15.好き……

つむぎ、好き……」

「!!」


 ええ~~っ!?


 好き、って……華瑠亜かるあが? 俺のことを?


「すき……まに、小人が……」


 す……隙間? こびと?


「スーー……、スーー……」


 首に回された腕から力が抜けると同時に、華瑠亜の鼻から寝息が漏れる。

 ね……寝やがった。

 隙間に小人? って、幻覚の続きかよっ!


 そっと華瑠亜の身体をベッドに横たえる。まだ高鳴っている鼓動が、支える腕を伝って華瑠亜に感付かれないかとヒヤヒヤするが、完全に眠っているようだ。


 すき……と言われた瞬間、華瑠亜と二人でデートをしたり、部屋でまったり過ごしたり、その後×××チョメチョメをしたり――

 そんな妄想が、まるで走馬灯のようにヴワッと頭の中を駆け巡った。

 そしてそれは、決して嫌なイメージではない……むしろ、ウキウキするような、胸の弾むような高揚感だった。


 もしかして、俺も華瑠亜の事を?

 ベッドで眠る華瑠亜を見下ろす。月明かりに照らされた無防備な寝顔を見た途端、華瑠亜との想い出が頭の中でぐるぐると回り出す。


 元の世界、一緒の弓道部……俺の隣で弓を引いてた時の真剣な横顔。部活帰り、コンビニの前でアイスクリームを食べながら会話した時の笑顔……。


 そしてこちらの世界でも――


 ダイアーウルフに重症を負わされた俺を見ながら涙を流す華瑠亜……。

 オアラ洞穴に向かう林道の途中、売り言葉に買い言葉の末、接吻くちづけを交わした時のはにかんだ赧顔たんがん……。

 まるでアルバムをパラパラと捲っていくかのように、頭の中で、華瑠亜のさまざまな表情が一枚一枚蘇っていく。


 もしさっきの言葉が……小人の幻覚なんかじゃなく、本物の告白だったとしたら、俺はどう答えていたのだろう?

 そう考えて、しかし慌てて左右に首を振る。


 酔っ払いのうわ言を聞いただけで、俺は何を逆上のぼせてるんだ?

 男と女というよりも、これまでずっと気の合う仲間のような存在だった。元の世界でもそうだったし、この世界の二人もきっとそうだったはずだ。


 なのに、今さら俺と華瑠亜が?

 ないない! そんなこと……有り得るわけがない!

 もう一度頭を軽く振ると、収納棚から毛布を何枚か引っぱり出し、足元に転がっているクッションも幾つか掴んで玄関へ向かった。


               ◇


「おーい、毛布とクッション、借りてきたぞ~」


 隣室では相変わらず、紅来くくるとメアリーが何やら談笑している。

 先ほどまで第一ボタンしか開いてなかった紅来のブラウスが、いつの間にか第三ボタンまで開けられ、ふくよかな胸の谷間がランプの明かりに照らし出されている。

 夏だし、お酒も入って暑いのはわかるが……あれは目のやり場に困るぞ。


 立夏りっかは、相変わらずツタン〇ーメンのような寝相で睡眠中だ。

 しずくが、毛布を受け取りながら俺を見上げる。


「今夜、泊まっていくの?」

「もう遅いしな。お酒が入ってなければ歩いて帰っても良かったけど……」

「そっか。そう思ってさっき、一応家に連絡しておいたけど、良かったかな?」


 台所の柱を見ると、この部屋にも通話機が備えてあるのが見えた。


「ああ、そうだな。ありがと。通話機、使えたんだ」

「うん……それより、華瑠亜さん、大丈夫そう?」

「今は眠ってるし、大丈夫だろ。後でもう一度様子を見に行ってみるよ」


 先ほどの、華瑠亜の部屋での出来事が脳裏に蘇る。告白されたわけでもないのに、自分が妄想してしまったことを思い出して、少し顔が熱くなる。


「あれ? 紬、ちょっと顔が赤くない?」


 メアリーと話しながらも、目敏くこちらに目配せをする紅来。

 紅来こいつのこういう動物的な勘だけは本当に脱帽する。もしかすると、常に周囲の人の表情を観察するのが習慣になっているのかも知れない。


「ちょっと飲み過ぎたかな? って言うか、こんなランプの明かりの中で人の顔色なんて解るのかよ?」

橙明とうみょうなら橙明なりに、顔色が違うことくらいはね。てっきり、華瑠亜と何かあったのかと思ったけど……」

「あるわけないだろ」

「あんな、据え膳状態のツインテ美少女を目の前にして何もしないとか……紬、ちゃんと付いてる?」

「何がだよっ!」


 紅来のことだから、華瑠亜を運んで行った時点でこれくらいの突っ込みをされることは想定済みだったが……まさかの下ネタかよ。

 ……とその時、再び左頬にひりつく・・・・何かが!


 ハッ、と左下に視線を落とすと、ツタン〇ーメンのまま、目だけを薄く開いてジッと俺を見つめる立夏。

 ……こわっ!!


「ご、ごめん、起こした?」


 急いでクッションの一つを差し出すと、立夏が黙って頭を上げる。

 後頭部の下にクッションを滑り込ませると、再び頭を下ろして目を瞑り、寝息を立て始める。

 な、何だったんだ、今の一瞥いちべつは!?


「と、ところで……何を話してたんだ?」


 気を取り直して紅来に訊ねる。


「ああ、メアリーちゃんと紬たちが出会う前、私たちがどうやって過ごしてたのか気になってるみたいだから、武勇伝を語ってあげてたのよ」

「武勇伝、括弧かっこ笑い、って感じですけどね……」


 少し呆れたように、ふっと鼻を鳴らすメアリー。


「メアリー……紅来だって頑張ってたんだから、そういう言い方は良くないぞ」

「聞いてたのはパパの武勇伝ですよ」

「おいっ! 括弧笑い、要らないだろ!」


 大皿の上で頷きながら、横槍を入れるリリス。


「メアリー? 今は『武勇伝、草生える』って言う方が一般的よ」


 リリスこいつも、また余計なことを……。


「パパを助けた時、あちこち犬の歯型だらけでしたけど、まさか洞窟犬ザコいぬ相手に、そんな泥沼の死闘を繰り広げていたとは思いませんでしたよ」

「メアリーだって、そのザコ犬相手にビクビクしてただろ……」


 やれやれ……と、肩をすくめるメアリー。


「こんな年端もいかないノームの女の子を引き合いに出すとか……パパには男としての矜持きょうじはないのですか?」

「お、おまえ、いつもは子供扱いするなとか言ってるくせに!」

「比べるなら可憐ママと比べたらどうです? 同い年の同級生なんですから」

「それは……前にも言ったろ? あんな規格外スーパーガール、同い年どころか一つ二つ上でも見当たらないわ」


 盛り気味に話したつもりなのだが、俺の言葉に紅来も頷く。


「確かに可憐かれんは別格だね。突然変異みたいなもんだよ。両手剣の扱いなら、校内でも敵う生徒はいないんじゃないかな?」


 やはり、そうなのか。

 あんなのがゴロゴロいたらどうしようかと思ったけど、やはり別格だったんだ。さすがに、女の子を突然変異ミュータント呼ばわりは可哀想な気もするが……。

 さらに紅来が言葉を継ぐ。


「もしかして、可憐が入ってるからD班に楯職ガードがいないんじゃないかな」

「ん? なんで?」

「しっかり標的タゲ取りしてくれる楯役がいて、可憐に両手剣を持たせたらD班強すぎるでしょ? 可憐に楯を持たせるようにしてバランス調整してるのかも」


 尤もらしい推測だけど、今のメンバーは、元の世界の勇哉ゆうやがハーレムのためだけに考えた適当構成なんだよな、残念ながら……。

 まあ、それはともかく、元の世界の可憐も剣道では全国クラスだと聞いていたし、根本的に身体ものが違うのだろう。


「そう言えば、洞窟犬ケイブドッグで思い出したけどさ……」

「うん?」と、紅来が俺の方に向き直る。

「紅来がカウンターマジックとか仕掛けた時にさ、ケイブドッグの屍骸で、何か変わった点に気付かなかった?」

「変わった点?」

「うん……例えば、焼けただれたみたいに大袈裟に顔が崩れてたりとか……」

「ん~、そこまでよく見てなかったけど、最初に、私と紬でケイブドッグを撃退した後ってことだよね?」

「うん、そう……」


 あの後、ケイブドッグの屍骸を見て回った時に、俺が六尺棍でっ叩いた屍骸の幾つかが、まるで棒で殴られただけとは思えない損傷を受けていたことを伝える。


「よく解らないけど……もしかすると、紬の魔力属性に関係あるのかも? 先生なら知ってる人がいるかも知れない」

「先生?」

「うん。ちょうど明日から三日間、武技訓練の合宿があるんだけど、行く?」

「武技訓練?」

「そう。武器の扱いに重点を置いた特別授業みたいなもんだけど……紬は参加したことないの?」


 この世界に来たのが二ヶ月前だし、もちろんそんな合宿に参加した記憶はない。

 が、この世界にいた俺もそうだったとは限らないので、明確な返答は避ける。


「それって、飛び入りでも参加できるの?」

「基本的には事前の申し込みが必要だけど……いつも何人かは飛び入りで参加してるし、大丈夫じゃないかな? なんだったら、話を聞くだけでもいいし」


 なるほど……俺の質問に答えられる先生がいるかどうかはともかく、この世界の課外授業はどんなことをやっているのか少し興味はある。

 今日が八月の二十日だから、明日から三日間ならすべて参加したとしても二十五日からのトミューザム攻略には充分に間に合うな。


「うん、ちょっと興味あるね。ケイブドッグの件が解るかどうかはともかく、どんなことをしてるのか見てみたい」

「じゃあ、明日、九時から開始だから、八時過ぎには一緒にここを出よう!」


 レッツゴー! とでも言うように右拳を上に挙げる紅来。

 いつもおちゃらけているように見えるが、紅来こいつはこいつで、それなりに向上心を持っていろいろと頑張ってるんだな。


「よし、そういうことなら、早めに寝るか!」


 俺が毛布を渡そうと立ち上がると、大きく開いた胸元を慌てて隠す紅来。


「胸の谷間を見ながらそういうこと言うなよ……」

「見てねーよっ!」


 慌てる俺を見て紅来がクスクス笑う。考えてみれば、地下空洞では俺の前で躊躇ちゅうちょ無く下着姿になったような奴じゃないか……。


「胸元を見られたくらいで、今さら紅来おまえが恥じらうかよ」

「ひどっ! 紬は私を、女として見てないな?」

「そんなことないよ。生物学的には女だろ、一応……」

「紬……明日、覚えてろよ! 海の海蘊もずくに変えてやる!」

「それ言うなら藻屑もくずだし……そもそも、場所も海じゃないだろ?」


 全員に毛布とクッションを配り終わると、一つだけ残してランプの明かりを落とし、俺も横になる。

 武技の特訓か……。素人チャンバラみたいな俺の六尺棍捌きも、多少はまともになれるんだろうか?

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