり耳がいいようだ。
「黒犬のテリトリーに入りましたね。普段は五人以上で活動するので滅多に襲われることはありませんが……今は人数が少ないと見て動き出したのでしょう」
そう言うとメアリーは両手を離し、懐から黒いステッキを取り出す。
出会った時に俺を散々叩いた、例の黒い短鞭のようなステッキだ。
続いて、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えながら、ポケットから取り出した小石を四つ、俺たちの周りを囲むように放り投げた。
程なくして詠唱が止まる。
「簡易結界を張りました。音や臭いは消せませんが、相当近づかれない限りメアリー達の姿は見えないはずです」
おお! なんという素敵スキル!
我が娘ながら、心強いぞ!
やがて、前方の岩陰からゆっくりと現れる、例の光る眼。
二……三……、全部で七~八頭と言ったところか?
地下洞穴で相手にした時の数十頭に比べれば規模は少ないが、こちらの姿が見えないせいで集結していないだけかも知れない。
(
松明をメアリーに預け、念のためヒソヒソと六尺棍を召喚する。
声は出さないが、突然の六尺棍の出現にメアリーも眼を丸くする。
徐々に、結界の周りに集まってくる
(リリス、見えてる以外に、犬はいるか?)
(一応気をつけてはいるけど……少なくとも近くにはいないと思う)
姿は見えなくても、臭いを頼りに少しずつ狭められる包囲網。
見たところ、全部で……七頭か?
この数なら、俺と可憐だけで撃退できそうだな。
最も近い
(もう少し近づかれたら、発見されます)
それを聞くと同時に、クレイモアを構えた可憐が突然地面を蹴る。
(お、おい!)
向かった先は……もちろん、最も近づいていた
一瞬で距離を詰めると正眼から真下へ一閃――――
魔物の横から、その首を音もなく斬り落とす。
返す刀で、直ぐ側にいた一頭の顔面を、その横で後ろを向いていたもう一頭の胴体をも連続で薙ぎ払う。
最初の一頭には叫ぶ間も与えず、残りの二頭にも僅かに短い悲鳴を上げられただけで……三頭を一瞬のうちに屍骸に変えた。
結界から飛び出してからそこまでに要した時間はせいぜい三~四秒と言ったところだろうか?
まさに神速!
「す、すげぇ……」
「す、すごい」
俺とメアリーが揃って感嘆の声を漏らす。
異変に気づいた近くの三頭が駆け寄って来て、ほぼ同時に可憐に襲い掛かる。
足もとの一頭を鋭い下段蹴りで
そのまま刃を突き下ろし、足元を狙ってきた三頭目の首に深々と突き刺した。
「ギャウンッ!!」
暗闇に響く、刹那の断末魔。
最初に攻撃をかわされた二頭が再び飛びかかるが、既に可憐の構えも万全だ。
飛び掛る一頭の首を水平に斬り飛ばした剣先はそのまま上段へ持ち上がり、間髪入れずに足首を狙ってきたもう一頭の顔面へ振り下ろされる。
「ギャイン!」「ギャウン!」
短い悲鳴と共に絶命し、可憐の足元に転がる二頭。
新たに加わった五つ目、六つ目の屍骸がドス黒い血溜まりに沈む。
考えて見ればこれまで、
パーティーのバランスを考えて
今は相手が★3程度のケイブドッグだが、ちゃんとした盾職さえいれば、どんな相手でもこの戦闘力が一〇〇%生かせるのか!
気が付けば、最後の一頭が、暗がりの中で可憐と対峙していた。
……が、一メートルほど後退りして距離を取ったかと思うと、クルリと反転して闇の中へと姿を消した。
「ママすごいです! ほんとのママより強いかも知れません!」
メアリーが可憐に駆け寄り、その手を取りながらはしゃいだ声を出す。
「そ、そうでもないよ。相手が弱かった、何よりクレイモアの使い心地が抜群だ」
「それに比べてパパは……」
メアリーが振り向くのとほぼ同時に、リリスも俺の肩で溜息をつく。
「相手が弱いんだってさ、紬くん。弱い相手に紬くんはあんなにボロボロにされたのにね」
「いやいや、ちょっと待て! あんな
可憐が近づきながら口を開く。
「今はメアリーの結界のお陰で、各個撃破できたしな。同時に七頭に囲まれていたら、私だって無傷で済んだかは分からないよ」
謙遜はしてるけど、まあ、俺より強いのは間違いない。
華瑠亜が “戦姫” だとしたら、両手剣を携えた可憐はまさに “闘神” だ。
ダイアーウルフにしろキラーパンサーにしろ、可憐が両手剣だったら一人で倒せてたんじゃないのか?
可憐は、専用のタオルで刀身の血を拭き取り、クレイモアをカチリと鞘に収めた。
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