14.ちょっといいですか?
「あのー……、ちょっといいですか?」
全員の視線を一斉に集め、少し頬を上気させる
はい、雫ちゃん、どうぞ! と、
「え~っと、要は、メアリーちゃんとお兄ちゃんが一緒の部屋で寝るのは拙いんじゃないか、って話ですよね?」
「まあ……そうね」と、頷く
「なら、メアリーちゃん、私の部屋で寝ることにするんじゃ、ダメなんですか?」
俺以外の全員が顔を見合わせる。
束の間の沈黙のあと、最初に口を開いたのは
「それで、いいと思う」
「ちょ、ちょっと立夏……」
慌てる華瑠亜を横目に、紅来も続く。
「そっかぁ……。じゃあ私も!」
「紅来まで! じゃあ、って何よ、じゃあ、って!」
「だって、それができるなら一番自然じゃん?」
雫の部屋も広くはないが、二人寝るくらいのスペースは充分に取れるはずだ。
「そうですね。買い物の時はここに来ればいいだけですからね」と、メアリー。
「こんなところに住まれたら、食糧難になりそうだし」と、リリスも頷く。
「ちょ、ちょっと待ってよみんな!」
慌てて俺の目を見ながら、さらに問いかけてくる華瑠亜。
「なら、この部屋……どうすんのよ?」
「い、いや、そんなこと俺に聞かれても……」
「まあいいじゃん!」
華瑠亜の肩に手を回し、ポンポンと叩きながら声を掛けたのは紅来だ。
「とりあえず今日は、このままここでミーティングしてさ。部屋は明日、やっぱり使いませ~ん、ってパパにお返しすればいいじゃん」
「それじゃあ今日、何のために集まったか解らないじゃない!」
「いや、だから、ミーティングだろっ!」
思わず突っ込んだ俺をキッと睨み返す華瑠亜。
「違うわよ! 今日サプライズがあるって言ったでしょ?
「人の引越しを秘密裏に計画する
ミーティングのはずなのに勇哉は要らない、と言っていたのはそれが理由か。
いくら十四歳で一人前の世界とはいえ、さすがに家族に相談も無しで、引越しなんて決められるわけないよな?
そう思いながらふと横を見ると、俺と目を合わせた立夏も静かに頷く。
え? また心の声に返事された!?
「はいはーい! そこのカップルぅ! 見つめ合わなぁ~い」
再び茶化す紅来。
全く、
やれやれ、と紅来を見遣った俺と立夏より早く、紅来を
「例え冗談でも、そういう冷やかし方、良くないと思うなぁ……」
俺にハウスキーパーを続けさせる為にも、誰かとくっつかれたりしたら困るんだろう。今夜は、この件に関しては華瑠亜に任せておくか。
「じゃあ、雫ちゃん?
「はい、解りました」
「では雫ちゃんも、紬
「止めろっ。俺の妹を変な組織に誘うな!」
「外からだけじゃサポートには限界があるのよ。……まあ、既にリリスちゃんもメンバーなんだけどね」
え!? と、慌てて膝の上のリリスを見下ろす。
「おまえ……メンバーなの?」
「ん? ああ、私? そう、副委員長」
俺を見上げて、事も無げに答えるリリス。
何が〝副委員長〟だよっ! いつの間に!?
最近、華瑠亜とやけに仲がいいと思ったら、そんな所でタッグを組んでたのか。
と、その時、入り口の方からコンコン、とドアノッカーの音が聞こえてくる。
「は~い、どちら様ですか~?」
声を掛けながら、立ち上がって入り口へ向かう華瑠亜。
顔のすぐ横を通り過ぎる華瑠亜の太腿に思わず胸が高鳴る。自分で太腿フェチだと自覚してしまったせいか、自然と意識が向いてしまう。
程よく肉の付いた、プルンといかにも弾力のありそうな華瑠亜の太腿は、幼げで小気味良い立夏の太腿とはまた別の魅力が――
と、そこまで考えた時、左頬に感じる
慌てて横を向くと、そこには半眼で俺を見据える立夏の視線。
よ……読んでるのか? 今、俺の心を読んでるのか!?
「仕出しの長寿庵で~す!」
「ああ、ご苦労様で~す!」
表からの声に答えながら華瑠亜が玄関ドアを開けると、待機していた男が二人、土間へ上がって少し大きめの〝岡持ち〟のような入れ物を床の上に置く。
「三万ルエンで~す」と、二人のうちの一人が華瑠亜に伝える。
支払いをする華瑠亜の横で、もう一人の男が岡持ちから次々と料理の皿を出してゆく。慌てて腰を上げる雫と、それに習って後に続く紅来の二人が料理を運び始める。
「うわおっ~!」と歓喜の声を上げながら、二人の頭上を飛び回るリリス。
再び横を向くと、黙って目の前に並べられていく料理を見つめる立夏。俺の視線に気付いて顔を上げ、「なに?」と聞き返す。
「ああ、いや、別に……」
立夏は……手伝わないのかな? あまり気が利かないタイプ?
まあ、俺も人のことは言えないけど。
「狭いから」
「え?」
「玄関の方……四人も行っても、邪魔になるから」
「あ、ああ、そうだね」
単に合理的なだけか。それでも普通は、腰くらいは上げて後ろでオロオロしたりするもんだけどな。……まあ、俺も人のことは言えないけど。
目の前に、色とりどりの大皿料理が並ぶ。
鳥のから揚げやエビフライなどの揚げ物料理、ソーセージやローストトビーフ、生ハムなどの肉料理、更に各種フルーツなど、元の世界でもお馴染みのオードブル。
更にシードルの中樽が一本、一般的なワインの瓶に換算すれば約五本分の量。因みにシードルとは、リンゴを発酵させて造られるスパークリングワインの一種だ。
〝長寿庵〟なんてやけに和風なネーミングの割には、完全に洋風チックなメニューだな……。
当然俺は、この世界に来るまでアルコールなど口にしたことはなかったが、何度か夕食に出されたものを飲んでみて、そこそこ飲める口であることは解った。
同じく雫も、十四歳ながらなかなか強そうだ。
だがしかし――
否が応でも
まあ、転送組の初美と違ってある程度飲み慣れてはいるんだろうが、とは言え、飲む機会が多いからと言って肝臓も強くなるとは限らない。油断大敵だ。
「紬の引っ越し祝いのつもりだったんだけど、ただのパーティーになっちゃったわね……」と華瑠亜がぼやく。
「いや、だから、ミーティングだろ、本来は?」
「ったく、うるさいわね、ミーティングミーティングって……真面目かっ!」
んな、理不尽な……。
「そう言えば、残りのメンバーだけど……
自宅に帰る途中で初美の家に寄った時の事を華瑠亜に伝える。
「そう……。まあいいわ! あと一人は、私の方で何人か当たってみるわ」
「じゃあ、そっちは任せるけど……今日はどうすんだよ、これから?」
「まあ、雫ちゃんもわざわざ来てくれたことだし……仕方ないから、トミューザムについての基礎知識でも説明しておきましょうか?」
そう言って腕組みをする華瑠亜。
「じゃあ、立夏、お願い」
おまえも知らねぇんじゃねーか!
四人の中では唯一、ダンジョン攻略に参加しない立夏が静かに口を開く。
「トミューザムは、二つの峰からなる
ほんと、立夏が来てなかったらマジでただのパーティーになってたな。
その後、立夏によるトミューザム講義は三〇分ほど続いた。
◇
「……それでですね、水晶で中央ゲルを覗いてみると、メアリーと別れるのが寂しくてパパは泣いていたんですよ!」
「あーはっはっはっ! あの紬がぁ? あ~おっかしぃ~」
「『メアリーの代わりはいくらでもいる』とか強がり言っちゃって、実は猫一匹まともに育てられないとかリリっぺに説教されてました」
「確かにっ!
メアリーの話を聞きながら、シードルの入ったコップを片手に紅来が膝を叩いて笑っている。地底で起きた話を聞いてるらしいが、端から聞いてる限り、大して可笑しな話でもない。
アルコールが入ると、紅来はどうやら笑い上戸に変わるらしい。
「ふ~ん……そんなことがあったんだぁ」
俺の右隣では雫が、黙々と料理を口に運びながらメアリーの話に耳を傾けている。
立夏の抗議が終わってからさっそく皆で飲み始め、既に二時間ほど経過している。
雫もだいぶ飲んでいるはずだが、顔色はほとんど変わっていない。やはり、かなりいける口のようだ。
「まあ、メアリーの言う事だからな……有ること無いこといろいろ混ざってるし、話半分くらいで聞いとけよ?」
「もちろん、そのまま鵜呑みにはしないけど、どんなことがあったのかくらいは大体解るし……あ~、私も早く適性検査受けてそんな大冒険したいな~」
「言っておくけど、そんな大冒険するつもりで行ってたわけじゃないからな?」
オードブルの中央に陣取ったリリスが、
リリスと言うより……ただのリスだなこいつ。
「大丈夫よ雫ちゃん。運〝E〟ランクの紬くんと一緒なら、どこに行ってもだいたい大冒険になるから」
「
そう言いながら、床に着いた左手の先に何かが触れるのを感じて視線を落とす。先程から、すぐ隣で仰向けで眠っている立夏の太腿に左手の指先が当たっていた。
丈の短いスカートの裾がさらにずり上がり、もう少しで下着が見えそうになっていたので、慌ててスカートを伸ばして裾を引き下げる。
俺以外は女子だけだし見えても問題はなさそうだが、俺が目のやり場に困る。
それにしても――
やけに寝相がいいな、立夏。
胸の前で、祈りでも捧げるかのように合わせた両手。身体を真っ直ぐに伸ばして真上を向いたまま寝息を立てている。
例えるなら、元の世界で見た、古代エジプトの
顔色は到って普通だが、お酒が入ると寝てしまうタイプなのかも知れない。
一番問題なのは――
「う~~~、ぎもぢわるぅ~~~」
部屋の隅で、青い顔でうずくまっているツインテールだ。
腰を上げて華瑠亜の元へ近づく。
「おい……大丈夫か?」
肩に手を乗せながら声を掛けてみるが、反応は鈍い。
「どうせ……私の提案なんか、みんなに反対されるのよ……」
なんだかやさぐれ華瑠亜になってる。引越しの件が白紙に戻ったことを引きずっているのだろうか。
……と、急に顔を上げて、周囲の床をキョロキョロと見回す華瑠亜。
「ど、どうした?」
「小人が……回ってるのよ、さっきから……」
「こびと?」
「うん、そう……ほら! そこ! 三匹!」
念のため辺りを見回してみるが、当然、それらしきものは見当たらない。
「小人なんてどこにもいないんだけど?」
「がさつな奴には見えないのよっ! う~~、ぎもぢわるっ!」
この部屋で一番がさつなの、断トツで
どうやら華瑠亜は、お酒に弱い上に幻まで見えてしまうタイプのようだ。とりあえず酔っ払いの幻覚にダメ出しをしてても
「立てるか?」
華瑠亜に肩を貸しながら立ち上がり、胸ポケットから彼女の部屋の鍵を抜き取る。
「
皆にそう言い残し、華瑠亜を担いで玄関まで歩いて行く。
「りょうか~い! 送りオオカミになるなよ~! う~ふっふっふっ」
「変な笑い、やめろ!」
横目で紅来を睨みつつ玄関から外へ出る。
すっかり夜だが、月明かりのお陰で足元を見るのに苦労はしない。
「おい、おんぶするぞ?」
華瑠亜の部屋はすぐ隣とは言え、一旦、玄関前の石階段下りてからもう一度上り直さなければならない。力の抜けた女の子に肩を貸しながらでは相当キツそうだ。
それより何より、靴も履かせていないので外を歩かせるわけにもいかない。
持ち上げると、無意識なのか、俺の首に腕を回して身体を密着させる華瑠亜。
背中に当たる双丘の感触と、両手で持ち上げた太腿の弾力に一瞬
「さっさと運んじまおう……」
隣の部屋の前まで運んで華瑠亜を下ろすと、玄関ドアを開けて中へ入る。
時刻は午後九時を回ったところだが、窓から差し込む月明かりのおかげで、目が慣れれば室内もそこそこ明るい。
確かに少し散らかってはいるが、オアラ合宿にいく数日前に掃除したばかりだし、初めて訪れた時の、二ヶ月放置された惨状に比べれば何倍もマシだ。
肩を貸して部屋の奥まで連れて行く。ベッド寝かせるため、一旦前を向かせて抱きかかえるような格好になる。
……と、その時!
不意に、正面から首に腕を絡めて抱きついてくる華瑠亜!
今までぐったりしていたくせに、意外にも力強いその腕力に思わずたじろぐ。
「お、おい! か……華瑠亜?」
すぐ耳元で聞こえる華瑠亜の息遣い。
「つむぎ……」
「ど……どうした?」
腕に込められた力がさらに強まる。
「紬、好き……」
「!!」
ええ~~っ!?
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